緋弾に迫りしは緋色のメス   作:青二蒼

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日を空けすぎたせいで執筆が遅いぜ。
やっぱり日常的に書かないと、グデグデになってしまう。


56:ささやかな日

 カナと神崎の決闘から後日。

 何故かは知らないが、キンジと神崎の仲が険悪になった。

 教室でもお互いに一言も喋らない上に神崎に関しては誰とも話したくない的なオーラを撒き散らしている。

 あの救護室から出た後、私はキンジの部屋に行かずに自分の部屋に戻った訳だけど。

 しまったな~……何かイベントを見逃したっぽい。

 ま、想像に難くないけどね。

 私が帰った後にキンジがカナと一緒にいるところに神崎が出くわしたんでしょ。

 あそこまで雰囲気が悪いと、それぐらいしか考えようがない。

 うーん……まあキンジの事だから何とかするでしょ。

 この間の七夕に行くお誘いメールの件もあるし、結局どこかで何だかんだ仲直りする事になるだろう。

 それよりも夾竹桃達だ。

「会う場所はどこだっけ?」

「えっとね。夾ちゃんは確かホテルに泊まってるって話だったよ。確かここら辺に……あった」

 そう言って理子に連れられてきたのは、大きくはないが高級そうなヨーロッパ風のホテル。

 軽く装飾された門柱。その先にはホテルの入口へと続く十段ほどの階段。門の両脇には針葉樹の幼木(ようき)が窮屈さを感じさせない程度に並んでる。

「司法取引した割には場所を移してないんだね」

「荷物を動かすの面倒くさいからだって、それに特に移動しろとは言われてないみたいだし」

 あの子は割とホテル暮らしが多い。

 だからまあ、理子の言う事にも特に何も思わない。

 出入り口へと向かい『LAST DANCE』の看板をくぐる。

 入ってすぐにロビーの方を見ればすぐにソファーに座ってる夾竹桃を発見した。ジャンヌも既にいるみたいだね。

『遅れてゴメーン、待った?』

「遅いぞ理子、一体何をして――おい……」

『ん? どうかしたジャンヌ?』

「2人同時に喋るな……と言うかもう片方は呼んでないぞ。"どっちが本物だ"?」

 そう、私は理子と瓜二つの姿で来た。

 意味は特にない。

「ジャンヌ、どちらが本物でもいいでしょ。話す事も大したことじゃないし」

 紫煙を吐き出しながら夾竹桃が言う。

 その言葉にジャンヌは不満そうな顔を浮かべる。

「で、話ってどしたの? 売り子の話?」

 ジャンヌ側のソファーに座った理子が夾竹桃に尋ねた。

「それもあるけど違うわ」

「あ、違うんだ……じゃあどうしたの?」

「パトラが『退学』になったらしい」

 ジャンヌが夾竹桃の代わりに割り込むよう答える。

 へえ、あの自称覇王(ファラオ)のパトラが退学にねえ。

「ジャンヌってばそれ、いつ聞いたの?」

「ついさっき夾竹桃に聞かされて私も知ったところだ」

 私の問い掛けに一応ジャンヌは普通に答えてくれた。

 まあ、どっちの理子が私かなんて分からないだろうからだけど。

「ちなみにパトラが具体的に何をしたのかは聞いてないし、いつ退学になったかは聞いてないわ。ただ単に素行が目に余ったから退学にしたそうよ」

 まあ、素行が悪かったのは今に始まったことじゃない。

 前から厄介者だった部分はあるし。

 それにしてもお父さんも退学になんてせずに私に任せてくれれば良かったのに。

 って、それなら普通に言ってくるか。

 これから先に必要だから私に言わずにパトラを普通に退学にして生かしたんだろう。

「それと、なぜか私に『教授(プロフェシオン)』から連絡が来て言伝を預かってる。あなたが来た事で連絡する手間が省けたわ」

 夾竹桃は隣にいる私と理子を交互に見る。

 どっちが私か分からないから理子も見たのであって、言伝の相手は私"だけ"だろうね。

「7月24日にイ・ウーに戻ってきて欲しいそうよ。私から話しておくことは以上ね」

 7月24日……カジノ警備の依頼予定日だ。

 そして、お父さんの寿命が近い日でもある。

 だからもう、この時点で大体の展開と言うか予想が出来てしまう。

 そこで私を呼ぶ理由まではよく分からないけどね。

「ああ、うん。確かに言伝は受けとったよ」

「あら、私の隣があなただったのね」

「別に隠してた訳じゃないよ。この格好で来たのに特に意味はないし」

 私の言葉にジャンヌは呆れる。

「ならば普通に別の姿で来い。知人の姿だと紛らわしい」

「分かった。今度はジャンヌの姿で来るよ」

「なんでそうなるッ!?」

 少し身を乗り出して私に突っ込む。

「いいでしょ。双子のジャンヌ・ダルクもいたんだし、問題ない」

「あるに決まってる。大体お前が私の姿をするなど寒気がする」

「……うっ、ぐす。理子ぉ、ジャンヌがイジメるよ~」

「うわぁ、ジャンヌがお姉ちゃんをイジメたー。そう言うのいけないんだー」

「ええいッ……! 2人して変な芝居をするな!」

 私と理子の連携にたじたじの聖女様。

 あんまり騒がしくして目立つのもどうかと思うし、ここらでやめておくか。

「ジャンヌをからかうのもこれぐらいにして……。何と言っても情けない話だよね。下級生とは言えイ・ウーのメンバーが3人も捕虜になるって言うのは……1人は最近Dランクになった子に敗れ、もう1人はAランク武偵に翻弄されてたし」

 理子から離れて、私はソファーに戻りながら夾竹桃とジャンヌを交互に見る。

「相変わらずどこで情報を掴んだのか知らんが、耳が早い事だ」

「くふっ、あたし独自の情報網を舐めたらダメだよ」

 と、ジャンヌにしたり顔で私は答えるが。

 情報網と言ってもほとんど私自身で仕入れてるから、大したことではないんだけどね。

 そもそも白野 霧として武偵高にいる訳だし。

 隣にいる夾竹桃が静かに手帳を開く。

「情けないと言うのは否定しないわ。それで理子、8月の13日に前日準備……14日から16日まで予定を空けておいてちょうだい。あといつも通りに原稿の手伝いをお願いするわ。ジャンヌもね」

「もちろんだよ!」

「わ、私もか……?」

 理子は嬉々としてるが、ジャンヌは何やら巻き込まれた感が否めない。

「あと、サークルスペースは追って連絡するわ」

「了解であります」

 理子はビシッと敬礼して夾竹桃に答える。

「気合入ってるね。コミケだっけ?」

「違うわ……戦場(コミケ)よ」

 私の言った事と同じじゃあ、なんて思わなくもないが。

 夾竹桃の目がキュピーンと言った感じに光ってる気がした。

 だから多分、重みが違うんだろう。

 面白半分で行きたいなんて言ったら怒られそうな雰囲気だ。

「ま、楽しむといいよ。それまでにイベントがありそうだけどね」

「そう言えば、お前は何かやってるのか?」

 『お前はどうなんだ?』みたいな視線がジャンヌから放たれる。

 私がここに来た余裕から私の事を暇人とでも思ってるんだろう。

 しかし暇じゃない事を理子的なテンションで答えてあげよう。

「もっちのロンだよ! 今も極秘の任務であります。数日後にはデートの約束もあるし♪」

「へー、デートね……」

『……ん?』

 理子が呟いた後に3人して私を見てくる。

「お前がデート……? なんの冗談だ? 相手は誰だ?」

「ジャンヌ、デートする相手じゃなくてデッドする相手の間違いじゃないかしら」

「ああ、なるほど」

 夾竹桃の言葉にそれで納得するジャンヌ。

 2人してかなり酷いこと言ってる。

「ぶー、ほんとだよ。仕事だけどデートだもん。もちろん相手は秘密だけど」

「仕事でデートと言う組み合わせがよく分からん。どうせいつもの冗談だろう? 大体、男か女かも分からんお前が誰とデートをするんだ」

「ふーんだ、疑うならそう疑ってればいいよーだ。男の気配がないジャンヌは聖処女のままがお似合いだよ」

「凍て殺すぞ貴様」

 ジャンヌ眉の釣り上がり頬がヒクつく。

 おお、怖い怖い。

「理子。お前の姿をしたこの何かに何か言ってくれ……」

 ジャンヌが私を得体の知れないものみたいに言ってくる。

 まあ、客観的に見れば得体の知れないって言うのは分かるから特に何も言わないけど。

「………………」

 理子に対して言ったジャンヌだったが、当の本人は黙って何かに勘付いた顔。

 いやまあ、理子は気付くかもとは思っていたけど……

「何か言ってくれって言われても……セリフに困るんですけど」

 ちょっと考えるフリをして理子はジャンヌに答える。

 上手い事誤魔化したね。

 ここらで話を切り上げるか。

 私は立ち上がってホテルの外へと続く扉に向かう。

「ま、それぞれ学校生活を楽しんでるといいよ。それも"すぐ"に終わるだろうけどね」

『………………』

 3人は去り際の私の言葉の意味を理解しているようだった。

 近い内に、イ・ウーは崩壊する。確実に。

 お父さんが健在の内に決められた宣戦会議(バンディーレ)の開催がそれを物語っている。

「お前は――」

「悪いけどジャンヌ。あたしがどっちの勢力になるかは教えるつもりはないよ」

 遮るように私は言う。

「………………」

 黙ったところを見るに、私がどちら側につくかを聞こうとしたんだろう。

 敵にしたくないのが本音だとも分かってる。

 けれどもそれを決めるのは私だ。

 いや、お姉ちゃんかな?

 まあ何も言わなかったら、私に任せると言う事でいいんでしょう。

 そこはこれからの成り行きだね。

「それじゃ。Au() revoir(ルヴォワール)

 フランス語で『また会おう』と言う意味の言葉を残して私は今度こそ去る。

 

 

 7月7日――日本では七夕と呼ばれる日。

 この日から武偵高は早めの夏休みが始まる。

 これは単位不足の人が夏休み中に緊急任務をする事を考慮して早めになっているらしい。

 と言っても、日頃から依頼があるんだから学校がないだけで武偵の日常としてはあまり変わらないと言うのが正直なところ。

 ちなみにキンジとのデート(本人にそんなつもりはない)だけど……

 さすがに神崎と同じ集合場所にいると色々とこじれる。

 いや、それはそれで面白そうなんだけれどこれ以上へそを曲げられても困る。

 だからここは一足先に緋川神社へ行って偶然を(よそお)い、キンジ達に合流する。

 それなら問題ないだろう。

 緋川神社の鳥居付近に差し掛かって突如何か視線を感じる。

 振り返ってみれば、

「あれ、霧先輩?」

 そこにはライカがいた。

 

 ◆       ◆       ◆  

 

 あっぶなー……気付かれたかと思った。

 振り返ったお姉ちゃんに思わず緋川神社の鳥居の影に隠れるあたし。

 いくら変装して人混みにいるからってお姉ちゃんがあたしに気付かない可能性はないんだから。

 普通に祭りに来る人に紛れるよう浴衣姿で来たはいいけど、思ったよりも多いな。

 って言うかお姉ちゃんがデートって言ったからてっきりキンジと待ち合わせしてると思ったんだけど……違ったかな?

 と思っていると、私の横を通り過ぎる人影達。

「あれ、霧先輩?」

 見た事あるシルエットと聞いた事のある声に思わず視線を移すとそこにはあかり達がいた。

 声を掛けたのは確か、お姉ちゃんの戦妹(アミカ)――確かライカって言う子だったはず。

 ただ、その声を掛けた本人はキーちゃんだと言う自信がなさそう。

 しかしお姉ちゃんは、

「えっと、私の事でしょうか?」

 うわー……トボけたよあの人。

 いつものイタズラ気質が働いちゃってる。

 困った風に小首を傾げながら、片手を胸の前にして戸惑いを見せてる。

 演技とは言えお姉ちゃんが困り顔をするのは結構レアだ……

 いつものお姉ちゃんとは全然違うけど。さらに言うなら雰囲気が完全に白野 霧とは違うキャラだよ、アレは。

 キーちゃんは簡単に言えば天真爛漫な人な訳だけど、今は清楚と言う言葉がしっくりくる。

 そもそも白野 霧の性格がほとんどお姉ちゃんの素の性格だと思うだけどね。

 って言うか何、あの気合の入れよう。

 浴衣姿な上に薄く化粧までしてるんですけど。

 いや、お姉ちゃんは無駄なところに無駄に力を入れる事がよくあるから別に不思議ではない。不思議ではないんだよ……うん。

 でもやっぱり『何かおかしいじゃないかな?』と内心思ったりもする。

「あ……えっとすみません、人違いでした」

 申し訳なさそうにするライカ。

 いや、合ってるんだよ。だから謝ったら逆に――

「どうしたのライカ。って、あれ? 白野先輩?」

 立ち止まったライカを気にしてかあかりが近付いてきた。

「あ~……あかり、その人は――」

「おー、1年たちも来てたんだね」

「――ッ!?」

 お姉ちゃんがいきなりキーちゃんに戻った。

 ああ……やっぱり……

 しかも今のライカの反応。物凄い勢いでお姉ちゃんの方に振り返ったね。

「え、あれ……? 人違いなんじゃあ……」

「そんな訳ないでしょ。戦妹(いもうと)なのに戦姉(あね)を見間違えるとは」

「いやいやいや、最初に確認しましたよね!?」

「ふふ……いや、からかってごめん。そんなに別人に見えた?」

 適度に茶化して悪戯(いたずら)っぽく笑って問いかけてる。

 と言っても意地の悪い笑みじゃない。可憐さと上品さを兼ね備えた何かがあるんだけど。

 え、なにこれ……演技にも無駄に力入れすぎじゃない? ほとんど()かもしれないけど。

 何かニュータイプばりに1つの嫌な予感が浮かんでくる。

「そりゃ、まあ……別人に見えましたよ」

「まあ♪ 白野様、綺麗なお姿ですの」

 ライカの言葉に続いて麒麟も近付いて来る。

「ありがと、麒麟ちゃん」

 お姉ちゃんは軽く笑顔で答えた。

 この時点であかりのグループがお姉ちゃんを取り囲む形になる。

 ちょうどいい感じに障害物になって、私が見えにくくなってる。

 見えにくいのはあたしの方でも言える事だけど……会話さえ聞こえたら問題ない。

「おっと、面識のない子を1人発見」

 浴衣姿の面々の中でお姉ちゃんが気付いたように視線を唯一婦警の格好をした子に目を向ける。

 服装はビシッと決まってて乱れがない。真面目だと言う事が(うかが)い知れる。

 腰の上まで長い黒髪、そして桜を模した髪留めでツインテールにしている。

「あ、そう言えば……桜ちゃんは初めてだね」

「は、初めまして! 中等部3年、強襲科(アサルト)所属の乾 桜です!」

「これはどうも、ご丁寧に。高等部2年強襲科(アサルト)所属、白野 霧であります」

 あかりに紹介される形で桜って子が敬礼で挨拶をする。

 お姉ちゃんもそれに対して敬礼で返す。

 そのお姉ちゃんの自己紹介に桜ちゃんは目を丸くした。

「白野……霧? あの、もしかしてかつて『プラチナコンビ』って言われてた……」

「まさか中等部にまで知られてるとは……プラチナコンビ、そんな風に言われてた時もあったね」

「こ、光栄です。まさかSランクに近いと言われてる人に会えるなんて!」

 目を輝かせて、お姉ちゃんに迫る桜ちゃん。

 ……お姉ちゃん、最近思うけど結構目立ってるよね。

 いや、カリスマ性があるだけかも知れないけど。

「言われてるだけだよ。ランクが実際に上がった訳でもないし、特筆する事がある訳でもないしね」

 嘘だ……変装チートが何を言ってるんだか。

 お姉ちゃんはどっかの聖杯戦争でのクラスは間違いなくアサシンタイプ。

「桜さんは何か霧さんに憧れでもあるんですか?」

「ええ、私以上に何でも持ってる先輩に……とても憧れてました」

 あの黒い長髪の子――確か志乃――が桜に問い掛け、彼女は嬉しそうに答える。

「なるほど。ま、私でよければいつでも相談に乗るよ。それよりも今は……」

「そうですの! 今はお祭ですから、早く行きましょう」

 麒麟がお姉ちゃんの言葉に割り込むように催促する。

「そう言えば、霧先輩はなんでここに?」

「ライカお姉さま、それは愚問ですの。女性が化粧をして着飾ると言う事は、やる事は1つしかありませんの」

「何だよそれ。ただ単に祭りに来たってだけじゃないのか?」

「いいえ、違いますの。ズバリ! 白野お姉さまは誰かとデートされる予定ですの!」

「はは、霧先輩がデートなんて――」

「さすがは麒麟ちゃん。察しがいいね」

「そんな訳って……ええええええぇぇぇッ!?」

 ライカが驚愕する。

 って言うか他のみんなも驚いてるよ。

「いや、いやいやいや……霧先輩にかかか、彼氏がいるなんて聞いてませんよ!」

「うん。だってそんな話はしてないからね」

 目に見えて動揺してる1名。

 ライカ……お姉ちゃんにこの時点で遊ばれてるよ。

 だってお姉ちゃん、デートは認めても相手が彼氏だとか恋人だとか言ってないし。

 他のみんなも同様に目を丸くする。

 そんなお姉ちゃんはちょっと悪意のありそうな笑顔だ。

「さて、ちょうどいい所で出会ったし。私も後輩達について行くとしよう」

「え? お相手を待ってるではないんですか?」

「んー……神社の中で合流する予定だから問題なし」

 何やら気分で決めたような感じ。

 質問した志乃は、お姉ちゃんの言い回しにどこか違和感を感じでるようだった。

 あの言い方……やっぱり相手はキンジなんじゃあ。

 ……充分にありえそうだから困る。

 逆に理子の知らない第三者が相手でも困るけど。

 一気に人数が増えてお姉ちゃん達が祭囃子(まつりばやし)の中に消えていく。

 あたしも適度に祭りを楽しみながら、一般客を装いながら尾行する。

 せっかくの祭りに尾行とかバカだと思うだろうけど、しょうがない。

 気になるものは気になるんだから……

 

 ◆       ◆       ◆  

 

 緋川神社の屋台を歩き回る俺と赤とピンクを基調に金魚の柄が入った浴衣を着ているアリア。

 アリアに関しては先日に俺と険悪な雰囲気になってたとは思えないほど、この祭りで機嫌を直していた。

 俺としてもこの間の教室の中でのギスギスした雰囲気のままではいたくはなかったし、どんな顔をしていたらいいのか分からなかったから、アリアのご機嫌がいいのは助かる。

 余計な気を遣わなくてもいいしな。

 それはいいんだが……問題は霧だ。

 あの時、確かに霧にも誘いのメールを送られてしまった訳なんだが。上野駅のジャイアントパンダの置き物の近くにはいなかった。

 送信履歴にも確かに霧に送った証拠があるんだが……うまく届かなかったのだろうか?

 メールを見てないなんて事はないとは思うが、実際はどうなのか分からん。

 それに来たとしても……アリアと鉢合わせしてたら、その、何か面倒な事になってたような気がする。

 だけど、来ない事に安心したかと言われたら微妙だ。

 どちらかと言うと――

 …………。

 あれ? 俺は何を考えてるんだ? 霧が来ない事を残念がってる?

 ………………。

 ああ、ヤメだ。ヤメ。

 アリアと同じで霧の事も考えると変な感じになる。

 そんな感じで思考を払うように、テーブルや椅子が並べられている食事が出来そうな緋川神社の休憩スペースに目を向けると見慣れた顔が見えた。

 それに気のせいかあっちから歌声が聞こえる。

「ピーポ♪ ピーポ♪ ピーポニャン♪」

 なんかの子供アニメのような歌詞が聞こえた場所をよく見ると、アリア並にちっさい子も見える。

 あれは……多分、アリアの戦妹(アミカ)の間宮 あかりだろう。

 つーことは、今あそこで歌ってるのは――

「……おい、あれか?」

「なにが?」

「アリアの戦妹(アミカ)戦妹(アミカ)になるかもしれない架橋生(アクロス)って」

 俺に言われて視線を移したアリアが微妙な顔をし始めたぞ。

 おいおい、まさかとは思ったが……あそこのテーブルの上で下着っぽい姿でネコミミのコスチュームをして歌ってる子がそうらしい。

 アリアの話だと将来有望だと言う話もチラッとしてた気もする。

 つーか、あいつら祭りを楽しみ過ぎだろ。

 突然にアリアがあかり達の近くまで歩み寄り、

「こら! 武偵は常在戦場よ! 気をつけぇ!」

 大声を出す。

 後輩全員がビクリと反応し、シャキっとする。

「もう、お祭り気分もほどほどにしなさい!!」

『………………』

 それから流れる沈黙。

 アリア、注意を促す前にお前の姿をもう少し考えみろ。

 ……お前が一番祭りを楽しんでるじゃねえか。

 頭にお面を乗せて右手にはももまん味のわたあめ、左手にはりんごあめにイカ焼きにチョコバナナ、水風船を装備してる。

 そんな姿で言っても説得力がある訳がない。

 ほら、後輩達も微妙な顔してるし。

「神崎さん、鏡を用意してあげようか?」

 そんな言葉と共に現れた霧は、アリアと同じ……浴衣姿だった。

 しゃなりしゃなりと歩いてきた霧はいつものように微笑んでこそいるが、どこか違う印象を持っている。

 今のアリアは"カワイイ"と言う感じだが、対して霧は"綺麗"と言う感じだ。

「霧も祭りに来てたのね……」

 アリアはちょっと意外と言う感じの表情をする。

「まあね。こんな所で会うなんて、偶然だね」

 と言いつつ霧は俺に視線を向けてくる。

 それから楽しそうな顔をして、

「そうだ。偶然に会った事だしキンジと一緒に回ってもいい?」

 両手を合わせてそう提案して来た。

 別に俺としては構わない。

 と言うか、むしろついて来て欲しいくらいだ。

 主にアリアのお守り的な意味で。

「ああ、もちろんだ」

「だ、だめよ……!」

 俺と正反対の声が隣のツインテールから聞こえてくる。

 アリアに顔を向けると、何故かは知らんがアワアワと慌てた様子だ。

「なんでだよアリア。別にいいだろ、霧が一緒に来たって」

「だって、ほら……霧は後輩達と一緒に――」

「ああ、大丈夫だよ。後輩達には事前に話してあるし」

 そう言って霧の視線を追うと、何やら興味深そうな目をしてるのやら、ポカーンとした表情をしてるのやらがいる。大体、ポカーンとした顔の方が多い。

 どう見ても事前に話してあるにしては何か驚愕してるっぽいんだが……

 そんな事はお構いなしに霧はアリアがいる反対側の俺の腕にナチュラルに絡み付いてくる。

「それよりも早く行こ、それじゃあね~」

「え、あ、おい!?」

 霧は後輩達に別れの挨拶をしながら俺を引っ張って行く。

「あ、ちょっと待ちなさいよ!」

 アリアも声を上げて俺達を追い掛けて来る。

 1人増えて3人になった俺達は、祭りの喧騒へと向かって行った。

 

 

 俺の左に霧、右にアリアが陣取りながら一緒に歩く。

 アリアに関してはなんかよく分からんが、少しだけ不機嫌そうな感じがする。

 一体何だって言うんだ……

 そう思ってると俺の右袖が引っ張られる。

「なんだよ、アリア」

「あそこに人がいっぱいいるけど、あれは何をしてるの?」

 そう言われて見た先には七夕の(ささ)だ。

 色んな人が、備え付けられた机の上に置いてある短冊(たんざく)に願い事を書いて笹に飾っている。

「ああ、あれは細くて長い紙に願い事を書いて笹に飾ると願い事が叶うんだよ。この国の恒例行事だね」

「そうなの。じゃあ、あたしも何か書くわ!」

 俺の代わりに霧が説明すると、アリアが目を輝かせて短冊が置いてある机に向かって行った。

 元気よく「1枚ちょうだい」と言って、受付の人から短冊を買っている。

 霧も続いて短冊を買ったらしい。

 2人が書いてる様子を俺はその脇から眺める。

 達筆な字で2人とも願い事を書いてるが、アリアのは英語だ。織姫と彦星は日本語じゃなくて英語でも大丈夫なんだろうか……。しかも縦書きじゃなくて横書きだし。

 霧は後ろにいた俺に気付く。

「なに、キンジは私の願い事に興味でもあるの?」

「何となく見てただけだ。と言うか見てもいいのか?」

「見てもいいのかって言うか、笹に飾ったら道行く人にどうせ見られるんだし隠しても意味ないでしょ」

 それもそうだ。

 そう思って霧の手元にある短冊に書かれた願い事を覗くと『人生、楽しく過ごせますように』と書いてあった。

「お前、いつも充分に楽しく過ごしてるだろ」

「これから先も楽しくなる保証はないからね」

 何気ない一言だが、深いな。

 確かに俺達武偵はいつ事件が舞い込んでくるか分からない。

 それに事件の中には胸糞悪くなるようなモノも交じるだろうし。

 そう言う意味では、霧の言う事も納得できる。

「なるほどな」

 俺が感心して声を出すと、霧は笹へと飾る。

 一方でアリアは見栄を張ってるのか背伸びをして笹に飾り付けようとしてる。

 普通に今の位置で飾れよ。

 そう思ってると、道の向こうから歓声が聞こえる。

 何だ……?

 そう思って見ると神輿(みこし)を担いだ人波が押し寄せてくる。

 それもようやく短冊を飾り付けたアリアに向かって。

「え、え……? なに?」

 そのまま声を上げてアリアは人波に流されてしまった。

 あーあ、あのままだと迷子放送しなきゃいけなくなる。

 霧も人波のせいで分断されちまったし。

「アリア、こっちだ!」

 仕方ないので俺はすぐに飛び込み。

 特徴的なアニメ声を頼りにすぐにアリアへと向かって手を差し伸べた。

 向こうも人の壁の向こうから手を伸ばして俺の手を上手く掴む。

 その瞬間に、俺はアリアを引っ張り共に人混みから脱出した。

 うまく屋台の立ち並ぶ路地へと避難した俺達はそこで一息つく。

「あ、危ないわね……で、出られてよかったわ。何よ、あれ……」

「あれは神輿だよ。それよりも、危うく離れ離れになる所だったな」

 そこへちょうど霧がさっきの人混みの中から普通に現れてきた。

「ふう、流されるところだった――うん?」

 そのまま俺達の事を見てる霧に思わず尋ねる。

「どうしたんだよ霧。何か俺とアリアに付いてるか?」

 それからニヤリとして、

「いいや。ただ、手を繋いで仲がよろしいと思いまして」

 ちょっといつもの喋り方とは違う感じでそう言ってきた。

 手を、繋いで……?

 思わずアリアと顔が向かい合ったところで、そのまま視線を下へとスライドさせる。

 そこには、お互いに手をガッチリと握ってしまってる手が映る。

『…………!!』

 こ、この状況……! マズイぞ。

 アリアがみるみる赤くなって火山みたいに噴火しそうだ。

 すぐに手を離そうと思ったが、アリアは万力みたいに逆に締め付けてくる。

 ――ギリギリギリィ!

 おおいッ!? 音が、俺の手から音が! 握力だけで骨が(きし)んでる感触がするぞ!!

 ばっ! と、物凄い速度で離れたアリアは爪を立てるようにした自分の手を凝視(ぎょうし)する。

 それから涙目で俺へと振り向き――

「こんの、エロキンジ!」

 何がどうしてそうなったのか、俺を何故かそう蔑んでパーがグーになり飛んできた。

 殴られて顔の方向を無理やり変えられた時、ちょうど見えた霧は微笑していた。

 ……やっぱりお前は充分に人生楽しみ過ぎだ。

 そう心から思う。

 

 

「動かないでよ、当てづらい」

 霧にそう言われてじっとしてると左目に冷たさを感じる。

 予想通りと言うか、アリアに殴られた左目の周りが青痣(あおあざ)になってるらしい。

 どこかで氷を買ってきた霧はタオルに氷を包んで簡易の氷嚢(ひょうのう)にし、それを俺の目の周りに当てている。

 ここは本殿の裏。縁側みたいになってる場所だ。

 そこに俺達3人は来ている。

 アリアが人に酔って、俺はこの有様だからな。

 それに拝殿の方はカップルが多すぎて落ち着けなかったし。

「わぁ……」

 そんな殴った張本人は空に打ち上がる花火に子供みたいに口を開けて夢中だ。

 ちょっとは俺の事を気にしろよ。

 そんなお子様とは別に霧が甲斐甲斐(かいがい)しく俺を介抱してくれている。

 つっても、ほとんど殴られた原因みたいなものだから差し引きゼロだけどな。

「うん、まあ大丈夫。すぐに治るよ、キンジは"うたれ"強いから、二重の意味で」

「すぐ治る理由にならないだろ」

 そのまま霧に差し出されるように氷嚢を受け取り、自分で冷やす。

 それに二重の意味でよく"うつ"のは霧を挟んで向こうにいるホームズのお嬢様だ。

 ……しかし。

 ちらりと左に目をやる。

 霧もアリアも夏がよく似合うな。

 特に霧は一昨年(おととし)の夏と違って、大人びて見える。

 …………。

 ………………。

 花火が終わり、夏の虫の音と、林からする葉擦(はず)れが俺達を包み込む。

 沈黙が流れるが、さっきからアリアが俺をチラチラと見てる。

 いや、お互いに顔を合わせては逸らしている。

「お互いに話しておきたい事があるならハッキリしなよ」

 そんな俺達の様子を見かねた霧が催促する。

 まあ、確かにこんな風に変な空気を流しても仕方ないよな。

 その霧の言葉に後押しされる形で、

「あのさ」「えっとな」

 お互いに口を開くがハモってしまった。

「ああ、その……何だ。お前からでいい、言う順番が違うだけだし」

「う、うん」

 俺がアリアに先を譲ると、少し黙ってから薄い唇を開いた。

「カナの事、ごめんね。霧も……あたしの事を思って一緒に戦ってくれたのに」

 謝罪か。

 珍しいとは思うが、その事を茶化す――

「神崎さんが謝罪なんて珍しい。傘買ってこないと」

 よな……霧なら。

「もう、ふざけないでよ。あんたやキンジの言う通り、あたしはカナに負けた。確かな実力差があった。特にキンジが言ったように、あたしより強い武偵はいる。その事を……頭では理解してたのよ。けど……今まであたしのいた武偵学校にはあたしを負かす程の実力者はいなかった。だから、実感は湧かなかった……だけどこの間の決闘で、思い知ったわ」

 どうやら自分の実力がカナには及ばない事を享受できたみたいだ。

 しかし、「――でも」とアリアは話を続ける。

「でも、それでも負けたくはなかった。カナにあんたのパートナーをやめるように言われて……どうしようもなく腹が立った。だから、あの時にあたしは――」

 カナがアリアに俺のパートナーをやめるよう言った……?

 一体、どう言う事だ。

 どうしてカナが――兄さんがそんな事を?

 全くもってカナがアリアを狙う理由が掴めない。

 そこで話を区切って、アリアが聞いてくる。

「それで、キンジ。以前に心の整理が出来たら話すって言ってたけど……まだ、カナについて話せない?」

 紅鳴館でそんな事を言ったが、律儀に覚えてたか。

 まあ、教えるつもりが無かったらそんな風に言わなかったが。

 それでも……

「悪い。まだ話せない。それどころか、余計に整理がつきそうにない」

 兄さんが生きてた。

 それは、何よりも喜ぶべき事実。

 なのに、兄さんは変わってしまっていた。理子に言われた通り俺の知ってる兄さんとは違った。

 誰よりも優しかったあの人が、同じ武偵であるアリアを『殺そう』と言い出してしまう程に……

 それと"もう1つの出来事"が余計に俺の頭を掻き乱す。

「そう、なの……」

 シュン、とした感じでか細くアリアが呟く。

 またしても静寂が訪れるかと思いきや、すぐに迫る様に声を掛けてきた。

「じゃあ、これだけ確かめさせて頂戴(ちょうだい)

「なんだ……?」

「その、カナは、あんたの恋人……とかじゃないわよね?」

「違う。寮でお前はカナが俺の昔のパートナーだとか言ってたが、それも違う。お前と会う前まで組んでたパートナーは霧ただ1人だけだ」

「でも……他人じゃない」

 アリアの言葉に俺は言葉が詰まる。

 それからアリアは言葉に迷いながら、続けてくる。

「なんて言うか……もっと別の、深い関係……絆みたいなものを感じるわ。ただの友人とか知り合いとか、そんなんじゃない。これ以上、上手く言えないんだけど……そんな感じがするの」

 相変わらず抽象的な表現だな。

 けれど、それは大体合ってる。

 さすがに家族だ兄弟だ、とまでは行かなかったが……それでも鋭い洞察力と直感でほぼ言い当ててきた。

「それで、あんたはこれからカナとどうするつもりなの?」

「どう言う意味だよ?」

「これから、パートナーを、組むの……?」

 より一層、不安そうな声で尋ねてくるアリア。

 何でそんなにも弱々しくなるのか俺には理解できん。

「それはないな……大体、言っただろう? 俺とカナの関係はそんなんじゃない。格も違いすぎる」

 一応ハッキリと否定しておくと、

「そっか……」

 アリアはどこか安堵(あんど)したような優しげな声音に変わった。

 どうやら俺が離れて行く事が一番、不安だったらしい。

「それに、武偵憲章8条『任務は、その裏の裏まで完遂(かんすい)すべし』。お前と理子との戦いから始まって、ジャンヌとブラド。イ・ウーのメンバーを既に3人も倒しちまってる。面倒だが、もう深いところまで入っちまったからな。今まで受けた任務の裏の裏にお前の母親の件が絡みついてる。だったら、完遂するしかないだろ。イ・ウーの一件が解決するまで、付き合ってやるよ。お前に」

「キンジ……」

「それにかなえさんにも頼まれたしな……お前の助けになって欲しいって。武偵を辞めるつもりとは言え、俺は来年の3月まで武偵だ。だから、まだ俺とお前はパートナーだ」

 未だに不安そうな顔をするアリアに対してそんな風に俺は理屈を並べ立てる。

 我ながら気恥ずかしい事を言ってる気もするが、本心だ。

 俺とは反対に過酷な運命に立ち向かうアリアを支えてやりたいと……そう思ってるからな。

 アリアはポツリと呟く。

「どうしても武偵を辞めるつもりなの?」

「ああ、これはどうあっても譲れない。誰に何と言われようともな」

 武偵と言う仕事は、俺には早かったのかもしれない。

 血生臭い事件もあるし汚い所もいっぱいあると理解はしていた。

 だけどそれだけだった。

 それなりに場数を踏んだつもりだったが……兄さんが死んだと思った日には、もっと黒くて薄汚れた世界を見てしまった。

 そんな世界のために奉仕するなんて事は、俺には無理だと感じた。

 今にして思えば……俺は兄さんの背中に憧れて、ただ追い掛けて、武偵になったのかもしれない。

 流されてただけなのかもしれない。

 本当に自分がなりたいモノが何だったのか、俺には分からなくなってしまった。

 兄さんが変わってしまったのはきっと、俺と同じように何か別の黒い世界を見てしまったんだとそう何となく思う。

 それには多分、武偵と言う仕事が関係してる。だから、俺は武偵を辞める。

「ともかく、カナについては……あまりに関わらない方がいい。目的は分からないがどうやらカナは、お前の事を狙ってるみたいだからな」

「う、うん……」

 そこで会話は途切れ、静けさが戻って来る。

 ………………。

 これ以上は、何を話したもんかな……

 って言うか何だよこの何とも言えない雰囲気。

 そんな時だった。

「すっかり私は蚊帳(かや)の外か、寂しいもんだね」

「えっ……?」「なっ!?」

 突然に前から霧に声を掛けられて思わず驚いた。

 って言うか、俺とアリアの間に座ってた(はず)なのに……

 しかも霧はどこからか帰ってきた感じで林の奥からこっちに歩いてきていた。

「お前、さっきまで隣にいたんじゃなかったのか?」

「2人が話し込んでる間に席を外してたよ」

 全く気付かなかった……

 いや、それ程までに俺達が話し込んでたって事だろう。

「全く、すっかり私の事は忘れてる感じだよね……」

「お前は協力してくれとか言う前に勝手に首突っ込んでくるだろ」

「まあそうだけど……」

 俺の言う事を否定しないのかよ。

 まあ、霧らしいと言えばらしいが。

「ともかく、どこまで協力出来るか分からないけど私の存在も忘れないで欲しいね」

 いつもの霧のにっこりとした屈託のない笑み、だけどどこか頼れるような力強さがあった。

「………………」

 アリアは急に黙り込んで、俺にも霧にも見えない角度へと顔を隠した。

 何だ急に……?

 と思ったら急に肩が(かす)かに震え、ぐすっ、と鼻を詰まらせたような音が聞こえた。

 いち早く何かに気付いた霧は、少しだけアリアに近付いて意地の悪い笑みを浮かべながら中腰になる。

「ははーん、さては泣いてるの? 神崎さん」

 そう霧に言われてアリアは途端に肩を震わせる。

 泣いてる? アリアが?

「――うるさい」

 すると泣いてる事を否定するような言葉が返ってきた。

 つい俺はアリアの顔を確かめようと、近付く。

「う"……」

 もう少しで肩に触れそうなところで今度は(のど)から変な声を出した。

 今度は何だ……?

「みぎゃあああああああ!?」

 うおおおおおッ!?

 何故か奇声を発してアリアが縁側の上で飛び上がり、のたうち回る。

 いきなりどうした!?

 そんなに自分の泣き顔を見られたくないからって奇行に走り出したのか?

 何て思ってる内にアリアは自分の浴衣の中を手を入れてまさぐる様に動かしている。

 さすがの霧もいきなりの事に思わず尋ねた。

「服の中に何か入った?」

「そ、そうだから! 早く何とかして――うきゃああああああ!?」

 びちびちと、陸に打ち上げられた魚みたいに体を動かしてる。

 取り敢えず近くにいた俺が、すぐさまアリアの浴衣の(おび)を緩めると。

 ブーン、と羽音を立ててコガネムシみたいなのがアリアの浴衣の中から飛んで行った。

 それから目の前の木に止まった。

「は、はひぃーー……な、なによあの虫……」

 浴衣がめくれ、肌をあちこちと覗かせるあられもない姿でアリアはノビた。

 アリアをここまで戦闘不能にするとは、あのコガネムシやるな。

 そう思って再びさっきのコガネムシに目を向けると、すぐさまこの場から逃げる様に雑木林へと飛び去った。

 一先(ひとま)ずは、これで解決か。

「あーあー……こんなに散らかして」

 霧はそう言いながらアリアが暴れてた際に飛び散ってしまった持ち物を拾い始める。

 俺も近くにあった物をいくつか拾い集める。

 そして、武偵手帳へと手を伸ばして自然に中が見えてしまった時に思わず手が止まる。

 そこには若い男性の写真が挟みこんであった。年齢は20歳ぐらい。

 俺ではない誰か。

 そんな時に先日、アリアや霧に誘いのメールを送られてしまった日の不知火の言葉が何故か、本当に何故か頭に思い浮かぶ。

『神崎さんを狙ってるなら遠山君、ライバルがいるかもしれないよ?』

 だから何だって言うんだ。

 こんなチンチクリンな体型ではあるが、一応アリアも女の子なんだし。

 恋愛沙汰(ざた)にかなり耐性が低いとは言え、相手がいないとは限らない。

 それにこんなのでも貴族のお嬢様だ。身分の高い人でよくある感じの許嫁(いいなずけ)の1人や2人ぐらいいるだろう。

「はい、これと。あとはキンジの持ってるやつで全部だよね」

「あ、ありがとう霧」

 浴衣を着直して霧から持ち物を受け取ったらしいアリアが俺へと顔を向ける。

 お互いに視線が合う。

 すると俺の手元に気付き、奪い取るように他の物と一緒に武偵手帳を取った。

 ちょっと慌てたような仕草だな。

「見た、わよね……」

 完全に見てる所を見られた訳だから、否定しようがない。

「見たけど、別に気にしてねえよ」

 あ、何言ってんだよ俺。

 それじゃあ逆に気にしてるみたいだろうが。

「何よそれ、何か誤解してるみたいで嫌だわ」

 そう言ってアリアは再び縁側に腰掛け、自分の両脇を叩く。

 どうやら俺も霧も座れと言う事らしい。

 霧が真っ先に座ったところで、俺もそれに続くようにアリアの隣に座る。

「普通なら、親や兄弟の写真とか入れるもんだけど」

 そう言ってアリアが武偵手帳開いて、俺達に見えるようにした。

 そこには1人の成年男性が写っている。一昔前のような古いスーツの立ち姿。

 写真はモノクロで、風化してるのかセピア色に色()せている。

「この人はあたしの祖先……って言っても、そこまで古くなくて実際は曾お爺さんなんだけど。武偵の理想とされる世界一の頭脳とあらゆる犯罪者と闘う肉体を兼ね備えた人。そして、この世にはいない人」

 そうだ。

 俺はこの人を知っている。

 授業で教科書の写真でも見たその人物は、

「シャーロック・ホームズ」

 その人だ。

 俺の呟く様に言った名前にアリアは静かに頷く。

「やっぱり、尊敬してるんだね」

 それを見て霧は優しそうに微笑んだ。

「当たり前よ。この写真はお父様から貰ったものなんだけど……いつも、肌身離さずに持ってる。心の支えで、誰にも見せたりしない。あたしの宝物」

「今、見せてくれるじゃねえか」

 俺がそう言うとアリアは武偵手帳を閉じて、少し縁側から軽く飛び降りる。

 それからちょっと恥ずかしそうに、頬をほんのり紅く染めて振り返った。

「あんた達じゃなきゃ見せないわよ」

 その顔に、俺は軽く胸が高鳴る。

「ちょ、ちょっとお花を摘みに行ってくるわ」

 慌てたようにアリアは、とたた、と言う感じで走り去ってしまった。

 こんな祭りの夜に花を摘むって、どう言う事だよ。

 と思ってると、

「キンジ……お花を摘むって言うのは手洗い行く事だからね」

 霧がさり気なく言ってくる。

「お前、いきなり何を言うんだよ」

「絶対に今の感じだと普通に『花を摘みに行くなんて変わってるな』とか、思ってそうだったから」

 こ、こいつ……

 でも、当たってやがるから何も言い返せん。

 それはともかく置いておいて……だ。

 それよりも、俺は霧に関して気になる事が2つある。

「お前は、大丈夫なのか?」

「何が?」

「アリアに協力しててだよ。家族の事とか色々あるんだろ?」

 病弱の姉とか父親の事とか、何かしら抱えてた筈だし。

「ああ、別に大丈夫だよ。じゃなかったらここにはいないし」

「それはそうだが……」

「ちなみに厄介な事に首を突っ込んでる事ぐらい、もう分かってるから心配しなくてもいいよ」

 相変わらず話の先がよく見えてやがる。

 敵わないよな……お前には。

「この先、神崎さんに関わってるとジャンヌみたいなのが出てくるって事なんでしょ? 何となく予想はついてるよ。色々ときな臭い感じはしてたから……何よりも、神崎さん隠し事が下手だし」

 まあ、お前は色々と看破(かんぱ)してくるからな。

 アリアが分かり易い事もあるだろうが、どっちにしろコイツに誤魔化しは通じない。

「それで? 他に何か気になる事があるんじゃないの?」

 本当に……色々と誤魔化しが通じないヤツだ。

「気になるのはそれだけだ」

「嘘だね。神崎さんが去ってから妙に、私の事を見てる」

 無意識の内に視線が霧の方へと向いてしまってたらしい。

 祭りの最中は別段意識する事もなかったのに、こうした静かな場所で霧と2人きりになった瞬間に"もう1つの出来事"が思い起こされてしまった。

 それはカナとアリアの決闘があった日だ。

 あの時、アリアを置いて部屋に戻った俺が見たのは……ソファーで寝ているカナの姿だった。

 兄さんは、カナになる事でヒステリアモードの持続時間を延ばしている。

 だがそれは、脳髄(のうずい)への負荷を蓄積する事になり、どこかで(まと)まった休息が必要になる。所謂(いわゆる)、『睡眠期』みたいなものだ。

 カナはぼんやりとした雰囲気で俺に気付き、時折眠たそうにしながらも取り()めのない話をした。

 単位の事、俺がヒステリアモードを使いこなせてるかどうかと言う事、保護者が気に掛けるような感じだった。

 その時のカナは、俺が知っている昔の優しい人だった。

 だが、その途中でカナは空気を張り詰めさせて――

『キンジ、あなた達には……敵が迫っている』

 そんな妙な事を言い出した。

『どう言う事だよ?』

『下手な事は言えない。でも、あなたの元パートナーには気を付けて欲しい』

『元パートナーって、霧か……? 霧の何を気を付けろって言うんだよ』

『……ごめんなさい。今のは忘れて』

 その時のカナは、今まで俺に見せた事のないような表情だった。

 様子がおかしいと思い、詳しく聞こうとした矢先にアリアが帰って来て、カナが俺の部屋にいるのを偶然に見て口喧嘩になってしまった。

 その後は結局、カナには聞かずじまいで色々と有耶無耶(うやむや)だ。

 それから気にせずにいたが、いざこうして霧と一緒にいると何故か気になってしまう。

 もしかして、俺の知らない所でカナ――兄さんと何かあったのか?

 あの時のカナの表情を見て、そう思わずにはいられない。

 だが……中学の3年の夏に割と楽しそうに話してたのを見てたから、仲が悪いとは思えない。

 霧の事だ。その事に気付いてるだろうし、何とかするだろう。

 あまり気にしても仕方がない。

「まあ、気にするな。ちょっと考え事だ」

「ふーん……ま、キンジがそう言うなら気にしないよ」

 そう言って霧は立ち上がり、どこかへと去ろうとする。

「どこへ行くんだ?」

「さっき2人が話している間に友人を見つけてね、一緒に屋台を回る事にしたの。だから先に神崎さんと帰ってていいよ、遅くなるだろうし」

「分かった」

 そいじゃ、と背中を向けながら霧は軽く手を振って屋台がある方へと消えて行った。

 

 ◆       ◆       ◆

 

 お姉ちゃんがどこかへと去って行った。

 しかし、随分とまあアリアとキンジに信頼されてるね~

 お姉ちゃん、おそろしい子!

 なんてネタに走ってる場合じゃない。

 雑木林から抜け出して、お姉ちゃんの後を追う。

 はーあ……七夕の祭りに理子ってば何やってるんだろうね。

 お姉ちゃんがデートだなんて言うから、気になって追って来てみればそんな甘酸っぱい雰囲気なんて微塵もないし。

 いや、キンジにそんな事を期待するだけ無駄か。

 あの草食系どころか絶食系男子のキンジが、デートなんて言う高等技術を出来る訳がない。

 と言うよりも、キンジの場合は絶食系でいようとしてるけどその実は草食系的な感じかな?

 何かそっちの方がしっくりくる。

 お姉ちゃんは、恋愛ってどうなのかな?

 肉食系な感じはするけど、うーん……お姉ちゃんの場合は好奇心が(おもむ)くままにって感じだから何とも言えないな~

 恋とかあまり興味なさそうだし。

 ()いて言うなら、雑食系。

 ……あれ?

 確かにお姉ちゃんを追ってた筈なんだけど……

 しまった。余計な事を考えてたせいで見失った。

 ちょうど目の前は神社の大通りで出店が立ち並ぶ光景が目に入る。

 はーあ……どうせならお姉ちゃんと回りたかった。

「どうもリコ=サン。オネエ=サンです」

「うえッ!?」

 突然に両肩を掴まれて変な声が出た。

 思わず距離を取って振り返ってみれば、お姉ちゃんがいた。

 って言うかお姉ちゃん何でそのネタ知ってるの……

 まあ、それは置いといて。

「やっぱり、気付かれてたかー」

「悪くはなかったけど。ただ、理子だと分かるようなものをぶら下げてたらね」

 そう言ってお姉ちゃんが自分自身の胸に指差す。

 あたしの浴衣の内に入ってる十字架(ロザリオ)が、チャリと音を立てる。

 一応、浴衣の中に隠してあったんだけどな。

 どっかであたしに気付いててこれを見られちゃったか。

「それはそうと、いつまで変装したまんまなの?」

「ああ、そうだった」

 バレたなら顔を変えてる意味もない。

 お姉ちゃんに言われて特殊メイクのマスクを剥がす。

 何か……舐める様に全身を見られてるんだけど。

「……お姉ちゃん、どうしたの?」

「てっきりフリフリの浴衣でも着てるのかと思ったけど、そうでもないんだね」

「それやったらもっと早くバレそうな気がする」

「だろうね。でも、充分に似合ってるよ」

 む……さり気なく褒めてくる心遣い。

 キンジもそうだけど、この人も大概に天然ジゴロな気がしてきた。

 そのままお姉ちゃんはナチュラルにあたしの背中にもたれかかって来る。

「よーし、それじゃあ……お姉ちゃんと夜遊びしようか」

「何で色っぽく言うの?」

 変な気分になるから止めて欲しいんだけど。

 あたし右肩から顔を覗かせるお姉ちゃんから思わず顔を逸らす。

「スキンシップもこのぐらいにして、早く行こう」

 そう言ってお姉ちゃんが素早くあたしの手を取ると、そのまま祭りの中に引っ張って行く。

 こんな時間が過ごせるとは思わなかった。

 でも……

 七夕の日にさっき思ったあたしのささやかな願いが叶った。

 そう思えば、悪くない……かな。

 




自分で書いてて壁ドンしたくなった。
彼女? ハハ、いねえよ。

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