緋弾に迫りしは緋色のメス   作:青二蒼

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2ヵ月ぶりです。
色々と仕事のことで問題がありました。
まあ、それは活動報告にて。

注意

・不穏な気配
・裸エプロン


112:移り行く日常

 

 さて、最悪の気分の憂さ晴らしは済んでる頃合いだろう。

 え? 鏡高さん? 転校したよ。

 なんて、日常で消えた人はそうして事件にならないように日常の1つの出来事に当てはめられてなかったことにされる。

 裏社会の人間なんてなおさら、ニュースの1つ程度にされて終わり。

 深い関係者でなければ誰も真実なんて追い求めない。

 私が消したのかって?

 答えはイエスでありノー。

 私はキンジに恋して(殺して)貰いたいのに、"ただ解体(殺す)だけ"で終わらせる訳がない。

 もっと、キンジを見ていたいのにその程度じゃあ反応が想像できちゃう。

 だから、私はもっと見たことないキンジが見たい。

 それを愉しみにしてるんだから。

 あー、楽しみだな〜♪

 お兄さんが亡くなったと思ってた以上の反応を見せて欲しいな~

 なんて思考をしながら、目を覚ます。

「ああ、もういいよ。いや……やっぱりこのままで」

 意識を手放してそう時間は経ってないらしい。

 私はキンジにおんぶされた状態で目を覚ました。

 場所的には、まだ池袋の区域を出てはいないっぽいね。

「目を覚ましたなら降ろすぞ」

「えー……私、力を使ったせいで動けないんだけど」

「さっき、もういいよ、とか言ってなかったか?」

「寝言じゃない?」

「失神してた場合はうわ言な気がするけどな」

「じゃあ、それで」

「じゃあってなんだよ、じゃあって」

 何て言いながらもキンジは下ろすつもりはないらしい。

 神崎さんに劣らずのツンデレだね~

「どうやら目を覚ましたようじゃの」

「どうも、私はどれくらい眠ってた?」

半刻(一時間)じゃな。そう時は経っとらん」

 玉藻が背負われてる私を見上げて、淡々と答えてくれる。

 けど、その目は聞きたいことがあるとばかりの鋭い視線。

 人外特有の鋭い目だ。

 まあ、ここでネタバラシした方がある程度は疑いを逸らせるでしょう。

 それと、情報を1つ提供ってね。

「いいよ、キンジ。もうちょっと背負われて楽をしたかったけど、そうもいかないみたいだし」

「どういうことだ?」

 キンジはこの雰囲気を分かってないみたい。

 相変わらず鋭いのか、にぶちんなのか……

 ま、今になっての話じゃないけどさ。

「察しが良いではないか?」

「もう隠しておくのも無理な話だからね」

 諦め半分という感じを出しつつ、私はキンジの背中から下りる。

 地に足が着くと同時に、私は立ちくらむ。

 あー……やっぱりやり過ぎたかな……

 キンジがすぐに抱きかかえてくれる。

「大丈夫か?」

 私は静かに頷いて、キンジ達に向かい合うように自分の足で立つ。

「でもここで話すの? 雰囲気も何もないね」

「俺はここでも良いぜ? いい加減に白黒させようじゃねえか」

 ジーサードが撃鉄(ハンマー)を起こす音と共に、後頭部に突き付けられる銃。

 分かりやすいけど、やる気がない脅しだね。

 まあ、キンジの手前そうもいかないだろうから当たり前か。

「おい、ジーサード!?」

「悪いが、兄貴。窮地を救ってもらったが、それとこれとは話が別だ」

 ジーサードはキンジにそう言う。

 さーて……お姉ちゃんの計算通りの展開な訳だ。

 だったら、私のやる事は全部計算済み。

 ふふ、キンジはどう感じて思ってくれるかな?

「私が何で持ってるかは分からない。私の幼少期の記憶はポッカリだからね」

「記憶にございませんってか? 政治家みたいな言い分を信じられると思ってんのか?」

「別に~……真実を話しても信じないって言うなら、これも信じられない? 私のお姉ちゃんが手を貸せば、神崎さんを助けられる」

「なに?!」

 ジーサードと私のやり取りを聞いて、キンジは声を上げる。

「おい、兄貴。ますます胡散臭くなったのに、まだ白野の言葉に耳を傾けんのかよ? さすがにお人好しが過ぎるぜ」

 そのジーサードは背中越しでも分かるくらいに呆れ声。

「うーん、胡散臭いのは性分だし……だけどこれは信じて欲しいな。私は、キンジを"大事"に思ってるよ」

 いつも通りに屈託のない笑顔。

 そして、私の偽りのない気持ちをキンジに向ける。

「ただまあ、神崎さんがどう思うかだよね~。きっと、相容れないから」

「霧の……姉? それって、病気持ちって話してた姉のことか?」

 思い出すようにキンジは尋ねる。

 覚えてくれたんだ。

 話を聞いてないと思ってた。

「そう、私のお姉ちゃん。すっごく頭が良いの」

「悪いが、天才は間に合ってるぞ」

 と、ジーサードは反論する。

「どうかな? 頭良くても、不器用で頭悪いようにしか見えない人を知ってるし」

「どういう意味だ」

 少しだけ銃口が当たる強さが変わる。

 やれやれ、短気な事で。

 いや、間接的にサラ博士をバカにされた感じがして怒ってるかなジーサードは。

「神崎さんのことを言ったつもりだけど、なに? 自覚あるんだ」

「てめェ……」

「ジーサードやめろ。霧もからかうな」

 と、キンジから諫められる。

 その様子に私は肩を(すく)める。

「はいはい、分かったよ」

 それから静かにジーサードは銃を下ろして、私はキンジ達に向き直る。

「そろそろ、私も色々と明かさない訳にはいかなくなったよね。まあ、遅かれ早かれこうなるとは思ってたけど」

「静かに暮らしたかったか?」

 それは、キンジから同情にも似た感じの問い掛けだった。

 普通じゃいられなくなるっていう話をした、かなめを助けたあの時の事を含んだ言葉。

 でも、それも私の思い通りの反応。

「そうだね~。キンジ達とバカやってそれなりに楽しく日常の問題を解決して過ごせる。それも……良かったんだけど」

 ちょっと憂いを持たせた返答にキンジは、少しだけ目を伏せる。

「まあ、しょうがないよね」

「悪い、霧」

「どうして謝るの? ジーサードを助けたのは私の意思。特に後悔してないよ」

 私の言葉にジーサードは少しだけ顔を横に向けて、「ケッ」と余計なお世話とばかりの表情をする。

 血は争えないって感じだね。

 クローンだろうが、素直じゃないところは何とも兄弟だよ。

「で、お主を拾ったかは知らぬがその姉とやらは。何者じゃ?」

「それについては、ひ・み・つ♪と、言いたいけど……今度連絡してみるよ。そうだね、ジーサードとキンジには紹介しておくよ。あんまり大勢に見られても困るし、神崎さんは特に会わない方がいいと思うしね」

 私の言葉に玉藻は少し視線が鋭くなる。

 何かあるとは見てるだろう。

 ここで、私のお姉ちゃんを見定めるべきかどうかを考えてる。

「……お主らに任せておこう。(わし)は今回の一件、伏見と評議する。唐や天竺(てんじく)からも使者があるかもしれぬしな」

 ――そうなるよね。

 人外の界隈にも何やら複雑な情勢があるらしいし。

 まるで第一次大戦や第二次大戦の欧州情勢みたいな感じに。

 さて、私のお姉ちゃんを見たら君達はどういう反応をするのか楽しみだよ。

 

 

 とりあえず、銃撃戦なんかやっちゃったからにはとっとと逃げるに限る。

 という訳で私からまた連絡するということで、その場で解散となった。

「てことになったんだけど……どう?」

『どうもなにも、計算済みよ。ここから盤上は世界に移る』

 部屋に戻って連絡をしてお姉ちゃんは抑揚もなく答える。

『ところで、いつあなたは"死ぬ"のか聞いておきたいのだけど』

「お姉ちゃんってば、サプライズ殺しだよね。分かっちゃう?」

『別に……ただ変数になりえる事象は聞いておきたかっただけよ』

「うーん、何か良い感じのところで。目星はあるけどね」

『考えてないようで、計算しているのが怖い所ね』

「お姉ちゃんに怖い事ってあるの?」

『どうかしらね。感情は未知なものだし、誘導は出来ても数値で計算出来るものでもない。少なくとも未知な事を楽しめる性分ではないの。今のあなたみたいに』

 それを言われると弱ったね。

 誘導出来ても、計算は出来ない。

 まったくその通りだね。

 だからこそ、楽しいんだけれども。

 

 ♦      ♦      ♦

 

 霧から、姉の正体を教えると言われてすぐに連絡が来た。

 爺ちゃんと色々と話して、俺は俺自身の答えを得た。

 まだまだあやふやで、ハッキリしない答えだが……何となく見えた。

 それに対して爺ちゃんは、何を言うでもなく暗に告げられた。

 ――改めて、ここから旅立てと。

 なので、俺も少し自分の人生をもう少し見詰め直すことにした。

 だからこそ、霧のことをもう少し知らないといけない。

 それがアリアとお前を助ける事になるならな。

 俺とジーサードは、霧に呼ばれた。

 日時は夜の22時ごろ。指定された場所は武偵高のアイツの部屋だ。

 何で女子寮に行かなくちゃならないと思ったが、転校したから俺の部屋なんぞないので仕方ない。

 まあ、その転校した矢先にまた転校するんだから、俺としては何とも言えない。

 しかし霧も男子をホイホイ女子寮に入れるなよ。

 と、思ったが……レキの件があるので俺はその件に関しても何も言えない。

 人のこと言えないことだらけだな、俺。

 意を決して俺は霧の部屋のインターホンを押す。

『開いてるよ~』

 すぐに返事が返ってきて俺は玄関を開ける。

 そう言えば、俺……霧の部屋に入るのは初めてだよな。

 向こうから俺の元部屋に来るのはよくあったが。

 と、思いつつも玄関から入る。

 しかし、部屋は真っ暗だ。

 このパターンは、分かるぞ。

「またイタズラか?」

 答えるのは静寂。

 さて、一体どんなイタズラを仕込んでくるか分かったもんじゃない。

 ……どうする?

 踏み込めば、間違いなく罠が待ってる。

 電気を点けて何もなければジーサードが来るまで撤退だな。

 と、考えて廊下の電気を点ける。

 そこにいたのは、

「お帰り、あなた。ご飯にする、お風呂にする、それとも――」

 俺は全体像が確認できる前にすぐに玄関を出た。

 ああ、うん……見なくてよかった。

 というか、明らかに肌色面積が多かった。

 とっさに視線を下にしといて良かった。

 裸足(はだし)な上に、(なま)めかしい太もも……エプロンと思われる下部分が見えてしまった。

「そこは最後まで見てよ」

 扉を少しだけ開けて、声を出す霧。

 俺は扉を背にして見ないようにする。

 絶対にヒスり要素が満載なので振り返らない。

「服を、着ろ」

「しょうがないな~……理子から決戦兵器になるって聞いてたのに」

「俺にとっての最終兵器だろうが。その……それでなって襲われたらどうするんだよ?」

「別にどうにでもなるよ。まあ、でも、キンジなら……いいよ」

 息がかった(あで)やかな声音。

 思わず心臓が跳ねあがる。

 おおい!? 今ので反応しちまうか俺よ!?

「ふふ……この程度で反応しちゃうなんて、体は正直だね」

「色々とヤバ気なセリフを続けるな!」

「でもまあ、とりあえずキンジの性癖のストライクゾーンって割と広いよね。耐性つけた方が逆に良い気がするんだけど?」

「耐性つく前にお陀仏になるに決まってんだろ」

 最近の霧のイタズラは気のせいかエスカレートしてる気がしてならない。

 それでも、俺が止めて欲しいと思う一線を越えてこないあたりがなんともいやらしくも思う。

「おい……玄関先でなにイチャイチャしてんだよ」

 と、蛍光灯が切れたようなジジジ、というノイズ音と共にジーサードが現れた。

 迷彩スーツで近付いてやがったな。

 その下は特攻服みたいなコートを羽織って来やがった。

 ていうか、それっていつぞやに貰った朝青(あさお)達の特攻服じゃねえか。気に入ったのかよ。

「別にイチャイチャなんてしてねーよ」

 そこにはツッコまずに俺は現状だけにツッコむ。

「なんだ……もう少し遊べると思ったのに」

「どうでもいいから、テメエの姉とやらにさっさと会わせろ」

 ジーサードは霧ののらりくらりした態度が気に入らないらしい。

 機嫌が悪そうにポッケに手を入れて威圧してる。

 ぱっと見、特攻服もあってただのヤンキーにしか見えん。

 こんなのがアメリカの人工天才人間というのだから、よく分からんもんだ。

「はいはい、準備するよ」

 それから霧は、意に介していない感じで部屋に戻っていった。

 ほどなくして部屋に招き入れられた。

 霧の部屋には初めて入ったが中はシンプルだった。

 テーブルにキッチン……そして、50冊は入るだろう小さめの本棚。

 表に日用品と呼べるのはそう多くない。

 窓辺の机の上には注射器とか、何故か医療器具がある。

 医療知識があるとは言ってたが、道具まであるとはな。

「はい、それじゃあ通信を繋げるよ」

 霧が薄型のノートパソコンを持ち出してきて、テーブルの上に置いて画面を開く。

 それに対してイスを2つ並べて、俺とジーサードがパソコンに向かうように座る。

 霧の姉、果たしてどんな奴なんだか……

 すぐに画面が明るくなり、テレビ電話みたいに相手が映し出される。

 どこかの屋敷みたいな書斎。

 中央にはアンティークっぽい机、その先に座り心地が良さそうな革製のイス。

 背もたれをこちらに向けたまま。

 だが、小さく煙がそのイスの横から見えてるところを見るに、目的の人物はその背もたれの向こう側にいるらしい。

 背もたれより小さいのか? とか、観察できる範囲で俺は情報を分析する。

 やっぱり、武偵の癖が抜けないな。

 それから静かに背もたれが回転したかと思うと1人の少女が、姿を見せた。

 15歳くらいに見える女性。

 目算だが、アリアと体型がいい勝負だな。

『悪いけど、ホームズと比べられるのは好きじゃないの。どうでもいいことなんだけど』

 と、画面越しに俺の考えを当てるかのようにその少女は口を開いた。

 冷ややかな目……いや、その目に生気はあまりないように見えた。

 何もかも知ってるって感じで、薄気味悪い視線だ。

 画面越しでも分かるくらいだ。

『……初めまして。紹介はいらないわ……私が何者かの方が重要だろうし』

「随分と話が早えな」

 ジーサードが真っ先に会話をしだした。

 早くも、何か怪しい雰囲気になってきたな。

『ええ、私はすぐに何でも導き出せちゃうの。まあ、性分だとでも思ってちょうだい』

「白野もそうだが、お前も胡散(うさん)くせえ臭いがプンプンするぜ」

『あら……画面越しでも分かるの?』

「仕事柄な」

『そう。でも、私はあなたの望む答えに協力できるわよ』

「ますます怪しいな。それで……名前はなんだ?」

 それから少女は一息置いて、

 

『ソフィー……ソフィー・モリアーティ』

 

 そう、簡潔に、自らを名乗った。

 モリアー……ティ?

 その言葉に、俺は思わず霧を見る。

「うん、そうだよ。私のお姉ちゃん、ソフィー・モリアーティ。あのジェームズ・モリアーティの直系の人」

 ……嘘……だろ? 

 ホームズの子孫とあれこれあったかと思えば……俺の元パートナーの姉は、あの犯罪界のナポレオンことジェームズ・モリアーティの子孫だって?

 その言葉に俺だけじゃなくジーサードも目を丸くしてる。

『こうして画面越しだけど会うのは、分かっていたことよ。白野 霧――彼女の色金がバレるのも計算できていた。まあ、予想よりも早いのだけれどね。……けほ』

 言いながら、彼女はせき込んだ。

 病弱って話は聞いていたが、霧の話も嘘ではないらしい。

 画面越しに分かる程に、彼女は色白だ。

 あまり外にも出てないと分かる。

『さて、私はあなた達の知りたい情報を教えることが出来る。その過程も解も、なにもかも、ね』

「タダなんて訳ねえよな? 知りたい事だけ教えてくれるなんて、都合のいい話がある訳ねェ」

 ジーサードと同じで俺も同感だ。

「対価はあるんじゃないのか? 取引、とか」

『別に……"必要ない"わ。いちいち求める意味なんてないもの』

 しかし、ソフィーは俺の言葉にハッキリと不自然な程に返した。

「なんでだ?」

『大して興味がないからよ。私がこうして貴方たちと話すのは、ちょっとした計算修正みたいなもの。だから、知りたい情報だけ教えてあげる。ジーサードは色金を得る方法を。遠山 キンジ……あなたには、ホームズと白野 霧、2人を救う方法よ』

 その言葉に俺とジーサードは顔を見合わせる。

 あまりにも都合が良い話ばかりだ。

 それを犯罪界のナポレオンと名高い、ジェームズ・モリアーティの子孫が協力する。

 どう考えても裏があると疑う余地しかない。

『ああ、ちなみに……モリアーティの子孫だからといって私が犯罪に手を染めてるなんて偏見はやめて欲しいわ。間違った解答を押し付けられるのは好きじゃないの』

「いきなり出会って信用しろなんて方が無理があるけどな」

『それもそうね。だったらこれはどう? このままいけば白野 霧は死ぬし、ホームズも死ぬ。遠山 キンジ……あなたの選択によってね』

 その言葉に、俺は胸が高鳴る。

「……どういうことだ?」

 だが、こんなものは俺を動揺させる尋問に似た手法だ。

 分かってはいる……けど、それを出されて言葉を挟まない訳にはいかない。

『ジャック・ザ・リッパー……100年前の再来と言われる彼は、あなたを気に入ってるみたいね。まあ、その感覚は私には分からないものだけど』

 ああ、そうだな。

 世界的な犯罪者になんで気に入られてるのは意味不明だよ。

 命を狙うとかの目的じゃないのは間違いない。

 だったら、俺はブラドと戦ったあとに出て来たあいつに殺されてる。

 ソフィーは続けた。

『でも、彼の目的は分かる。人の反応を見たいのよ、様々な感情の機微……笑い、悲しみ、怒り、そして絶望をね』

 なんだその(たち)の悪い観察は。

「それが俺と、どう関係する」

『きっと彼は大切なものを奪った時のあなたの反応を見たがる。それに、遅かれ早かれ白野の寿命は短い。3年もあるかどうかかしらね』

 なん……だって?

 しばらくは、何を言われたのか分からなかった。

「……ウソだろ?」

 ようやく出した言葉。

 そして俺は静かに霧を見る。

 霧は、ソフィーの言葉に頷くでもなくただ、ニコリと困ったような笑顔をした。

 いつもの楽しそうな笑顔じゃない。

 悲し気で、力のない表情だ。

 そんな顔……今まで一度も見たことがなかった。

 だからこそ、分かる。嘘じゃないことが。

「うん、まあ……そういうことだよ。色金のせいでね、生い先短いのは何となく分かってる」

『私にとっても、死なれたら都合が悪い。だから協力する。これでどうかしら? 私の言葉に耳を傾ける理由としては十分な答えになると思うのだけれど』

 確かにそうだ。

 これ以上ないほどに、理由としては十分すぎる。

『まずは香港に遅かれ早かれ向かうことになるでしょう。答えは今でなくともいいし、聞きたいことがあればいつでも彼女に伝えなさい。ああ……ホームズには私の協力を伝えないことね。答えは分かりきってるもの』

 それから画面が消える。

「……兄貴」

「ああ、しばらく考える時間が必要だ、な」

 色々な情報があり過ぎた。

 衝撃を受けるって言葉を身をもって体感したのは、初めてかもしれない。

「そうだね。今日は休みなよ」

 部屋を出る前の霧はいつも通りの笑顔だった。

 

♦      ♦      ♦

 

 2人が帰ってしばらく。

 暗号回線にして、私はお姉ちゃんと通信する。

「お姉ちゃんも人が悪いよね~」

『あなたほどではないわ。それに、対価が必要ないのは本当だもの』

「それって、"勝手に支払わせる"から必要ないって話じゃないの?」

『そうよ。もう既に私の盤上なのだから、どこを動かせば私が望んだ場所に動いてくれるのか……それを考えるのが少しだけ、私は"楽しい"。血は争えないというやつね』

「なんだ、お姉ちゃんにも楽しみってあったんだ」

 少しだけ意外。

 そこは知らなかったな~。

 お姉ちゃんの計算は振る舞いも含まれてるから、私の観察でも奥底まで分かんないんだよね。

『少しだけよ。次は香港……藍幇(ランパン)の長城は既に崩落寸前。でも、それも香港にはあずかり知らないことよ』

「いずれは、どうするの?」

『別に、計算したことを試したいだけよ。数学者として、当たり前でしょ?』

 画面越しにお姉ちゃんは……久しぶりに笑った。

 それは、世界の破滅を呼ぶようなうすら寒い笑顔で。

 私なんかよりもよっぽど、悪意の塊だった。

 ニュースに出てる犯罪者なんて、ちっぽけなものだって分かる。

 悪の華っていうのは、どこまでも悪の華。

 いや、私と同じで純粋なだけ。

 そう……純粋であるからこそ、どこまでも残酷に。

 

  


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