緋弾に迫りしは緋色のメス   作:青二蒼

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霧ちゃんは、サイコにカワイイー!

ほとんど原作と流れは変わりません。
待ってろよー香港と思いつつ、楽しんでください。

マジでここまで来るの大変だわ。
不定期とは言え、9年は伊達じゃない。


108:日常と非日常

 

 レオンは菊代に追い出されて自分の足で戻るよう言い渡され、フラフラと路地裏へ消えて行った。

 どうやら警察から逃げるのには慣れてるみたいだな。捕まる心配はないっぽい。

「デートのお誘いなら、こんな手の込んだ事をしなくてもよかったんじゃないか?」

「拉致られた事の方が、遠山も楽かと思って」

 転回するために動いたセンチュリーのミラー越しに、菊代は――

 萌の方を見ようとしてるみたいだが、何とか霧が止めてくれてるみたいだな。

 と思いきや、すぐに2人して歩道に出てきてしまう。

 様子を見るに、霧は何とか止めようとしたが萌が振り払って来てしまったらしい。

 それを菊代は確認してしまった。

 萌は明らかに俺を探すようにキョロキョロしてるが、霧だけは真っ直ぐにこっちを見てる。

 まあ、霧もそれを分かってるだろう。

 あいつのフォロー力なら何とかしてくれる。

 メッセージは送らなくてもいいな。下手に俺が根回しするとややこしくなりそうな状況だし。

 明日から萌と一緒に登校はしてくれるだろう。

 菊代も、それが分からない程にそこまで馬鹿じゃないだろう。

 俺は武偵高を退学したが、霧はしてない。

 つまり武偵の権限を俺以上には大手を振って使える。

 俺も武偵の免許は失効してないが、それでも退学してる以上、ワンテンポ遅れるだろうな。

「白野と一緒ってことは仲良く退学したの? それと、白野の隣の女は遠山のコレ?」

 と、菊代は2つ質問して後者の質問の時にイラッとした感じで小指を立てる。

「両方の質問の答えはノーとだけ言っておくよ。特に女性の方は知らない人だよ」

「昔から女を守る時のセリフは変わってないね」

 そんな菊代はウットリして俺にしなだれかかってくる。

 昔を思い出す。ヒプノティック・プワゾンの香り――俺はあまり香水が好きじゃない。

 鼻が利きすぎるからな。

 だけどこれは嫌いじゃない。そして、それを菊代は狙っている。

 窓の外に自販機や、横断歩道、水商売の看板が流れる。

 その中にポン引きの従業員がこの車が見えるとお辞儀をする。

(ややこしい事になってきたな……)

 俺の肩に頭を寄り掛からせてる菊代に、

「事務所ですか、五代目」

 額に大きな傷跡がある大柄な運転手が聞く。

「ちがう、紅寶玉(ルビー)。幹部は全員集合」

 昔のクセ通り、菊代は少し(はす)を向いて命令している。

 そのスネるような仕草は案外カワイイので、俺はヒステリアモードが強化されないよう話題を逸らす。

「霧と面識があったんだな」

「他の女の話はしないで」

 菊代はブスっとした感じで不機嫌になる。

 そうだね。確かに他の女性の話をするのは無粋だったかもしれない。

 でも、少しは俺も駆け引きは上手くなったつもりだ。

 他の女性の話を出して気を引きつつ、菊代のことを聞く。

「なら、菊代はどうしていたんだい?」

「跡を継いだのよ。先代(パパ)()られたの。抗争でね」

「そっちの世界じゃあ珍しい話ではないだろう。でも、聞いて悪かった」

「許してあげるけど話の続き……白野とはどんな関係な訳? さっきの質問でノーってことは、遠山は退学したけど白野は違うって話でしょ」

 相変わらず頭は回るな。

 しかも、どっちも東池袋高校の制服は着ているが……俺をよく知ってるからこそ俺が退学してる方で話を進めてるんだろう。

 菊代は神奈川武偵高附属中学時代に俺のヒステリアモードに裏があると気付き、それを利用して独善的な『正義の味方』として利用した。

 将来はヤクザ関係に明るい諜報科(レザド)の武偵として育てられていたが、育成途中でドロップアウトしたんだ。

 転校したのは"家庭の事情"とされていたが、なるほどそういうことか。

「さてね。腐れ縁って言って納得はしてくれるかい?」

「しない。白黒はハッキリさせないと納得しないタチなの」

 だろうな。

 誰が敵か味方を見極めないと抗争ですぐにひっくり返る世界だ。

 中学からの縁だが、霧との関係を説明するにしても菊代の機嫌は損ねたくない。

 しかし、上手い言葉が思い付かないな。

「なら、どう言えば納得してくれるんだ?」

「……さあね。考えてみなよ」

 菊代の方が話から少し下がった。

 ここはチャンスだな。

「難しいな。複雑で一言で表せそうにないから、保留にしておくよ。目の前であんまり他の女性について考えて欲しくはないだろう? 折角、再会出来たことだし今は"菊代のこと"を知っておきたいな」

 甘く囁いた俺の一言に菊代はボフっと顔を赤くする。

 それからクラっとした感じで少し離れた。

「そう……ね」

 我ながら臭いセリフだったが何とか話をうやむやには出来たみたいだ。

「しかし、菊代に見つかるとはな」

 俺は苦笑いでさらにお茶を濁し、話題を変える。

「ふふ。極道の情報網をなめてもらっちゃ困るわ。藤木林(ふじきばやし)朝青(あさお)が、組の末端と知り合いでね。ケンカの自慢話が耳に入ったの」

 そういうことか。

 菊代が俺を知り得た種明かしをすると、携帯電話でゴソゴソ話していた運転手がバックミラー越しに聞いてくる。

「客人。レオンを既に捕らえてますがどうしますか? 具体的には指を……」

「離しておいてやってくれ。そこまで気にしてはいないし、あの程度はうちの学校じゃ5分に1回は起こってる」

 で、教師が介入してボコられて特別メニューをやらされるまでがワンセットだ。

 うちは無駄に血気盛んで困る。

 アイドルの推し論争で銃撃戦に発展するなんて武偵高校ぐらいだろう。

「はい。分かりました」

 危なっかしいな。この人たちは。警察より耳が良いし、手も早い。

 そして、俺は間接的にレオンを救ったことになる訳だ。

 何で霧以外だと借りを作るのは早いんだろうな、俺。

「ふふっ。嬉しいな。アタシのヒーローとディナーだ」

 艶っぽい笑みでまた俺に寄り掛かる菊代。

 それから車は一軒の昼光色で照らされた看板の、けばけばしい中華レストランに停まった。

 

 『紅寶玉(ルビー)』。それは千石にある一見さんお断りのお店だ。

 それもそのハズ……ここは地下から地上階に至るまでが怪しげな雰囲気に包まれたヤクザビルなのだから。

 つまりここにいるのは大なり小なりその手の関係者しかいない。

「……」

 店名通りのルビー色になっている店内。

 ところどころ金色の装飾が施されており、スリットが大きいチャイナドレス姿のウェイトレスや下着が見えそうな中華風のミニスカタイプメイドに、ノースリーブのロングドレスのホステスがニコニコと出迎えてくれる。どれもが美人揃いだ。竜宮城か、ここは。

 竜宮城以上にタダでは帰してくれなさそうだけどな。

 大きさが異なるが、金魚の水槽が各テーブルの近くにあるのは――『毒殺とかしませんよ。信用ならないならここで試してもらって構いませんよ』というアピールだ。

 普通の人なら絢爛なレストランだが、俺からすれば剣呑の一言だ。

 その様子に俺は眉を寄せる。

「お店、気に入らなかった? お寿司とかの方がよかった?」

 和服の(たもと)をひらひらさせながら、俺の隣を歩く城主様が訊いてくる。

「いや、新旧の火薬の臭いがして落ち着くよ。でも……ちょっと女性が多いかな」

「――おいお前達、バックにいな」

 俺が文句一言で、菊代は一気に人払いをする。

 まあ、ヒステリアモードが強化される不安要素がなくなったのはありがたい。

 それから俺達は、これでもかと内装に金をかけた広い個室入ると――

 大きな回転テーブルに所狭しと載せられた、豪華な料理や美酒が目に入る。

 さっきもそうだが、気前の良さを見せるのはヤクザなりの親愛と歓迎だ。

 つまり、俺をどうやら勧誘したいらしい。

 こっちは元が付くがただの一武偵で今は一般人ですよ。

 勧誘するほどに何か秀でてる訳じゃないのに勘弁して欲しい。

 ココと戦った時もそうだったが、何で俺がこんなに求められるのか意味が分からない。

 ともかくこの歓待を甘んじて受けないと彼らのプライドに関わる。

 なので俺は、お待ちかねの表情で見ていた――揃いの金バッジを付けた鏡高組の幹部の皆さんと、同じテーブルにつく。

 うわあ、怖いなあ。武偵高の教務科(マスターズ)の3割くらいだけど。

 それに白雪とかかなめとか霧とか、あっちの女子の笑顔の方が恐ろしく感じる。

「…………」

 俺が座ると、じろりと一気に視線が強くなる。

 それから「ああ」といった感じで納得し始めた。

 勝手に納得しないでください。

(ヤクザはすぐに"見抜く"からなあ)

 武偵用語で『彼我の戦力比較』と言うが、要は自分と相手の実力差を見抜くのが早くて正確なのだ。彼らは。

 いや、裏社会に生きる連中と言ったほうがいいな。

 勝ち馬に乗れないと、ガチで死ぬ世界だからな。

 はあ、こんなことなら霧も一緒に来てほしかったかもな。

 こういう空気でのあいつのマイペースさには救われる。

 あと出鼻を挫くの得意だし。

 こういう閉鎖的な組織であるので、だからこそ"組"関係は潜入捜査(スリップ)が難しい。

 なので、この手の捜査はそういう専門の武偵があたる。

「――ね。いい男でしょう?」

 隣に座った五代目組長・菊代は俺を笑顔で一同に見せるようにいう。

「ええ。いい目をしてます。客人はどうやら何度も修羅場を潜った雰囲気をしてる」

 どうやら菊代のボディガードも兼務してるらしいさっきの運転手が、爺ちゃんと同じような事を言ってくる。

「あっはー、ヤクザより怖いや。この少年」

 ピンストライプのスーツを着た、軽い感じのホストみたいな美男子が頭の後ろで手を組んで笑ってる。女性がクラっと来そうな顔で。

「うん。ヤサい顔してるけど、迫力あるぜ」

 菊代の紹介によると、元レスラーのスキンヘッド。首まで刺青(いれずみ)がある。

「そうですね。こんな子がいるとは。世間は広いものです」

 組のブレーンらしい、一流の商社ビジネスマンみたいな長身男。東大法学部卒。

 俺を興味津々で見ている連中だが――

 どうやら、実力差を理解してるらしい。

 さっきのレオンはそこを見誤ったが、ここにいるのは、そんな間違いを犯さないプロだ。

 "この俺"と戦ったら1分で全滅する事を、本当に理解してる。

 まあ、そこは面倒がなくてよかった。また実力が見たいとか言われても被害者が出て困るし。

「悪いが、未成年だから酒もタバコも遠慮するよ」

 菊代がブランデーの瓶を手に取った所で俺は先に制しておく。

「客人はお嫌いらしいわ。お前達も遠慮しな」

 その言葉に東大卒も細葉巻(シリガロ)に着けようとする前に火を消した。

 五代目組長とは言え、年下の女性にやけに素直に命令を聞くな。

 何か妙な違和感だ。

 運転手はまだ古参で前の組長から続いてるであろう信頼関係が見えそうだが……若い連中にそれがあるようには思えない。

「それと組長と大事な話をしたい。わざわざ、こんな歓待をしてもらったからには真剣な話を、ね」

 俺のその言葉の意図に菊代は気付き、

「お前達、帰りな」

 今日は顔見せ程度だったんだろう。

 幹部連中は大人しく席を立った。

 やっぱりやけにおとなしい気がする。

 いくら俺の腕が立つからって、若過ぎる俺に不満の一つや二つはぶつけてもおかしくないと思うんだがな。

 そう観察するのは霧の影響だろう。

 と、俺はいつもいつの間にか近くにいる元パートナーの姿を思い浮かべていた。

 

 

「遠山……どうかな。アタシ、その……中学の時より、美人になったでしょ」

 ヒステリアモードの俺と2人きりになった菊代は――

 幹部が出払ってから、さっきとは打って変わって大人びた態度からもじもじ……と、少女らしく恥じらっている。

「――事実を否定はしないよ」

 と返すと、隣で菊代は顔を伏せながら「くぅー、これよこれ!」と何やら嬉しそうだ。

 楽しんでるな……

 それからゴキゲンな顔で、

「アタシのママがね、女優だったの。カナダ人の。最近、似てきたんだって」

「そうだったのか。だから髪の色が明るいんだな。だが中学の頃は誰もそんな話はしてなかったぞ」

「両親の話なんて、アンタ以外にしないから」

 菊代は赤くなりつつ、ライチに手を伸ばす。

(しかし……うーん……食べるべきかな、このご馳走)

 普通なら暴力団と食事なんて問題行為だが、武偵は別。そういう判例も出てる。

 それに俺の武偵免許はまだ生きてるので……

 問題にはならない。

 それに全く手を付けないのも失礼ではあるしな。

 爺ちゃんにも食べ物を残すなって怒られる。

 というわけで、目の前のフカヒレに手を伸ばし、食べてみるが。

 これが美味い。

 調理人の腕も確かだろうが、素材も一級品だろう。

 別に毒は入ってないが、体に毒なレベルで美味い。

 しかし、こういう食事はたまにでいい。

 俺は一般家庭だから、素朴な味の方が合う。

「――じゃあ、まずはさっきの迷惑料。これぐらいでいい?」

 菊代は足元にあるトランクから3千万円くらいの札束を見せてくる。

「いいよ、この食事だけで」

 暴力団の金なんて受け取れば色々と面倒になる。

 本音としては1つ2つ持って帰りたいけどな。

 ヤクザに貸し借りをすると社会的にヤバい。

 どんな返しを求められるか分かったものじゃない。

 霧以上に警戒はしないとな。

 それにさっきの高級車に、この豪華なレストランに、現金。

 これはヤクザにとっての宣伝費用だ。

 ウチはこれぐらい羽振りが良くて、いい思いが出来ますよって感じのな。仕事が上手く行ってる証明でもある。

 つまりは待遇の良さをアピールしてる。

 看板とかで派手に宣伝出来ない代わりにな。

 さっきの幹部達も名のあるブランドのスーツや、ダイヤモンドが散りばめられたロレックスの時計を着けていた。

 ファッションセンスがないとかではなく、そういう派手なのを身に着けてるのもアピールの一種だ。

 しかし、いささか儲かり過ぎてるような気がする。

 暇つぶしに少し探ってみるか。

 この皿を食べ終わるまでは返してくれなさそうだし。

「最近のヤクザは目立たないようにするんじゃないのか?」

「……ウチは古いからね」

 ちょっと隠し事をしてる目つきで誤魔化したな。菊代。

「今は何をやってるんだ? 菊代」

「さて、何でしょうね? 麻薬(ヤッキョク)守代(みかじめ)、総会屋、闇金融(ヤミキン)取り立て(キリトリ)はうちでは御法度にしてるの。お祭りの屋台だったりしてね」

「はぐらかすなよ。自分が何のお金で食べてるかぐらいは知りたい」

 俺がシラけた顔をすると、菊代は烏龍茶を淹れつつ――

「――中国」

 と、それだけ答えた。

 これはホントらしいな。

 そしてここからが本題らしい。

「アタシが継いでから、うちは国内で無視されるようになった。まあ、小娘が組長じゃあ見向きもしない。だから国外に目を向けるしかなかった。大きな組織みたいに太いパイプも仕事(シノギ)もないからね。ヤクザは外国との提携に共存派と保守派がいたけど、鏡高組(ウチ)は元々共存派だったからね」

 まあ、そうだろうな。

 極道は徹底的な男社会。さっきの幹部達を見てリーダー格になるやつがいないのは何となく分かってはいたが、菊代がやむなく継いだのがハンデになってるのか。

「知ってる? 海外で人気なのは、アニメや、車だけじゃない。ヤクザもなの。どこの国のマフィアも歓迎してくれるよ」

 それ俺も知ってる。

 ヤクザの社会じゃ資金力はそのまま力となる。

 国際的にも日本円はまだ強いから潤沢に持っている組は多いだろう。

「それで、一発逆転を狙って中国の大手と手を組んだ。今あるのはマカオのカジノ経営で吸い上げたお金。だから合法。安心して食べていいよ」

「どこと組んだんだ? チャイニーズ・マフィアならそれなりに知ってるぞ」

「すんごい武闘派。遠山も気に入ると思う。じゃあ、会おうよ」

「悪いな。最近、似たような勧誘を蹴ったばかりなんだ。もし俺の知ってる組織だったら合わす顔がない」

 思い出すのは『修学旅行Ⅰ(キャラバン・ワン)』だ。

 あの時の帰りに新幹線をジャックしてきたココ三姉妹。

 チャイニーズ・マフィアかは分からないが、藍幇(ランパン)という中国のデカい組織なのは間違いないだろう。

「もしそうだとしても、きっと気にしないわよ。なんかそこも世界的な抗争の真っ最中らしくてね。アンタみたいなスーパーマンとお友達になりたがってたし。たまたま中国側の幹部もこっちに来てるから、話だけでも聞いてみない?」

 多少は引っ掛けてみたが、それでも菊代は組織名を伏せた。中国側を気遣ってるってことは……

 相当な大手だな。くわばらくわばら。

「それに、今はアメリカが厄介らしくてね。禁酒法時代の流れを汲むマフィアが妙に力を付けてるって話よ。アル・カポネだかマシンガン・ケリーだか、そこら辺の子孫か世話になった連中が色々動いてるらしいわ」

 なるほどな。

 取り込まれないように色々とやってる訳だ。

「どちらにしても遠慮するよ。中国語なんて喋れないし、俺はスーパーマンじゃない」

「アタシは知ってるんだから、誤魔化してもムダだよ。極道は気負いの稼業。アタシ達も強い人が欲しい」

「……俺に組に入れってか?」

「そうだよ。義兄妹の(さかずき)を交わそう」

 そうあっけらかんに言ってくるので……俺は苦笑いする。

「妹は間に合ってるよ。それに、借りが色々とあってね」

「妹は初耳だけど、借りは白野のこと?」

 鋭いな。

 だけど、さっき別の女性の話はしないと言ったからあんまりしないでおこう。

「色々さ」

 と、適当な言い方ではぐらかす。

「……分かってるよ。遠山を利用してたのは、アタシで……そこから救ったのは白野。あの時のことはごめんなさい」

 本当に申し訳ないとは思ってるらしく、菊代は顔を俯かせる。

「よほどじゃない限り、女性の罪は問わないようにしてる。それとも、許さない方が気が楽かい?」

「その言い方はズルいわ」

「でも、菊代を見る限り……許した方が堪えるようだからね。許すよ」

 良心に訴える方がよほど堪えるだろう。

 少し意地は悪いけどな。

 それに、俺が女にイジられるのはいつもの事だ。

 理子とかアリアとか霧とか、受けてる被害を気にして記録したらそれこそノートが何冊あっても足りない。

 恨み辛みやネガティブなことを気にするのは人生のムダだ。

 実際、許すし忘れるつもりだ。菊代は謝ったし。

「あ……」

 ヒステリアモード的な俺の言い回しに、嬉しさと恥ずかしさを交えたような表情をして……落ち着かないように足を組み替えた。

(……っ)

 い、いかん。今の一瞬でヒステリアモードが強化されてしまった。

 改造された和服の都合上、菊代の股の正面まで高くスリットが入ってるから……

 その辺りの艶めかしい部分が、見えてしまった。

 そう言えば霧が和服では下着を着けないとか何とか言ってたような――

「……あの頃のアタシ、イジメられてた。学校で」

 菊代の話に合わせて、俺は変な思考に入る前に思い出すように目を閉じ、過去の追憶に逃避する。

 元々は菊代は、斜に構えたところもあってミステリアスな一面を持つ美少女だった。

 当時から、同じ学生とは思えない程に大人びていて男子からの人気は高かった。

 女子連中はそれを(ひが)んだ。

 菊代がヤクザの家系でもあったことから目の敵にはされていたし、イジメられるのも無理はなかった。

 そこら辺は少し同情するな……

 子は親を選べない。

「アタシ覚えてるよ。むかし水着をイジメっ子に切られたとき、遠山が仕返ししてくれた」

「俺も覚えてる」

 それが菊代との本格的な出会いだったからな。

 あの時は陰険な女子共が菊代の水着に細工をしていた。

 菊代の水着を切ったあとに水溶性の糸で縫って、しばらく水に入っていると切れ目が開くように。コッソリとな。

 武偵のイジメは余計な知識がある分、普通の学校より悪辣(あくらつ)だ。

 それで水泳の時間、男女は別々だったものの半裸状態になった菊代は帰るに帰れず、シャワー室で夕方まで泣いていた。

 そこをたまたま清掃係が通りがかって、まあ……見てしまった訳だ。色々と。

 あまり思い出したくはないな。

 瞬時に制服を持ってきて上げて、彼女をヒステリア的な感じで甘く、甘く慰めながら事情を聞き出してやり返した訳だ。

 別に殴っちゃいない、ヒステリアモードで全員を言いなりにさせてしまっただけだ。

 それで全員を菊代に謝罪させたあと、俺の変わりようを不審に思った女子連中に調査されて、便利な『正義の味方』君が誕生した。

 で、そんな中で霧と出会い。霧のおかげで女子が近付かなくなり俺は救われた訳だ。

「1つ聞いていい?」

 菊代は不安そうな表情をし始め――

「なんだ?」

「白野のこと、好きなの?」

 そう真剣に聞いてきた。

 よくその質問をされるが、答えは決まってる。

「ただの元パートナーさ」

 そのつもり、なんだがな。

 周りはどうもそうには見えないらしい。

「じゃあ、アタシと付き合ってよ」

「な、なに……?」

 何がどうして、じゃあ、なんだ?

「――武偵高を退学したんでしょう? だったらドロップアウト同士、付き合おうよ」

 言いながら菊代は俺の手の上に自分の手を重ねる。

 ヒステリアモードの頭ではぐらかそうとするが、相手はそれを知ってる菊代だ。霧や理子に上手を取られてしまうのと一緒でやりにくい。

「いや、俺は――」

 なるべく向こうを傷付けないように言葉を選んでいると――

「分かってないな、遠山。アタシはアンタを脅迫してるんだよ」

 ゾクリとするような声音と視線で言ってくる。

 やっぱりワルだな、菊代は。

「秘密をバラされたら普通の生活なんて送れないでしょう?」

 こっちが一番打ってほしくない手を打ってきた。

 やっぱり、この手のはやりにくい。

 霧を連れて来た方が良かったかもと、後悔が出てきそうだ。

 ただ、駆け引きは俺もそれなりに学んでるつもりだ。

「別にいいさ。その時は、帰りを待ってくれてる人がいるからな。伝手を辿るよ」

 ちょっとハッタリをいれる。

 別に嘘でもない。

 頼もしい元パートナーがいるからな。

 今のところ世話になるつもりはないが。

「…………」

 菊代は、自分の一手が決定打にならないことに少し黙ってしまう。

 実際は無茶苦茶困るが、それを悟らせないようにする。

 それから寂しそうに、

「アタシじゃ、ダメなの?」

「そういう訳じゃない。ただ、目指してるものが違う」

「本当は脅迫とかせずに、したかった。アタシと遠山じゃ釣り合わないって思って」

「そう思うなら、格を上げてからまたおいで」

 少し俺は笑みを浮かべてやる。

 足を洗うって言うなら、ある意味では喜ばしい話だしな。

「そういうところが……遠山っ……!」

 何かに触れたらしく、たまらない、といった感じで菊代は俺に抱きついてくる。

 密着されてヒステリアモードが昂揚するのを感じる。

 年齢に似つかわしくない色気。その色気、少しはアリアに分けてやれないか――

 ヒステリアモードなのに、慌ててしまった俺は目の前の光景から目を逸らすようにそんなことを考える。

「会いたかった。アタシのヒーロー……遠山を車から見たとき、奇跡だって、そう思った……」

 段々と興奮した口調で、菊代は目元を潤ませてくる。

 本来なら、こんなことをされたら窓を突き破るくらいダッシュで逃げるところだが……

 今の俺には出来ない。彼女を傷付けてしまうから。

(マズイ……)

 戦闘の方に警戒してて、"こっち系"の警戒を怠った。

 その隙を突かれた。

 いや、それも計算の内だろう。相変わらずのしたたかさだ。

「車の中じゃ、平気な顔してたけど……ずっと胸が高鳴ってた。もう、遠山のことしか考えられない……!」

 何とか傷付けないよう――言葉で対処しよう。

 きっとできる。こういう時の『対処法』を兄さん、もといカナに教わってるからな。

 負けたら義兄妹の契りだ。こんなイスに跨がられた状態で。

「……じゃあ、菊代。質問させてくれ」

 だがもう、この橋を渡るしかない。

 一か八かだ。

「なに?」

「仮に付き合ったとして、俺に"何をさせたい"んだ?」

 蠱惑的に、艶を含んだような声音で語り掛ける。

 瞬間、覗き込んだ菊代の色味がかった瞳が揺れる。

「それは……その。……そんなの……言えないし……」

 よし。

 顔を赤くして思い切り顔を俯かせて、言葉を詰まらせた。

「言ってごらん? 菊代。さあ……菊代」

 俺から迫るような言い方。

 これは以前にパトラと戦う前、ピラミディオン台場で水上バイクにアリアに(いたずら)で使った『啄木鳥(きつつき)』という手法。

 相手が答えにくいことを繰り返して聞いて、女性の羞恥心を(あお)るものだ。ただ即答されてしまえばアウトだ。

 いつか霧に試したような気もするが全然通じなかった。

 今回は勝率を上げるために『呼蕩(ことう)』という話術を使っている。

 これは相手の名前を連呼して甘く囁やき、相手に言うことをきかせるという、一種の催眠術だ。

 ただ、乱用は禁止だと我が家には仕来たりとして残っている。

 実際に悪いことに使える技術だしな。俺はそんな風に使うつもりは微塵もないが。

 ともかく、俺の術中に()まり菊代は力なくもじもじして――

「それは、その……遠山が考えてよ……アタシは、なんでも――」

 俺に主導権を渡しつつある。

 そのまま俺は、花を手折(たお)らぬようにそっと菊代の体を離させる。

 なんとか、なったみたいだ。

 危ない橋だったけどな。

 菊代は体育座りで膝にオデコをつけている。

 きゅぅ……といった感じで、うなじすら真っ赤になってるほどだ。

 色々と想像させちゃったかな?

 だとしたらゴメンな。

 優しく、菊代を甘く撫でてあげてから――

「それじゃあ、帰るよ」

 俺は勝利宣言をしていく。

 なんでも、って言ったしな。

 借りてきた猫みたいに大人しくなった菊代は、心地良くて寝てしまったかな?

「――1つ言ってもいい? 遠山」

 寝てませんでした。

「なんだい」

 この絢爛な広間から出るように、背中を向けたまま話す。

「アンタ、死んだ魚の目をして塾に行くより、ヤクザと会合してた方が活き活きとしてたよ」

 その言葉を否定は、出来ないな。

 霧は、どこまで俺を見透かしてたんだろうか?

 一般高校の普通の日常は、俺にとって違和感しかなくて何より眩しかった。

 それどころ馴染めなくて鬱屈した感じをいつも抱えている。

 アンダーグラウンドな世界の方が気が楽にさえ思えてしまった。

「学校には何も言わないでおくわ。でも武偵崩れなんて一般の人からしてみれば社会不適合者。ヤクザと変わりはしない。だから、なろうよ。今ならアタシが居場所を、あげるから」

 菊代は顔を伏せたまま、まだ俺の勧誘をまだ諦めてないらしい。

「俺は交渉はしない。ヤクザは裏切るからな」

「遠山だって、武偵高を裏切って一般人に降りた。お互い様、でしょ?」

 これは一本取られたな。

 なので、俺は沈黙を返す。

 そのまま見事な不死鳥が彫られた扉を開けた時、

「知ってるよね? アタシ、気は短い方だよ」

 振り返ると、ゾクッとくる鋭い視線を俺に向けていた。

 あの視線は一部の男子に人気があって、悔しがってる時の菊代の目だ。

「……知ってるよ」

「諦めも悪い方なの」

「それも知ってる」

「でも、一途なの。これは知らなかったでしょう?」

「ああ」

「アタシも今気付いた事だから」

 菊代は鋭い手つきで、何かを投げた。

 それが俺の目の前の扉に突き刺さる。

 同時に俺の髪の毛が1、2本、掠めて切れた。

 別に当たらない事が分かってたから、避けはしなかったが――

 刺さった物はプラチナ色のクレジットカード、角が鋭く削られていた。

「――暗証番号1111だから。今日の迷惑料に好きなだけ使って」

「さっき要らないって言ったよ。それに、しつこい女性はあまり好きじゃないんだ」

 俺は目の前のカードを取って、手裏剣のようにして返す。

 扉と同じようにその角が菊代が座ってるテーブルの近くに刺さる。

「じゃ、じゃあ……しつこくしない。遠山……おやすみ」

 また、きゅぅ……と小さくなってしまった菊代は体育座りのままバイバイと手を振る。

 それを見納めて、俺はその場を静かに去る。

(とりあえず、何とかなったが……)

 最初から最後までヒステリアモード頼みだったな。

 一般人になろうと努力して、少しはなれたと思っていた。

 でも、全部霧の言うとおりになってしまっている。

 日常に違和感を覚えてる。

 俺にとって普通とは、何だったんだろうと……

 結局、俺は俺から逃れられないのか?

 武偵高や菊代から逃れても、俺は……

 

 ◆       ◆       ◆

 

 はっ……!

 キンジが何かよくないことに巻き込まれてる気がする。

 同時に、私が好きそうな表情もしてるような気もする。

 ……なんて、天啓でも降りた訳でもないのに何を考えてるんだか。

 望月を送り届けて、私は武偵高の寮内に戻ってきた。

 そして自室で壁に掛けられたダーツの的に私はベッドに座りながらナイフ投げて遊ぶ。

 貼られた望月と鏡高、2人の顔写真に向けて――

 はあーあ……本当に女誑(おんなたら)しだよね。

 今までは何とも思ってなかったけど、ここまで来ると私も心穏やかではいられなくなっちゃう。

 部屋の窓のドライフラワーにしたバラを見る。

 キンジが贈ってくれた勘違いの恋。

 私は、キンジに騙されたままでいる。

 家族になって欲しいという嘘に。

 でも、キンジにとってそれは難を逃れるための手段であって、私を本当に家族にしようとは考えてもないことくらい分かってる。

 でもね、キンジ……そんな嘘でも私は好きになっちゃったんだよ。

 望みを叶えてあげようって、いい女でいようって。

 振り向いて欲しいな……って。

 それで、色んな表情を見せてほしい。

 私だけにしか見せない、そんな表情を。

「好き、キンジ」

 言葉に出せば、いつも呼んでた名前が特別に感じる。

「好き、なんだよ……」

 どうしよ、ちょっと乙女チックに考えてたら思ったよりのめり込んでる。

「はぁ……ん……」

 自覚してから、キンジを思うだけで吐息が甘くなる。

 同時に体を掻きむしりたくなるくらい、何かをメチャクチャにしたいという欲求。

 肉の感触。性器を切り取る感覚。

 また、誰か殺さないと抑えられなくなりそう。

 

 

 後日――

 悶々としながらも私は、望月の家の前で待つ。

 何で何の面白みもない子を守らないといけないんだろうね。

 私にとって特に観察する魅力を望月には感じない。

 平凡過ぎる。

 でも、仕方ないね。

 私も彼女とお話はしたかったし。

 ガムを噛み始めて、すぐに玄関が開く音がする。

 物を噛むとストレスが軽減する分泌成分が、うんぬんかんぬん。

 思ったより、疲れてるかな私。

 そのまま望月が門から出てきたところで軽く挨拶。

「おはよ」

「赤桐さん? どうしてここに」

「昨日の今日だからね。狙われてるかもって自覚してる?」

「……狙われる?」

 キョトンとした顔で望月は首を傾げる。

 知らないよね。そりゃ。

 命のやり取りなんて縁のない生活してたらこんなものだよね。

「まあ、いいや。私も一緒に登校してあげるよ」

「う、うん」

 困惑しながらも、望月は東池袋高校へと向かう通学路を私と一緒に向かう。

 会話は特になく、明治通りに出ようとした人気のないところで――

 黒塗りのセダンが、私達を追い越したところで停まる。

 来ちゃったよ。

「望月さん、止まって」

「え?」

 私の言葉に困惑しながら望月は足を止めた。

 それから、額に傷のある男がセダンの運転席から出てきた。

 そして彼が後部のドアを開けると、スラリとした脚を出してヒラヒラと改造された和服をはためかせながら、彼女が降りてくる。

「初めまして、ちょっとお話いい?」

 不敵に笑いながら鏡高が対峙する。

 相手が出てきたことで私も微笑みを返す。

 さて、望月にとっては非日常が、私やキンジにとっては日常が始まる。

 


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