問題児たちが異世界から来るそうですよ?…私は問題児ではない…はず。 作:S・ZoomAir
ついに終わったんだ。人の醜い感情と気高い感情が交差した乱世が。
《……終わったんだよな?》
《はい。確かに乱世は終了いたしました。》
返事を返してくれたインテリジェットデバイスであるヨミの言葉で私の内にある感情が少しずつあふれ出る。歓喜という感情が。
最初は驚いたものだ。私となのはとフェイト、はやてが時空管理局に入ってから立て続けに起きた様々な大きな事件。それらを解決して、久々の休みになったから森で動物達と戯れていたら急に辺りが光り輝き、荒れ果てた大地に立っていたのだから。
幸いなことに、なにかあったときようにと思って持っていた簡易記録媒体に言葉を残してこれたからおそらく大丈夫だと思うが……あの後の皆は元気にやっていたのだろうか?
荒れ果てた大地に立っていた私はとにかく近くをサーチャーで確認し、この世界が管理局の手が届いていない世界だと認識した。このことに気づいた私はまずヨミに頼んでバリアジャケトを着用、固定し、友人であるシャーリーに無理を言って作らせた簡易収納媒体と私が呼ぶ10個程度ならある程度の大きさの物を収納できる碧色のカードをから2本の刀と一本の大剣を装着することにした。
その後が凄かった。
この世界は過去の世界。それも私達が伝えられている三国時代のパラレルワールドだという。この世界ではある一定以上の名を残す将や王達は皆女性になっており、この世界の固定概念として女尊男卑といったものが付きまとっているようだ。
その世界で私は魏の国に仕官し、最古参である夏候惇、夏候淵の次の古株として覇王曹操を支えていた。
こんなに簡単に話しているがもちろん最初は迷いや躊躇いもあった。なんせこの世界は非殺傷などという甘いことはありえないのだ。刀で切れば人は死ぬ、大剣で切れば人は真っ二つになる。そんな世界だったのだ。しかし、私には帰りたい場所がある。それを理由に頑張ってきた。
自分の身勝手な理由で人を殺してきたことに罪悪感はある。だが、それでも私は殺し続けた。罪を背負って生きてやると。誰に恨まれようと、誰が私を殺しに来ようと受けいれてやる。それが私の罪の形になるというのなら。だが、それだけでは私も気がすまなかった。
そんな時、私が反董卓連合の時に助けた少女が助けてくれた。
「気にすること無い。亜雪頑張ってる。」
動物を家族といい、悪人に仕立て上げられた少女を最後まで守りぬいた将たちのひとりである赤髪の少女はそういう。
「……それでもっていうなら……付いてきて。」
そういって私を連れて向かったのは彼女が助け、面倒を見ている少女。
「……一緒に背負う。だから私の分も背負って。」
それは結局プラスマイナスゼロなのではないだろうか?そう思ったのだが、そのストレートな言い方が私の心に響いたことは確かだった。
彼女が助けた少女、陳宮によって私の身体に刺青が彫られた。紋様は赤髪の少女、呂布と同じ刺青。いいことも、悪いことも、悲しいことも、嬉しいことも全て一緒に背負おうと二人で誓いを立てた誓いの刺青。その刺青が私を勇気付けてくれた。
それから乱世が続き、世は荒れた。
最後に残ったのは英雄達だった。
理想と義を胸に抱く王。徳の王こと劉備。
家族と夢を胸に抱く王。賢王こと孫権。
覇道を歩み、孤独を胸に抱く王。覇王こと曹操。
劉蜀と孫呉は同盟を組み、曹魏と対立した。呉蜀同盟軍は三権分立という策を胸に。私達魏は覇道による平和が訪れることを信じて。
結果としては引き分けだった。
理由は簡単。漢民族が蛮族と称する五胡が大群を率いて攻めてきたのだ。
英雄達は愚かではなかった。戦を止め、すぐに停戦協定を敷いた。そしてすぐに臨時同盟として五胡に立ち向かった。その先に平和があると願って。
戦は比較的に早く片が付いた。
同盟軍は勝利し、曹魏は話し合いの元に三権分立という制度を受け入れた。
そして今に至る。
《これで帰るんだよな……》
《はい。この世界、外史の管理者と名乗る人物達によると元の場所に強制送還されるそうです。》
私はヨミの言葉にため息をつきそうになる。どこの世界でも管理者は自分の手を汚そうとはしない。時空管理局の上層部よりはマシなのだが……ここの世界の管理者もどこまで信用していいのかわからなかった。最終的に二人の人物は信用していたけれど……。
「……足が透けてきた。コレが強制送還というものか。」
来るときは正しく貴様はイレギャラーだとでも言わんばかりの登場のさせ方だったというのに、戻すときは世界に解けるように戻されるのだな。厭味ったらしいったらありゃしない。
あぁ……皆になんにもいってないなぁ。悲しむかな?怒るかな?でももう時間もないし……ごめんとしか言いようが無いね。
すまなかった。
いままで色々ありがとう。
さようなら
それを最後に届けよう。
私は胸の内ポケットから一枚のカードを取り出す。そのカードには金髪の少女が黒い長剣をもっている姿が描かれている。
私はそのカードを額のところに持っていき話しかける。
「『 TELEPATHIA(テレパティア)』……華琳、聞こえるか?」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
私を昔から支えてくれていた人物の声が頭の中に響いたのは突然だった。
《……華琳、聞こえるか?》
私は一緒に飲んでいた蓮華と桃香を驚かせるほどに動揺した。その動揺っぷりは立ち上がり、手に持っていた酒を落としてしまうほど。
それがきっかけで周りの皆がこっちを向くけど、今はそんなことにかまってられない。私は頭に手をあて、さっきまで座っていた椅子に座りなおす。
自覚はないけど少し変な顔をしていたかもしれないわね。周りの皆が心配そうな眼で見ているのが証拠だわ。
それにしても……これはもしかしてこの前亜雪が話していた『仮契約カード(ぱくてぃおーかーど)』とかいう奴かしら?確かに直接に頭に響くように来るわね。なんだか不思議な感覚。
確か仮契約カードを額に近づけて話すのよね?あ、そういえば亜雪が「知ってる奴以外の前ではしないでくれ」っていってたっけ。……なんというか……私達が宴会しているの知っているでしょうに。考えたら腹が立ってきたわね。いいわ。やっちゃいましょう。
私は懐から仮契約カードをゆっくりだす。その動作の意味に気づいたのだろう。秋蘭たちが事情を知らない呉と蜀陣営の皆に少し静かにしてもらうよう頼み込む。
私は仮契約カードを額に近づける前に、心配させてしまっている二人の王に笑いかける。
「悪いわね。心配させちゃったみたいで。」
私のその言葉に安心したのか二人はあからさまにホッとした表情をする。
「まったくよ。酒に毒でも盛ってあるのかと心配しちゃったじゃない。」
「急に立ち上がったから驚いちゃいましたよー。」
微笑んでくる二人に感謝を返しながら仮契約カードを額に近づける。
「ごめんなさいね。後で理由は話すから。……さて、亜雪?皆に知られてしまったけど、私のせいじゃないわよね。」
《そうだったな。今は宴会中だったか。》
いつものようにフフッと笑う亜雪。だけれど変ね。なんだか少し元気が無いのかしら。違和感というかなんというか……いつもと違う雰囲気があるわ。
「ええ、その通りよ。……それで?貴女がわざわざこんな方法を使うってことは緊急事態ってことで認識するけど、いいわね?」
《……あぁ、その通りだよ。》
まぁ、そうでしょうね。宴会はここら一帯でしているからわざわざ念話なんてする必要ないし、この仮契約カードは緊急時以外は使うなと言われていたからね。
ただ、周りの皆の視線が緊急事態という言葉を耳にしてから強くなって、居心地が悪いのだけれど……。
私が亜雪の次の言葉を待っていると、彼女の口から聴きたくない言葉が聞こえてきた。
《……私は、元の世界に強制送還されることになった。》
…………?
な、なんていったのかしら。この仮契約カード壊れてるのかしらね。
「も、もう一度言ってくれないかしら。」
《あぁ、なんどでも言ってやろう。私はこの世界から消える(・・・)ことになった。》
なんてことないかのように伝える亜雪。でも、私は知っている。自分が悲しんでいるこや辛いことを悟られたくないからこんな声音を出していることを。
昔からそうだった。なんでもかんでも一人で抱え込んで。私達が気づくころには一人で全部解決している。それが私達にとってどれだけ苦痛だったか……っ!!親友だと思っていたのに……秋蘭や春蘭のように昔から一緒にいたわけでもないのにすんなりと私の心の中で大切な存在となった貴女が悲しんでいるのに助けることも出来ない……気づいてあげられない。私達に貴女を助けることはできないと天に言われているような気分になった。
貴女はいつもそう。だから今度は気づくことが出来た。
貴女が本当は心から悲しんでいることを。辛いと叫んでいることを。だけど、それが変えられない、変えることができない運命だと確信しているからそんな声音で話すのよね?
でも、だからといって私達の心が納得なんてするはずがない。
今回の五胡との戦だって貴女がいなければたくさんの兵が死に、私達が負ける確立がかなりの上がっていたでしょう。『導きの剣姫』と呼ばれた貴女がいたからこそ。勝つことが出来た。
それに、貴女は気づいてないかもしれないけれど……ここにいる皆はあなたに救われているのよ?敵味方関係なく救い続けた貴女がここで消える?そんなこと私達が許すはずがないっ!許されるはずがないじゃないっ!!
「……ふざけないで…っ!貴女が消える?そんなことさせるものですかっ!!」
父が死に、母が死に、残ったのは知らない姉妹達と知らない叔母達、そして秋蘭と春蘭。私が本当に家族と思えるのは秋蘭に春蘭、そして貴女だけよ……亜雪。
また、私に孤独の味を噛締めろというつもりなの?
「秋蘭っ!春蘭っ!…亜雪が元の世界に強制的に送られることになったらしいわ。」
『っ!?』
私の言葉に動揺する魏・呉・蜀の将達。当たり前ね。何故なのかはわからないけれど、皆が皆あの子と少なからず関わりがある。絆がある。
「時間は限られているわっ!今すぐ探しだしてちょうだいっ!!」
私の言葉に「ハッ!!」という大きな声とともに一斉に動き出す魏軍の将達。私もうかうかしていられないわ。二人には悪いけれど、抜けさせてもらうとしましょう。
「桃香、蓮華。悪いけれど――――――「私達蜀軍も微力ながらお手伝いさせてもらいます。」――――――え?」
そう微笑む桃香を呆然と眺める私。確かにありがたい。ありがたいけれど、本当にいいの?
そんな私の心の声が聞こえたのか、呉の王・蓮華が微笑む。
「私達呉軍も手伝わせてもらうわ。彼女には姉さまを助けてもらった恩が有るし……この宴会も全員でしたほうがいいに決まっているもの。」
「そうですよ!私達も空さんには色々と世話になってるもん。助けるのは当然だよっ!!」
その言葉を聴いて各々で協力して探しに行く呉・蜀の将達。今は王の命令を待つ時間さえ惜しいといわんばかりのその行動に苦笑をもらしつつも、椅子から立ち上がる二人。
ふふっ、亜雪。貴女はこんなに大勢の人物に好かれているのに残していくつもりなのかしら?諦めないで抗いなさいよ。それができないのなら、私が……私達がその天命を変えて見せるわっ!!
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
《……ふざけないで…っ!貴女が消える?そんなことさせるものですかっ!!》
そういって念話を一方的に切る華琳。
まったく……一度激情に走るととことん単純になるところは相変わらずのようだな。だからこそ皆付いてきたのかもしれないけれど……。それよりも――――――――
「なぁ、ヨミ。」
《なんでしょう?》
「なんだか……大事になっちゃったんだけれど……」
《マスター……自業自得です。私はあっちに戻ってから事情を話したほうが良いのでは?と進言しました。それを拒んだのはマスターのほうです。私は知りません。》
……ヨミが冷たい。
確かにヨミが念話で話したように、戻ってから事情を話したほうが良いとは私も一瞬思ったけれどさぁ。それよりしっかりと別れを告げてから言ったほうが礼儀的には正しいと思っちゃたのも事実な訳で……。
あ、因みにヨミはこの世界に着てから一度も声を出していない。全て念話だ。一応魔法がない時代だから念には念を入れて魔法に結びつきそうなこと一切していない。……『契約の証』は……うん。アレだ。レアスキルだから魔法とかには入らないということでよろしく。
私が戻るのはミッドチルダ近くの森。確かにここは別世界だけれど、管理外世界の一つというだけで別にこれないことはないはずなのだ。一応ここの座標をヨミに記憶して貰ったから……はっきりいって来ようと思ったらいつでもこれる。
あぁ、時空管理局の仕事が入ってなかったらだけどね。
だから今皆がしていることはあんまり意味がないという残念な結果が付きまとう訳で……うれしかなしの説教が待ち受けるのは確実だろうなぁ……はぁ。
「見つけたぞ、亜雪。」
「……秋蘭か。早かったな。」
どうやら見つかってしまったようだ。無理もない。宴会をしている場所の近くの湖にいたのだから簡単に見つかってしまったのは当然だろう。それよりもどうじようか。
いっそのこと正直に話さずに隠し通すか?……それも良いかもしれないな。結局管理者か私ぐらいしかわからないだろうし。
ここで「必ずまた遊びに来る」とでも言えば良いんじゃないかな?……面倒だしそういう感じでいいかな?
「亜雪……もう胸の辺りまで消えてしまっているのだな。」
そういいながら悲しそうな表情をする秋蘭。その悲しみの表情には少しの諦めの感情が混じっているのが感じ取れた。しかたないことだ。普通ならここまで消えている人間を見たら諦めの感情の一つや二つ湧き出るだろう。
秋蘭だって例外ではない。かの夏候淵妙才だってこの反応なのだ。むしろ夏候妙才だからこそこの程度の反応で済んでいるのだ。一般人などがこの様な光景を見せられたら気が狂うか、見なかったことにすることだろう。数々の試練に立ち向かった将だから狂ったかのような反応をしない。ありがたいことだ。
「さっき隠者にお前を発見したことを皆に伝えるよう指示した。遠くにいるものでも半刻もかからずここえ来れることだろう。……もっとも半刻も待ってもらえそうな雰囲気ではなさそうだがな……」
「ふふっ、それもそうか。……ならばこそ秋蘭、お前に託したいことがある。」
こればかりは一番最初に私を見つけてしまった自分を恨むが良いさ。私は知らん。私を恨むぐらいなら探しに行かせた華琳か、このような消え方をさせた管理者を恨むかいい。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「結局、止めることは叶わなかったか。……しかし、お前の頼みとはいえコレは……」
コレは流石に恨むぞ亜雪。
私が亜雪を見つけたときの姿は唖然とした。華琳様が言っていた『強制的に送られる』というのはコレのことを言っていたのかと。
私が見た亜雪は胸から下が消え去り、胸から上の部分が浮いて存在しているという奇妙な姿だった。妖や亡霊といわれても信じてしまいそうなその姿は、まだこの世界に留まらせてみせるといきまいていた私の心に槍のように突き刺さった。
亜雪が元の世界に帰った後の宴会は中止。魏では皆が皆、亜雪の悲しみを紛らわせようとして仕事が捗った。呉では冥琳が直々に指示を出し、今では前までと変わらぬ速さで仕事を終わらせているそうだ。そして、一番酷かったのが蜀。亜雪と特に仲がよかった愛紗と雛里、朱里が落ち込み、軍としての機能が一時的にお粗末になってしまったのだ。そこで同盟を組んでいた私達魏と呉がなんとか建て直し、落ち込んでいた一同も桃香と星の一喝によって立ち直らせたのだ。流石にこの事態には冷や冷やしたが、今ではなんとかやっていけてるようだ。
だが、魏とて重大な問題が起きているのも事実。皆に元気がない。なんとかできないものだろうか……。いや、出来るのはできるのだが……亜雪からは口止めされているから離せないのだ。
しかし、私は華琳様の将。優先順位は華琳様だ。……すまないな、亜雪。
「華琳様、よろしいでしょうか。」
軍議の場で私は華琳様に発言の許可を貰う為、声をかける。軍議では話し合いが終わり、もう解散する雰囲気が立ち込めていた。現に華琳様も私が声をかけなければ解散の意を口に出していたことだろう。
「ええ、秋蘭。発言を許可するわ。」
そういって静かに私の言葉を待つ華琳様。他の皆もそうだ。軍議の度に罵り合いをしていた姉者と桂花も最近ではその元気もないようで、静かなものだ。
お前がいないだけでここまで魏という物が変わるのだな。いなくなって始めてわかる事……か。一生わかりたくなかったものだ。
「はっ。実は亜雪から口止めされていた事があります。」
――――― ガタガタッ ―――――
私が言葉を言い終わるかどうかのところで9人の人物が驚きの表情をしながら立ち上がった。―――姉者と桂花、凪。それに元董卓軍の将たちと董卓自身だ。
無理もない。3人は私から見ても亜雪に懐いていたからな。桂花は華琳様と同等程度の扱いをしていたし、姉者も基本的に華琳様が無理で私も忙しいなら亜雪のところに言って構ってもらっていた。亜雪は軍師も出来る人はほとんどいないといわれている分割思考ができる稀有な存在だったから仕事をしながら姉者の話し相手も出来るということで亜雪の部屋に入り浸っていたのを鮮明に覚えている。凪は亜雪の弟子だから当然といえば当然だ。亜雪の適切な訓練によって姉者とも五分五分の勝負をするようになり、恋に迫る勢いだ。
そして、亜雪に一番恩義を感じている面々である董卓達。先ほど話に出てきた恋こと呂布を始め、月、音々音、華雄、詠、霞達だ。彼女らの顔は喜色でいっぱいだ。これまで無理をした笑顔が多かった分、今の笑顔が少し神々しく見えてしまう。
だが、私が伝えるのは「彼女は帰ってこれない……かもしれない(・・・・・・)」ということだ。必ず帰ってくるということではないので、彼女達の笑顔が今は少し心が痛くなる。だが、それでも伝えなくてはならない。これを伝えるだけで色々と違うのだから。今までどおりとは言わずとも、かなり改善されることだろう。ならば言うしかないではないか。むしろ何故今まで言わなかったのかという罪悪感が湧き上がるぐらいだ。
「みんな……座りなさい。喜ぶのも悲しむのも全てを聞いてからでも遅くないわ。」
そういいつつも華琳様の顔は少しばかり笑みが浮かんでいる。華琳様も呉の前王である孫策のように「そんな気がする」という思考なのかもしれない。もしくは、そうあってほしいからこそ……なのかもしれないが。
皆が座るのを確認してから華琳様は私に続きを促してくる。軍議に集まっているほかの皆も食いつくように私のほうを見てくる。私はそんな皆の様子に苦笑しながら続きの言葉を発する。
「私は亜雪に口止めされました。『もしかしたらコレを言うと皆がさらに悲しむかもしれないから。……だけど、もしも見るに耐えないぐらい皆が皆落ち込んでいたならば言ってやってくれ。そうすればなんとかなるだろうさ。』……と。」
「そ、それでっ!?あの馬鹿はなんといったのだっ!?」
回りくどい言い方をする私に姉者がじれったいとばかりに先を促す。その言葉に私の顔がさらに苦笑することがわかった。
……姉者、亜雪の言葉が気になるのはわかるが少し順序付けて話をさせてくれ。
「……『頑張ることだな。――――――私が驚くぐらいにはしていてくれよ?』。以上が亜雪から口止めされていた事柄です。」
一番初めに訪れたのは沈黙だった。そして、それに次いでの歓喜の笑みと不思議そうな顔をする者の二種類。歓喜の笑みを見せたのは華琳様や軍師の三人、そして恋と華雄を除く董卓軍の皆。後者の不思議そうな顔をする者の方はその他の武将達。……いまになって思えば魏軍は知略をかじっている武将が少なすぎる気がしなくもない。霞がなかったら私ぐらいしかいなくなるのではないか?
……よそう。考えるだけでも頭が痛くなる。
「ふふっ、亜雪ったら……『いつか帰って来た時』って言葉が抜けてるわよ。……まったく。」
そういいながらも華琳様は笑っていた。ここ最近見なかったその笑みが帰ってきていることを認識することで、私も安堵の息を出す。
そして、華琳様の言葉で亜雪の伝言の意味がわからなかった武将達も意味がわかったのか嬉しいという感情が目に見えてわかる。それと同時に先ほどまで暗かった軍議の場が一気に明るくなった。
「桂花っ!今すぐ呉と蜀にこのことを伝えなさいっ!!」
「はいっ!」
華琳様の命を受けて慌てて軍議の場から出て行く桂花。そこまで慌てなくてもいいのにと思わなくもないが、気持ちもわかる。まったく……最後に大きな爆弾を置いていったな。皆がここまで騒いでいるところなど久々に見た。それほどまでにお前がここに影響を与えていたということだ。
昔からわかっていたはずなのだが……色々ありすぎて忘れてしまっていたのか。お前の存在が皆を支えていたことを。
……この調子だと宴か?
今回の宴は前に中止になった分もあって騒がしいことになるだろう。……ふふっ、悪く思うなよ亜雪?お前が勝手にいなくなったのが悪いんだ。
お前の分も私達が楽しませてもらおう。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
私は魏の使者が持ってきた文を蓮華から奪っていつもの木の上で読んでいた。私が蓮華に王位を譲った後にもなんどかお忍びで会いに来てくれた亜雪が残していった言葉がつづられたその紙を私は何度も読み返す。
「貴女も馬鹿ね。これが言いたかったなら最初から言っときなさいよ。……そうする暇もなかったなら仕方ないけど。」
きっと今の私の顔はだらしなく緩んでいることだろう。それだけこの文に書かれていることが嬉しいのだ。
いつかはわからないが亜雪が帰ってくる。それだけでもわかったなら幸いだ。きっと亜雪のことだからなんとかして私達が生きているうちに帰ってくるでしょう。もしかしたらもう帰ってくる手段を見つけているかもしれないわね。
嗚呼、待ち遠しいわ。
これはもう宴でも開いてぱぁーっと飲み明かさないとこの胸の昂ぶりを押さえきれないわね。
あの時、貴女が私を守らなかったら私は死んでいたでしょう。そして呉の将兵は死兵と化し、魏の兵の血を我らが孫呉の大地にしめこませただろうことは容易に想像できる。
魏の兵に紛れて私の毒矢を射た五胡の蛮兵達。その毒矢から身体を張って助けてくれた貴女がいなければ私はこうして呉の皆と楽しく暮らすことはできなかった。貴女は気づいているかしら?貴女は孫呉と曹魏の数多の命を救ったことを。
その身を挺して私を助けたことによって数多の兵の家族に安らぎを与えたことを。
貴女のおかげであの時は戦にならずにすんだ。あの時は貴女を助けるために魏・呉臨時同盟を結び、お互いを分かち合った。そこで曹操に命の恩人のことについて色々と聞いてみた。姓は風舞、名は空、字は無し。珍しい名前だと思った。しかし、話を聞けば異邦人だという。納得もいった。彼女は管輅の占いで予期された天の御使いだということも少し考えれば予想できた。
しかし、わからないこともあった。何故亜雪を天の御使いだと公表しなかったのかについてだ。それに対して華琳が答えた内容は納得がいった。そして、何故それに気づかなかったのかと自分を少し恥じた。
「私は公表するつもりだったのよ。でも亜雪が……空が言ったのよ。『私が天の御使いだと公表すれば利益が生じるのは理解してるが、それに目を眩ませては意味がない。私が天の御使いだと公表して得る利益と不利益を考えれば公表することは控えておくべきだと思ったのだが……違うか?』だって。私の配下に位置しているくせに生意気にもそういってきたのよ。まあ、間違ってなかったからお咎めはなしにしたけれど……。」
ほんと、馬鹿よね。
そういいながら華琳は懐かしむかのように目を細めていた。
確かに馬鹿だと思う。配下にいながら自らの王に対して敬う事もせずに口答えするなんて……。でもそれと同時にいい部下だとおもってしまう。王が誤った道を行こうものなら例え殺されようが正してみせる。そういう気概が伺えるからだ。亜雪がやったのは簡単そうに見えてすごく難しいこと。自分の命をかけてまで自らの主を正すということはどんなに優れた将でも容易には出来ない。
本当に、私のところに来て欲しかったわ。
物思いにふけながらも私は腰に備え付けておいた酒が入っている瓢箪を煽る。
貴女が私に贈ってくれた故郷の国酒という濁酒というお酒を飲みながら空を見上げてみる。貴女の名前と同じ蒼く澄んだ青空は、きっと貴女が帰ってくるという気を起こさせるには充分だった。
「これは帰ってきたらお仕置きが必要ね♪」
「そうだな。……それよりお前のお仕置きはどんなのがいい?」
私のお仕置き?……うーん……?
というかなんで私のお仕置きが必要なのかし……ら……
「あはは……め、冥琳じゃない。奇遇ねぇー」
自分でもわかるぐらい冷や汗が流れているのがわかる。だって冥琳の裏に修羅が見えるんですもの。まるで修羅が取り付いているかのようなその姿は……うん、亜雪助けてっ!
「姉さま?魏からの書簡、返してくれますよね?」
「あ、あら蓮華。し、仕事はしなくても大丈夫なのかしら?わ、私みたいになってもお姉さん知らないぞー」
あ、あはは……挟まれちゃった。
しかも私が変なことを言ったせいか二人の威圧が一段階あがってる。蓮華の背後には悪鬼が見えるし……と、とりあえず落ち着きましょう。この濁酒でも飲んで……
「……雪蓮?」
「……姉さま?」
冥琳?蓮華?どうしたのかしらそんな怖い顔して。ほ、ほら額に血管が浮き出てるわよ?可愛い顔が台無しじゃない。
「「……。」」
「……なんだっけ……うーん……」
「「……。」」
「あ、そうだ。……前門の虎、後門の狼だったわね。」
亜雪の馬鹿っ!こん知識要らなかったわよっ!!
「雪蓮っ!」
「姉さまっ!」
「町の皆が私を待ってるのよーっ!」
半刻後、私は祭と一緒に飲んでいるところを捕らえられましたとさ。……祭が道連れになったのは悪かったと思ってるわ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
亜雪が元いた世界に戻ってからというもの、私は今いる世界が色をなくしたかのように見えていた。だが戦友であり、亜雪とも私と同様に繋がりがある星によってある程度は回復した。
「愛紗よ。お前も弱くなったな。」
あの時、星は私が自室で休んでいるときを見計らって私の部屋を訪れてきた。そして入ってきて早々その様な言葉を発したのだ。
意味がわからなかった。弱くなった?いや、昔と比べたらだいぶ強くなったつもりだ。いや、亜雪にも一時期稽古をつけてもらっていたから確実に強くなっただろう。そんな私に弱くなった?
なにがいいたいのだろうか。……亜雪がいなくなってからと言うもの私の脳は働こうとしない。まず、気持ちが入らない。そういえば兄が死んだときもこんな感じだったか…。
「強く気高い魂を持った関羽雲長も乱世が終わった今となっては貧窮に陥った老婆にも負ける。お前は結局その程度の武人だったのだな。亜雪の眼も腐ったものだ。コレが武神だと?ハッ、笑わせる。」
星?
なにを言っているんだ?亜雪の眼が腐っている?私が武神?
いや、それより何故星はこんなに亜雪を悪く言っているんだ?お前も亜雪とは唯の戦友程度の関係ではなかったはずだろう。なのに、何故そこまで亜雪を悪く言える?
「……いくらなんでも私も怒るぞ、星。」
「貴様程度が私の真名を語るか。……この程度の奴なら真名など一生教えなかったのだがな。私の眼も妖の幻影でも見せられていたのか。コレはまた奇怪な話だな。関羽もそう思うだろう?」
嗤う。しかし、眼は嗤っていなかった。心の底から蔑んだ眼が私をのぞいていた。
「……何が言いたいっ!はっきりと言えっ!!」
「なんだ怒ったのか?そうかそうか、ようやく怒ったのか。でもなぁ……私のほうがもっと怒っているんだよっ!!」
気がつけば私は吹っ飛び、壁にぶつかっていた。そして頬に痛みが走り、唇が切れたのか口からは血が出ていた。目の前には憤怒の表情の星。こんな星は見たことがない。
私はそこで初めて殴られたのだと理解した。
「い、いきなりなにをするっ!」
「いきなりだと……?馬鹿をいうのも程ほどにしておくがいい関羽よ。私は亜雪が消えたあの日から貴様と諸葛亮、鳳雛を殴りたくて仕方なかった。それを我慢していた姿は一目見た瞬間わかる程度だったはずなのだがな……。」
そういって憤怒の表情をこちらに向けながら拳を握りなおす星。その瞳には劫火の如し炎が渦巻いていた。
そういえば最近桃香様や翠達からもあまり星には近づかない方がいいとは言われていたが……これが理由だったのだろうか。いや、それだけではない。星とすれ違ったときや軍議の場でも星の様子はいつもおかしかった。今思えば近くにいた紫苑や桔梗達になだめらていた様にも思える。事実そうだったのだろう。
そんな考え事をしているうちにも星は言葉を続けていく。
「私は亜雪のことを本当の家族のように思っていた。だからこそ戦場で私は本気で亜雪を殺しにいけた。何故か。それは信頼していたからだ。亜雪ならば私の渾身の突きををも防いで見せると。だから私は彼女がこの世界から元の世界に戻ることになろうとも冷静でいられた。……必ず帰ってくると信じているからな。」
そういって私を見る星の瞳は強かった。しかし、家族だと思っていたからこそ殺しにいけた。最上級の信頼と信用を星は亜雪に見せていた。そしてそれに亜雪は答えていた。
それに比べ私は彼女と戦うことを精一杯避けていた。それが一番良い方法だと疑わなかった。だがそれは相手をとぼしているんじゃないかと思う。私達は武将。戦場で戦うことが使命。そしてその武は誇りを持って相手を切り裂く。その業を背負いながら戦い続ける。それが私達武将だ。それなのに戦うことを避けるなど相手に失礼に値するのではないか?
今ならそう思える。星の独白を聞いた今ならば。
「私は亜雪が帰ったあの日。あの時まで貴様ら全員が私と同じ思いを盛っているのだと思っていた。だが、違っていた。……なんだその様はっ!よくそんな姿を表に出せたものだなっ!!今の貴様らの姿で亜雪が私達に託していった未来が見れると思っているのかっ!!亜雪がそんな姿をみて喜ぶとでも思っているのかっ!!……ふざけるなよ……亜雪が帰った?だからなんだ。私達は民の命を託されているんだぞ?乱世が終わり、今が一番厳しい時期だというのに民は我慢してくれている。私達が亜雪が帰って寂しいだろう。苦しいだろう。そういって待っていてくれている。そんなことでいいのかっ!貴様はそんな民に今の姿を見せて自分を誇れるのかっ!!」
荒い息を吐きながら何もいわない私を見つめる星。呼吸が落ち着き、なおも私の返答を待つ星は何も言い返せない私を視界から外した。まるでもう見たくもないといっているかのようなその仕草は一本の槍として私の胸に深く刺さった。
「……ゆっくり考えてみることだな。」
答えが出たら教えろ。私は亜雪に託されたこの世界を守らなければならんのでな。そういって去っていく姿は私の大分先を歩いているかのように錯覚させた。
私はどうしたらいいのだろうか……。
窓から外を見ると蒼い空が私を見守っていた。
「……私は……」
私が新入社員で仕事になれないことからあまり次の話がかけていません。なので不定期更新になると思います。
すみませんがご了承の程をお願い申し上げます・・・。
因みに次の話もまだプロローグの予定です。