緋弾に迫りしは緋色のメス   作:青二蒼

15 / 114
最近は10000字を越える事が多い気がする。
早いとこ、原作に入りたいものです。



第2章:東京武偵高校
14:入学試験


 本日も晴天なり。

 とうとう来た武偵高の入学試験なのだが――

「くそう、寝坊したっ!」

 俺――遠山 キンジは、早速寝坊していた。

 慌てて制服へと着替え、現在進行形で駅に向かって走っている。

 なんで肝心な時に誰も起こしてくれないんだよ!!

 いや、まあ俺の自業自得なんだが……それでも大事な日くらいに協力してくれても良いだろうに。

 気付けば、爺ちゃんと婆ちゃんはいないし!

 走ってる最中に俺のズボンの携帯が着信する。

 誰だよこんな時に……

 走りながら通話を可能にして出る。

「もしもし?」

『やー、キンジ。おはよう』

「ああ、おはよう霧。今はそれどころじゃないけどなっ!」

 相手は俺のパートナーからだった。

『もしかして、寝坊なんてしちゃったりして』

「その通りだよ! 次の電車に乗らないと間に合わねえよ」

『そこで左手に注目』

 ……左? 左って言っても車が走ってるだけだぞ。

 そう思って、左を見てみると――

『やっほー』

 車を運転してる霧がいた。

 窓から首と肩に携帯を挟んで、少しだけこちらを見ている。

 そして、交差点を右に曲がって行く。

 渡りに船だな。

 俺も横断歩道を渡って、交差点を右に曲がる。

 そして、ウィンカーを出して停まってる霧の車へと走る。

 その勢いのまま、ぶつけないように助手席の扉を開けて座った。

「慌ただしいね~」

「放っておいてくれ……」

 俺がベルトを締めた事を確認した霧は、車を発進させる。

「はあ、全く。どうなる事かと思った」

「受験の日に寝坊なんて……余裕なんだねキンジは」

「嫌味を言うのはやめてくれ」

「あはは、ゴメンゴメン。それで、なんで私が車を持ってるか気になってたりする?」 

「気にならないって言えば嘘になる」

 お前が車に乗ってるのを見て驚いたが……突っ込んでる暇はなかったからな。

 大体、これってスバルのレガシィB4だぞ。

 確か日本でも要人警護に採用されてる車だったはず。

 しかも、充分に高級車の分類だ。

 新車だと普通に2、300万はする。

「そろそろ個人的な移動手段が欲しくてね。便利でしょ?」

「まあ、確かに。って言うか、金はどうしたんだ?」

「割と稼いでたんだよ? キンジと組んでるとき以外でも、色々と任務(クエスト)を請け負ってたし」

 なるほどな……強襲科(アサルト)でAランク相当のクエスト。

 中学生とは言え、それなりの報酬は出るだろうな。

「運転免許もいつの間に取ったんだよ……」

「新年明けて割とすぐに教習を受けたんだよね。一応、まだ中学生ではあるけれど……卒業が確定してるからそれを証明する物を持って武偵専門の運転教習所に行ってきたら、あっさりと教習させて貰えたよ。その代わりに3週間、みっちりとだったけど」

 確かに武偵は中学卒業の時点で運転免許は取れる。

 犯人は追えば、逃げる。

 そして、犯人が何らかの移動手段を用いた場合にはこちらも追跡手段が必要な訳だが……その際に、例えば車が運転できなくて犯人を取り逃がしたなんて目も当てられないからな。

 増援を待ってる内に逃げられても、困る。

 そう言う事を懸念して武偵では、武偵高に進む場合、中学卒業の時点で免許が取る事が出来る。

 卒業が確定してるなら霧みたいな手段でも良いっぽいな。

 ただ……早めに取れる代わりに交通ルールを守らなければ武偵三倍刑だけどな。

「俺も、武偵高に行く前に取らないとな……」

「だとしたら春休みだね」

「そうだな」

 そこで話は途切れる。

 ……しかし、運転上手いな霧。

 運転免許を取ったばっかりとは思えないな。

 まあ、こいつは何でもそつなくこなしてる感じが前からあったから、大袈裟に驚く事でもないが。

「そろそろレインボーブリッジだね。見えて来たよ」

「あれが、東京武偵高か……」

 霧の方の窓から僅かに見える、レインボーブリッジの南側に浮かぶ大きな島。

 話に聞く学園島か……

 元々は滑走路を造るためだったらしいが、計画が頓挫(とんざ)して代わりに土地として安価で売却されたらしい。

 そこに日本の武偵協会は着目して、ここに武偵高を建てたと言う事だ。

 貰ったパンフレットにはそう書いてあった。

「お台場からしか車ではいけないんだよね」

「ま、充分に間に合うだろ。電車とモノレールで行くよりは余裕がある」

 逆に霧がいなかったら、もっと余裕がなかっただろうけどな。

 ほんと、パートナーさまさまだな。

 と言うか、また借りを作ってると思うと溜息しか出なくなる。

 試験前なのに気分が沈むぜ。

 なんて考えてると、どうやら武偵高に着いたようだ。

「はい、到着」

「悪いな。送って貰って」

「どんどん借りが積もって行くね」

 ……人が気にしてる所を的確に突いてきやがる。

 確かに返済しても積み重なって行く借金みたいに作りまくってるけどな。

 図星なので黙秘権を行使しつつ車から降りると、遠くにいる他の受験生がこちらを見てくる。

 いや、まあ。この年齢でこんな車に乗ってたら普通に注目されるだろう。

 どう考えても、十代で持つような車じゃない。

「まだ余裕があるけど、それでもちょっと危ない感じだから急いだ方が良いかもね」

「そうだな」

 霧の言う事に同意しつつ俺達は早歩きで試験会場へと向かう。

 そして、受付で受験票を提示した後に決められた教室へと向かう。

 俺と同じ強襲科(アサルト)を志望している霧とはもちろん同じ教室な訳だが――

「おい、あいつ等って……」「ああ……神奈川武偵付属中学(カナチュウ)で聞いたコンビだ」「アレって、ウワサのプラチナコンビじゃない?」

 教室に向かう途中の廊下で、他の生徒たちが俺達の話をしてる。

 ウワサ……こんな所まで広がってるのかよ。

 多分、俺達と同じ神奈川武偵付属中学にいた奴が広めたんだろうな。

 『武偵』は武装探偵を略した言葉なのは分かっている事だが、探偵と言う事は情報通でなければならない。

 だから武偵にいる奴は大体、情報を入手するのが早い。

 ウワサが広まっていること自体は不思議な事じゃないんだが――出来れば広まって欲しくなかった。

 神奈川武偵付属中学(カナチュウ)のプラチナコンビ。

 それはもちろん俺と霧の事を指す。

 誰だよ、こんな中二臭いコンビ名を考えたの……

 白野 霧の『白』と、遠山 キンジ――名前を漢字で書くと金次だから――の『金』を合わせて『白金(はっきん)』つまりはプラチナだ。

 無理矢理過ぎるだろ。

 せめて名前の最初で合わせろよ。

 と、俺が心の中で突っ込みを入れていると――

「だ、誰か助けてください! 変な人に追われて――」

 誰かが俺の左から声を上げて走ってくる。

 それを確認した時には既に、俺や霧と同じ武偵の制服を着た女の子は間近に迫っていた。

 しかも俺に気づいてないのか、そのままの勢いで迫ってくる。

 これは――避けれない!

 そう思った時には、ドスン! と、派手にぶつかって倒れた。

 そして、気付けば俺は彼女を組み敷いてる形になっていた。

 ――マズイ。

 俺の下にいる彼女は、その……かなり扇情的だった。

 めくり上がったスカートによって現れた健康的な太もも、下着は見えてないもののそれでもかなり危ない。

 体のプロポーションもヤバい。

 まさしく、ボン、キュッ、ボンだ。

 顔は端正で、大和撫子の典型と言っていいほどだ。

 髪も日本人らしい黒髪の長髪で、地面に倒れているせいで広がっている。

 待て、この子は知ってるぞ……この顔。

 ――まさか、白雪っ!?

 俺がその事を自覚した瞬間に、体の芯から熱くなるのを感じる。

 冗談じゃないぞ。

 だけど、これはどう足掻いてもアウトだ。

 ………………。

 ふう……試験に受かる落ちるの前にとんでもない状況に落ちてしまったよ。

 それに困ったものだね、白雪も。

 危なっかしいのは昔から変わってないよ。

 

 ◆       ◆       ◆

 

 いやー、いきなり隣で面白い事になってるね。

 突然に女の子が飛び出したかと思うと、キンジにぶつかって一緒に(もつ)れて倒れて行ったからね。

 おまけにキンジはHSSになっちゃうし。

 そして、キンジの下にいる子は知ってる。

 ――星伽(ほとぎ) 白雪。

 緋々色金を護りし一族。

 まさかこんな所で出会うなんてね。

「おいおい、なんだ? 俺らの他に先客がいるみたいじゃねえか?」

 ヘラヘラとした口調で、さっき星伽の巫女が飛び出してきた通路の方から三人組の男性が現れる。

 アフロと、サングラスと、金髪の男性。

 どう考えても試験を受ける格好じゃないよね、それって。 

 また分かりやすいぐらいに、つまらない人たちが現れたね。

 どうせ、ナンパ目的で星伽の巫女を追いまわしてたってだけでしょ。

 こう言う手合いは、やる事がすぐに予想できるんだよね。

 だから、つまらない。

 もっとねー……予想外の行動とかしてくれないと、観察のし甲斐も無いんだよね。

「あの……違うんです。この人はたまたまぶつかっただけで、何の関係も無いんです!」 

 弁明してる星伽の巫女だけど、もう遅いよ。

 それにこのままの方がきっと面白くなる。

「なあ……すまねえけど、その姉ちゃんは合格祈願として俺らと遊ぶ予定なんだよ」

 キンジの肩に金髪は無造作に掴んで、話しかける。

「なに、俺らは寛容だから後でお前にも譲ってやる――」

 ――ガスッ!

 そう言った瞬間に、キンジの右肘が金髪の頬にクリーンヒット。

 そのまま尻餅をついて倒れる。

 お~、派手にやるねえ。

「こ、コイツっ!?」

 アフロとサングラスも反応して得物を構える。

 そして、サングラスはキンジに向かってドスを持って、突っ込む。

 防弾制服を着てるから怪我はしないだろうけど、尖ってるから痛いだろうね。

 サングラスは肩を突くような動作で迫りくる。

 キンジは振り返ると同時にサングラスに駆けだして、ドスを構えてるサングラスの右手を左手で掴む。

「なにっ!?」

 驚いてる時点で遅いよ……

 そのまま勢いよく引き寄せたかと思うと、右肘で鳩尾を突き、続いて裏拳で右の脇を殴打する。

 そして、最後にサングラスの腰のベルトを掴んだかと思うと背負い投げ。

 そのまま背中から床にこんにちは、っと。

「――グハッ!!」

 サングラスの男も脱落と。

 最後だけ受け身は取れてたけど……最初の連打でアウトだね、あれは。

 私もちょーっと、お手伝いしようかな?

 そう思って棒を構えてるアフロに目を向け、私は駆けだす。

「お、お前……なんてことを――」

 頭に血が上って、キンジしか見えてないのか走ってくる私には無関心。

 キンジの隣を走り抜けた後に、ようやくアフロは私の存在に気付く。

「な、なんだ!?」

 驚きながらも、私に向かって棒を突き出してくる。

 それをクルリと一回転して、(かわ)しながらの回し蹴りをアフロのわき腹に決める。

 怯んだ所で私の左側にある棒を掴んで、回し蹴りを決めた右足でアフロの腹を蹴る。

 すると、見事に相手の獲物が取れた。

 ぶおん! と、聞こえるぐらいの速度で奪い取った棒をアフロの首元に突きつける。

「ん~……どうする? 私、個人としては指の一本や二本を折って筆記試験や実戦試験を受けられなくしても良いんだけど?」

 にっこり、笑顔で私はそう告げる。

 対して相手は冷や汗、だらだら。

「……霧。女の子がそう言う野蛮な事はしちゃいけないよ」

 キンジが私を諭すようにそう言って来る。

 まあ、自業自得って事でやっても問題にはならないだろうけど、やめておくよ。

 悪印象は与えたくないからね。

「はいはいっと……うん。仲間を連れてさっさと帰って貰えるかな?」

 そう告げると、アフロはぶんぶんと首を縦に振って、伸びてる二人を引き摺りながら去って行った。

 キンジってば目立ちたくないとか言っておきながら、結局は注目の的になるよね。

 それにこんな廊下で乱闘してたら、普通に人だかりも出来る。

 棒を適当に立て掛けて、キンジの方へと歩く。

「あの……ありがとうございます。突然ぶつかった上に、助けていただいて」

「はは、気にする事はないよ。幼馴染みだろ?」

「――え? もしかして、キンちゃん?」

「白雪は他に俺が誰に見えるんだい?」

 相変わらずのキザな喋り方で、キンジは言う。

 なるほどね……幼馴染(おさななじ)み。

 遠山家と星伽家の関係は多少なりとも知ってるけど、この二人は幼少のころからお互いを知ってるのか……

 それは、知らなかったな~。

 帰り道で、そこら辺の事もさりげなく聞いておこう。

「キンちゃん、キンちゃあああああん!! 逢いたかったよ!!」

 感動の対面なのか……星伽の巫女は声を上げてキンジに抱きつく。

 まるで、安っぽいドラマのワンシーンだね。

「全く……東京(こっち)に来るのは分かっていたけど、こんな所で出会うとはね。それに、危なっかしいのも昔から変わってないね」

「ご、ごめんね……キンちゃんに迷惑かけちゃって。……その、後で体でお詫びしますっ!!」

 ……Wow(わーお).

 凄い、大胆な発言だね。

 さすがに私でもその言葉の意味ぐらい分かる。

 おまけに彼女がキンジにどういった感情を持ってるかも読めた。

「さっきも言ったけど、幼馴染みだから気にする事はないよ。それに、お互い試験時間も近づいてる。また、後でゆっくり話そう」

 と、キンジが言いながら微笑むと、星伽の巫女は顔を赤らめて「夢じゃない……キンちゃんが、目の前で――」とか何とか言ってる。

 あーあ、分かりやすいぐらいに重症だね。

 こう言う人って、嫉妬深いのが多いんだよね。

 なんて考えてるとキンジは立ち上がり、最後に星伽の巫女にウィンクをする。

 その時の彼女の様子はまさしく放心状態。

 試験前だって言うのに、余裕だね。

 私も余裕だけど。

「行こうか、霧」

「そうだね」

 キンジの隣に並ぶ。

 そして、集まって来た人たちをかき分けて、指定された教室へと向かう。

 まあ、キンジに関しては後で思う存分に(いじ)らして貰おう。

 

 

「解答、やめいっ!」

 筆記試験が終了。

 試験官である蘭豹(らんぴょう)と言う女性の先生の掛け声が、教室に木霊(こだま)する。

 さすがはプロだね。

 私が今まで殺してきたか、逃げてきた武偵みたいな雰囲気を纏ってるよ。

 ま、あんな程度じゃ私は捕まらないけどね~。

 考えてる内に解答用紙が集められて行く。

 そして、解答用紙が全て集まった事を確認して次の説明に入る。

「次は、実戦試験や。詳しい説明を今からするから、耳の穴かっぽじって聞け!」

 そんだけ大声なら聞こえるよ……

「試験の内容は『バトルロイヤル』! 自分以外の受験生を全員捕縛、戦闘不能にすればいいシンプルな内容や」

 教室が突然に暗くなったかと思うと蘭豹の頭上から、スクリーンが現れる。

「今スクリーンに映っとるのが、試験場所や。この建物は東京武偵高が管理しとる14階建ての廃屋。お前らはこの建物の中で潰しあえって事や」

 最後の蘭豹の一言に他の生徒たちは少しざわつく。

 随分と歯に(きぬ)を着せない言い方するんだね。

 まあ、分かりやすくて良いけど。

「ちなみに協力したりするのは無しや。そんな、甘っちょろいことしようとした奴はウチが背中から撃ち抜いたる」

 武偵中学にいた人物でも少し苦笑いするような言い方だね。 

 簡単に言えば、ようは個人の純粋な戦闘能力を見るのと……武偵中学から来た者にとっては復習って言うところかな?

 協力は無しでも漁夫の利は狙っても大丈夫そう。

「時間制限は無し。弾薬は支給される非殺傷弾(ゴムスタン)を使用すること、装備は爆発物などの殺傷武器でなければあとは何を使ってもよし! 説明は以上や……何か質問は?」

 罠もOKと……質問と言えば――

「はーい。質問でーす」

「お前は、えーと。白野 霧か……なんや?」

「積極的に捕縛せずに逃げ続けるのはアリですか?」

「逃げるなとは言わん。やけど、あまり度が過ぎるようなら撃ち殺す」

「分かりました」

 つまり、最後の二人になるまで逃げ続けるのは無しと……

 あの先生は、殺しはさすがにしないだろうけど確実に撃つね。

「他に質問は? なかったら、はよ行け!」

 その大声に誰もが怯む。

 私は怯んだ演技だけど……

 全員が蘭豹に気圧されるようにして、そそくさと次の試験場所へと移動する。

 その時にキンジをチラリと見るけど……まだ、HSSっぽいね。

 この様子だと、試験会場はキンジの独壇場になる……と。

 キンジとは組み手を何回もしてるから、大体の行動は読めてる。

 だけど、HSS状態だと勝手が違うんだよ。

 ……これも金一との経験だけどね。

 う~ん、キンジのHSS状態は何度か見たけど……その状態のキンジと戦うのは初めてだね。

 取りあえず、怪しまれない程度に実力を隠しつつ――本気でやってみようかな?

 

 

 試験開始から10分が既に経過した。

 まあ、自分以外が敵なんだからお互いにつぶし合って減って行くのが早いって言うのは分かるんだけど――

「うぅ……」

「なんなのよ、アイツ……」

 私の眼下には他の武偵が呻き声を上げて倒れてたり、手を縛られたりしてる。

 キンジってば何人を捕縛、あるいは戦闘不能にしたんだか……

 台風が通り過ぎた後みたいだよ。

 私もそこそこは捕まえたりしてるんだけどね。

 キンジには敵わないよ。

 まあ、当たり前だけど。

 しかし、随分と減っちゃったな。

 銃撃を聞く辺り……もう、数えるぐらいしかいないんじゃない?

 それと――足音ぐらいもう少し消せないのかな?

 私は咄嗟に前を向いたまましゃがむ。

 パァン!

 銃声がしたかと思うと、私の頭上を弾丸が通る音がする。

 そして、しゃがむと同時に後ろに閃光手瑠弾(フラッシュ・グレネード)を投げる。

「なっ!?」

 背後から驚きの声。

 それが聞こえたと同時に、私はしゃがんだまま勢いよくグロックを抜きながら後ろを振り返る。

 残念♪ その閃光手瑠弾(フラッシュ・グレネード)はピンを抜いてないよ。

 相手は閃光が来ると思ってたのか腕で目隠しをしようとしてる。

 パパパパン!!

 こんなチャンスを見逃す訳も無く、私は連射する。

「ぐあッ!!」

 全弾、体に命中してるけど男子生徒は倒れない。

 タフだね。

 まあ、"これ"で沈むけど――

 ドオンッ!

「――ごふっ!?」

 M500により彼は背後に少し吹っ飛ぶ。

 少し、吐血してるけど……まあゴム弾だから骨とかは折れてないよ――多分ね。

 これで戦闘不能、もしくは捕縛したのは8人目。

 投げた閃光手瑠弾(フラッシュ・グレネード)を回収してと。

 ……さっきよりも大分静かになってるね。

 もしかして、もう終わった感じ?

 さすがはHSSモードのキンジだ。

 と言う事は――

 残ってるのは、私とキンジだけか

 ようやく、私が望んだ通りの展開だよ。

 やっと、少し楽しくなってきたよ。

 さってと……キンジはどこにいるかな~?

 そう思いながら堂々と……は歩いてないけど、部屋をクリアリングしながらキンジを探す。

 ………………。

 ――見っけ。

 目では確認してないけど、通路の先から足音が聞こえる。

 静かに閃光手瑠弾(フラッシュ・グレネード)のピンを抜いて――曲がり角に投げる!

 そして私は左の部屋に静かに走って入り、柱を抜けながら反対側の入り口を目指す。

 

 キイイイイイインッ!!

 

 すぐに閃光と音が弾けて、私が向かおうとしてる入り口が明るくなったかと思うと同時に人影が飛び出してくる。

 その人影の腹に向かって掌底(しょうてい)ッ!

 普通ならすでに(ふところ)に入ってくるから防げるはずはないんだけど――

 パシッ!

 防ぐよね~。

「何となく分かっていたけど――やっぱり、君だったね」

 相変わらずの喋り方で私と競り合ってるキンジ。

 それはそうと……HSSがさっきより強くなってない?

 もしかして、戦ってる内に女性に触ったりしたからかな?

「戦うのは無しって言う選択肢はないよ?」

「パートナーとは戦いたくはなかったが……出来れば大人しく捕まってくれないかな?」

「そう言うのは、一度くらい私に勝ってからにして欲しいね」

「それもそうだな。今のところ、連敗続きだから――なッ!」

 キンジは私の右手を捻って、体を後ろに向かせようとする。

 速いけど、HSSの時はあまり女性を傷つけないようにして無力化しようとすることぐらい読めてるよ。

 私は跳んで、手を捻られた方向に体を回転させる。

 同時にグロックを左手で抜くけど、

 パシン!

 すぐにキンジに手で弾かれた。

 着地と同時に、さらに距離を詰めて左手でキンジの襟を掴んで背負い投げの要領で――投げる!

「うおっ!」

 さすがのキンジもこれは驚いたのか、声を上げる。

 そして、私の手を離して飛んでったと思ったけど――

 タンッ! すた。

 ぶつかる筈の柱に両足を着けたかと思うと、柱で体を捻って衝撃を殺して床に着地した。

 ――ドオン!

「危なッ!?」

 キンジは声を上げながらも驚異的な身体能力で柱の影に隠れるように避けた。

 なんだ、着地した瞬間に硬直したから狙い目だと思ったのに……

 引き続き、残りのM500の弾を牽制としてキンジが隠れた柱の左右を撃ちながらグロックを回収する。

 それから私も柱の影に隠れる。

 M500の弾が少なくなってきたな~。

 と、リロードしながら思う。

 だけど弾が尽きる前に……負けるね、これは。

 ああ、本気で相手出来ないのが妙にいじらしい。

 柱の影からキンジのいる柱を覗いていると、

 バッ!

 キンジが勢いよく飛び出してくる。

 パパパパパパンッ!

 そして、キンジは私に向かって撃ってくる。

 あくまで牽制だろうけど、迂闊(うかつ)に顔は出せない。

 銃撃が止んで覗いてみるけど……まあ、隠れてるよね。

 どこにいるかは、分かってる。

 普通だったら分からないだろうけどね。

 取りあえず、柱の影から出て辺りを警戒する演技をする。

 分かってるんだったら最初からそこに行けばいいけど……さすがにそれは、察しがよ過ぎる。

 グロックを構えて、ジリジリとキンジが隠れている柱に近づいて行く。

 そしてキンジから見たら私のグロックが柱から出てきた瞬間、HSSのキンジの蹴りが私の銃を飛ばす。

 驚くフリをして、M500を抜こうとした瞬間にキンジが私との距離を詰めようとする。

 私は反対に距離を離そうとバックステップするけど、今の私はAランク武偵。

 キンジのHSSのスピードには敵わない。

 私に肉薄したかと思うとキンジは私の左手を抑えて、足を引っ掛ける。

 バックステップの勢いを殺せないまま、私は背中から転倒する。

 目の前にはキンジのベレッタ。

 あっさりとした結果だけど、仕方がない。

「ハア……私の負けか」

 加減してるとは言え、負けると言うのは気分が良くない。

 ま、いいや。

 楽しかったし。

 どうせこの後はキンジを(いじ)るから、それで憂さ晴らしをしよう。

『試験終了!』

 最後に14階建ての廃屋に試験終了の放送が鳴り響くのだった。

 

 ◆       ◆       ◆

 

 試験が終わって、帰る頃には俺のヒステリアモードは完全に解けていた。

 そして、霧が運転する車の中で絶賛自己嫌悪の最中だ。

 ……やっちまったよ。

 よりによって入学試験で、ヒステリアモードを。

「いい加減に諦めたらどうかな?」

「いや、諦める諦めない以前の問題だぞ」

 地元の女子を避ける意味でも東京武偵高に受験したって言うのに……ヒステリアモードの存在が少なからず知られてしまった。

 しかも、俺の幼馴染み――星伽 白雪の存在を完全に忘れていた。

 霧に会うよりも以前に時々、メールなどで交流はあったが……アイツは何故か知らんが1日に何十通も送ってくるからいちいち返すのが億劫(おっくう)になってくる。

「白雪がいるのが、予想外だった。東京に来るとメールで言ってたのは分かってたけど……まさか、同じ入学試験会場だったとは」

「私は星伽さんを知らないんだけどね」

「そう言えば、霧には話す機会があんまりなかったな」

 メールするのって大体は学校の終わりだし、霧との会話で白雪の話を出す機会なんてなかったからな。

「まあ、白雪とはいわゆる幼馴染みって奴だよ」

「それは知ってる。キンジが彼女と話してる時に言ってたからね。幼馴染みって言ってもいくつの時から知ってる感じなのかな?」

「あ~……4、5歳の時だな。あの頃は人見知りをよくする奴だったよ」

「ん~成程ね。そう言えば、星伽ってさ……青森にある、あの星伽神社?」

「何で知ってるんだ?」

「割と有名だよ。何でも、武装する巫女がいるって言う事でね」

 そりゃそうか……あそこはあそこで濃いからな。

 知ってる人は知ってる。

 それぐらい有名だからな、星伽神社は……

「と言う事は、そこの巫女?」

「そうなるな」 

 思えば、アイツも随分と成長したもんだ……体が。

「しかし、あっさりとヒステリアモードになったね」

「思い出させるな……」

 あの時の光景を思い出すと、またヒスリそうだ。

「白雪は俺が他に誰に見えるんだい?」

「頼むから許してくれ」

 俺の黒歴史を霧は遠慮なく(えぐ)ってくる。

 コイツの前でヒステリアモードになると、こうして弄ってくる。

 そして、俺の反応を見て楽しんでるって言うのが最近は分かってきた。

「仕方ないな~。勘弁して上げよう」

 だけど霧はそんなにしつこくは言ってこない。

 こうして素直に言えば勘弁してくれる。

 言ってみれば、悪ノリって奴だ。

 こう言った感じの方が俺としては気楽だ。

「だけど、キンジ。あの様子だとSランク通知とか来るんじゃない?」

「俺が目を背けてた事をなんでお前は的確に言ってくるんだよ……」

「目を背けても結果は変わらないと思うよ?」

 そりゃ、そうなんだが……

「あんまり、そう言う期待が掛かるような事は勘弁して欲しい」

「ま、期待とか関係なく気楽にやればいいんじゃないかな?」

「簡単に言うなよ」

 俺がそう言うと、霧はくすりと笑う。

「それはそうと、お腹空いてない?」

「そうだな……試験終わりにどこか食べに行くか」

「もちろん、キンジの奢りだよね?」

 お前って奴は……

 と、思ったが霧に借りがありまくる俺にとっては何も言えない。

 素直に頷くしかない。

「どっかの三ツ星レストランでも行こうかな?」

「すまん、さすがに無理だ」

 この後、ファミレスに入る前と出た後で財布の厚みが違うのは……当然の結果だろう。

 それでも借りはまだ積もっている……

 




メモ帳に書いてからコピー&ペーストしているので、どこか変な改行がされてたりする事があります。
こちらでもチェックしていますが、それでも見落としがあるかもしれません。
そう言う時は協力していただけると嬉しいです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。