「お待たせ」
夜になり、酒場で夕食を済ませたリヴァル達がジュンキの部屋へと集まったところで、ベッキーが姿を現した。酒場から直行したらしく、ギルドの制服のままだ。
「テーブルを借りるわね」
ベッキーは部屋主であるジュンキの返事を待たずに、右腕に抱えていた古びた地図を広げた。
「シュレイド大陸図…?」
リサが呟くと、ベッキーは無言で小さく頷いた。そして地図の上にチェスのポーンを置いていく。その数5つ。
「さっき、ドンドルマの街から連絡が入ってね。この場所に、凶暴化したモンスターが集結しているらしいの」
ベッキーの言葉に、リヴァル達はシュレイド大陸図に身を乗り出した。ベッキーがポーンを置いた場所。そこは森丘、雪山、砂漠、沼地、火山だった。
「やっぱり…」
「やっぱりっていうことは、あなた達は何か知っているのね?」
クレハが漏らした言葉を、ベッキーは聞き逃さなかった。クレハの代わりに、ショウヘイがベッキーの前に出た。
「森丘、雪山、砂漠、沼地、火山…。この5ヶ所に、強大な力を持つモンスターが現れると聞いている」
「…」
「森と丘のモンスターはシェンガオレンだった。けど、それは倒された」
ユウキはそう言うと、シュレイド大陸図の森と丘の上に置かれているポーンを横にした。
「残すは4ヶ所だな」
ユウキがベッキーを見上げて言うと、ベッキーは頷いた。
「まだ街や人に被害が出てはいないけれど、下手をすればこのミナガルデの二の舞になる場所が出てもおかしくないわ。まだドンドルマの街にはミナガルデの惨状は伝わっていないだろうけど、ハンターズギルドのミナガルデ支部は先手を打つことに決めたわ」
「先手…?」
リヴァルが漏らした言葉に、ベッキーは一度頷いてから口を開いた。
「今はこの4ヶ所に集まっているモンスターを調査中らしいけど、どんなモンスターなのか特定できれば討伐依頼が下されるわ。そして、その依頼をあなた達に受けてもらい、完遂して欲しいの」
ベッキーの言葉に、リヴァル達は驚きのあまり言葉を失った。
「これは私個人のお願いじゃなくて、ハンターズギルドミナガルデ支部からのお願いなの。明日にはドンドルマの街に向かって出発よ」
「ちょ、ちょっと待って…」
ベッキーが話を進めてしまうので、クレハが慌てて止めに入った。
「まだ私たちの結論が出てないの。私たちで話し合う時間くらい貰えないかな…?」
「…そうね、ごめんなさい。私はここで待つから、話し合って」
ベッキーはそう言うと数歩下がり、部屋の壁に寄り掛かった。
「え~っと…」
「…クレハ」
クレハがこれからどうしようか悩んでいるようだったので、その役目をジュンキが買って出た。
「まず、この4ヶ所のモンスターについて。どうする?討伐に行くか?」
「できれば説得したいものだが、無理だろうな。討伐は仕方ないだろう」
「だよね。シェンガオレンは聞く耳を持たなかったし」
「俺もいいぞ。ミナガルデの二の舞はごめんだ」
「俺も」
「こんな私でも、少しの足しにでもなれば…」
「…俺も」
ジュンキの問い掛けにショウヘイ、クレハ、ユウキ、カズキ、リサが答え、リヴァルも遅れて返事を返した。
「話はまとまったようね。ありがとう」
ベッキーは再び、シュレイド大陸図の前に立った。
「ドンドルマの街への移動も、問題無いわね?」
ベッキーの問い掛けに、リヴァル達は頷いて返事とする。
「じゃあ明日の朝、酒場に来てね。あ、そうそう、私も同行するからよろしく」
ベッキーはそう言うとシュレイド大陸図とポーンをしまい、おやすみと言ってジュンキの部屋を出ていった。
「…俺達も、明日の準備だな」
カズキはそう言って、ベッキーに続いてジュンキの部屋を後にした。その後もリヴァル達は口々に挨拶して、ジュンキの部屋を後にしていく。
「リヴァル」
最後にジュンキの部屋を出ようとしていたリヴァルに、ジュンキは声を掛けた。リヴァルは部屋から半歩出た状態で、ジュンキを振り向く。
「…今日はありがとう」
ジュンキの感謝の言葉を聞くとリヴァルは深い赤色の瞳を一瞬見開き、そして俯いた後に「俺に出来ることをしただけだ」と言って、部屋を出ていった。ひとり残されたジュンキはベッドに背中から飛び込むと、穏やかな笑みを浮かべたのだった。
「リヴァルの奴、少しだけど雰囲気変わったな。何が原因だろう…」
ジュンキは目を閉じると、そのまま眠りに落ちていった。
「ジュンキー。朝だよー」
横で誰かに呼ばれて、ジュンキは目を覚ました。
「やっと起きた…。早くしないと、ジュンキの朝ご飯の時間が無くなるよ?」
「え…?あれ…?クレハ…?」
そこには、いつものレイアS装備姿のクレハが立っていた。ちゃんと背中に双剣もある。
「クレハ?じゃないでしょ…。早く着替える着替える」
ジュンキは瞼を何度かパチパチさせた後、クレハが立っている場所とは反対側へとベッドから降り、装備品が置いてあるアイテムボックスへと向かう。
「…どうやってこの部屋に入ったんだ?」
「鍵がかかっていなかったよ」
右から左へ、ベッドから部屋の扉へと移動していくクレハの声を聞いて、ジュンキは自分に対してため息を吐いた。
「外で待ってるね」
「先に行ってていいんだぞ?」
「ううん、待ってる」
クレハはそう言うと、部屋から出た。長い間待たせる訳にはいかないので、急いで武器防具を装備して部屋を出る。
「お待たせ…」
「ううん。じゃ、行こっか」
クレハはそう言うと、ジュンキと並んで歩き出す。突き当たりの階段を降りてカウンターでチェックアウトの受付をしてから、外に出る。半壊したミナガルデの街では、通行の邪魔になる瓦礫は撤去されたものの、市場や酒場はまだ正常な機能を果たしていない。
「…早く元通りになるといいね」
「そうだな…」
昨日の戦いの事を思い出しながら、ジュンキとクレハは酒場へと入った。
酒場の中は昨日の戦いの影響で壁が崩れ、その瓦礫を撤去していないまま営業している。この酒場全体が崩落するのではと心配になりながらも、ジュンキとクレハはリヴァル達が座っているテーブルに着き、ベッキーに朝食を頼んだ。
「おはよう。ミナガルデの街を出る前にセイフレムと話をしておきたいんだけど、いいかな?」
ジュンキの提案は、誰からも拒否されずに通った。
食事を終えると、リヴァル達はベッキーに街を出るのを少し待って欲しいと伝え、酒場を後にした。まだ所々に瓦礫が散乱しているミナガルデの街中を横切り、街の外へと移動する。
街の外は今回の防衛戦のために森を切り開いたため、少し殺風景になっていた。昨日の戦いで使われたのだろう砥石や回復薬が入っていた瓶、ボウガンの弾に矢などが、辺り一面に散らばっている。
その中でも特に目立つのが、シェンガオレンの死骸だ。あまりに巨大で重たいため、ミナガルデの街が復興するまで手を付けないと決まった、とベッキーからリヴァル達は聞いている。そのシェンガオレンの隣に伏せている深緑の竜、リオレイア。…セイフレムだ。
リヴァル達が近づくと、セイフレムは身体を起こした。そのセイフレムの前に竜人であるジュンキ、クレハ、ショウヘイが立ち、まだ竜人として目覚めていないリヴァルと竜人ではないリサ、ユウキ、カズキが後ろで見守る。
「本当に、竜と話ができるんですね…」
リサが不思議な目でジュンキ、クレハ、ショウヘイを見ながら言ったので、リヴァルは短く「ああ」と答えておいた。その後、リサから話し掛けられることはなく、そのままセイフレムが飛び去るまで、口を聞かなかった。
「ココット村の裏山に帰したのか?」
「ああ。俺達はこれからミラルーツの計画を止めるためにいろいろ動くということを伝えて、ありがとうって言っておいたよ」
「じゃあ、さっさと街に戻ろうぜ。ベッキーは待たせると怖いからな」
カズキの言葉には全員が笑ったが事実でもあるので、リヴァル達は寄り道せずに街へと戻ることにした。
街の噴水広場の前でベッキーと合流したリヴァル達はドンドルマの街を目指し、竜車に乗り込んだのだった。