緋弾に迫りしは緋色のメス   作:青二蒼

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時間が経ちすぎたぜorz

今回の注意事項

・百合……?
・いつものアレ




53:語れない真実

 

 ジャックとの邂逅(かいこう)

 この間のブラドの一件でとんでもないヤツと出会ってしまった訳だが、俺達は生きてる。

 いや……生かされた、と言うのが正しいだろう。

 自分のやるべき事をやったとばかりにヤツは、俺達の事を歯牙にも掛けず去って行った。

 アリアのプライドで一時はどうなるかと思ったけどな……

 あの時は本当にアリアが切り裂かれたように見えた。

 だが、それは幻覚。おそらくだが……ジャックの殺気だったんじゃないかと思う。

 明確な殺意を向けられ、あのまま踏み込んだらどうなるかと言うビジョンを俺達がイメージしたんだろう。

 ――ジャンヌや理子が深入りするなと言った理由を思い知らされた。

 イ・ウーと言う禁忌(タブー)の存在の中でも、さらなる禁忌(タブー)だと理解した。

 ジャックに関して考えるのはこれぐらいにしておこう。

 ブラドはと言うと、あの後は警察や武装検事が出てきて身柄を搬送された。今は都内の中でも大きい留置所に入れられているが……近い内に長野の方に移送されるそうだ。

 そんなブラドの屋敷である紅鳴館で窃盗行為を働いた事を武偵高の教師陣に戦々恐々としながらメールで報告した訳だが、返って来たのは処分の通知ではなく分厚い資料だった。それも理子もやったであろう『司法取引』の。その分厚い資料を読んで手続きの書類を纏めると、要点は2つ。

 ブラドの一件は永久に他言無用、その代わりに窃盗行為などのお咎めは一切なし。

 ジャックについての情報提供。

 これだけだった。

 そして、ジャックに関してもブラドと同様に他言無用と釘をさされている。 

 国際的な犯罪者が未だに日本にいるなんて混乱を招くだろう。

 警察や武偵の批判にも繋がりかねない。

 2年前の中学の時に警告として言われたあの時からずっと日本にいたのかは知らないけどな。

 それから、ニュースによるとどうやらランドマークタワーでの出来事は落雷事故と言う事になってる。

 誰がどんな根回しをしたかは知らないが……それがいいかもしれない。

 あんな体験をした俺から言わせてみれば、知らない方がいい。その一言に限る。

 そうだ目の前の事に集中しよう。

 

「ひゃっはー! りこりんがシュシュッと参上! みんな、ただいまー♪」

 

 な ん で お 前 が い る !

 教室でいつも通りに席に座っていたら、何事もなかったかのように理子が帰ってきやがった。

 よくもまあ、何食わぬ顔で! いつも通りに! 教室のみんなにおだてられていられるもんだな!

 ……だが、ここでそんな事を突っ込んだところでネクラな俺の意見なんて誰も耳を傾けないだろう。

 それどころか奇異な目で見られる、確実に。

「どうかしたの?」

 俺の葛藤に気付いたのか、霧がナイフをチラつかせながら聞いてくる。

 って言うかそんな物を持ってこっちに来るなよ。

「「いいや、別に」」

 俺と霧の声がハモる。

「と、キンジは言う」

「セリフを合わせてくるなよ」

「うーん……」

 霧は唸って俺の顔を見た後に、理子の方を見る。

 それからナイフを仕舞ってポン、と手を叩く。

「この間の任務とやらで理子と何かあって、予想外の事が起きた。どう?」

 霧は指を向けながらクイズの解答みたいに答える。

 かなり具体性に欠けるが、大体あってやがる。

 相変わらずの察しの良さだ。

 だが――

「悪いがノーコメントだ」

 そう答えるしかない。

 司法取引であの時の件の事は他言無用なんだからな。

 それだけで霧は納得したのか、言及して来ない。

「なるほど……そう言えば、神崎さんは? あっちもどうかしたの?」

 霧にそう言われて隣を見れば、アリアはどこか上の空のような顔をしている。

 理子が出てきたって言うのに、何か静かだと思ったら真っ先に反応しそうなヤツが反応してない。

 と言っても、ジャックと会ってからあの調子だ。

 俺にはあいつの気持ちがよく分からないが……ジャックの言葉が引っ掛かってるんだろうとは思う。

 俺だってあの発言には疑問を覚えた。

 なんでイ・ウーのリーダーはジャックにアリアを襲う事を止められているのか?

 そもそも、そのリーダー様はアリアの事を知ってるんじゃないか?

 じゃないと説明がつかない部分もある。

 ジャックはリーダーの事を『プロフェシオン』と言っていたが……

 あんなヤツやブラドを従えてるあたり、そのプロフェシオンとやらはそれ以上の実力を持っているんだろう。

 ほんと、アリアはあんなヤバい連中がいる組織を相手に戦っていたんだな。

 と言うか俺もブラドや魔剣(デュランダル)ことジャンヌを倒してるからケンカは既に売っちまってるようなもんだし他人事じゃないが。

 なんて考えてる内に霧はいつの間にか離れていて一般授業が終わり、アリアは専門科目の移動で教室を去って行く。

 終始静かだったな、アリア。

 いつもと違って儚く見えた。

 そのまま探偵科(インケスタ)の授業に入るが、理子は理子でアリアと違い、いつもと変わらず。

 休み時間に入れば何やらゲーマー友達と一緒に最新のギャルゲーがどうのと普段通りだ。

 おかげで話し掛けづらい。

 話すのはもちろん、約束の兄さんの情報の事だ。

 ここに帰ってきたって事は少なくとも約束を有耶無耶(うやむや)にするつもりはない筈だ。

 ジャックとの関係が気にならない訳じゃない。

 けど、ジャンヌから警告されて止められてる事だ。わざわざ墓穴を掘りたい訳じゃない。

 何よりも優先すべき事が俺にはある。

 しかし、そのまま時間は過ぎてとうとう放課後になってしまった。

 理子もそそくさと教室から出てしまい、仕方なく探偵科(インケスタ)棟を出ようとする。

 その時に出入り口で背を向けている理子の後ろ姿が目に入った。

 そして、そのまま俺が出てくると――

「おっす、キーくん。りこりん、恋人みたいに待ってたよ♪」

 なんて言いながら表理子のまま笑顔で近付いて来る。

 恋人うんぬんの発言はスルーする。

「お前、右腕はいいのか?」

 授業中も気になったが、あまり右腕を動かしてはいなかった。

 あのオオカミにかなりの力で噛まれてたからな。

 早々に治ったりはしないだろう。

「大丈夫だよ、封印してるしたまに(うず)くだけだから」

 なんだ、その厨二病っぽい返し方は。

 と思ったが……どうやら問題ないらしい。

 そのまま俺達は無言で、雨が上がってしばらく経った湿気臭い道を並んで歩く。

「……聞いてこないんだね、理子と"あの人"の関係について」

 歩きながら、視線を落とした理子から声が掛かる。

 "あの人"と言うのは、十中八九ジャックの事だろう。

 さっき考えてた通り、あまりその事を掘り返さない方が良さそうだ。

 地雷を踏み抜きたくはない。

 俺の命の安寧のためにも。

「これ以上、厄介事に首をあまり突っ込みたくはない。知れば危険なんだろ?」

「あー、うん……そうだね……」

 理子は視線を逸らす。

 おい、なんだその歯切れの悪い返し方は。

 と思ったが、聞き返してはいけないような気がした。

 それこそ厄介な臭いがプンプンする。

 最近、俺にも直感が備わってるような……そんな気がするぞ。

 だから俺もアリアと同じように直感を信じよう。

「それよりも約束の件だけど、情報は既にパソコンのメールに送っといたよ。私は"約束を守る"」

 約束の件……!

 その単語が出た瞬間に俺は振り向き、いつの間にか立ち止まって後ろにいる理子を見る。

 俺を見ながら理子は、真剣な顔で1つ忠告するように言った。

「ただ、キーくんの知ってる人とは別人みたいになってるかもしれない」

「それってどう言う意味だ……?」

「そこまでは、答えられない。私にもどうなってるか分からないから」

 本当に意味が分からない。

 ただ、兄さんの身に何かがあったような言い方。

 あの兄さんに、一体何が……

 俺が少し思案に(ふけ)り、理子に尋ねようと顔を上げる。

 けれど、そこに理子の姿は既になかった。

 ただ湿っぽい風が虚しく吹き去って行く。

 

 ◆       ◆       ◆  

 

 キンジの顔が下がった時にあたしは退散させて貰った。

 金一に連絡は既に入れてある。

 ジャックの息が掛かってるあたしの事を警戒してるような雰囲気だったけど、無理もない話。

 お姉ちゃんと一緒に罠に()めたようなものだからね。

 一応、上役だった事もあってあの時の出来事には罪悪感が少し募ってる。

 話を戻して……何やらキンジに話しておきたい事があるっぽかったから、おそらく金一は来るだろう。

 それにしてもキンジは少し危なかったな~……ブラドの時に危うく(ほだ)されそうになった。

 おかげでちょっと、変に意識しちゃう。

 大体、あたしには既にお姉ちゃんと言う存在が――

 って、違う……! お姉ちゃんは大事な存在だけど"そう言う存在"じゃない!

 あたしはホントに何を考えてるんだ。

 間宮 あかり大好きっ娘じゃあるまいし。

 それにしてもブラドの時はお姉ちゃん何も言わなかったね。

 ヘリポートから退散してから、あたしの事を軽く治療したらすぐに去っちゃったし。

 何て言うか、雰囲気が若干違ったんだよね。

 どう違うかって言われたら表現しにくいんだけど……機嫌が悪いって言ったらいいのかな?

 あたしの気のせいかもしれない。

 けれど、そんな風に感じたんだよね。

 考えてる内に女子寮へと帰って来て、私の部屋の鍵を開ける。

 このあとはアリアとの約束を守る為に、神崎かなえの弁護士である連城(れんじょう) 黒江(くろえ)と会う予定だし出かける準備をしないと。

 ――カチャ。

 ん? なにこの手錠みたいな音。

 と思って右手首を見れば本当に手錠が掛かってる。

 あたしが入ろうとした部屋の角から手が伸びて、その手が手錠に続いてる。

 ……誰?

 そう思って覗こうとする前に誰かが飛び出し、ベッドへと上手く足運びをされ押し倒される。

 痛む右腕に意識を持って行かれたせいで抵抗をする間もなかった。

「この姿で会うのは久しいね、理子」

 そう言ってお姉ちゃんがあたしの顔を真上から見下ろしてる。

 どう言う状況……?

 あたしが組み敷かれてるのは分かるんだけど、何かおかしい。

 垂れ下がってる髪は、黒じゃなくブラウンとピンクのグラデーションをした髪。

 夕日に当たって赤く見えるけど、瞳は青紫。

 つまりは素顔だ。

 確かに素顔で会うのは久しいけど――

「えっと、お姉ちゃん。どうかしたの……?」

 いつも通りの笑顔なのに心なしかお姉ちゃんが怖く感じる。

 ちょっと恐怖心が混じりながらも聞く。

「どうかしたも何もね~……聞いてて自分で分かってると思うんだけど? 特にブラドの件について」

 うん……やっぱり誤魔化しは通じなさそう。

「まあ想像するのは簡単。私の影に守られている事が嫌だった、だから自分の力で自由を勝ち取ろうとした」

 あれだけ情報が出揃ってれば、推理するのも簡単だろうね。

 やっぱり、ほとんど隠してる意味がなかった。

「私の方針上、その事について咎めたりはしないよ。だけど……リリヤに心配をあまり掛けないようにしないとお姉ちゃん失格だからね」

「うん……」

「もしブラドとの取引に理子が失敗してたら手が出せなくなるところだったんだよ? 今回は向こうから反故(ほご)にしてくれたから失敗しても私とリリヤが出るつもりだったからいいけど」

 お姉ちゃん、普段から律儀に約束を守る方だったよね。

 だからきっと、あたしとブラドの取引が失敗してたら……この人は手を出してこない。

 あたしが檻に戻ってた可能性もある。

「でも、それでも……あたしは自分の力で帰りたかった」

「分かってるよ。ブラドの時はお父さんから釘をさされた事もあって最初から手出しできなかったけど……でも、もし今度同じような事があったら私が助けに行くよ。"約束"する」

 そう言って、微笑む。

 やっぱりお姉ちゃんは、ズルい。

 居心地が良過ぎる。

「だけど……それとこれとは話は別で、ちょっとお仕置きしようかな?」

「……え?」

「ああ、別に肌を切り裂いてみたいとかそんなんじゃないよ? ただ、私の存在を理子に刻んであげようかな~なんて♪」

 そ、そっか。

 てっきりお姉ちゃんの事だから、そう言う風な展開――

 ……あれ? ちょっと待とうか。

 お姉ちゃんの存在をあたしに刻むって、何か表現がおかしくない?

「お姉ちゃん、今のどう言う意味……かな?」

「ん? そのままの意味だけど、夾竹桃がそうするとイイって」

 えっと、夾ちゃんが?

 何か嫌な予感がするんだけど。

「ちなみに参考に本も貰ったんだけど」

 そう言ってお姉ちゃんが取りだしたのは……コミケでも馴染み深い。

 つまるところ、

 

 ――ウス=イ・ホンだった。

 

 ……お、おいいいいいいいいいいいッ!?

 あの腐った(さそり)はお姉ちゃんに何て物を渡してるんだ!

 この人にそんな物を渡したら、とんでもない化学反応起こしちゃうかもしれないのにッ!

 おまけに表紙から見るに絶対百合モノだよ!

「理子がどんな反応してくれるか……楽しみなんだよね~」

 本を仕舞い、弾むような声にいつも通りの笑顔。

 かなり楽しんでるパターンだ。

 ヤバいよ……天然ドSが本領発揮しちゃってる。

 て言うか、お姉ちゃんの左手とあたしの右手がいつの間にか手錠で繋がってる。

 おまけにあたしの脚の間にお姉ちゃんの右脚が割り込んでるのを見るに、これ……逃がす気がない。

「あ、あのう……あたしこれから用事が――」

「神崎の弁護士と会うんでしょ? そして、連絡はこれから入れてそれから会いに行く。つまり連絡を入れるまでは具体的な時間は決めてない。だから、時間はそれなりにあるよね?」

 何故か把握してらっしゃるッ!?

 何にしても、早くも逃げる口実がなくなった。

 と言うか予想外の展開過ぎて思いつかない。

 顔が、近付いてくる。

 同時に体重も段々と感じる。

 血の臭いじゃなく、紅茶みたいな香りが鼻腔(びこう)をくすぐる。

 見てる人いなけどさぁッ! 言わせて! 誰得!? 誰得なのこの展開!?

 そんな風に心で叫びながらも思わず目を閉じる。

「ねえ、理子。別に嫌なら『嫌だ』って拒んでもいいよ? それ以外の言葉は受け付けないけどね」

 いきなり口付けされるかと思ったら、耳元でお姉ちゃんが囁く。

 拒否権を提示してくれるのはいいけど、そんなの……無理だよぉ……

「理子、もっと肩の力を抜いて……私の言葉を聞いて」

 目を閉じてるせいで耳から聞こえる甘い声が余計に響く。

 少し目を開けると、左耳に顔を近付けてる。

 けど、こっちに気付いてお姉ちゃんが微笑んで見てきた。

 って言うか近過ぎて息遣いまで聞こえてきそう。

 恥ずかしくなって、結局は目を閉じて仰向けになるしかない。

「もし理子が拒まないなら、このまま色々と無茶苦茶にするよ? 全部、何度も、何度も、嫌な思い出が忘れるくらいに全部壊してあげる」

 息遣いが、凄い。

 蠱惑(こわく)的過ぎて、変な気分になっちゃう……ッ!

「右から聞こえる時計の音に集中して」

 いつの間にか右耳からカチカチとなる時計の音。

 あたしの懐中時計の音だ。

「聞きながら……今度は私の声に集中。理性が時計の音と一緒に崩れて行く、私の声を聞く度に意識は溺れて行く」

「あ……う、ぅ……」

 これ、いつかの温室で聞いた時よりもヤバい。

 本格的に堕とされる。

「溺れて、溺れて……反響して、反応して、反発して。名前を呼ぶ度にさらに溺れる」

「おねえ――」

「理子」

「……ッ!」

「理子……理子……理子」

 名前を呼ばれる度に体がピクンピクンと自然に反応する。

 脚が勝手に伸びる。

 何、これ……?

 体が、お姉ちゃんの体温とは別に熱さを感じる。

「ねえ理子ぉ……もっと、どうして欲しい?」

 愛おしそうに私の名前を呼んで、聞く。

 頭が痺れてくる。

「あ、ま……ま」

「それじゃあもっと名前を呼んであげるね」

 待って、と言う前に行動される。

「理子……理子……理子ぉ……!」

「――ひぅッ!?」

 最後だけ力を入れて名前を呼ばれる。

 同時に体も少し大きくビクつく。

「堕ちよう? もっといっぱい溺れよう?」

 エコーが掛かったみたいに脳内に声が、響く。

 あたしの理性が、海辺の砂のお城みたいに崩れてく。

「ほら、段々と時計の音が加速して聞こえてくる」

 カチカチカチカチとやけに時計の音が早く聞こえる。

 あたしの理性が、加速的に崩れるのを感じる。

 お姉ちゃんの言葉が、大きな波になってあらいながしてく。

 こんなの……たえられない……

 しこうが、ぶれちゃう。

「同時に右腕の痛みが心地よく感じる。ジンジンとして、熱くなる」

 ほんとうに、あつい……

 ゆびをからませてにぎられてる右手がきもちよくかんじる。

 右腕のジンジンとしたかんかくが、せなかでゾクゾクにかわってる。

 いつの間にかあけてる目が、ぼーっとてんじょうをみあげるしかない。

「これで準備はおしまい」

 さいごにそう言って、あたしの目におねえちゃんのかおがうつる。

 まっすぐに見られてる。

 もうわけがわかんない……はずかしくてしんじゃいそうなのに目が、はなせない。

「――今から本格的に壊してあげる♪ いいよね? それとも『嫌だ』って言う?」

 さいごにそう聞いてくる。

 いやって言えば、ここでおわり。

 だけどなんでだろう……

 こばめない。

 こばむ気がない。

 やめてほしくない。

「くす……」

 なにも言わないでいると、お姉ちゃんがすこしわらい、かおがちかづいてくる。

 この人のそんざいをきざまれる。

 こわされちゃう。

 でも……それで、いいんだ……

 なにもかもふれられそうなくらいにちかく――

 

「理子お姉さま~!」

 

 とたんにお姉ちゃんがとおざかる。

「この声、麒麟ちゃんか……せっかくこれからのお楽しみだって言うのに」

 ざんねんそうに言いながら、

「まあいいや。楽しみは後に取っておくものだしね」

 どこか楽しみがふえたようなことを言っててじょうを外し、あたしのおでこに少しくちづけをする。

 ベッドからはなれて行くのをしせんだけで、むいしきにおう。

「ブラドみたいなのに自分を奪われるのが嫌なら、本格的に私のモノになりに来るといいよ。いつでも待ってるからね」

 あたしに背をむけながらベランダにいって、まどをあける。

 それからベランダのはじで、なにかにきづいたようにふりかえる。

「目を覚まさせるの忘れてた。3つ数えて、0になったら意識が覚醒する」

 そう言ってゆびを3本たてる。

「3、2、1、0」

 カウントといっしょに指をまげて、さいごにパチンと指をならすとどうじに、お姉ちゃんはせなかから落ちた。

(あれ……あたし……)

 何故か目が覚めたみたいにハッキリし出す意識。

 ベッドから体を起こして思い出す。

 けれど未だに視線がぶれる。

 ほわんとした感覚。

 本当に寝起きみたいな、感じ。

 途中から意識半ばだけど……ナニされる所だったかちゃんと覚えてる。

 そう、言葉も何もかも覚えて――

 覚えて……

 ………………ッ!?

 せ、鮮明に覚え過ぎててヤバい。

 恥ずか死する……!

 すかさず枕に顔を(うず)めて悶絶する。

 何かして紛わせないと羞恥でおかしくなる。

 ……最悪だ。

 今度からどんな顔して会えばいいのか、分かんないよ……

 

 ◆       ◆       ◆   

 

 理子の部屋をベランダから出て降りた私は、自分の寮に向かってしばらく歩く。

 理子には軽く催眠を掛けたつもりなんだけど、少し予想外にも思ったより早く掛かった上に深かった。

 催眠って拒絶の意思があればそう簡単にならないものだし強制するものじゃないから普通に抵抗できる。

 理子は私の言葉を全部受け入れてるあたり、拒むつもりは全くなかったって事だろうね。

 つまりもう少しで色々と出来た。

 そう思うと、おしかったな~

 もったいない事しちゃったかな?

 まあ、その分の楽しみが増えたと思えば良いんだけど物足りないんだよね。

 なんでこんな事するのか聞かれれば……何でだろうね?

 夾竹桃に相談したらさっきみたいにするとイイって言われたからってのもあるけど……

 ただブラドのを見て、なんとなく気に入らなかったのは覚えてる。

 こんな感覚は今まで無かったんだけどな……

 なんて言うんだろう? 感覚と言うよりは欲求なような気もする。

 あんまり考えても分かんないし、深く考える必要もないかな?

 きっとその内に分かる気がする。

 理子の事は置いておいて、そう言えば金一がこっちに来るんだっけ?

 何するか知らないけどキンジには会うだろうね。

 ……キンジを追っ掛ければ会えるかな?

 確か、理子からキンジは金一についての情報を貰う事になってた気がするし。

 兄弟の再会を邪魔するのも無粋な感じだから、見物させて貰おう。

 あれから金一がどんな風に変わって、どう言った選択肢をしていくのかも気になるしね。

 よし、決めた。

 この物足りなさは金一をからかって解消する事にしよう。

 金一とカナのどっちで来るかは知らないけど……

 私としてはどっちでもいいんだよね。

 そうと決まれば早速、白野 霧に戻らないと。

 私はワクワクしながら変装して『空き地島』へと向かう。

 

 ◆       ◆       ◆   

 

 風力発電機のプロペラに座り、瞳を閉じて待つ私。

 理子がキンジに私の情報を渡す約束をしたから、来て欲しいと連絡を受けた。

 疑心があった事は否定しない。

 だって、あの子はとんでもない災厄の弟子みたいなもの。

 私を陥れもした。

 それでも私はこの話を受けた。

 だから東京武偵高からレインボーブリッジを挟んで向かい側にあるこの風力発電機と不時着した飛行機しかないこの人工島(メガフロート)にいる。

 キンジに会わなきゃいけない。

 会って、私の答えを聞かせなければならない。

 巨悪から家族を守る為に、今までの私とは違う道を選ぶ事にした。

 だけど"それ"を私が選ぶかどうかはキンジ次第。

 私よりも可能性を秘めているあの子に、少し期待を寄せてる。

 他力本願な思い、けれど……可能性を開花させなければこの先は生きていけないのも事実。

 特に身近にある脅威を知らないのが心配なところもある。

 そう……何も知らない

 シラ書14章16――迷いと闇とは、罪人と共に生じ、悪は、それを誇る者と共にとどまる。

 その悪を誇る罪人がキンジの傍にいる。

 正体に気付けば、きっと心を壊してしまう。

 そんな事をさせちゃいけない。

 心を壊すのは私1人で十分。

 例え家族に拒絶される事になっても――守ってみせる。

 瞳を静かに開ければそこにはキンジがいた。

 私を見てどこか驚いた顔をしながら、不時着した飛行機の上部を歩いて近付いて来る。

 その顔は最初はどこか本物か疑ってる顔だったけど、距離が縮まる度に確信へと変わっていってる様子だった。

「キンジ、ごめんなさい。イ・ウーは……遠かったわ」

 謝罪と、私の挫折を秘めた一言。

 キンジにとっては何のことだか理解できないでしょう。

 それでも謝っておきたかった。

 私の弱さで孤独にしてしまい、キンジに心を許す隙を与えてしまった。

「――今まで、どこで何をしてたんだよ!? どう言う事なのか教えてくれッ?! カナ……いや、"兄さん"!」

 心配からくる怒り、キンジは私に事情を求める。

 だけど悠長に話してる暇はない。

 それよりも確認しなきゃいけない事がある。

「キンジ、アリアとは……仲良しなの?」

 私の唐突な問い掛けに眉を寄せる。

 意味がよく分かってないのは当たり前だけど、これぐらいじゃ伝わらないわね。

 この子に色恋の話は直接的に言わないと通じないから。

「――好きなの?」

 それでようやく大きな反応が返ってくる。

 キンジは視線を逸らして、何かを思い出して羞恥した顔をする。

 相変わらず初心(うぶ)ね。

 思春期の子供みたいなカワイイ反応。

 もう少しそこら辺は大人になって欲しいところだけど、今は関係のない話。

「そんなの、今は関係ないだろッ! どうしてアリアの話が出てくるんだ!?」

 大きく声を出しながら誤魔化し、一歩踏み出してくる。

 "意識"は、してる……だけどそれを自覚してる様子はない。

 言葉を詰まらせるのではなく誤魔化したと言う事は、まだまだキンジの中でアリアは大きな存在にはなっていないと分かる。

 だったら、"まだ間に合う"。

「肯定、しなかったわね」

 私とアリアを天秤(てんびん)に掛ければ、私を選ぶ可能性が残ってる。

 それでもアリアの存在がどの程度のモノか確かめる必要があるわね。

「もしそうなら……1人で済まそうと思ってたんだけどな」

 少し間を置いて、私は唇を開く。

「これから一緒に――アリアを殺しましょう」

 今までの私ならばしなかった答え。

 何かを犠牲にして守ると言う、選択。

 キンジの中でアリアがどれ程の存在なのかを確かめる意味もある。

 私の言葉に目を見開いてキンジは、

「な、なにを……言ってるんだよ……兄さん!?」

 と私を見て震えながら、言葉を絞り出す。

 私は"お兄さん"ではない筈なんだけど。

 そんな事も分からないくらいに動揺したみたいね。

「カナ、今からそっちに行く」

 呼び直し、早口で言いながら飛行機の胴体から主翼へと移って私の所へとさらに近付く。

 主翼の端までのほんの少しの距離で、キンジは汗を顔に浮かべている。

 それは……私の発言に戸惑ってる動揺の汗。

 私自身こんな発言するとは思ってなかった。

 それもこれも――

 ………………。

 頬を撫でるような風が少し吹くと同時に、隣の風力発電機のプロペラが少し揺れる。

 それを視界の端で見た後に、私はキンジに向き直る。

 視線が合い、キンジが先に自分の中で生じている疑問を紡ぎ出す。

「本当に、どうしたんだよ……半年ぶりに会えたと思ったら、アリアを殺す……? 何の冗談だ?」

「冗談ではないわ。もう、決めた事よ。私は今夜、あの子を亡き者にする」

 今夜と言ってももう少し待つつもり。

 だけど、覚悟は本物である事を私は示す。

「あの少女はいずれ(いさか)いの種になり、争乱を巻き起こす元凶となる。すなわち、悪。悪を討つは私達、"義"に生きる遠山の天命……」

 何が義なのか、自分自身で言ってて笑っちゃうわね。

 イ・ウーと言う強大な力を崩すには、私1人では荷が重すぎた。

 大事な信条を折られて敗北し、犠牲無しでは勝てないと言う事を思い知らされた。

 それにこれからあの少女が台風の目になるのは明らか。

 戦役になれば確実に敵に回るであろう狂人。

 期待を寄せていても、キンジをこの先の危険に晒したくないと言う思い。

 全てを防ぎ、成し遂げるには……神崎・H・アリアを犠牲にした上でしか成り立たない。

 一時の悲しみで多くのものを救える。

 何十、何百、何千と方法を考えて、何万と何十万との苦悩と葛藤の渦を抜けた果てに掴んだのは変わらない真実。

 

 ――もう私の『正義』は、犠牲無しには成り立たない。

 

「カナ!」

 名前を呼んで、キンジは主翼から私のいるプロペラへと飛び移ってきた。

 2メートル程の距離、だけど高さは15メートル。

 落ちれば危険だった。

 相変わらず危ないことするわね。

 あまり私に心配させて欲しくないんだけどな。

 着地と同時にプロペラが少し揺れ、キンジはバランスを崩しそうになる。

 そうして何とかしっかりと両足で立ったのを見て、

「キンジ、早く行きましょう。あの子はまだ飛び立ての雛と一緒……仕留めるのは簡単」

 私は日が落ちる東京を背に立ち上がり、少し急かすようにキンジに言う。

「ちょっと待てよ、まだ色々と話を聞いてないッ! カナはイ・ウーにいたのか?! だとしたら、なんであんな組織にカナは身を置いていたんだ!?」

 立て続けに投げ掛けられる言葉。

 沈黙は金。

 知らぬが仏。

 キンジに教えるわけにはいかない。

「応えてくれよ……! カナ!!」

「イ・ウーについて、答える訳にはいかない。知れば面倒な事になるわ。"こちら側"に来てはいけない」

 言いながら私は振り返る。

「ただ、私を信じて付いて来て欲しい。ううん、別に協力しなくてもいいわ。これから私のやる"仕事"を看過するだけでも良い……大人しく、待っていて」

 私が言い終わり、キンジは顔を伏せる。

 私の言葉の裏に何かしらの理由が存在する事ぐらいは分かってるでしょう。

 血を分けた家族だもの。

 言わなくても伝わる部分はある。

 カチャと、何かを構える音。キンジは私に向けて銃を構えていた。

 これは……想定外だったな。

 無意識かも知れない。

 だけど、確実に私に向けて敵意とも殺意とも違う。何かの意思を持って、立ちはだかっている。

 それはまるで、キンジの後ろにある武偵高の中にいる存在を守るように。

 そっか……キンジにとってアリアはそこまで大事なのね。

 (はか)り間違えたかしら。

 もっとも、本人はどうして自分が私に銃を向けているのか分からないような表情をしてるけど。

 きっと頭の中の整理もついていない(はず)なのに、キンジはまたしても問い掛けてくる。

「カナ……今のあんたは本当に別人みたいだ。どうして、何だよ……! 一体、イ・ウーで――この半年で何があったんだ!?」

「――何も答えられないわ」

 答えてはいけない。

 応えてもいけない。

 迂闊な事を言えば、キンジを危険に晒す事になる。

「それよりも、武器を軽々しく見せちゃダメよ。その武器の性能が分かってしまえば、立ち回り方を教えてるようなもの……覚えておきなさい」

 言った直後に、キンジに向かって発砲する。

 それは右耳と右肩の間を通り抜けるように不可視の銃弾が飛ぶ。

 マズルフラッシュと発砲音しか分からないくらいの早撃ち。

 キンジに向かってこの技を使うのは試す意味もある。

「うおッ!?」

 銃弾が通り抜けた音に体が本能的に反応して、キンジは私から見て右へと大きくバランスを崩す。

 足を滑らせてプロペラから落ちる。

 キンジはすぐプロペラにベルトのワイヤーを引っ掛けて宙に浮く。

 そのワイヤーに向かって再び私は『不可視の銃弾(インヴィジビレ)』を放つ。

 "切る"のではなく"掠める"形で銃弾はワイヤーを通り過ぎる。

 その事にキンジは驚愕しながらベレッタを仕舞い、段々と(ほつ)れていくワイヤーを見た後に私を見上げる、まだ抗う意思を持った眼をして。

「私とキンジの戦力差は絶望的。なのに、どうして……」

 この状況でどうして、そんなにも真っ直ぐでいられるの?

 キンジは這い上がろうと手を上に伸ばしてワイヤーを掴む。

 けれど……プツプツと切れる音が私の鋭敏な耳に届く。

 這い上がる前に切れるのは確実。

 手助けする準備をしながら、私はキンジに同じ事を聞く。

「キンジはアリアと……仲良しなの?」

「なにを……言ってんだよッ……!?」

「――好きなの? アリアのこと」

「意味が分からねえよ!!」

 理解が追いついていない。

 絶望的な状況。

 なのにキンジは、自分の意思とか関係なく無意識に守ろうとしてる。

 反骨の眼をしながら叫んでくる。

 前から打たれ強く、逆境には強い子だと知ってはいた。

 しかしその強い心がどこから来てるのか分からない。

 でも、

 

 ――羨ましく思う。

 

 唐突に一陣の風が吹き、キンジの体を揺らす。

 蜘蛛の糸のような細さになったワイヤーがその反動で切れ、キンジは背中から落ちていく。

 すぐさま忍ばせていたワイヤーを投げ伸ばして、キンジのベルトの金具に引っ掛ける。

 そのままワイヤーを引き上げていけば……キンジは意識を失っていた。

 これしきの事で気絶するなんて、やっぱり心配な部分が残るわね。

 相変わらず手間が掛かる事に苦笑しながらもプロペラの上に寝かせてワイヤーを取り替える。都合よく気絶してくれて良かったかもしれない。

 私は立ち上がり、プロペラが少し揺れた隣の風力発電機を見据える。

「そこにいるんでしょう?」

 あれしきの風でプロペラは動いたりしない。

 おそらく、私に気付かせるようにわざとらしく動かした。

「久しぶりだね」

 陽気な声でプロペラの中心の影から顔を出し、発電機がある部分へと姿を現した彼女。

「やっぱり聞いてたのね――ジャック」

 思わず指に力が入る。

「やだなー、今の私は白野 霧だよ。だからそんな指を動かして身構えないでよ」

 ニコニコした顔をしながら私の行動を見透かし、舐め回すような視線。

 不愉快極まりない。

「私に始末されに来たの?」

「優しげな表情して随分とツンツンした事を言うんだね。もっと仲良くしようよ、お義姉(ねえ)さん」

「お義姉さん呼ばわりされる覚えはないわ、キンジの前から早く消えて」

「それは無理な相談。だってキンジは私がいないと危なっかしいし……一緒にいた方が退屈しないで済むからね」

 そう言って微笑むジャックはキンジにとって害悪にしかならない。

 キンジがアイツに惹かれる度に傷跡は大きくなっていく。

 心を許してる分だけ深くなる。

 そう思えば、あの時に迷っていなければ良かったと後悔している。

 あのアンベリール号の上で引き金を引いていれば……

「それに『キンジの良いパートナーでいて欲しい』って、以前に私は聞いたと思うんだけどな~」

 1年前の夏に確かに言った。

 あの時はこんな事になるなんて予想できなかった。

「どうせ……裏切るつもりでしょう」

「うーん、それはこれからの選択次第かな? 場合によって白野 霧として生きていくのも悪くないかなーなんて思い始めてるし」

 相変わらず本音かどうかも分からない言葉。

 何を考えてるのか理解できない。

「実はキンジを家族にしようと思ってるって言ったら……どうする?」

「認める訳がないわ」

「じゃあ、キンジが私を選んだら?」

「その前に私が殺すわ」

「………………」

 視線が鋭くなってるのが自分でも分かる。

 私の言葉にジャックは少し黙る。

 唐突に笑みを浮かべて、

「ふふ……あははははははは!」

 肩を震わせて笑い出す。

 子供みたいに笑って、笑って、ただ笑う。

 無邪気に。

「はぁー……うん、いい表情してるよ。だけど私を殺すって事はキンジに拒絶されて家族じゃなくなるかもしれない。それでもいいんだ?」

 身振り手振りを交えて面白そうに問い掛けてくる。

「例え家族じゃなくなっても失う訳にはいかない」

「いい決意だよ。口八丁の政治家や老害の数千倍は面白い! でも、そう簡単にまだ消えて上げる訳にはいかないんだよね~」

 くるりと背を向けて腰で手を組み、機嫌の良さそうな足取りでうろうろと動き回る。

「アリアを殺す事を聞いておいて、何もしないのね」

 生じていた疑問を私はヤツに投げ掛ける。

 そこでヤツはキョトンとした顔をしてすぐに微笑み返してくる。

「私は"何もする必要"がないからね。神崎さんが関わる事にはあまり手出ししないように言われてるし……ただ、近くで観てるだけだよ。カナが何を考えてるかは大体の予想はつくし、私が察する事が出来る程度と言う事はつまりお父さんの"推理の領域"を出ない。所詮は(たなごころ)の中って事だよ」

 相変わらず人を見透かしたような顔をしてくれる。

「久々に話せて楽しかったよ。それじゃあね~」

 そう言ってヤツは立ち去ろうとする。

 だけど、何かを思い出したように立ち止まって私へと向き直る。

「あ、そうだ。武偵高で"キンジの隣"に私はよくいるから……いつでも見に来るといいよ」

 今度のは、ただの笑みじゃない。

 ――嘲笑。

 それを見た瞬間にどうしようもなく殺意が湧き上がる。

 キンジを支え、隣にいるのは自分だと言わんばかりの皮肉。

 人の神経を逆撫でる言動。

 何もかもが気に食わない。

 今は完全に背中を向けているヤツは、私の事を見ていない。

 ここで仕留められるかもしれない……!

 私は両脚を少し開けて、西部劇のガンマンのように構える。

 一度も私と対等な条件でヤツは戦った事がない。

 精神を乱し、極限の状況下で私を迷わせるような選択肢を突き付ける。

 そう言った自分にとって都合の良い流れを作ってから、勝負を挑んできた。

 それはつまり……"正面で戦えば私が勝つ"。

 その可能性が高い。

 手の内を未だに多く晒す事はないけど、闇討ちに奸計(かんけい)を常套手段としているのならあり得ない話じゃない。

 1/36秒の早撃ち。

 まだ人間であるのなら、ヤツがこれを(かわ)す事は不可能!

 

 パパァーン!

 

 迷いなく引き金を引く。

 銃声はほとんど1つに聞こえる。

 だけど放たれたピースメーカーの銃弾は12発。

 その全てが真っ直ぐにヤツへと飛んで行く。

 音がした時点で反応したけれど、もう遅い。

 弾は全て体に吸い込まれ、貫いた。

 しかし――

 人差し指を左右に振りながら微笑して、ヤツは立っていた。

 防弾服のない頭部や手足に穴は空いてる。

 なのに、どうして……!?

 いや、それどころか穴がすぐに塞がった。

 まさか……

「良いよ、その隙あらば私をこの世から排除しようとする姿勢」

 自分の命が狙われていると言うのに、この状況でジャックはそれを楽しんでる。

「イイ……楽しい! 愉しいよ! もっと私を追いかけて来て! 私にもっと色んな顔を見せて欲しい!」

 それから興奮した顔で叫んでくる。

 ゾクリと背筋が震える。

 何なの、この悪寒……

 今までに感じた事のない恐怖心に警鐘が鳴っている。

 これは――狂気。

 幾度となく対峙し顔を合わせていて、感じた事のない一面が目の前に見えている。

「はぁ~……ふ、ふふ♪ それじゃあ、また会おうね」

 最後に余韻(よいん)に浸りながら笑みを浮かべ、ヤツの体が歪み身長が縮んだかと思うとパシャと音を立てて崩れ落ちる。

 やっぱりあの時と同じ、以前に研究所であったような精巧な水人形。

 掴んだと思ったら消える霧のよう。そこには何もない。

 ヤツが居た場所を睨みながら唇を噛むしかない。

 信条を奪われ、居場所を奪われ、今度は家族さえも奪おうとしてる。

 どこまで、人のモノを奪えば気が済むの……!

 膝を曲げて項垂(うなだ)れる。

 潮風が心の隙間を吹き抜けるみたい。

 ただ落ちた陽の光が……少しだけ、暖かだった。

 

                        Go For The Next Stage!!




百合じゃなくて何て言うか催眠音声的な感じになってしまった。
要練習ですね。
でも、これはこれでいいような……ダメですか?
そしてカナさんから漂う謎のヒロイン臭。

と言うかシリアスばっかりもアレなので、もう少し日常パート的なのを入れたいと思います。


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