緋弾に迫りしは緋色のメス   作:青二蒼

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お久しぶりです。
というわけで、活動報告にもあるとおり完全とは言えませんが持ち直しました。


何とか色々と悩んだ末にだした答えですが、まあ……潰れてしまうよりマシな選択肢であるとは思います。

それはともかく、久々の投稿をお楽しみ下さい。


110:騒がしくも楽しい非日常

 

 望月達が逃げて、私が時間稼ぎをと思った。

 無事に彼女を逃がすのがキンジにとっての望みだったから、いい女である私はそういう風に振舞ったんだけど。

 ついでにまた貸しにしようとも思ってた。

 だけど、ものの見事に嵌められたね。

 (コウ)がいる時点でこの可能性を考えておけばよかったよ。

 しかし、私をこうまでしてお願いしたい交渉は何だったんだろうね?

 最初は藍幇(ランパン)の内部問題の解決に手を貸して欲しいのかと思ったけど、どうも本題はそこじゃないっぽい。

 むしろ何かを確かめたかった?

 もしかすると……諸葛は"白野"と呼んだけれど、本当は私が"誰か"に気付いてる?

 いや、私の中にある"モノ"には気付いてるけど"何者"かまでは辿り着けてない。

 そんなところかな。

 うーん、ポーカーフェイスが上手いから読みにくい。

 年季で言えばあっちが上だからね。

 私はさっき突撃した無駄に広いリビングに念入り腕と足先を拘束されて、武装も解除されてフローリングの床に座らされてる。

 周りにはさっき虚仮(こけ)にされたことに不愉快そうな雰囲気のヤクザ達。

 そして、私を見下ろすのは諸葛と鏡高。

 一方は読み取れない表情で、もう一方は不機嫌そうな表情で。

 どっちがどっちかは言うまでもないけどね。

 諸葛がやれやれ、とばかりに口を開く。

「出来れば遠山君には悪印象を与えずにこちらに来てもらいたかったですが、これも致し方ないですね」

「そう思うんなら放して欲しいね」

「いえいえ、そういう訳にはいきません。人材の勧誘は優先事項ですので」

「私を解放した方が交渉しやすいと思うんだけど?」

「交渉の机に着かせることに意義があるのです」

 諸葛らしいね。

 つまり同じ机に座ってしまえば、あとはどうにでもなると。

 確かにキンジじゃ分が悪いよね……この手の人間は。

「ですので、すみませんが丁重にお願いします。貴方も愛しの人に嫌われたくはないでしょう?」

「…………」

 諸葛の言葉に鏡高は黙ったまま。気に入らなさそうな目をしてるよ。

 嫉妬でもしてるんだろうけど、その感情はお門違いだと私は思うんだけどね。

 まあ、でも……恋を抱いてる人はそんなものだよね。

 愚かだと分かってても、冷静ではいられない。

 その点だけ気持ちは分かるよ。

 私も"同じ"だからね。

 とは言え、私は分かってても人の色んな一面を見てみたいから……たとえ好きな人でもね。

 憎まれるってことは、それは私に気があるってことだし。

 より鮮烈であれば――私を追い掛けてくれる訳だからね。

 犯罪者と探偵。まるでロミオとジュリエットだね。

 立場は違う。けど追い掛けずにはいられない。

 つまりは、私に恋してくれてると言っても過言じゃない気がするし。

 そう考えると、やっぱり今後が楽しみだよね。

 ピンチなのに想像すると思わずドキドキする。

 もっと、キンジも私を()しにきてくれないかな?

 甘い言葉で来てくれるなら、なお嬉しいんだけど。

「それでは、私はこれで」

 そこで諸葛は去っていく。

 残されたのは、鏡高とヤクザだけ。

 諸葛……キンジに悪印象を与えたくないとか言っておきながら、私と鏡高だけにする意味が分からない訳ではないでしょうに。

 それとも人の心情を読み取るの上手なのに、感情は考慮しないのかな?

 そんなことを考えながら鏡高とお互いに視線が合って、

「それで、私をどうする? ヤクザらしく落とし前でもつける?」

 軽く挑発する。

 しかし、鏡高は鼻を鳴らしてすぐには乗ってこない。

「白野……中学の時からそういうところが気に入らなかったわ」

「そう思うんなら、キンジに対して別のアプローチすればいいのに」

「アタシはそう振舞えない」

「諦めてるだけでしょ。それともヤクザだからとか理由つけて逃げる?」

「………………」

 その一言に鏡高は黙る。

 それから急にホスト系のが前に出てきて、

「お嬢ちゃん、ちょっと黙ってよーね」

 軽い感じで言いながらいきなり蹴りをかましてきた。

 初動で分かってたから何とか横に転がって回避する。

 気の短いことだね。

 それとも、俺は忠実な部下ですよアピールかな?

 組長を舐めるなって感じで。

「お前達、やめな!」

 私に手を出せばそれこそキンジに嫌われることが分かってるのか、鏡高は怒声を上げる。

 その言葉にホスト系は面白くなさそうな顔だ。

「でも、姐さん。落とし前はつけさそうよ~」

「向こうが丁重にしな、と言ったんだ。手を出すんじゃないよ」

 その言葉に鏡高に見えないよう何人かがアイコンタクトをし始める。

「姐さん、ご友人が到着したそうです」

「分かったわ。お前達、絶対に手を出すんじゃないよ」

 部下の一人がおそらくキンジの到着を知らせにきた。

 鏡高は残ってる連中に釘を刺すけど、どう考えても無理だろうな~

 それから鏡高が去れば――

「姐さんに手を出すなとは言われたが、足を出すなとは言わなかった――なッ!」

「ぐッーーえほッ」

 別の男からお腹に衝撃。

 まあ、こうなるよね。

 大して鋭くはない蹴りだけど、衝撃を逃げす手段もない、からッ。

 おまけに横に転がれないよう別の男がサッカーボール止めるみたいに足乗っけてるし。

 ――このあと私がどうなるかなんて、大体想像できるからどうでもいいけどね。

 それよりも、キンジが私をどう心配してくれるかが気になる。

 少しは私をもう少し大事にしてくれるといいな……

 なんて思いながらも、ヤクザ風に言うなら落とし前をつけさせられる暴力が始まる。

 

 ♦      ♦      ♦

 

 俺は呼び出しを受けた、菊代の示した住所へと目指す。

 その途中――

 あれは……萌?!

 それに顔がボコボコになったレオンに藤木林(ふじきばやし)朝青(あさお)も、並走している。

「萌、無事でよかった。それにお前ら……」

 萌は無傷っぽいが、他の3人は打ち身や顔を殴られたような跡が酷い。

 だけど、俺を見て3人は誇らしそうに笑ってる。

「へへ、みっともねえ姿だが拳銃(チャカ)なしでやってやったぜ」

「すんません、キンジさん。みっともねえ姿見せる前に何とかしたかったんですが……」

 レオンは勝ち誇ったように、朝青は申し訳なさそうに言う。

 でも、なんでそんな無茶をしたんだ。

「そんな顔しないで下さいっスよ。これは、俺達が勝手にやったこと……それにキンジさんは、平穏な生活を送りたがってた。だから、これは俺達なりの迷惑かけたケジメっス」

 同じように青い痣を目の上に作ってる藤木林が痛々しくも笑ってそう語る。

「だが、ゴミはゴミだったってことだよな……」

「それは違う! お前達は誰かのためになろうと! 自分じゃなく他人(ひと)の為に戦った! 恐れも飲み込んで立ち向かうなんてこと、クズには出来る事じゃない! だから言ってやる、お前らは人間だ。もし、お前らをバカにするヤツがいたら俺がブチのめしてやる!」

 俺は――武偵の言葉しか知らない。

 だから、倒れた武偵の仲間に語り掛けるように俺は言ってやる。

 そして同時にこれは俺に言い聞かせてる、謝罪だ。

 俺は力を持つ者には責任があるのだと、学校の屋上でコイツらに語った。

 だけど、それを俺は実行できなかった。

 銃だけを持つ者が責任を持つんじゃない。

 "力ある者が責任を持つ"んだ。

 それを今、俺は悟らされた。

 武偵高を出て、外の世界で初めて。彼らに。

「遠山君……白野さんを、早く白野さんを助けてあげて!」

 ハッ、とした感じで萌は泣きそうな感じで声を上げる。

「……霧? ――ッ」

 そうだ、萌の言葉で俺は気付く。

 霧は潜入してることを言っていた。

 俺の頼みを聞いてた霧がどうするかなんて、分かりきったことだ。

 俺が(おとり)になってから萌を救うつもりだったが……どうやら、レオン達がヤクザの目を引き付けてる内に萌を救ったんだろう。

 現状を思えば、それが妥当だ。

 チャンスがあれば見逃さないのが、あいつのやり口だ。

 そして、霧ならきっと無事に逃げてる――

「どうして分からないけど、霧さん……途中で胸を押さえて倒れてた。最後に振り返ったら、そんな感じだったから」

「……!?」

 萌の言葉に俺は胸が跳ねあがる。

 俺は気持ちが(はや)るのを必死に抑えて、自分の背後に声を掛ける。

「――かなめ」

「あは、バレてたね」

 などと、道の角からセーラー服姿のかなめがスキップして現れた。

 尾行してたのは気付いていた。ただ、かなめは隠す気もなかったがな。

「時間がない。4人を頼む。3人は病院に連れてってやってくれ。あと、(ベレ)の整備、ありがとな」

 端的に俺が気付いた事に対してお礼を言う。

「お礼を言ってる暇もないんでしょ? しょうがないから、ここは任せてよお兄ちゃん」

 尾行してたかなめに俺は、お礼を言ってすぐに駆け出す。

 愛らしくかなめはウィンクしてくれるがそれに応える時間も惜しい。

 懐かしい事件が起きた時の感覚。

 心は焦るが、頭は冷静に。

 そんな懐かしい感覚に戻って行くのを俺は感じる。

 霧、霧ッ……!

 頼むから無事でいてくれ。

 まだ俺は何もお前に返しちゃいないし、お前の家族を救う助けに何もなっちゃいないんだ。

 

 

「こんばんは」

 古風なデザインの割には半自動だったドアが開くと……

 例の改造和服を着て、おめかしをしてる菊代が現れる。

 だが、俺はそんな余裕そうな菊代に穏やかじゃない口調になる。

「悪いが、挨拶をする気分じゃない。やってくれたな、菊代」

「……ッ。――安心しなよ、手を出しちゃいないよ」

 俺の剣幕に菊代は肩を震わせたが、すぐにいつもの(はす)に構えた顔になる。

 それからついてこいとばかりに、俺に背を向けた。

 雪の積もった広い和風庭園を歩き、1匹1匹が数百万はしそうな錦鯉がいる池を通り過ぎる。

 そしてその向こうの――豪邸の玄関へ、入っていく。

 歩きながら見えたガレージには、いくつもの高級車、大型バイク(ハーレー)、牽引車に載せられたパワーボートなんかがゴロゴロしていた。

「随分とおっかないね。そんなに、あの女が大事なの?」

「当たり前だ」

 その言葉に菊代は余裕がなさそうな表情をする。

「そう。でも、嫌われたくないのは本当。だから手を出してない」

「萌を(さら)っておいてか?」

「お茶しようって言っただけよ」

 どこまでもシラを切るような菊代に俺は、段々と心がさらに穏やかじゃなくなる。

 初めて、女性を憎むことになりそうだ。

 そんな俺の雰囲気に菊代は、これ以上は俺の神経を逆なでると思ったのか黙る。

 壁に大型水槽が埋め込まれている廊下を抜けて、一〇〇平米(へいべい)はありそうなリビングに案内された。

 壁には見事な油彩画、柱には青磁(せいじ)の壺、それに阿修羅像。テーブルには見事なガラス細工のランプ。

 まるで美術館みたいな感じだが、これらは全てヤクザなりのリスクヘッジ。

 銀行の口座や金庫を押さえられた代わりの資金源。

 つまりは現金を純金に換えるみたいな感じの代わりの資産だ。

 だが、見るべきはそんな芸術品じゃない。

 リビングのあちこちからこっちを見る、ヤクザたちだ。

 まず、見覚えのある幹部……

 カチッとしたスーツを着た、東大卒のノッポがソファーに腰掛けてる。

 さらに部屋住みらしい黒服の組員が5人、全てのドアの脇で――

 アサルトライフルを抱えて立っている。

AK-47(カラシニコフ)が、5丁も……)

 これは、厳しいな。

 旧ソ連で開発されて、中国でもライセンス生産されてたはずのソレは、ずば抜けた銃じゃない。

 命中率も悪いし、最近のモノに比べれば性能を劣る。

 だが、実用性に長けたAKは割と悪環境でも作動することが有名で7.62mm弾を使用するパワフルな銃だ。

 俺の拳銃と比べたら火力が違いすぎる。

 素の俺でどうこう出来る状況じゃない。

「……裏銃(ウラチャカ)だな?」

 愚問だが、武偵として聞いておく。

 ショットガンなんかよりは通りやすいが、アサルトライフルは銃検(じゅうけん)――銃器検査登録を通りづらい。

 1丁、2丁なんてレベルじゃなくここまで(そろ)っているということは、公安の認可を通ってない違法銃だろう。

 中国は違法銃密輸の王道ルートだ。

 それと繋がりがある菊代は――

「まだ登録してないだけよ」

 答えるのもバカバカしいと言った感じで俺に答える。

「じゃあ撃たないのか?」

「どうかしら」

 などと、東大卒も吹き出すようなやり取りをしていた俺と菊代の視界に――

 手足を拘束された霧が連れられてリビングの床に捨てられる。

「霧ッ?!」

 すかさず駆け寄ると、俺に気付いた霧はいつもみたいに笑う。

「あはは……ヘマしちゃった」

 それから俺は気付く。

 外傷はないが、足や少し見えたお腹に痣があるのを。

 その姿に俺は怒りが再燃する。

「菊代、手は出さないんじゃなかったのか?」

「――ッ! お前達ッ!!」

 俺の言葉に菊代は声を荒げて、周りのヤクザを恫喝する。

 その様子を見るに、菊代は本当に手を出すつもりはなかったらしい。

 しかし、周りのヤクザはヘラヘラと笑う。

「姐さん、手は出してませんよ。ヤクザを舐めてたんでちょっと"ヤキ"をいれただけです」

 さっきの東大卒が冷静にそう返す。

「勝手するんじゃないよ! お客さんが不快に思われたらどうするんだい!」

「黙ってりゃバレないですよ」

 東大卒の指示らしく、菊代は完全に蚊帳の外だったらしい。

 だが、それでも……俺はその霧の姿に憤りを覚える。

「無茶しやがって」

「無茶じゃないと思ったんだけどね。貸しを作るつもりだったのに……ッ」

 軽口を叩く霧は、喋ってる途中に痛みに体を震わせた。

 相当に痛みつけられた感じだ。

「心配させるつもりじゃなかったのに……ゴメンね」

 いつもみたいに何てことはないと笑いながら、霧は謝罪する。

 お前は本当に、いつもそうだよな。

 俺が間違ってるのに、俺を責める訳でもなく笑って。

 いつも、いつもだ。

「菊代、これは暴行罪だ。どう言い逃れも出来ないぞ」

「…………」

 目の前の事実には菊代も得意のシラを切ることも出来ないらしい。

 何とも言えない表情をしてる。

「鏡高さんは関係あるけどないよ。しいて言うなら鏡高さんを裏切るつもりで任侠の欠片もないそこのノッポとホストなヤツが主軸だろうけどね」

 霧は菊代をフォローするように言葉を掛けた。

 だけど同時に菊代にとって聞き捨てならないことを言って、菊代は東大卒とホスト風を睨む。

「本当かい? お前達」

「姐さん……勘弁して下さいよ。裏切るなんて出まかせです」

 しかし、東大卒は嘘だと言い張ってる。

 仮にそうだとしても裏切りだと素直にここで言う訳はないだろう。

「へー……キンジが来てふん縛れば、鏡高さんは用済み。そんなことを私は庭で聞いた気がするんだけど、思い違いだったかな? 私が出まかせ言って混乱でも狙ってるって見方も出来るけど、いちいち小物相手に出まかせ言うのもアホらしいのに……茶番に付き合うつもりもないんだけど――う"ッ!!」

 霧が口からいきなり空気を吐き出すような苦悶の声。

 同時に聞こえたのは、東大卒の近くにいた黒服がAKを撃った銃声。

 見れば、硝煙(しょうえん)が銃口から出ている。

「き、霧!」

「何をやってるんだい!? 撃つんじゃないよ!」

 菊代は銃口を遮るように横入りし、黒服に怒るように目を向ける。

 俺はそれどころじゃなく、霧の撃たれた腹部を見る。

 防弾制服で貫通はしてないものの、霧は声を出せずに悶えている。

「――ッは。あ……煽り過ぎちゃったかな?」

「おい、大丈夫か!?」

「何てことはないよ。武偵だし、撃たれるのは慣れてるでしょ」

 俺を心配させないように振舞ってるのか、霧はいつもみたいな軽口。ウィンクして笑顔まで見せる。

「バカ……この状況で相手を煽ってどうする」

「殺されないなら煽って情報1つくらいボロを出して欲しいからね。まあ、ほとんど言ってるようなものだけど」

 俺の言葉に霧はいつもの調子だ。

 少しは自分を顧みて欲しいもんだ。

「ところで、姐さん。銃は持ってますか?」

「いいえ、持ってないわ……」

 東大卒が菊代に歩み寄り、警戒しながらも菊代は答える。

「じゃあ大人しくしておいてください」

 東大卒の言葉と同時に、一部の銃口が菊代にも向く。

「お前達……ッ」

「悪いな、姐さん。ここにボウヤが来た時点でアンタは親分じゃないんだ」

 き、霧の言う通りになりやがった。

 クーデター……かよ……ッ。

 菊代との交渉による離脱ルートの芽が完全に途絶えた。

「知らないとは言わせねえぜ。女、それもガキが組長なんて俺らがどんだけ笑われてきたか。あーあ、本当に今まできつかったよー」

「でもまあ、姐さんが役に立たなかった訳じゃないですよ? それはそれで警察(ヒネ)の目も緩くなったし……先代は偉大な方でしたしね。その娘って事で仕事(シノギ)をくれた古い知り合い連中もいました。でも、そのセンも要らなくなったってことです」

 東大卒とホスト風はそう順番に語る。

 そのまま東大卒は細葉巻(シリガロ)に火を点け、フーッとその顔に煙を吹きかける。

 それから菊代と俺は霧と同じように縛られて仲良く隣に座らされる。

「義理人情"だけ"じゃロクなことにならないね。義理も人情も欠片も感じてないなら尽くす"義理"も助ける"情"もない訳だし」

 霧は現状を呆れるようにそう漏らす。

 その言葉に俺は今までの違和感の点が1つに繋がった。

 そうだ……このヤクザ共は"素直に従いすぎてた"。

 あの中華の高級レストランからだ。

 煙草に火と点けようとしていた東大卒も、席を外せと命令された時も。

 俺の実力差を見抜いたのだとしてもあまりにも菊代を守らなさ過ぎた。少なくとも部外者と2人きりなんてことはしない。

 席を外したとしても、誰かは菊代の近くに控えているはずだ……監視すらもなかった。

 つまりそれは……あの時点で大事じゃなかったのだ。菊代が。

 それよりも、よく見ていたのは――

「まあ、最後に姐さんには調子には波にあるみたいですけど、この危なっかしいボウヤーー遠山君を釣ってもらいました。私達だけじゃ拉致れない器の子ですからね。いやぁ、(コウ)先生、喜びますよ」

 中国側が欲しがってる――戦闘員の……俺……!

 くそ、相変わらずの後手後手だ。

 後の祭り……レストランの時にヒステリアモードでその違和感に気付いていた。

 でも、それを俺は軽視してた。

 未然に防げてたのにまた俺はッ。

「……今回は私もミスったけど、キンジも相変わらず詰めが甘いね」

 マジでな。

 俺は霧の言葉に縛られた腕に力が入る。

「ああ、別に責めてる訳じゃないよ。私が言ってるのは別の話。ところで、いつまで隠れてるの? ヒーローっぽい状況だよ」

 そう虚空に向かって話す霧。

 なにやってるんだ……視線の先に誰もいないぞ。

 お得意のブラフか?

「――おい兄貴」

 と思ったが聞き覚えのある声。

 その姿なき声に飛び上がったヤクザ達は、幹部も組員も辺りをキョロキョロ見回してた。

「き……気付かなかったぞ。ジーサード。まだ()つけてたのか」

「兄貴、かなめばっかり見てたろ。しかも、なんで尾行されてた兄貴じゃなくてそっちの胡散臭い女の方が気付くの早いんだよ」

 と、少し拗ねたような声で言う透明ジーサード。

「さーて……なんででしょうね? 私ってばミステリアスだから」

 胡散臭いと言われた霧は軽い感じで返す。

 自分でミステリアスって言うか、普通。

 確かに霧は割と最初からミステリアスだらけだが。

「で、どうやってお兄ちゃんを尾行してたかな? ブラコンエリート様は」

「電線の上を歩いてただけだよ。あと誰がブラコンだ。兄貴、やっぱりコイツだけそのままヤクザに引き渡そうぜ」

 お前らこんな時にコント始めるんじゃねえよ。

「で、菊代を何で優先するんだ?」

 などと透明人間状態の弟と語ってる最中、菊代がふわふわと浮いていく。

 ちなみにケーブルとか拘束は俺も霧も既に切れてる。

 動けるぞ。とりあえず。

「"美しい"からな。剥がして、いただくぜ。あと今日は寒い。運動するにはちょうどいいだろ」

 などと――

 ジーサードは、窓際まで運んだ菊代のケーブルを切り、和服の帯を……

 って、なんで解いてんだよ!? シュルシュルっと!

「えっ……なにこれっ……い、いやっ……!」

「あーれーってやつ」

 霧の言うとおり、まるで時代劇の悪代官がやるみたいな感じの空中バージョンで菊代が剥かれていく。

 そのまま真っ赤になってる菊代は、空中で巻物の芯が放り投げられるように菊代が飛び込んでくる。

「きゃああ!?」

「うおッ!」

 どしんっ!

 俺に、ぶつかった。菊代が。

 やたら高そうな、真っ赤な刺繍の向こうが透けてるタイプのランジェリー姿でッ……!

 これには一同も心臓を破裂させそうなくらいに驚いてる。

 ――ドクンッーー

 だが一番心臓に来たのは、俺だ。

 俺はランジェリーというものに弱い。

 これは菊代も知ってる事で、なぜ彼女が着ていたかは考えたくないが――

「……節操がないね」

 そんな俺の変化に目敏(めざと)く霧が呟いてくる。

 まあ、確かに赤と黒と白に俺は弱い……最近は、金色も。

 よく考えたら何色でもいい気がしてきた。確かに節操ないのかな俺。

「い、いやっ!」

 霧が言ってた『あーれー』的な町娘のシステム、その空中バージョンで下着姿にさせられた菊代は、要所を手で隠そうとしてるが……その全身を手で隠しきれるわけもない。

「もういい? なってるなら片付けちゃうよ」

 霧は素早く立ち上がり、脅威度が高いアサルトライフルを持ってる2人に突撃。

 銃口を外して、背面で脇にアサルトライフルを挟み、パパァーンと何発かそのまま当たらないように発射。

 当然、ヤクザはその弾丸に怯む。

 素早く頭で背後のヤクザの顎をヘディング、弾倉を抜いてそのまま弾倉をもう1人に投げつけてもう一度怯ませる。

「ほあちゃー!」

 怯んだそいつにそのまま跳び蹴りで霧はカンフー的な叫びと共にヤクザの顎を蹴り抜いた。

「もう少しこの西陣織、堪能させろよ」

 ジーサードが明滅する蛍光灯のような音と共に現れて、2人を常人では捉えられない拳で薙ぎ倒す。

 レオン達から俺経由でもらった特攻服のコートをはためかせて、プロテクターと色眼鏡のようなHMD(ヘッドマウントディスプレイ)をかけ、完全武装もしてやがる。

 まあ……いいや。今日に限っては許す。それを着て戦え。

 そして菊代は、さっきまで子分たちだった組員とジーサードを見回している。

 その肩が、小さく震えていたので俺は優しく語り掛ける。

「……菊代。俺が前に言った事は、正しかっただろう?」

 それからその乱れた髪を整えてあげながら微笑んでやった。

「――ヤクザは信用できない、って」

 ようやくそこでヤクザ達は状況に対応し始めた。

「テメェー!」「このガキ!!」「どこの組だああ!」

 複数のマズルフラッシュと銃声。

 しかし、ジーサードのプロテクターは貫けない。

 逆に、バカンッ! と次々にAK-47が破壊されていく。

 それはジーサードが『捻転(コイル)』――俺の『螺旋(トルネード)』と酷似した技でUターンさせた銃弾が、ヤクザ達の銃を破壊していく。

 戦い慣れてるな、ジーサードは。銃の弱い部分、トリガー周りや弾倉(マガジン)の付け根を的確に破壊して射撃機能を奪っている。

「"なってる"みたいだな、ジーサード」

「ならなきゃ失礼だぜ。ルノワール、エミール・ガレ、湛慶(たんけい)。ちょっとした美術展だぜ」

 リビングの油絵、ランプ、仏像、数々の美術品を指して嗤うジーサード。

 そのままドアをその周囲の壁ごと蹴破って、窓から見えていた庭に降りていく。

 しかし……美術品なら何でもいいのか。困った病気の持ち主だな、お前も。

 ――俺よりは健全だろうけど。

「あの女で、兄貴もなれたんだろ?」

「ああ。ある種、焼けぼっくいに火が点いた形でな」

 と、俺は……

 菊代を庇いつつ、硝煙のする室内から庭へ避難させる。

「こんな討ち入りみたいな大立ち回りすることになるとはね」

 あとから降りて来た霧は、やれやれとばかりに呟く。

 それから目を細めて、

「落とし前はつけないとね」

 やや殺気が含まれた鋭い目をした。

 思わず、ちょっと恐く感じる。

 最近、妙に不機嫌だったり情緒がおかしい気がするが……気のせいか?

「頼むから、武偵法に触れることはするなよ」

「しないよ。今までそんなこと私がしたことあった?」

「まあ、そうなんだけどな」

 少し釘を刺したが、杞憂だろう。

 取りあえずはこの状況の打開だな。

 

 ♦      ♦      ♦

 

 ヤクザ達に囲まれての大立ち回り。

 予定ではもう少しスマートに事が終わる予定だったのに、諸葛達のせいで計算が狂った。

「こ、殺せ! たった3人だ」

 インテリ系のノッポが小物っぽいセリフを吐くと、ぞろぞろとヤクザが出てくる。

 手には短機関銃(マシンガン)やら散弾銃(ショットガン)やらを持って。

 うーん、50人くらいかな?

 でも射線の考慮もあまりされてない。

 練度が低いのが見て取れる。

 だけど数が多くて鏡高を連れて逃げるには、骨が折れるかな。

 装備がなくて丸腰だし……癪だけど、"助っ人"頼みかな。

 キンジも気付いてるみたいだし。

「万事休す、かな?」

「……ああピンチだ。お祈りでもするか」

「お祈り、ね。あの星に?」

「ああ、あの星に」

 私が示す星を見て、キンジは肯定する。

 お祈りするなら流れ星とかだろうけど、アレは星じゃなくて"弾丸"って形容してもいいと思う。

 ジーサードも同じように一瞬見上げたところで、何が来るのか分かったのか、やれやれとした表情をしながらすぐにヤクザ共に意識を向ける。

 そしてすぐに聞こえた。

 ――バカキンジぃぃぃぃ!!

 というアニメ声の怒声。

「家出がバレたか。結構、私は上手いこと誤魔化してたつもりなんだけどね。でもま、結局はキンジの事だからこうなる気もしてたけど」

「俺もだよ……いつになったら平穏な日常は来るのか」

「何言ってるの? 平穏じゃなくてもこれが"日常"でしょ」

 と、私はキンジと軽口を言い合う。

 もう一度見上げれば、満月を背に二丁拳銃(ガバメント)を持ってる神崎。

 ホバー・スカートという飛翔ユニットで滞空してたかと思えば、すぐに急降下。

 庭の上で妖精のダンスのように飛び回り、銃声が鳴り響く。

 的確にヤクザ共の銃を撃ち落とし、薬莢が雪のように落ちていく。

 アサルトライフル、ショットガンと言った高脅威な銃器から叩き落していく。

 一通り無力化したかと思えば、私とキンジの前に降り立って銃をクルクルと回してガンマンのようにホルスターに収めた。

「会いたかったわよ、キンジぃ。理由はあとで色々と聞かしてもらうからねッ……」

 それから二刀を構えて接近戦の態勢になりながら、背を向けたまま憤怒の声で言う。

「俺に会いたかった? 奇遇だね」

「――何がよ!」

「俺もアリアに会いたかったよ」

 優しい声音でそう語るキンジ。

 だけど、私は思わず聞く。

「本当かな~? 一番、避けてた気がするけど」

「今、一番会いたかったのは紛れもないだろう?」

 それは助っ人的な意味でしょうに。

 だけど、キンジは心の底から言ってる。

 噓じゃないけど、本音でもない。

 私もだけど、キンジも悪女ならぬ悪男だよ。

「さて。アリアは、誰から聞いたのかな?」

「匿名の電話があったのよ。機械が連絡文を読み上げるような感じだったけどね」

 そんな事するのは理子くらいだろうね。

 まあ、助かったと言えば助かったけど私からすれば余計な事をって感じだけど。

 妹の好意を無下(むげ)に扱う訳にもいかない。

 心の中で感謝はしておくよ。

「ていうか霧とキンジ、あんた達何やってたのよっ」

「ちょっと社会見学をね」「私は仕事でたまたまだよ」

「社会見学に仕事ね……霧は胡散臭すぎるわ」

 わーお、信頼されてるね。

「ひ、酷い。私はこんなに真面目でどこかの誰かさんみたいに単位を落としたりしないのにっ」

「さり気なく俺をけなさないでくれ」

 私の言葉にヒステリアモードとは言え、傷付いてる様子だった。

「じゃあ一般市民やってたの? あんた」

「そのつもりだった」

 と、アリアの問い掛けにキンジは少しだけ息を吐く。

 そういうってことは、何となく一般市民は向かないとどことなく感じてたみたいだね。

「さて、積もる話もあるけどここは任せていい? 私、丸腰だし鏡高と一緒に退避してるよ」

「なら返すぞ!」

 と、ジーサードが遠くにいながら銃を投げて来た。

 私のグロックとリボルバー、それらを受け取る。

「さっさと行きやがれ。俺なら余裕だが、守りながらなのはやりにくい」

「それはどうも……それじゃ、安全なところまで行ったら戻って来るよ」

 と、言い残して私はそのまま鏡高さんを連れて私は退散する。

 

 

 庭を抜けて、豪邸の門を抜けて道路へ。

 ここまでくれば大丈夫だと思って、私は足を止める。

「さて、さっさと信頼できる連中のいるところに行って大人しくしておいてね。裏切られたって言っても、全員じゃないはずでしょ?」

「……白野、アタシ……」

 鏡高は何かを言いたそうだけど、興味がないので私は背を向ける。

 そもそも自業自得なんだから、落とし前は自分でつけて欲しいね。

 泣きそうな声音。

 今更になって、自分のしてきたことを後悔し始めてる。

「……遠山に嫌われた、わよね。こんなことして……振り向いて貰おうなんて」

 足を止めて耳だけ傾ける。

 一息吐いて、

「ふぅ~……今更だよね」

「だって、アタシ……分かんないんだものッ。好きな人に振り向いて貰う方法なんてッ!! 今だけじゃなくて中学の時から酷いことしてきたのに、今更どんな風に振り向いて貰えばいいかなんて……」

 ……それこそ簡単な話で私はアドバイスしてきたつもりだった。

 私がいつも言ってること。"素直"になればいいって。

 

 ――それはそうと、もういいかな……"彼女"は。

 

 キンジにとってもそう思い入れがある子ではないと思うし。

 ヤクザなんだから、不慮の事故なんていくらでも起きる。

 私は振り返って、

「だったらやり直してみたら? それに、キンジがそんな程度で見限らないよ」

 笑顔で前向きな言葉(ウソ)を掛ける。

「やり、なおす……?」

「そう。ちょっとだけ素直になって。キンジを思って行動が出来るようになれば自然と好かれるとおもうよ。それじゃ」

 と、私はそれだけ告げて駆ける。

 取り残された鏡高は、何かを考えるように道の上で空を見上げた。

 それが少しだけ見えたところですぐに私は前へ向く。

 さて、楽しみが増えたことだし……私も落とし前をつけないとね。

 


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