緋弾に迫りしは緋色のメス   作:青二蒼

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15:春の異変

 

 神奈川武偵付属中学の卒業式が終わって春休み。

 久々のイ・ウーにて、私はお父さんと共にいる。

「それで、どうしたのお父さん?」

「今日、こうしてジル君を呼んだのはある任務を言うためだよ」

 帰って早々に呼ばれたかと思えば……いつも通りか。

 次は、どんな任務だろう。

 また研究所を襲撃とか、イロカネ関連かな?

「今年の終わりに武偵である金一君を終わらせて貰いたい」

 ――おおっと、これは予想外だね、って……

「今年の終わりって、だいぶ先だよね?」

「そうだね。だけど、あらかじめに言っておく必要があるからこうやって呼んだのだよ」

 何か訳ありっぽい。

 しかし、半年以上も前に言うって相当だよね。

「これは非常に大きなターニングポイントだからね。それに、僕もその時には忙しくなる」

 つまりは、お互いに連絡をとる暇がないほどに忙しくなると……

 お父さんの言わんとしてる事は、分かった。

「金一を殺すのか~……」

 しみじみと私は呟く。

 いや~、楽しみだね。

 大体、金一の行動は少しばかり怪しかったし……元々の目的はイ・ウーと言う組織を崩壊させることにあるって言う事が、最近は分かってきたんだよね。

 お父さんは元から知ってそうだけど。

「ジル君。少し、誤解しているよ」

「ん?」

「"武偵である金一君"を終わらせるのであって、金一君の人生を終わらせる訳ではないよ」

 お父さんはパイプを咥えなおしてそう言う。

 ああ……なるほどね。

「ようは遠山 金一特命武偵には殉職して貰うと……そう言う訳だね。お父さん」

「そう言う事だよ。それと、この任務はもう一人と協力してやって貰いたい」

 もう一人?

 誰だろうと思って、お父さんに尋ねようとすると――

「あなたの隣に這い寄る怪盗、りこりん参・上!!」

 いつも通りな理子が部屋に入ってきた。

 お父さんの話のタイミングからして。

「協力者って、そう言う事か……」

「ご明察だよ。ジル君」

「あれ? お姉ちゃんもいたんだ……てっきり部屋にいるかと思ったのに」

 意外そうな声を上げながらも理子は私の隣に並ぶ。

 そして、私と理子がそろった事に「うむ」と満足そうに頷く。

「さて、来たね。理子君の任務は、ここに載っている武偵を(さら)ってくると言うものだ。方法は理子君に任せるよ」

 お父さんは机の上にいくつかの紙を出す。

 それを理子は手に取ってみる。

 紙は4枚。

 私も横から見たけど、色々とプロフィールが書かれてる。

 そして、その中には金一の姿もある。

「カナちゃんも入ってるんだ。う~ん、何か複雑だ」

 少しばかり唸る理子。

 確か、理子の上役は金一だったね。

「金一君に関してはジル君と協力して、事に当たってくれたまえ」

「あいっ!」

 ビシッ、と理子は敬礼する。

「今日、呼んだ事としては以上だ。あとは好きに過ごしてくれて構わないよ」

「あいあいさー。お姉ちゃんはどうする?」

「私はダラムに帰ろうと思ってるけど……理子は?」

「リリヤが気になるから、あたしもダラムに行こうかなと思ってる」

 なら、ちょうどいいや。

「それじゃあお父さん。またね」

「素敵な余暇を過ごしてくると良い」

 お父さんの言葉を背に、理子と一緒に部屋を出る。

 

 

 そして、やってきたダラム市。

 既に車を屋敷の車庫にちょうど停めたところ。

「着いたよ」

「……みゅう」

 助手席で寝てる理子は変な声を上げて、身をよじる。

 ……………。

 ――ずぼっ。

「わひゃうッ!?」

 理子の微妙に開いてる胸の間に手を突っ込むと、そんな声を上げながら跳ね起きる。

「着いたよ」

「お、お姉ちゃん……そう言うイタズラはやめてよ」

「寝てる方が悪いってことで」

「むぅ……なんか最近、行動がオヤジ臭い気がする」

 そう言われてもね~。

 私の嗜虐心が疼くんだから仕方ないよ。

 お互いに車から降りて、私は変装を解く。

「やっぱり良い反応をするよね、理子は。わひゃうッ! って」

 最後だけ、私は理子の声真似をする。

 その瞬間に理子は頬を朱に染める。

「あー……」

 そして、さすがにさっきの声は恥ずかしかったのか、うわ言のように声を上げる。

「忘れてください。お願いします」

 最後に懇願。

 仕方ない……これ以上イジるのは勘弁して上げよう。

 車の鍵をロックして、駐車場から屋敷の中へと通じる扉を開ける。

「……お帰り」

 すると――そこにはメイド服を着たリリヤがいた。

「はい、ただいま」

 そして、私はそのまま通り過ぎようとする。

「お姉ちゃん、リリヤに関して感想ぐらい言ってよ」

 不機嫌そうな声で、理子が後ろから言う。

 感想って言われても……ね。

 私にファッションの感性はあんまりないんだよ。

 人の服装を真似したりするだけで、自分でコーディネートとかは苦手。

 最近は少し、興味が出てきたけどね。

「月並みだけど、似合ってると思うよ?」

 今のリリヤは正統派のメイドのような格好をしてる。

 黒いドレスに白いフリルがついたエプロン、そしてホワイトブリム――レース付きのカチューシャを頭に着けている。

 スカートの(たけ)は膝までしかないけど。

「心が籠もってない気がするけど……まあ、良しとしよう」

 そう言って理子はリリヤの方へと行く。

「よし、久々に張り切って色々教えちゃうぞ♪ リリヤ、行くよ」

 コクリと頷くとリリヤは理子の後ろへとついて行く。

 お姉ちゃんしてるな~理子も。

 だけど、客観的に見たら理子の方が妹に見えるんだよね。

 あと、大分リリヤも理子に心を開いてきたね。

 本人は自覚なさそうだけど……

 私の方はもうちょっと掛かりそうだな~。

 ……私も、お姉ちゃんの所に挨拶に行こうか。

 いくつか廊下を通り、お姉ちゃんがいる書斎の扉の前でノックをする。

「入りなさい」

 と言われたので、入る。

「あれ?」

 ソファーにちょこんと誰か座ってる。

 あの、ウェーブの掛かった銀髪――

「ルミちゃん、来てたんだ」

「お邪魔してる」

 私の方を見ながら、物静かな口調でそう言う。

 幼い感じの顔に、ウェーブの掛かった銀髪。

 少しタレ目で瞳はグレーの色をしている。

 そして、隣に立てかけてあるのは長い銃ケース。

 空港とかよく通したね。

「お姉ちゃん、ただいま」

「お帰りなさい」

 お姉ちゃんは相変わらず机に座って、何かを書いてる。

 多分、数式を解いてると思うけど。

 と言うか今日はいつも隣にいるジェームズいないんだ……

「それで、どういった用件で来たの?」

「少し相談に来ただけ」

 私の質問にそれだけルミちゃんは答える。

 そのために遠路はるばるフィンランドから来たんだ……

「あなたにお願いもあってきた」

「あ~、なるほどね」

 ルミちゃんのお願いと言うと、彼女の家族の事だろうね~。

「うん、わかった。いつ行けばいいのかな?」

「1週間後」

「いいよ。それじゃあ、1週間後にね」

 ルミちゃんは用件が済んだとばかりに、立ち上がる。

「もう帰るの?」

「用は済んだ」

 さっぱりしてるね~。

 と、ルミちゃんが扉に手を掛けようとした瞬間に――

 パリーン!

 窓ガラスが割れる音がした。

 この部屋にいる全員がお互いに顔を見合わせる。

「はぁ……」

 そして、お姉ちゃんは疲れたような声を上げる。

 ダラムは割と田舎だからね。

 その田舎に金持ちそうな屋敷。

 狙われる理由は、ない訳じゃない。

 追い返したり、捕まえたりするの面倒なんだよね。

 殺してもバレない自信はあるけど……ここら辺の場所が怪しまれはするだろうから、こう言う手合いは嫌なんだよ。

「ジル……捕まえるか、"処分"してきてちょうだい」

「あれ? 捕まえて適度に痛めつけて追い返すんじゃないの?」

「今日はいいのよ」

 思わせぶりな発言だね、お姉ちゃん。

 さすがに、分かんないな。

「協力する」

「いいの?」

 ルミちゃんはあんまり目立ちたくないんじゃなかったっけ?

 目をつけられても知らないよ?

「今更、一人二人撃っても同じ」

 そう言って銃ケースを開けたかと思うと、そこにあるのはフィンランドのサコー社製、ボルトアクション狙撃銃であるTRG-22。

 素早く弾倉(マガジン)消音器(サプレッサー)を装着する。

 ……スコープは相変わらず取り付けないんだ。

「早くしないと逃げる」

 そう急かさないでよルミちゃん。

 あと、理子達が捕まえてそうな気もするけどね。

 扉を開けて、ルミちゃんと一緒に部屋を出る。

 

 ――ドクン……。

 

 扉を閉めたちょうどその時に、私の血流が変化するのを感じる。

 あ~、なるほど。

 お姉ちゃんの発言の意味が分かったよ。

 キンジといる時はあんまり兆候がなかったけど。

 まさか、こんな所で"なっちゃう"なんてね。

「距離、170メートル。目の前の窓から見て11時の方向」

 ちらっと人影が見えて、屋敷の中にあった物を持ってるのが見えた。

 その場所をルミちゃんに伝える。

「ゴメンだけど、脚を撃ち抜いてくれるかな?」

「分かった」

 窓を開け放って、ルミちゃんは言われた方向に既にボルトを引いてるTRGを構えると――

 バスン!

 すぐに撃った。

 構えて撃つまでに1秒未満。

「ぅぁぁぁぁぁぁぁーー!!」

 悲鳴が聞こえる辺り命中してるね。

「ありがと、それじゃあ行ってくるよ」

「終わったから私は帰る」

「改めて、1週間後にね」

 それだけ言って、私はルミちゃんが撃った窓から飛び降りる。

 この先は林……近所の家や町から大分離れてるから悲鳴を聞かれる事も無い。

 ゆっくりと歩きながら近づいて行く。

 土の上に血が僅かながらに線を引いてる。

「わ、悪かった。ほんの出来心なんだよ!」

 こちらを確認すると、そんな事を言う。

 若い青年だね~。

 いかにもやんちゃしてそうな見た目だよ。

 私は脚って大雑把に言ったんだけど、ルミちゃん……太ももとか脹脛(ふくらはぎ)じゃなくて、右足を撃ち抜いてるあたりいい仕事するね。

 これじゃあ(ろく)に歩けない。

 見てる限りだと、踵椎(しょうつい)――かかとの骨が完全にやられてる。

 それは置いといて青年の弁明だけど、

「そんなのはどうでもいいんだよね~」

「――は?」

 グシャ――

「――う"あああああああっ!! 足がッ……足がああああ!」

 撃たれた右足を踏みつける。

「あ~うん。もうちょっと、綺麗に鳴いてくれないかな?」

 踏む角度を変えてみる。

「――ア"ア"ア"ア"ッ!? ア"ア"ッーーーーー!!」

 やっぱり、悲鳴は女性の方が良いよね~……

 反応は男性の方が良いんだけどさ。

「ふふ、ハァ……ハァハァ」

 任務以外で人を殺すなんて久しぶりだから、興奮してきた。

 息が荒くなるよ。

 イイ――実にイイね。

 こう言う風に楽しみたいんだよ。

 さて、どこからメスを入れていこう――

 と、私は緋色に輝くメスを取り出す。

 

 ◆       ◆       ◆

 

 全く、この屋敷に盗みを働くなんて……バカな奴もいたもんだ。

 ここにはジェームズもそうだけど――殺人鬼であるお姉ちゃんがいるって言うのに。

 改めて考えると、この屋敷にいるのってホームズに因縁がある人が多いよね。

 モリアーティとモラン、ジャック・ザ・リッパー、そしてリュパンのあたし。

 それはそうとして、さっきの銃声からしてルミちゃんがいるんだろうなー。

 それでお姉ちゃんの姿が見えない辺り、既にOHANASHIかOSHIOKIに行ってるんだろうね。

 りこりんとしては、ちょっとお姉ちゃんの様子が気になってるんだけど。

 ドが付くほどの天然なサディスティックだから……そこら辺が心配。

 ついつい、やり過ぎちゃうんだよね。

 っと、見えた。

「おね――」

「アハハ、良い臓器だね」

 ………………。

 ゾワリと、あたしの背中が震える。

 声を掛けるのは、当然に躊躇われた。

 そして、あたしの声が聞こえてたのか頭を上げてこちらを向こうとする。

 だけど、お姉ちゃんがこちらを向く前にあたしは反射的に近くの木の影に隠れた。

 なに隠れてるんだよ、あたし!

 お姉ちゃんが殺人鬼である事くらい承知だろうがッ!!

 そう思っても、見る勇気がない。

 こんなタイミングで見せつけられるとは思ってなかった。

 本来のお姉ちゃん――殺人鬼である本性を。

 おかしいな……どっかで覚悟してたはずなのに……

 ――恐い。

 心の奥からそう思う。

 だけど、ダメ……お姉ちゃんは家族なんだ。

 向き合わないといけない。

 そう言い聞かせて、深呼吸。

 …………よし!

 でも、まだ恐いからちょっと木の影から覗いて……アレ?

 いない――

「見~つけた♪」

 ドスッ!

「――がはっ!」

 腹に一発入ったと思った時には、あたしは仰向けに倒れさせられた。

 そのまま組み敷かれる。

「覗きは良くないね~」

「ちょっと……待って、お姉ちゃん! あたしだって、理子だよ!」

「今日はついてるよ。二人もバラせるなんてね」

 おかしい――こんなに近いのにあたしを認識できてない!?

 なんでッ!?

「あぐッ!?」

 お姉ちゃんの左手が伸びてあたしの首を絞める。

 意識が――少しずつ遠くなる。

 抵抗するけど、首に伸びてる手を引き剥がせない。

 お姉ちゃんの顔を見ると……青紫だった瞳が、緋色に輝いてる。

「――ぁ、あ……おね……ちゃ……!」

「………………」

 急に、首を絞めてた手が緩む。

「げほっ、ごほっ! ……?」

 咳き込みながらお姉ちゃんを見てるとさっきとはまた別に様子がおかしい。

 目を片方抑えたかと思うと、お姉ちゃんの瞳の色が元に戻って行く。

「あーうん……」

 お姉ちゃんは私の上でそんな声を上げた。

「ごめんね。理子」

 突然の謝罪。

 ――元に戻った?

「謝る前に……理子の上から降りて欲しいな」

「そうだったね」

 静かに、あたしの上からお姉ちゃんは降りる。

 そして、そのままペタリと座り込む。

「どうしたの?」

「何か、頭がクラクラする」

 頭痛持ちの人みたいにお姉ちゃんは頭を抑える。

 さっきの瞳の色が変わってた事と何か関係があるのかも……

「それよりも、理子は? 大丈夫だったの?」

「うん。大丈夫だよ」

「大丈夫の割には、手が震えてるけど?」

 ……くそ、止まれよあたしの手。

 誤解されるだろうが!

「全く、恐いなら素直に恐いって言えばいいのに」

 出来る訳ない……言える訳がない。

 そんなこと言ったら絶対に距離をおこうとするに決まってる。

「ま、怪我がないのなら良かったよ。自分でやってて手遅れになったかと思ったからね」

 うんうんと、お姉ちゃんは満足そうに頷く。

「意識はあったんだ……」

「半分ね。だけど自制があまり利かないから見境ないし、理性を引き戻すのも楽じゃないからね」

 それって、かなり難しいことじゃない?

 意識半分で、飛んでった理性を無理矢理引き戻すなんて……

「それで、結局のところ私の事――恐い?」

「……何で、その話題に戻すかな」

「だって、恐怖心があったらこれから武偵高で会うのに困るでしょ?」

 そこら辺の事も案外、考えてたんだ。

 やっぱりお姉ちゃんも頭の回転は悪くない。

 まあ、そうじゃなかったら今頃捕まってるよね。

 それと、お姉ちゃんはズルイよ。

 分かってて聞こうとするんだもん。

「恐いよ」

「やっぱり?」

「だけど、あんまりお姉ちゃんと離れたくない」

「正直でよろしいね。別に、無理なら離れてても構わないけどね。理子は泣き虫だから」

「最後関係ないよねっ!?」

 こんな時でも人を茶化そうとするんだから。

 ほんと……お姉ちゃんは家族には優しいよ。

「さてと、証拠隠滅しに行かないとね」

「はーい! りこりんもお手伝いしまーす!」

 なんて、言ってみたけど……結果から言わせて貰うと吐いた。

 DVDで見るのと違い過ぎる。

 色々と形容しにくい。

 頑張った結果、あたしの記憶にトラウマが一つ追加されたのだった。

 




今回の話で、読者が理子みたいに背中がゾワリとしたら作者は満足です。

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