緋弾に迫りしは緋色のメス   作:青二蒼

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霧ちゃんカワイイ(挨拶)

書いてる内にとんでもない方向に話が進んでしまったが、多分、収拾は出来る……はず。

注意事項

・ギスギス姉妹
・霧さんキレる


94:仮初めの生活

 

 私の家族宣言に顔を青くするかなめ。

 あー、空気が美味しい。

 思わずニヤニヤ顔になりそうなのを我慢する。

 そんなかなめちゃんは反射的に声をあげた。

「ダメだよそんなの!」

「ダメって言われても……。かなめちゃん自身が家族以外部屋にいちゃダメって言ったのをキンジから聞いたんだよ? なら、逆に家族ならいてもいいって話なんだからそれをダメって言われても、ねえ?」

 私が言いながらキンジに流し目をすると、キンジも頷く。

「そうだぞ、自分の言ったことだろう?」

「そう、だけど……でも」

 歯切れ悪く、かなめは視線を逸らす。

 今の彼女に屋上で話してた時の敵視する雰囲気はない。

 それどころか、私に恐怖を抱いてる。

 ふーん……本能的に私が危険だって感じてるね。

 まあ原始時代の名残か、女性の危機察知能力は男性よりも高い。

 そりゃ子供を守るのに必要な能力だからね。

 これまで、なんとなく私が危険だって思われることがなかった訳じゃない。

 それでも今まで上手く警戒をされないように立ち回ってきた。

 だけど、かなめは私を確実に警戒してる。

 神崎や白雪、レキといった面々に比べて接触した時間は少ない筈なのに……一番警戒してる。

 なんでだろうね?

 と考えて、キンジを見てすぐに気付いた。

 ……ああ、なるほど。

 なんとなく分かってきたよ。

 ――HSSだ。

 思考速度や反射速度を高めるヒステリアモード。

 それは男性なら戦闘的な面や、女性に対して魅力的な男性としてアピールする方に特化してる。

 では、逆に女性なら?

 ロスアラモスの研究施設でかなめがどういうコンセプトで設計されたかは知ってる。

 相互にHSSになって強化兵士として比類なき戦闘力を持つ双極、『双極兄妹(アルカナム・デュオ)』。

 だけど、HSSの仕組みが男性と女性の本能、本質を高めることでしかない事を彼等は理解してなかったんだ。

 女性の本質は子供を守ることや、情報収集をしてリスクを回避する能力、そして強い男性に守ってもらえるように魅力的な女性としてのアピール。

 それらをHSSは強化する。

 だから、仮説として女性は戦闘面では弱くなる可能性が高い。

 代わりに身内を守る方に特化する。

 だとするなら……かなめが私の本質を理解してる可能性がある。

 私と出会ったあとにHSSに一度なったんだろう。

 そう推理すればこの変化は納得できるからね。

 となると、だ。

 レキ以上に私を警戒してる訳だね。

 今後の邪魔になることは大いにあり得る。

 元からそうするつもりだけど、やっぱり――

 

 キンジが変な愛着を持つ前に消えてもらおう。

 

 なんてことはおくびにも出さず、私はニコニコと笑顔。

 すぐに行動したら怪しまれるからね。

 友好的に接しておいて、周りが私を怪しまないような関係を築きあげとかないと。

 別に人間的にはレキより好きだし。

 対してかなめは胸を片手で抑えて、女の子らしく怯える仕草をしてる。

 そんなに怖がらなくてもいいのに。

「いきなりだけど、これからよろしくね」

 何でもないように私は笑顔で話す。

 生い先短いかもだけど。

 

 

 とまあ、かなめとキンジと私の家族生活が始まった。

 かなめは学校内でも私を監視するようにチラチラと見てる。

 そんなに見ても何も出てこないのに。

 学校内での私は武偵――白野 霧。

 それ以上でも以下でもない。

 それから昼休みに急に神崎達から呼び出しがあった。

 現状でも知りたいのかな?

 そう思って、集合場所に指定されたのは強襲科(アサルト)の専門科棟。

 体育館に似た様相の2階部分にバスカービルのみんなはいた。

 ここを指定したのは、昼休みでも練習とかで銃撃音がするから会話が聞かれにくいからだろうね。

 私が2階に上がると神崎が真っ先に、

「遅いわね」

 と腕を組みながら理不尽なことを言ってくる。

 逆だと思うんだけどねえ。

 みんなが早すぎる。

 それにすぐに集合と言われたけど、時間までは指定されなかったし。

 と、屁理屈をこねることは出来る。

 けど、周りに針を刺すような雰囲気があったのでやめた。

 それ以前に妙にピリピリしてませんか、皆さん。

 あと、ジャンヌも何故かいるし。

「白野、遠山とかなめの様子はどうだ?」

 真っ先に現状確認をジャンヌはしてきた。

「まあ、いい感じに引き込めてるんじゃないかな? かなめちゃんは最初からキンジに心酔してるみたいだし。あとは何だろうね……憑き物が落ちたみたいな、ともかくキンジが何かしたのか少し丸くなった気がするよ」

「そ、その何かってま、まさかアレじゃないでしょうね!?」

 私が様子を伝えてると神崎が急にこっちを向いて食い付いてきた。

 けど、アレってなに……?

 なのでそのまま私は疑問を口に出す。

「アレってどれ?」

「その、アレと言えば……アレよ! バカキンジの得意分野の、その……ロメオ的なことよ」

 神崎は直接的な表現は恥ずかしいのか、武偵用語で答えてくる。

 ロメオ的なことねえ。

 見たわけじゃないけど、キスとか辺りはしてそう。

 神崎の言い方からしてキス以上のことも含んで聞いてそうだけど。

「さあ? 私はそこまで踏み込むつもりがなかったからね。ナニをしたかまでは知らない」

「下ネタ……」

 理子がジト目でぼそりとツッコんでくる。

 だけど、他のメンバーは気付いてない。

 まあ、そういうことを知ってるの理子だけでしょ……この面子で。

 ていうか……

「ジーサードの陣営を引き込む方針って、ちゃんと伝えてるの? ジャンヌ」

 神崎がロメオって言った辺り知ってはいるんだろうけど、説得出来てるかは怪しい。

 私が軽くバスカービルの面々を指差しながら聞いてると、ジャンヌは腕を組んで胸を軽く張った。

「もちろんだ。遠山がどういった手段で懐柔しているか、ちゃんと説明もしたし分かりやすく想像図も描いてのだぞ。抜かりはない」

 抜かりしかない。

 ポンコツ聖女に期待するだけ無駄だった。

 なんで知能は高いはずなのに頭は悪いのか……

 ジャンヌに限らず、神崎も似たようなものだけど。

「あんた、何か失礼なこと考えてない」

 そして勘は冴えてる神崎。

 私は笑顔であえて肯定する

「うん、考えてる。聞きたい?」

「相変わらず性格悪いわね、そういうところ。聞いたら余計にムカつきそうだからやめとくわ」

 珍しく冷静な対応だね。

「それで? 本題は状況を聞きたいわけじゃないんでしょ?」

 私としては本題が別にあるとみてる。

 じゃなかったらこんなに集まる必要もない。

 情報の交換なんて最低限の人員でいいわけだし。

 ジャンヌは少しだけ疲れたように息を吐いた。

「その、だな……バスカービルの面々はかなめの懐柔まで待てないらしい。私としては白野の報告からして順調に進んでるのだから少し待て、と言ったのだが――」

「だーかーら、まだるっこしいのよ! 相手がなんの目的でかなめを寄越したか知らないけど、あまり時間をかけたら相手も情報の収集とかしてるかもしれないし、戦略の基盤とか築いてるかもしれないでしょ?!」

 神崎はまくし立てるように説明する。

 言いたいことは分かるし、一理ある。

 かなめを通じて私達が懐柔しようとしてるように、向こうもかなめを通じて何かしてるのかもしれない。

 実際、かなめは1年をまとめあげて独裁者じみたことをしようとしてるし。

 その神崎の説明に対して珍しく白雪が同調する。

「そうだよ、霧さん。それに兄妹でもやっぱり男と女だし……イザナギとイザナミ的な事になるかもしれないから! うん、やっぱりダメだよ! 兄妹でもそんなことしちゃダメ!」

 イザナギとイザナミ……日本の神様でアダムとイヴ的な存在だったね、確か。

 で、白雪は軽く暴走気味。

 レキと理子に関しては無反応。

 理子は、どちらかと言うと私を心配してるような感じ。

 しかし……もっともらしいことを言ってるけど、要はだね。

「キンジがかなめちゃんに独占されてるのが気に入らないていう理由じゃなくて?」

 と、私はにんまりと笑いながら聞いてみると、

『……!?』

 神崎と白雪は顔を赤くして反応。

 レキも珍しく、ピクリと動いた。

 理子も2階の転落防止の柵に腕を乗せながらも、ちょっとだけ動いてる。

 なんだ、理子も好きとかまではいかないけど気にはなってるんだ。

「……否定はしません」

 珍しくレキが口を開いて答えたことにさらに神崎と白雪が反応する。

 いかにも、マジで!? って感じの表情だね。

「しかし、霧さん。それよりもあなたはキンジさんと同居しています。それは、何故ですか?」

 これまたレキが私がキンジの部屋に住んでるもを何故か知ってる。

 まだ1日しか経ってないのに。

 さては監視してたね……

 レキの部屋からキンジの部屋は一応見えるし。

 神崎はわなわなと震えながら私を指差して聞いてくる。

「ちょ、ちょっと……どういうことよ?」

「まあ、成り行き? しばらくキンジの部屋で世話になることになってね」

「ま、まま、まさかあんたまでキキ、キンジに変なことされたんじゃないでしょうね!?」

 変なことじゃないけど、まあ、何かされたというか……なんというか……

 どう答えよう?

 開き直ってもいいけど、キンジに嫉妬の八つ当たりが行って迷惑をかけたくないし。

 説明すれば神崎は間違いなく暴走する。

 それを面白半分で見たくもあるけど、家族の迷惑にはしたくない。

 なので、それとなくはぐらかす。

「いや、かなめちゃんが手に負えなくて助けて欲しいって言われたから……仕方なくね」

「だったら、なんでそんな嬉しそうな顔してるのよ!」

 嬉しそう?

 神崎がそう指摘してくるので、思わずコンパクトミラーを開けて見る。

 妙に熱っぽい顔をして、頬を緩ませてる私がいた。

 そんなつもりはないんだけどなあ……

 自分の意思とは関係なく顔が緩くなる。

 確かにキンジとの生活は退屈しなさそうで楽しみなんだけど、嬉しそう……か。

 嬉しいって感情、なのかな。

 キンジが私を選んで、家族になって欲しいって言われて。

 選んでくれた事にすごく安心や満足感があったとは思う。

 それが嬉しいってものなのかはよく分からないけど。

 とりあえずコンパクトミラーを閉じると同時に私も一度深呼吸して目を閉じる。

 感情をリセットしないと。

「……何でもないよ」

 私はそのまま続けてはぐらかす。

 しまった……今の言い方は失敗だったね。

 変な間があるし、何かあるって言ってるようなものだよ。

「絶対にウソでしょ!? 言いなさい! キンジに何をされたのよ?!」

 すごく焦った感じで神崎が詰め寄ってきた。

 想定通りのリアクション。

 ああ、もう……どうやって答えよう……

 いつもなら平気で事実を織り交ぜながらも肝心なところは伝えず有耶無耶(うやむや)にできるような言葉の1つや2つ思い付くのに、何も出てこない。

 こうなったら神崎の苦手な話題で話を逸らす。

「本当に何もないよ。そういう神崎さんも妙にキンジに固執するようになったね。先日、何かあった? "屋上"で」

 ちなみに屋上で神崎がキンジとキスしてたのは知ってる。 

 全部、あの手この手で観察してるからね。

 成り代わる予定だし。

 すると神崎は分かりやすく、ぼふ、と煙が出そうなほど真っ赤になった。

 相変わらず、瞬間湯沸し器みたいな顔色の変わりようだね。

「にゃにゃ、にゃんで知って……」

 あわあわしながら私を問い詰めてた神崎の指先が今度は震え出す。

「いや、屋上で何があったかは知らない。けど、屋上から降りてくるところを見掛けて妙にご機嫌だったし? そのあとにキンジが降りてきたから何かあったのかな~ってね。そっちこそ、あの時に何をされたのか聞かしてもらいたいな。そしたら教えるよ」

 神崎のことだから絶対に答えないし、こんな他人がいるところならなおさらだろう。

 勝ったね。

 神崎はフリーズしてる。

 火が出そうなほど真っ赤なのに凍ってるとは……なかなか器用な反応だよ。

「そこまででいいか?」

 ジャンヌが話が進まないとばかりに遮る。

「白野、実際にお前はどうなんだ? お前以外のバスカービルの面々は実力行使に賛成している。神崎の言葉も理解出来なくはないからな」

 と、冷静な見解をジャンヌはしながらもこちらの判断を聞いてる。

 今のところかなめを実力で排除するのは、まあ、私的にはアリかな?

 って言っても私個人で考えてる"排除"の方なんだけどね。

 しかし、理子も賛同してるのは意外。

 何か狙いでもあるのかな?

「確かにあんまり時間を掛けるのもよくないね。まあ、ここらで一回かなめちゃんに交渉の余地はあるのか聞いてみるよ。それでダメなら、別でアプローチしていこう」

「……分かった、それでいこう。バスカービルもいいな?」

 ジャンヌが私の言葉に少しだけ頷くと同意を求めた。

「霧さんがそういうなら」「りこりんも異存はありませ~ん」「……分かりました」

 そして神崎以外に同意は得られた。

 肝心の副リーダーは未だに固まってる。

「神崎さーん……。ダメだ、完全に固まってる……」

「……まあいい。白野、直接奇襲されていないお前ならかなめに対してそれほど嫌悪感もないだろう。実際、同じ空間にいれるのだしな。お前も糸口になれるかもしれん。頼んだぞ」

 神崎に対してジャンヌは呆れがちに言いながらも、冷静に進める。

 私はいいけど……向こうの方が警戒心マックスなんだよね。

 どうしようかな?

 2人きりになったら余計に警戒されかねないし、キンジをおいてワンクッション挟んだ方がいいね。

 私がキンジをどうこうするつもりがないことをアピールすれば少しは態度が軟化……するといいなぁ。

 あの警戒心を下げるのは少し厳しいかもしれない。

 まあ、何とかしてみよう。

 

 

 そして、私がキンジの部屋に同居して2日目の夕方。

 普通に男子寮に入っていくことに関しては考えないことにした。

 合鍵を使って玄関から入って、

「ただいま~」

 と言う。

 いかにも日常の一コマって感じ。

 靴を脱いで、リビングへと行く。

 キンジはまだ帰ってないみたい……かなめもいない。

 ご飯でも作ろうかと思ったけど、帰ってくる時間も分からないのに今作っても冷めちゃうし。

 軽く部屋を見て回ると、一室は既にかなめの部屋になってるみたい。

 無用心に鍵が開いてるとは思わないけど、入ろうとも思わない。

 家族と言えどプライベートは大事だしね。

 さて……何しよう?

 荷物は昨日の内に整理したし、洗濯物がある訳でもない。

 本格的にやることが、ない……

 そうだ……キンジがいつ帰ってくるかメールで聞いておこう。

 それで逆算して、夕食の準備とかすればいいし。

 メールで聞いたら『もうすぐ戻る』とのことだから。

 今から準備しておこう。

 ちょうどその時、玄関先に人の気配。

 足音の軽さからしてかなめだろう。

 ここは家族らしく出迎えでもしてあげよう。

 かなめからしたら嫌な感じかもしれないけど。

 それに、さっきから私がいると思ってるのか入ろうとする感じがしないし。

 私が鍵を開けて、ドアを開くとそこにはやっぱりかなめがいた。

 案の定、微妙な表情をしてる。

 対して私は視線を軽く合わせてにっこりと笑顔で迎える。

「お帰り、ちょうどよかったよ」

「…………」

 かなめは何か反応に困ってる感じで、視線を泳がせる。

 先日の屋上での噛みつき具合はどこへやらだよ。

 私を排除しようと躍起にもなってたのに、あかりと一戦交えてからそのための基盤もどこかへ流れた。

 進退(きわ)まるって感じだね。

「そう警戒しなくてもいいのに。キンジがもうすぐ帰ってくるから、一緒にご飯の準備をしてくれると、お姉ちゃん助かるな」

 口調は柔らかく、笑顔は忘れず。

 ここでは家族なんだから。

 それから切り替えるようにかなめを一度目を閉じて、

「変なことしたら……許さないから」

 気丈に、自分を奮い立たせるように私を睨んだ。

 かなめは意を決したように玄関へ私を押し退けるように入った。

 別にキンジには何もしないのに。

 玄関を閉じて、そのまま私はキッチンに向かう。

 メニューは、と……

 キンジがカレーばっかりって話をしてたから、違うメニューにしよう。

 カレーの材料のニンジン、玉ねぎ、じゃがいもがそれなりにあるからこれを活用して、鶏もも肉もあるから……チキンコンソメピラフにしよう。

 それでコンソメスープも一緒にして、カレー粉があるからこれも活用して、じゃがいもをスライスしたカレー風のサラダにする。

 うん、これでいこう。

「ねえ、かなめちゃん。この材料使ってもいい?」

 用意してるのはかなめちゃんだから、材料を見せて許可を求めるけど、ソファーに座ってる本人はいかにも苦虫を噛み潰したような顔をしてる。

「キンジの好みの味付けとか教えてあげるから」

 私がそれを付け加えると、少しだけ表情が変わった。

 むすっとした感じは変わらないけど。

「……別にいいよ。ただ、あたしもやる」

 かなめは私の腕を盗んでやろうって感じだね。

 監視もあるだろうけど。

 キンジが好きなものを全部取り込もうとしてる。

 貪欲なことで……まあ、ハングリー精神は大事だしね。

 キッチンにいる私の隣にかなめは来たけど、我慢してるんだろうなぁ……

 こっちに視線を合わせてくれないし。

 他の人が見たらあからさまにギスギスしてるって分かるだろう。

 しかし、そこは私。無視して進める。

 かなめと会話らしい会話はないけど、私の言葉に反抗するほど意地を張ってはいないみたい。

 素直に私のアドバイスを聞いてくれてはいる。

 反応もしないけどね。 

 それからお互いに料理をしながらも途中でかなめが唐突に口を開いた。

「……1つ聞きたいことがある」

「んー、なに?」

「お兄ちゃんをどうするつもり?」

 自分のことより、キンジのことか……

 かなめの包丁の音が不自然に止まる。

 私の言葉次第ではその包丁がこっちに向きそうな雰囲気だね。

 って言うか、どうもこうも――

「何の話かな? 別に、かなめちゃんが私をどう思ってるのか知らないけど……キンジに何かすると思ってるならそれは誤解だよ」

 実際、何もしないし。

「……胡散臭いよね」

「よく言われるよ。かなめちゃんが私をそこまで警戒するのはよく分からないけど……世の中、生理的嫌悪ってのもあるから、そこは気にしないでおくよ。お姉ちゃん的には仲良くして欲しいけどね。じゃないとキンジも居心地悪いだろうし」

 これは全部本音。

 命狙ってるのに仲良くするって意味分からないって思われるけど、別に矛盾はしてないと思うんだよね。

 まあ、そこは私のポリシー的な?

 相手のことを何も知らずに殺すなんて可哀想だと思ってるし。

「それに、私はキンジの……家族の味方だからね。そこは信用して欲しいかな」

 私はかなめにいつも通りの笑顔を向けるけど、かなめはやっぱり反応しない。

 焦らずにいこう。

 

 ◆       ◆       ◆

 

 霧を俺の家族として護衛役にしたお陰で今日の足取りは幾分か軽い。

 部屋に帰るのが最近は恐ろしかったからな。

 それに何だかよく分からんが、かなめは霧が苦手らしい。

 気持ちは少し分かる気もするがな。

 俺的にも敵にはしたくないタイプだ。

 あの手この手でこっちの苦手な部分を突いてこようとする。

 あいつの戦い方は強襲科(アサルト)よりも諜報科(レザド)よりのやり口だ。

 だからこそ、味方でいるのは頼もしい。

 さて、部屋の玄関まで帰ってきたはいいが……かなめとは上手くやってるのかが心配だ。

 苦手でもアリア達同様にかなめは霧もあまり俺に近付けたくないらしいしな。

 扉を開けたら部屋がメチャクチャになってる覚悟くらいはしておこう。

 その方が、まだ俺の胃のダメージは少ない。

 結局意を決して俺は玄関を開ける。

 銃撃とか、刀剣の音とか……しないな。

 まず、そこは安心だ。

 よし、次は戦闘が終わってるパターンをイメージしておこう。

 武偵憲章7条……悲観論で備え、楽観論で行動せよ。

 何か微妙に違うが、とりあえずリビングへ進む。

 だが俺の悲観的なイメージとは別に……何か良い匂いがするぞ。

 硝煙の火薬臭い感じはしない。

 そのままリビングの様子をこっそり見るように入ると、そこにはテーブルを囲んでるかなめと霧がいた。

「それでね、キンジは匂いに結構敏感で……案外好きな匂いの時は微妙に距離を離すんだよね。例のアレを発動させたくないからか、本人は無意識だろうけど」

「……そうなんだ。好みってどんな匂い?」

「クチナシの匂いっぽいんだよね……神崎さんがそんな匂いだったかな?」

「や~っぱりそうなんだッ」

「ここだけの話……あ、キンジお帰り」

 お前ら、何で俺の好みの匂いの話をしてるんだ……

 かなめに何か言おうとしたところで霧がこっちに気付いた。

 それからかなめは俺を見つけると、途端に表情が明るくなった。

 こそこそしてる意味がなくなったので普通にリビングへ入る。

「お兄ちゃん、お帰り! 今日は遅かったね」

「ちょっと買い物にな」

 主に薬局。

 胃薬的なのを買いだめしておかないと、いつ戦闘とかで買い物にいけなくなるか分からんからな。

「で、かなめはさっきから何をメモってるんだよ……」

 霧と話してる最中も何かノートに書いてたし。

「これはお兄ちゃんノートだよ。お兄ちゃんの好きなモノとか嫌いなモノとか、クセとか書いてるの」

「やめろよ、そんなの」

 アサガオの観察日記じゃないんだぞ。

「そうだよ、かなめちゃん」

 ここで霧がかなめに、

「そういうのは本人に気付かれないようにしないと。警戒されたら観察できないよ」

 注意する訳ないよな。

 かなめも『あ、そっか』みたいな顔をするな。

 こいつら、普通に何故か連携してやがる。

 霧はともかくかなめは俺に女子を近付けたくなかったんじゃないのか?

「それじゃあ、ちょうどキンジも来たところでご飯にしよっか。今日はかなめちゃんと一緒に作ったしね」

 霧が言いながらキッチンからカレーじゃないメニューを持って来たぞ。

 最近は2日に1度はカレーだったからな。

 別に美味しいからいいんだが、飽きがあるのも事実。

 しかし、かなめと一緒に料理したのか。

 俺が思ったよりもそんなに仲が悪いわけではないみたいだ。

 少し安心した。

 最近は女子同士で殺伐としてたからな。

「そうか、上手くやってるみたいで安心したぞ」

 俺がそう言うとかなめと霧は顔を見合わせて、何も言わずにニコリと互いに微笑んだ。

 なんだ……?

 何故か悪寒がするぞ

「うん、大丈夫だよ……お兄ちゃん。上手く"やって"みせるから」

 と、かなめが言い――

「いきなりのことだから、もうちょっと時間が必要なんだよ。お互いに」

 霧も何か曖昧(あいまい)な感じなことを言う。

「それよりも早く席に着いてよ、料理が冷めちゃう」

「うん、お兄ちゃんにあたしの作ったの先に食べて欲しいな。"お姉ちゃん"よりも絶対に美味しいから」

 などと妹設定の霧と、自称妹のかなめがぐいぐいと来る。

 さりげなくかなめが霧を姉って言ったな。

 まあ、そういう設定なんだが……

 そうして霧は俺の正面、かなめは俺の隣は譲らないとばかりにテーブルを囲う。

『いただきます』

 そうして食事の挨拶をして、まずは俺はピラフを頂く。

 霧とかなめの料理の腕は知ってるから疑う必要もないんだが……ゆっくりと口に運ぶ。

 まずコンソメの味がした。それに鶏肉がある。

 ご飯に程よく油があってそれとコンソメがよく馴染んでいる。

 そして、濃い目の味付けが食欲をさらに刺激する。

 酒が欲しくなる味ってヤツだな。

 もちろん、飲んだことなんてないが……

「相変わらず美味いな。おかわりってあるか?」

「気が早いね。まあ、少し多く作ってるからおかわりはあるよ」

 霧は少し苦笑して答える。

 がっついてるとは思うが、美味いものは仕方ない。

 好みの味だし。

「むう……お姉ちゃんの料理ばっかりじゃなくて、あたしのも食べてよ」

 隣でかなめが子供っぽく頬を膨らませて抗議する。

 何で霧に対抗してるんだお前は……

 だが、せっかくの美味い料理を機嫌を損ねて取り上げられたくないので素直に聞く。

「かなめが作ったのはこのサラダか?」

「うん、いっぱい食べていいからね」

 これは、スライスされたじゃがいものサラダだな。

 じゃがいもの色からしてカレー風味。

 ここでもカレーか……

 俺が好きって言ったからって、何でもカレーと合わせるのはどうかと思ったが。

 これも美味い。

 カレー風味のじゃがいもにしゃきしゃきのレタスとかの野菜が良い感じにマッチしてる。

 それに、ドレッシングをかけてからじゃがいもを載せた感じだな。

 カレーの味を邪魔しないように、そこもよく考えてる。

「美味いな、これも。カレー風なのにちゃんとサラダだ」

「作ったのはかなめちゃんだけど、レシピ教えたの私なんだけどね」

「余計なこと言わないでよ」

 霧が茶々を入れて、かなめが不機嫌そうに言う。

 本当に不機嫌そうにな。

 俺は釘を刺す。

「頼むから食事中に暴れるなよ」

「なら食後の運動はいいんだ」

「そういう問題じゃない」

 というか霧が煽るなよ。

「冗談だよ、家族で争うつもりなんてないしね」

 ならいいんだがな……

 それから食事が終わって片付けをしたところで霧がいつも通りに食後の紅茶を淹れてる。

 そのままティータイムになった。

 すっかり俺も紅茶を飲むようになったな。

 もっとも……自分じゃあ淹れる気にもならないが。

 一度調べてやってみたが、案外紅茶を淹れるのは難しい。

 淹れ方で味が変わるとは思わなかった。

 まあ俺のは……うん、霧ほど美味しくはなかったとだけ言っておく。

 それから食後の紅茶を楽しみながらも霧が、

「ところでかなめちゃん、ジーサードの望みってなに?」

 などと突然にぶっ込んできた。

 俺は思わず紅茶を吹き出しそうになる。

「お前、いきなり何を聞いてるんだよ?!」

「元々そういう方針だったでしょ? で、どうなのかな? こっちとしてはあまり事を構えたくはないけど、必要とあらばって感じでね」

 にしても唐突過ぎる。

 かなめも少し面喰らってる。

 だが、かなめはすぐに霧の淹れた紅茶をテーブルに静かに置いて切り出した。

「サードの望みはただ1つ、だから他に望みがあると思うならそれは楽観的だよ」

 そして、切り替わるように目付きを少し鋭くする。

 だが、霧はいつも通りにどこ吹く風だ。

「なるほどね。でも、かなめちゃん個人としてはどうなのかな? キンジとサード……2人に争って欲しくないんじゃない?」

 そして何か確信があるように霧は言い放った。

 それに対してかなめは顔を少し(うつむ)かせる。

 どうやら、当たりらしいな。

「どうなんだ? かなめ」

 俺も紅茶を置いて問いただすように聞いてみる。

 もしかなめが戦いたくないって言うなら、何か糸口があるかもしれない。

「……確かにお姉ちゃんの言うとおりだよ。でも、私は兵士として開発された身だから、私情を挟んだりはしない。だから、交渉なんて非合理的」

「交渉に応じないと困ることになるよ? キンジが」

「俺がかよ!?」

 かなめの言葉に対して霧が返したと思ったら俺に矛先が来たぞ。

 しかもかなめが交渉に応じないと、俺が困る事って何だよ?

「誰かさんの性格、忘れてない?」

 霧が俺に軽く目を向けてそれだけ言ったところで、俺は考える。

 霧がそんな風に言うってことは、俺が知ってるメンバーの誰かだ。

 それでなんとなく、予測出来た。

 まさか……アリアか? 俺が困るってことはアイツ、ここに突撃するつもりじゃないだろうな。

 アリアのことだから、交渉なんて回りくどい事に業を煮やし始めてもおかしくはない。

 そして、俺がその女子同士の争いに巻き込まれる……と。

 いかん、容易に場面が想像出来るぞ。

「お兄ちゃん困ってるの? あたしが解決してあげるよ」

 かなめが無邪気にそう言ってくるが……

「だったら交渉に応じてくれないか?」

 一番の解決法はそれしかないだろう。

 だが、かなめは渋い顔だ。

「あたしを(つて)に交渉しようとしてるみたいだけど、多分、サードは耳を貸さないと思う」

 部下の言葉に耳を傾けない。

 なんとなくだが、それはあいつが譲れない部分があるから耳を傾けないのかもしれないと、俺は思った。

 何故そう思ったかは分からないが。

「サードは、頭が固いとかじゃないんだよ。こればっかりは譲れないことだから……。仕方ないから教えるよ……サードの望みは"イロカネ"、つまりはアリアが目的なんだよ」

 その言葉に俺は目を見開き、霧は落ち着いた感じだが、少しだけ視線を鋭くした。

 アリアが目的、だと?

 そのまま核心を突くような眼をして、かなめは続けた。

「逆に聞いてあげるよ、お兄ちゃん。交渉の取引……出来る?」

 交渉は、互いにメリットがないと成り立たない。

 当然、何かを差し出すならそれなりのデメリットもある。

 誰しもローリスク・ハイリターンで済ませたいと思うだろう。

 少なくともウィン・ウィンの関係にならなければ意味がない。

 この場合、俺達は圧倒的な戦力であるジーサードと敵対するのはリスクが大きいと判断した。

 だから、逆にこれを戦力として『師団(ディーン)』の陣営に組み込めばこっちの戦力が大きく増す。

 戦役でも大いに役に立つだろう。

 だが、相手がこっちにつく条件はアリア……もとい『色金』。

 色金が超常的な力を持つのはシャーロックとの戦いで既に聞いてるし、見てもいる。

 そして玉藻が言うには色金は心と結び付く金属。

 俺なりの解釈だが、心臓と色金が融合してるんだろう。

 その色金を狙ってるとなると……アリアの命は――

「はあ……取引は不成立だね。だったら残る選択肢は1つ」

 霧が俺の思考を遮るように言葉を放った。

 確かに取引するかどうかは言うまでもないんだが、まさか霧……ここで()るつもりか?

 その言葉にかなめも何かを身構えてる。

 いきなり一触即発かと思いきや、

「妥協案がないか、しばらく家族で考えよう♪ 家族会議、良い響きだね」

 両手を合わせてにっこりと微笑んだ。

 無邪気な笑みに俺もかなめもポカンとする。

 なんだよ、そのマイペースな提案は……

「なに2人とも、私の建設的な提案に不満?」

「別にそうじゃないが……お前こそ誰かさんの性格を忘れてるんじゃないか?」

 意趣返しとばかりに俺がツッコムと、霧は任せなさいとばかりに胸を少し張った。

「別に、舌先三寸でなんとかなるからね。せっかくかなめちゃんとも家族になったんだから、一緒に一回食事したくらいで終わりなんて寂しいでしょ?」

 と、よく分からんことを言い始めた。

 だがまあ、確かに今日みたいな食事は懐かしい感じが少ししたな。

 家族で飯を囲うあの感じが少しだけな。

 かなめは不満そうだが、それでも嫌とは言わない。

 ここで霧に退場されても俺が困る。

 期間が1日とかどんな護衛だよ。

 とは、言えないな……俺は今この瞬間でも貸しを作ってる状況だから文句とかは言えない。

「それで、取り敢えずは先にお風呂にしよっか。さっぱりしたら、その方が何か良い案が浮かぶかもしれないし……あ、キンジが先に入った方が――」

 霧が色々と話してる途中で、金属がいくつも積み上がるような派手な音が玄関から聞こえる。

 考えたくはない。考えたくはない、が雰囲気だけで何故か分かるぞ。

 玄関から発せられるこの怒気は――

「バーカーキーンージーッ!!」

 やっぱりアリアだッ!

 おいおい、マジで突撃してきやがった。

 アリアに関しての悪い予感は大概当たるな、俺。

「はぁ~……キンジ、ちょっと私が出てくるよ」

 盛大にため息を漏らしながら言う霧の表情を見た瞬間、

「ヒッ……!」

 思わず人生で今まで出たことない声が出た。

「あの、霧、さん……?」

「んー……どうしたの?」

「怒ってません?」

 敬語になりながらも俺が聞くが霧は、いつも通りの調子で、

「私が怒るなんて、滅多にないよ。……でも、今回ばっかりは空気読めって思ってるかな?」

 なんて言ってるが、顔は無表情だ。

 黒い瞳が別の意味で黒く見える。

 それから張り付けたような笑みを浮かべた。

「大丈夫だよ。手荒にはしないから」

 それだけ言って、霧は玄関に向かっていった。

 普段怒らないヤツが怒るとヤバいって話を身をもって体感した。

 追いかけることが、出来ない。

 すまん、アリア……俺には止められそうにない。

 

 ◆       ◆       ◆

 

 せっっかくの家族団欒(かぞくだんらん)が出来て、キンジともゆっくり話でも出来ると思ったのに……

 どこかの我慢が出来ないお子ちゃまのせいで台無し。

 こんなに楽しみを台無しにされたのは久々だよ。

 廊下を静かに踏み鳴らしながら、私は玄関へ近付く。

 今までは衝動の抑制のためと業務的、そして個人的な趣味で殺してたけど、"感情的"に殺そうと思ったのは初めてかもしれない。

「霧、あんた……何して――ッ?!」

 私と顔を合わせた瞬間、蹴破られたドアの上に立ってる神崎は喉を詰まらせた。

 何をビビってるんだか。

 そのまま気にせず私は続ける。

「神崎さんは我慢って言葉を知らないのかな? 純粋なイギリス人じゃなくてクォーターだけど、頭の大半はフィッシュアンドチップスでも詰まってる?」

「い、いきなりご挨拶ね。あんたこそ、何を食事しながら和気藹々(わきあいあい)としてるのよ!」

 この言い方……監視してたんだ。

 まあ、そんな気はしてたけど。

「かなめちゃんと距離を縮めて妥協案でも探そうと思ってたのに……大体、家族じゃないのに部屋に入ったらダメだよ」

「そういうあんたも違うじゃない!」

 と、神崎はツッコミをいれてくる。

 先日は迷惑になるかもと思ったけど、性格悪いって言われたし……

 もう開き直ろう。

「私はキンジに"家族"になってくれって言われたからね。だから問題ないよ」

「な……なんですってッ……!?」

 わなわなと彼女は震え出した。

 私は改めてハッキリと言う。

「今の私は遠山 霧ってことで、書類とかは出してないけどそういうこと。残念だったね」

 まあ、本人はそんなつもり微塵も考えてないだろう。

 私じゃなくても誰かを家族って事にしておけば、部屋に入れる条件と護衛役が満たせるって考えだと思うし。

 でも、私は騙されたままでいるって決めちゃったからね。

 私は結構しつこいから、キンジには覚悟してもらわないと。

 もし私以外を選ぶなら……まあ、その人に成り代わればいいや。

 神崎さんになる予定も全然あったし。

「それで……どうしたのかな? もう少し待って欲しいって言うのに、2、3日も我慢できない精神年齢小学生さん?」

「あ、あんた、そこまで性格が悪いとは思わなかったわッ」

「神崎さんよりはマシだよ。いきなり銃を乱射する暴力女が迷惑じゃないと思ってるなんて、何の冗談なんだか……。それで、どう言った用件かな?」

 私は笑顔でお帰り下さい、と言外に示しつつも神崎は毅然と言った。

「――決闘よ」

「かなめちゃんと? 実力で下して、奇襲じゃなかったら勝てるって証明でもするの? まあ、対等だと示すのは大事だと思うけど、合理的かな? それ」

 相談無しにやってない?

 流石のジャンヌも今回ばっかりは頭を抱えてそう。

 私は淡々と考えを述べるけど、神崎は私に対して指を向けた。

 なに、その指。

 

「違うわ! あんたとかなめ、両方ともに対して決闘よ!」

 

 ……本気で解体していいかな?


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