緋弾に迫りしは緋色のメス   作:青二蒼

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最近は課題がよく出るので執筆に難儀している作者です。
それと今更ですが、独自解釈とかが含まれますのでご容赦ください。
あと英文法などに問題があればご指摘ください。


6:気まぐれの接触

 今日もまた学校が始まる。

 今までなら、学校に来るのが憂鬱になってた俺だが……今までよりかは心が軽くなった気がする。

 多分だろうが、アイツ――白野のおかげかもしれない。

 窓から入ってくる朝の風が、妙に心地いいな。

 …………。

 ……って、待て。

 確かに俺は窓側の席に座っている。

 ここまでは風が入ってくる理由としては問題ない。 

 だけど、俺は席に座っただけで『窓を開ける』と言う行動はしていない。

 つまりは窓は閉じている。

 その不審な点に気づきつつ、窓の方を向いてみれば――

「おはよ~キンジ」

 いつも通りの笑顔で宙ぶらりんになってる霧がいた。

「お、お前何してんだ!?」

「何って、見ての通りだけど」

 見ての通りって、分かんねーよ!

「階段登るのが面倒だからワイヤーを使って来ただけだよ」

 普通に上がって来いよ。

 何と言うか、前から思ってたが自由な奴だな。

「よっと」

 振り子の原理で体を揺らし、掛け声と共に窓の外から教室へと移ってきた。

 今、教室の中は俺と白野しかいないほど朝早くだから見ている生徒はいないだろうが……

 それでも何と言うか、面倒だからって言う理由でわざわざワイヤーを使って登ってくるなよ。

「なんてね。本当はキンジの反応が見たかっただけだよ」

「俺の反応なんか見ても面白くはないだろ?」

「ううん、面白いよ」

 そう言いながら、霧はいつものニコニコ笑顔で言ってくる。

 霧の感性がよく分からん。

 それから、霧と他愛も無い話をしている間にHR(ホームルーム)の時間になる。

「お前ら、席に座れ」

 いつも通りに矢貫が来たが、いつもみたいな気だるそうな声じゃない。

 その異変に誰しもが気づいてる。

 どうしたんだ? こんなに真剣な表情をしてるウチの担任は見た事が無いぞ。

 その雰囲気に気圧されてか、クラス全員の気が引き締まってる。

一昨日(おととい)、茨城県にある町が襲われた。ニュースぐらいは見てると思うが、テレビではチャイニーズマフィアによる襲撃とか色々な憶測が飛び交ってる」

 確かに昨日のニュースで、そんな話はあった。

 でもあれは、じいちゃんが「胡散臭いの」と言ってたから何か裏があるんだろう。 

 そして、その裏がこうして俺達にも知らされる事になった訳だろう。

「その時の襲撃の際に犯人を見た奴の証言から、ジャック・ザ・リッパーを名乗る犯人がいる事が分かった」

 矢貫から聞かされた単語に教室が騒がしくなる。

 ジャック・ザ・リッパー。

 1888年に起きた連続殺人犯の通称で武偵が目指す理想の人物として掲げられているシャーロック・ホームズと()り合った殺人鬼だ。

 しかも、そのシャーロック・ホームズが解決できなかった唯一の未解決事件。

 そして、10年ほど前にその再来と呼べるような事件が起きた後に世界各地を転々としながら犯行を繰り返してる第一級の犯罪者だ。

 さすがに1888年から現代に蘇ったとかはさすがに無いだろうが、逮捕しようとした武偵の何人もが犠牲になってるらしい。

「本人かどうかは分からない。ジャックの名前を騙る模倣犯もいる。だが、重要なのはジャックが来たという事実だ。よって国際武偵連盟(IADA)から通達があり、原則として国の武偵付属中学に所属している武偵生徒はジャックを追跡、交戦することを許可しない。なお、武偵高においても17歳以上のSランクまたはAランク以上の者でなければ交戦は許可しない」

 当たり前だろうな。

 プロの武偵が何人もやられてるのに、俺たちが敵う筈がない。

 さすがに一端(いっぱし)の武偵を狙う事は無いと思うが、相手は殺人鬼だ。

 殺人自体が目的なのだからターゲットを選ぶ可能性は低いって授業でもやってたな。

 だとしたら、日本の誰しもが狙われる可能性があるって事だ。

 ……いまいち殺人鬼が来たって言う実感が湧かないな。

「どうせマスコミもジャックが来たと言う情報くらいは握ってるだろうから、近い内に放送されるだろう。警告はしたぞ、あとはお前らの勝手だ。ただし、交戦した場合には命の保証はないと思っておけよ」 

 その矢貫の言葉に、何人もが息を呑む。

「今日のHR(ホームルーム)は以上だ」

 そうして矢貫は教室を出ていく。

 一気に教室の張りつめてた空気が霧散する感じがする。

 殺人鬼なんて……勘弁して欲しいな。

 さすがにこの年で辞世の句は詠いたくない。

 

 

 さて、白野 霧とパートナーを組んでからと言うものの――俺の周りから利用する女子たちの影がなりを潜めつつある。

 まさか、パートナーを組むと言うだけでこんなにも効果があったのは驚きだな。

 霧がほとんど俺の近くにいるおかげで、女子連中も連れだしづらいんだろう。

 しかも、霧はAランクで生半可な実力じゃ強行策にも出れない。

 ――こんなところだろう。

 もしかしたら虎視眈々と狙ってるのかもしれないし、火種が燻ぶってるだけかも知れないが、それでも今までのアレが無いと思うと気が楽だ。

 代わりに受ける授業が増えたけどな。

 現状を打破するため代償と見れば、軽いもんだ。

「……すまんが霧、教えてくれ」

「ん~どれ?」

「ここのページの『アンフェタミン』についてなんだが……」

 だが、なぜ医療知識を学ぶ必要があるんだ?

 麻薬の取り締まりに必要と言えば必要だが……

 しかも、課題で用語を調べろだなんて。

 おかげで、霧に頼る破目になった。

 本当なら女子と勉強なんて俺としては遠慮願いたい。

 霧の事を信用してないって訳じゃないんだが、ヒステリアモードの俺を見せるのが怖い。

「ああ、これは合成覚醒剤の一種でね。医療的に使われる事があるんだけど、身体能力も向上するんだよね。ただ、麻薬と同じように依存性とデメリットがあってその症状は――」

 そう言えば、最近知ったことがある。

 それは霧の性能の高さだ。

 戦闘は言うまでも無くAランク、その上にほとんどの問題にもスラスラと答える。

 頭脳明晰、文武両道って奴だな。

 俺とは大違いだ。

 これでSランクじゃないって言うんだから驚きだな。

「って、聞いてる?」

 しまった、自分で聞いておいて聞いてなかった。

「いや、その……」

「……ちょっと、失礼」

 唐突に霧が俺の首筋に指を当てる。

「さっきの話、聞いてた?」

 そして、もう一度同じ質問をにこやかな笑顔のまま強い口調で聞いてくる。

 いかん……なんか、誤魔化したらヤバい。そんな雰囲気がする。

「すまん……聞いてなかった」

「何か考えごと?」

「えっと、それは……」

 さすがにこれには言いづらい。

 霧の事について考えてたって言うと、何か恥ずかしさがあるぞ。

「なんだ、考え事してたなら言ってくれればいいのに」

 俺が何かを言う前に、霧は納得したようにして指を首筋から離す。

「お前、なんでそんな事分かるんだ?」

 いくらなんでも、人の思考が読み取れる訳じゃないだろう。

「知らないの? 首の脈に指を当てて動揺すれば、血流が変化するのを感じるから嘘を言ってるのが分かるよ。割と簡単な嘘発見方法だよ」

 それはまだ、武偵では習ってないな。

 って言うか、内容的には諜報科(レザド)尋問科(ダギュラ)の方の部門じゃないか?

「なんでそんな事、知ってるんだ?」

 前から疑問に思ってたが、霧は色々と出来すぎる。

 別に不審がる事じゃないかもしれないが、どうしてそんなに医療に詳しいのか気になる。

「ん~?」

「ああ、いや。無理に答えなくても良いぞ。家庭の事情だからな」

 プライベートな事に何を突っ込もうとしてんだ俺は、しかも女子に。

「そうだね。知識的に必要だったからかな?」

「いいのか? 話しても」

「別に話しても問題ないよ。あんまり詳しくは話せないけど」

「いや、俺が勝手に聞いただけだし、それでも十分だ」

 それから霧はペンを置く。

「まず、私の家族だけどね。お父さんと、姉と妹がいるんだ」

「母親は?」

「母親は知らないよ」

「……そうか」

 なんか、悪い事聞いちまったな。

 ウチも母親は早めに亡くなったんだよな……父さんも同じように亡くなっちまったし。

「それでね、お姉ちゃんが病弱でね。ベッドから出る事はあまりないんだよね。お父さんも寿命が近いらしいし」

 ……お前、なんでそんな暗い事を平気で、そんな笑顔で言えるんだ。

 と言うか、パートナーになったばかりの俺がそんな事を聞いていいのか?

「それで、お姉ちゃんは他の医者に診てもらってもどうにもならないみたいなんだよね」

「そうか……暗い話させてゴメンな」

「そう? 今すぐ死ぬって訳じゃないから、暗い話でもないと思うけど?」

 前向きな奴だな。

「それに、まだまだ時間はある訳だし楽しい事をしながら家族と過ごせればいいよ」 

「それって諦めるってことか?」

 思わず言ってしまった俺の一言に霧は少し笑いだす。

「まさか~、家族を見捨てる訳ないでしょ? 他の医者が治せない私が治すだけだし」

 俺としてはお前の笑顔の裏にそんな事情があることにまさか、だよ。

 強いな、霧は……

 まるで俺の憧れる兄さんみたいだよ。

「あ~、こんな時間か」

 霧がそう呟くといつの間にか外は薄暗くなっている。 

 今使ってる図書館も閉まる時間だろう。

 課題の提出はまだ先だけど、今日で大体は既に終わったし。

 そう言えば、今日は兄さんが久しぶりに帰ってくる日だったな。

「なあ、霧。今夜、時間空いてるか?」

「うん? 別に予定なんてないけど」

「なら、ウチに来ないか? 今日、兄さんが帰ってくる日だからお前を紹介しておきたくてな」 

 兄さんは俺の学校での現状は知ってる。

 と言うより、分かってるだろうな……俺がヒステリアモードを利用されて女子たちの奴隷になってる事を一度も話した事は無いが、多分、察してるんだろう。

 だけど、俺は兄さんのような武偵になるためにはこの程度の事で弱音を吐いてられないと思って、あえて相談しなかった。

 それに武偵庁の特命武偵である兄さんは自身忙しいのだから仕方のない事だとも思うけどな。

 だが、霧のおかげで相談する必要も無くなった。

 パートナーが出来た事を兄さんに知らせる形で霧を紹介すれば兄さんも安心する事だろう。

 ついでに夕食でも御馳走しよう。

 以前のお礼も兼ねて。

「いいよ。それじゃ、片付けていこっか」

 別に驚く事も無く、霧は了承した。

 せっせと勉強道具を片づけて俺たちは巣鴨にある俺の家へと向かった。

 

 そして、家に着いた時には薄暗かった空が完全に闇に包まれている。

「じいちゃん、戻ったぞ」

「おじゃましま~す」

 俺の後ろに続く形で霧が中に入る。

 おかしいな? 家の中に人の気配がない。

 居間の方に行ってみるが……やっぱり、いない。

 留守か?

 と思って、電気を点けて見るとちゃぶ台に書置きっぽいのがある。

 ――生け花教室により遅くなります。 セツ  

 成程な……じいちゃんの方は、いつも通りギャンブルかグラビア雑誌を漁りに行ってるんだろう。

 正直、じいちゃんがいなくてよかった……

 女子を連れてるの見たら多分、変な意味に捉えるだろうしな。

「そこら辺に座ってくれ」

 畳の上に静かに座りながら霧は物珍しそうに周りを見渡す。

 まあ、今時こんな平屋の家に住んでるのは珍しいかもな。

 そろそろ兄さんが帰ってくる時間帯の筈なんだが…… 

 

 ◆       ◆       ◆ 

 

「はぁ……」

 夜の街を背に俺はため息を吐く。

 武偵庁から家に帰る足取りは重い。

 どうも、あの日以来から気分も重くなっている。

 あの日――間宮の里での出来事が鮮明に思い出される。

『お前がどちらかを今この場で選べば犠牲は最小限に抑えられる。ただそれだけの話じゃねえか』

 奴の言葉が頭の中を反響し、後に起きた惨劇も脳内に濃く刻まれている。

 車に引き摺られる人……それが、段々と肉塊に代わって行く……

 ――ア"ァ"ァ"ァ"ァ"ア"ア"ア"!!

 その光景が叫びと共にフラッシュバックする。

 いくら火事場泥棒だったとしても、あそこまでの仕打ちは必要ない筈だ。

 全ての犯罪者が更生するとは言わない。

 だが、更生する機会も与えずに命を奪うのは幾らなんでも違うだろう!

 犯罪者と言っても結局は人だ。

 人を裁くのは法で、個人じゃない。

 だから俺は全ての人を救いせめてもの機会を作ってやりたい。

 誰も殺さず誰も死なさず誰もを助けると言う信条を曲げないためにも、俺は奴と同じにはならない。いや、なってはいけないんだ。

 ――と、考え事をしてる間にも家に着いたようだ。

「ただいま」

 玄関を開けてみてすぐに違和感に気づく。

 靴が二足……一方はキンジのだが、一方は違う。

 しかも、サイズ的にもデザイン的にも女子の物だ。

 祖父母の靴が無いあたり、二人は何か用事だろう。 

 キンジが女子を連れ込むとは……まあ、アイツも男だ。

 だが女心をあまり理解せずにいるのは、正直感心しないがな。

 前から感じていた事だが、キンジはヒステリアモードも相まって女性を惹きつけやすい。

 あまりその事を自覚しないとキンジに惚れた女性に後ろから刺されかねない。

 女の執念は恐いからな……

「兄さん、お帰り」

「ああ……客が来てるのか?」

 靴を脱いでる最中にキンジから声が掛かる。

 それに返事をしながら気になっている事を聞いてみる。

「あ~まあ、あとで兄さんに紹介するよ」

 歯切れが悪いな……

 と言うより緊張してると言った感じか。

「パートナーでも出来たか?」

「……何で分かるんだよ」

「直感さ」

 女性を家にあげるのはキンジにしては珍しいからな。

 ただまあ……気になる点があると言えばそのパートナーもヒステリアモードを利用しようと画策してるのかどうかと言うところだな。

 そう言う手合いだった場合は色々と面倒が多い。  

 どういう人物かどうかは実際に会えば分かる……か。

「それはそうと、居間にいるのか?」

 その問いに対してキンジは短く「ああ」と答えた。 

 あんまり、客を待たせる訳にも行かない。

 キンジのパートナーを拝見するとしよう。

 廊下を歩き居間に着いてみればそこには一人の少女がいた。

 キンジと同じ武偵中学の制服に黒い短髪、そしてどこか幼さの残るような雰囲気を纏っている。

「あ、お邪魔してます」

 彼女はにこやかに微笑みながら、居住まいを正す。

「ああ、ようこそ遠山家へ。俺は遠山 金一……キンジの兄だ」

「初めまして、白野 霧です。えっと、キンジのパートナーをやらせて頂いてます」

 互いに挨拶を交わすが……成程、何となくだがなかなかの実力を持ってるな。

 それに物腰の柔らかな笑顔だ。

 特に何かを画策しているような雰囲気は無い。

「なんか、雰囲気が違うな」

「いや~、柄にもなく緊張しちゃって」

 キンジの一言に霧は困ったように返す。

「まあ、緊張する事は無い。失礼だが白野のランクは?」

「一応、Aランクです」

「なら、安心だ。ダメな弟だがこれからも良いパートナーでいてくれると嬉しい」「兄さん!?」

 文句でもあるのか? そう言う思いを籠めてキンジに視線を送る。

 するとキンジはすぐに引っ込んだ。

 まったく……俺以上の才能を秘めているのだから、もう少し自分の能力と向き合って貰いたいものだ。

「こんな夜遅くだ。夕食はうちで食べて行くと言い」

「それじゃあお言葉に甘えて」

 キッチンに行き、夕食の支度をする。

 祖母が作り置きをしてくれているのだが、あいにくと白野の分は無い。

 急な来客だからな。

 事前に連絡してくれればいいのだろうが、俺はイ・ウーにいる事も相まって忙しい。

 つまりはいつ帰れるのかがあまり分からないのだ。

 だから、俺が帰ってくる時の連絡はその前日かよくて1週間前だ。

 大体は前者の方が多い。

 と、考えていればキンジが横に来る。

「俺がやるよ。兄さん、帰ってきて疲れてるだろ?」 

「特に疲れてはいないが……そうだな。俺はお前のパートナーも気になる事だし、少し話してこよう」 

「疲れてるなら疲れてるって素直に――うおっ!」

 振り返り、キンジの眼前に拳を突きつける。

 それも目と鼻先の間と言った位置だ。

「今の俺でも、キンジ相手なら充分戦えるぞ」

 笑みを浮かべながらそう言うと、キンジは苦笑いを返す。

「分かったよ。とにかく、料理の方は俺がやるから」

「ああ、頼んだぞ」

 すれ違うようにして俺は居間の方に戻る。

 そして、彼女の方を見てみるとどうやら何かの本を読んでいるようだった。

 だが、すぐにつまらなさそうな表情をして本を閉じる。

「どうかしました?」

 こちらに気づいたのか、彼女は言葉を掛けてきた。

「いや、なんでもないさ。ただ、何を読んでいたのかと思ってね」

 そう言いながらちゃぶ台の近くに腰掛ける。

「医療系の本です」

「それは、大学の医学部に進むような本格的なヤツだな……」

「これでも医療には自信があるんですよ」

 と、彼女は微笑みながら返すがいささか緊張しているようだ。

「別に、砕けた話し方で構わないさ。そう緊張しなくていい」

「そう? ならいいかな」

 随分あっさりと口調を崩したな……

「それで、白野の学科は衛生科(メディカ)なのか?」

「いいや? 強襲科(アサルト)なんだけど……」

「そうなのか?」  

 医療には自信があると言う発言とAランクと言う実力からしてそうだと思ったのだが。

「お金がいるからね。強襲科(アサルト)の方が手っ取り早く集められるし」 

「なるほどな」

 別に理由は詮索しない。

 そこまでプライベートに踏み込むつもりはないからな。

「ところで、キンジとパートナーになった理由を聞いてもいいかな?」

「キンジとパートナーになった理由……?」 

「ああ」

「そうだね~、一言でいうなら気に入ったからかな?」

 随分と単純な理由なんだな。

 もうすこし背中を預ける相手を選ぶ時間はあっただろう。  

 こう言ってはキンジに失礼だが、普段のアイツは頼りないからな。

 だが、人一倍打たれ強さと逆境に立ち向かう力はあるから、足を引っ張るなんて事は無いだろうから特に問題はないが。

「気に入ったからか……」

「そうそう。キンジと一緒にいれば楽しい事が起こる気がするんだよね~。それに、見ていて楽しいし」

「まあ、アイツは弄られ易いからな」

「そうなんだよね。つい、反応を見るのが楽しくてね」

「幾らなんでも酷くないか……」

 どうやら、キンジが戻ってきたようだが先程の会話を聞かれていたらしい。

 料理を運びながら呆れたような目をする。

「だって……ねえ?」

「仕方がないだろう」

 白野の言葉には何となく共感できる。

「理不尽だ……」

 料理を並べ終えた後にキンジは肩を落とす。

「そう肩を落とすな。さて、食事にするとしようか」

 そして、俺たちは食事をすることにした。

 メニューはサバの塩焼きにサラダ、竜田揚げと言ったところだ。

 やはりの家庭の料理が一番だな。

 食事の最中に適度な雑談を交え、そして完食した。

 その雑談の中で感じた事と言えば、どうやらキンジを利用すると言った魂胆はないと言う事だろう。

 パートナーになった理由は本人が言ったように純粋に気に入ったからだろう。

 皿洗いはキンジに任せ俺は白野と縁側に腰掛けながら、引き続き話をしている。

「そうか、最近は体内の電気信号を利用した高度な義手もあるのか」

「そうそう。ほんと、見た目は人の腕その物だよ。ただ、やっぱり値が張るみたいで先進国じゃないと恩恵を受けられないみたいだけどね」

 白野と医療関係の話をしているのだが、なかなかに興味深い話を聞けた。

 どうやら医療知識に自信があると言う彼女の言葉は嘘ではなく、それどころか俺の話について来ている。

 自慢じゃないが、海外の医師免許を持ってる俺からしても感嘆させられる部分がいくつもあった。

「ふう……」

「ん~? どうしたの?」

「……いや、なんでもないさ」

「そうかな? なんか悩んでるような息遣いだったけど」

 この子は良い勘をしているな。

 確かに、ジャックの事で未だに引っ掛かっている。

「ふっ、後輩に見抜かれるようじゃ俺もまだまだだな」

「じゃあ、やっぱり何か悩んでるんだね」

 微笑みながら彼女は首をこちらに向ける。 

「そうだな……だけど、これは俺の問題だ。それに、弟が傍にいる状況ではあまり話したくない」

 兄としての意地と言う奴だな。

 たった一回挫折したからと言って、弱音を吐くほど俺の心は折れていない。

 確かに俺はあの時、間宮の里で一人の人間を救えなかった。

 だが、悔んでいても何も始まらない。

 それは一番俺が分かっている。

 だからこそ俺は犠牲になってしまった奴のためにも――ジャックを逮捕する。

 俺自身、鍛えなおしながらイ・ウーの中で確実に力をつける必要がある。

 組織の中で実力がある事は認められたが、それでもイ・ウーの中で日の浅い俺の地位は低いだろう。

 もう少し内部を探るためにも信頼を勝ち取らなければならない。

 …………。

 個人的な思惑は置いておこう。

 今は、客が来ているのだから。

「話は変わるが、白野は何を帯銃してるんだ?」

「M500」

 ………………なに?

「いや~、何でか知らないけど親から貰ったのが何故かそれなんだよね~。どう考えても、女の子に持たせる銃じゃないと思うんだけど」

 確かにそうだ。

 華奢な彼女が持つには手に余るような銃だ。

 こう言っては何だが、その親は何を考えているんだ?

「少し、見せてもらえるか?」

「……ん、はい」

 彼女は太もものガンホルスターから銃を取り出し、トリガーとトリガーガードの間に指を入れて此方に手渡す。

 まさか市販最強の銃を手に取る事になるとはな……

 父さんはデザートイーグルを使っていたから銃自体にはあまり驚きはしないが、女性が握るには似つかわしくないな。

 だが、本体の方はよく整備されている。

 特に不審な点などは無いが……ん?

 フレームに弾丸が当たったような傷があるな。

 傷自体は別に珍しくもない。

 だが傷の個所が、あの時と同じ――

 …………同じ?

 その瞬間、俺の中の記憶がフラッシュバックする。

 白野が持っているコレと同じ物を、ヤツ――ジャックも持っていた。

 それはいい、まだ偶然だと言える。

 だが、同じ個所に似たような傷が入っていたとしたら?

 偶然にしては少しばかりおかしい。

 そして同時に俺は奴の台詞が蘇る。

『遠山 キンジはジャックにもう会ってるんだ』

 まさか、と言う思いを胸に俺は白野 霧と言う人物を見る。

 だが、彼女は小首を傾げるだけだ。

 以前のジャックとイコールで結び付く要素は銃と言う一点のみ。

 繋がりとしては弱いが、今の俺の中の不安を増長させるには充分だ。

「えっと? だいじょうぶ?」

「……っ! いや、何でもない」 

 俺の勘が警鐘を鳴らすが、それでも今この場で確かめるにしても証拠としては弱い。

 ダメだな……ジャックとの邂逅以来と言うものの少しばかり神経質になっているようだ。

 だが、俺の中で胸騒ぎが消えた訳ではない……キンジには悪いが、この少女――白野 霧について少し調べる必要がありそうだ。

 

 ◆       ◆       ◆ 

 

「どうも、ごちそうさまでした」

「ああ、気をつけて帰ってくれよ」

「Aランクだよ? 不意打ちでもされなかったら後れは取らないって」

「それもそうだな」

「それじゃ、また学校で」

「ああ……」

 キンジと別れの挨拶をして、キンジの家を後にする。

 金一の方は表情は穏やかだけど、目に少しばかり不信感が籠もってるね。

 しばらく歩いて、キンジの家が見えなくなったあたりで思わず笑みがこぼれる。

「くくく、ふふふ……」

 銃を見せた時の表情……よかったなあ。

 金一の事だからキンジの事も考えて、きっと深くは聞こうとしないだろうと思ってた。

 それに私がジャックって言う事をかなり遠回りに示したけど、さすがに銃一つじゃ確証とまでは行かないか……

 きっと、私の周辺を個人的に調べるだろうからしばらくは大人しくして、いいタイミングで正体を明かそっと♪

 ……そうだ! 今度、金一とゲームをしよう。

 どんな感じのゲームにするかは後日に考えるとして……どうしようかな? 

 間宮の里では私が殺したけど、今度は金一に直接的に殺してもらおうかな?

 色々考えてたらすごく楽しみになって来た。

「I want to kill your heart♪ I want to~♪」

 上機嫌に口ずさみながら、月夜を道を歩んで行く。




さて、次回から色々と加速する予定です。
早いとこ原作にも突入したいと思います。

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