「クシャルダオラか…」
竜車に揺られ、遠ざかるドンドルマの街を見ながら、ジュンキは小さく呟いた。
「自信が無いのか?」
ショウヘイの問いかけに、ジュンキは小さく笑って竜車の中を振り返った。
ユウキは弾薬の調合をしていて、カズキは鼾(いびき)をかいて寝ている。ショウヘイは荷台の壁に寄りかかって、こちらを見ていた。
「自信か…。初めての相手だから、どうしても出てこないな」
「俺も同じさ」
ジュンキはショウヘイと向き合うようにして座った。
「今更言うのも何だが、久しぶりだな」
そう言って、ショウヘイが話を切り出した。ショウヘイは無口なわけではないのだが、口数が少ない。話しかけられてジュンキは少し驚いた。
「ああ。と言っても、半年くらいだろ?」
「まあそうだな。しかし、本当は何があったんだ?」
「本当…って何?」
ショウヘイの問い掛けに対し、ジュンキは分からないフリをする。しかしショウヘイを騙すことは出来なかった。
ショウヘイは眉間に皺を寄せ、口調を強める。
「誤魔化さなくていい。前に話した事情が全てではないんだろう?」
「…」
ショウヘイの新たな問い掛けに、ジュンキは答えられない。
「黙るということは、肯定だな。もしかして、俺やカズキに心配をかけまいとしてくれているのか?だったら不要だぞ。むしろ教えてくれない方が不安だ」
「…話すと長くなるぞ?」
「狩りの目的地である密林に着くまで2、3日はかかるんだ。別にいいさ」
「…実はな、俺は狙われているんだ」
ショウヘイの眉間に皺が寄る。
「何故だ?ハンターとしての掟を破ったわけではないんだろ?」
「当たり前だ。俺を追っているのはハンターズギルドではなく、シュレイド王国なんだよ」
「シュレイド王国が?一体どうして?」
「俺にも分からない。身の危険を感じる程だったから、ベッキーの提案でミナガルデを離れて、ドンドルマに逃げてきたのさ」
「…なるほど。そういうことか」
「そういうこと」
ふと、遠ざかるドンドルマを再び見ようとしてジュンキは竜車の外を振り向いたが、既にドンドルマは山の陰に入っており、見ることは出来なかった。
「こう言ったら不謹慎だろうが…俺は嬉しいぞ」
「ショウヘイ?」
変なことを言う奴だなと思いながら視線をショウヘイに戻すと、ショウヘイは小さく笑っていた。
「また一緒に狩りが出来るんだからな」
「…結果的にな」
ジュンキの言葉を最後に、二人は笑った。
「俺を忘れるなよ?」
「ん、勿論だ」
竜車の奥から聞こえたユウキの声に、ジュンキは答えた。ジュンキ、ショウヘイ、ユウキ。この三人は古くからの付き合いなのである。
「どれくらい腕を上げたのか楽しみだな」
「こっちこそ。知らない間に新しい装備を新調しているみたいだし?」
ジュンキが言い返すと、ショウヘイは小さく笑った。
「太刀はドンドルマに来てから知って、今じゃ一番の武器さ」
「その防具は?」
「これか…。あんまり言いたくないんだが…これは黒龍の防具だ」
「黒…龍…?」
「ああ。伝説とされていたが、ひと月前に旧シュレイド城へ突然現れてな。討伐隊に参加して、ついでに作っておいたんだ」
「倒したのか!?」
「いいや、追い返しただけさ」
「それだけで防具一式作れるものなのか?」
「他のハンターに拾われる前に、剥がした鱗や甲殻を拾っておいたのさ」
「ちゃっかりしてるな」
ジュンキがそう言うと、ショウヘイは小さく笑った。
今回の狩り場となる「密林」は大きな湖に囲まれていて、陸路では辿り着けない環境にある。なので竜車を近くの村で降り、船で密林のベースキャンプに着いた時には既に二日と半日が過ぎていて、夜の狩り場となっていた。
「雨か…」
船から降りて、ジュンキにとって最初の言葉になった。
今は雨が降り注ぎ、それが防具の中の、暖かい気候に慣れていない火照った体を直接冷やしてくれている。
だがジュンキの胸中は、そこまで穏やかではなかった。
「どうした?」
ショウヘイが隣にやってきて、不思議そうな顔をする。
「ドンドルマの俺の部屋付きアイルーが、クシャルダオラは天候を自由に操り、戦闘中はさらに荒れるって言っていたからさ…」
「…有力な手掛かり、だな」
ショウヘイの言葉に、ジュンキは頷く。
「お~い、手伝えよ~!」
「ああ、悪い!」
カズキが呼んだので、ジュンキとショウヘイは急いで船に戻った。
準備を終えた4人はベースキャンプを出発し、ひとまず小高い山を挟んだ反対側を目指すことにした。地図上でエリア4と記されている浜辺を北上する。
「そういえば、ジュンキとユウキは密林は初めてか?」
「ああ、初めてだよ」
「船でベースキャンプに入るんだな~。俺感動!」
ユウキのオーバーなリアクションに、カズキは嬉しそうに高笑いした。
「なあ…変だと思わないか?」
「ああ…」
しかしそこで、ジュンキとショウヘイが歩みを止めた。
「ん?」
「どした?」
2人の言葉に、ユウキとカズキも歩みを止めて振り返る。
「小型モンスター…そう、ランポスとか、ランゴスタとかがいない…」
「そりゃあクシャルダオラが来てるんだから逃げ出すよな~」
「そっか…そうだよな」
カズキの答えを聞いて、ジュンキは改めてクシャルダオラという古龍の強さを感じた。
雨がさらに強くなる。
「近いのか…?」
先頭を歩いていたカズキの歩みが止まる。目の前には隣の浜辺へ繋がる小さな洞窟が口を開けていて、強い風が吹き出ていた。
「この先にいるな…」
カズキの表情はディアブロヘルムで包まれているので見えないが、声で顔が引き締まっているのが分かる。
「行くぞ」
カズキはそう言い、4人同時に洞窟をくぐり抜けた。
雨。風。その中に、圧倒的な存在感を放つ龍。クシャルダオラは静かに佇み、ジュンキ達がこのエリアに入ってくるのを座して見ていた。
「余裕たっぷりだな」
ユウキの一言が開戦の合図になる。クシャルダオラは天高く咆哮すると、一気に駆け出した。4人はバラバラに避ける。振り向き様に、ユウキがペイント弾をクシャルダオラに撃ち込んだ。それは背中で弾け、辺りに独特の臭気が漂い始めた。
「はああああッ!」
手始めにジュンキがアッパーブレイズでクシャルダオラの脇腹を大上段から斬りつける。しかし、アッパーブレイズは固い金属音を立てて弾かれた。
「くッ…!」
大剣が弾かれた衝撃で隙ができたジュンキを、突風が襲う。その威力は尋常ではなく、ジュンキは尻餅をついてしまった。
そこへクシャルダオラがブレスを吐こうとしたので、ジュンキは慌ててその場を離れる。クシャルダオラはブレスを吐いたような動作をしたが、何か射出されたようには見えない。
しかしクシャルダオラの目の前に生えていた木々は吹き飛び、宙を舞った。
「風だ!風のブレスだ!」
ショウヘイの声が響く。
「おりゃあああああ!」
カズキがブロスホーンで突くが、これも弾かれる。
「硬い鱗だなっ…!」
ユウキもクロオビボウガンの放つ弾に手応えを感じていない。
「閃光玉っ!」
ショウヘイの声で、全員が目を閉じる。次の瞬間に眩い光が弾ける。
そして目を開けた4人が見たもの、それは視力を一時的に失い、混乱しているクシャルダオラの姿だった。
「はああああッ!」
「やああああッ!」
「りゃああああッ!」
ジュンキ、ショウヘイ、カズキが三方向同時に攻撃するが、どれもクシャルダオラの硬い鱗に阻まれてしまう。
ここで早くもクシャルダオラの視力が戻ってしまったが、気づけたのは遠くから狙撃するユウキだけだった。
「まずいっ…!」
クシャルダオラは後ろ脚二本で立ち上がるようにして天高く咆哮した。
「なっ…!」
「くっ…!」
「くそっ!」
ジュンキ、ショウヘイ、カズキの三人は反射的にその場で両耳を塞ぎ、その場から動けなくなる。クシャルダオラが前脚を下すと同時に突風が吹き荒れ、3人は吹き飛ばされてしまう。
その隙にクシャルダオラは飛び上がり、このエリアから離脱してしまった。
「なんて奴だ…」
ユウキが舌打ちをしながら、飛び去るクシャルダオラの背を睨む。
「とんでもない奴だな」
ショウヘイがやれやれと首を振りながら戻ってくる。その後ろには、同じような状態のジュンキとカズキ。
「ひとまずキャンプに戻ろうぜ」
カズキの提案に従い、一度ベースキャンプに戻ることになった。
「さて、これからどうするか…」
何かと空気が重い中、カズキはようやく口を開いた。
「まあ、誰も怪我を負ってないだけ良かったじゃないか」
ユウキの言葉に、ジュンキとショウヘイもぎこちない笑みを浮かべる。
「奴はどうやら、風を操っているみたいだな」
「ああ、クシャルダオラのブレスで木が吹き飛んだのを見た」
「俺は尻餅をついたよ」
ジュンキはやれやれと右手を振る。
「…依頼書には討伐とは書かれていない。撃退だ」
「撃退…」
「そう。倒さなくてもいいから、追い払えってことだ」
「…もう一頑張りしてみるか」
「ああ、勿論だ。そんな簡単に諦めたら、ハンターズギルドの信用を失ってしまうからな」
ショウヘイの提案に、ユウキは拳を固めて応えた。
「ジュンキもいいよな?」
「勿論だよ」
ジュンキはしっかりと頷いた。
クシャルダオラに付着しているペイントの実の臭いを辿って再びエリア4に入ると、クシャルダオラはベースキャンプ側を向いたまま静かに佇んでいた。
「待っていてくれたのかな~…」
ユウキの引きつった声が聞こえる。
「さあな…俺には古龍の考えることは分からん…」
カズキもこれには驚いていた。
「みんな、無理は絶対にするなよ。危なくなったらすぐにキャンプに逃げ込め。いいな?」
ジュンキがそう言うと、他の3人は黙って小さく頷いた。それを合図に、クシャルダオラが天高く咆哮する。
第二回戦の始まりだった。
クシャルダオラは四本の脚で駆け、一気に距離を詰めてくる。4人はすぐに回避したが、ジュンキだけ着地場所を誤り、巨大な湖の中へと落ちてしまった。
「ジュンキっ!?」
「あのバカがっ!」
ユウキとカズキは思わず叫んでしまうが、激しい雨脚に掻き消されてしまう。
「はああああッ!」
ショウヘイが斬りかかる。ショウヘイの太刀「斬破刀」は雷属性を有しており、斬り付ける度に電撃を発しているものの、クシャルダオラは気にする様子がない。
そのクシャルダオラが右前脚でショウヘイに殴りかかる。だがショウヘイはそれを紙一重でかわすと、諦めずに再び斬り付ける。
「おりゃああああッ!」
カズキがクシャルダオラの背後からブロスホーンで突くが、やはり甲殻を貫通しない。クシャルダオラはカズキの存在に気づき、長くて強靭な尾を振り回す。カズキはそれをブロスホーンの盾で防いだ。
「貫通弾はどうかな…」
ユウキは離れた場所から貫通弾を撃つことにした。弾を装填し、撃つ。
「おっ…」
発射された貫通弾は確かにクシャルダオラの翼を貫いた。
「やっぱり生物だもんな。そうこなくっちゃ」
ユウキは口元が緩むのを感じながらスコープを覗いた。
「ぷはっ…!」
ジュンキはようやく湖面から顔を出した。この湖はすぐ深くなっていたようで、上がってくるのに時間がかかってしまった。おまけに今は武器や防具を装備したままなので、泳いだというよりは湖底を歩く羽目になった。
「死ぬかと思った…げほっ…」
急いで陸に上がると、場所を確認した。そこはクシャルダオラの背後で、距離もある。
「…試してみるか」
ジュンキは一人呟くとアイテムポーチからシビレ罠を取り出し、ある程度クシャルダオラに近寄って設置した。
「食らえやっ!」
カズキが応戦してくれているお陰でジュンキは難なく罠の設置を終える。
「よし…」
ジュンキは急いでクシャルダオラと距離をとると、シビレ罠と一緒に持ってきた角笛を吹いた。クシャルダオラがこちらを振り向く。
「ジュンキ…!」
「そうか、罠か!」
クシャルダオラはジュンキ目掛けて一直線に走る。そしてそのまま、シビレ罠を踏んだ。
「よし、これで…なっ!?」
確かにシビレ罠をクシャルダオラは踏んだ。しかし重量に耐えられなかったのか、シビレ罠は破裂してしまい効果は無かった。
「くそおおおおおッ!」
この距離では避けられない。例え避けても運良くて吹き飛ばされ、最悪踏み潰されるだろう。ジュンキは一瞬でそう判断すると、背中の大剣アッパーブレイズを抜き、クシャルダオラ目掛けて走りだした。
「やああああ!!!」
タイミングを合わせて振り下ろす。ジュンキの振り下ろしたアッパーブレイズはクシャルダオラの頭部を捉える。
―――何かが折れた感覚がした。だが次の瞬間には、クシャルダオラの頭が防具ごとジュンキの腹にめり込んでいた。
「がは…ッ!」
ジュンキの体は吹き飛び、何度も地面を転がりようやく止まる。クシャルダオラの悲痛な咆哮が響き、ジュンキの目前に小さな角が落ちた。クシャルダオラの角が折れたのだ。
「う…あっ…!うげえええええッ!」
ジュンキはレウスヘルムを外して放り投げると、その場で嘔吐してしまった。だがクシャルダオラは追撃せず、悔しそうに叫びながらエリアから飛び去っていった。雨脚が弱まり、風も止んでいく。
「…どうやら撃退できたみたいだな」
遠ざかるクシャルダオラを見ながら、カズキが言った。
「ほら」
ジュンキの目に前に、先程放り投げたレウスヘルムが置かれる。一瞬視界に入った黒い腕防具は、ショウヘイだ。
「無様だな?」
「ほっとけ…」
ジュンキはゆっくりと立ち上がると、レウスシリーズに付着した浜辺の砂を払い落とした。
「さあ~て、街に戻ったら祝杯だー!」
ユウキの言葉に、ようやく実感が湧いてきた。俺達は、クシャルダオラを撃退出来たのだということに―――。