部屋のドアが叩かれる音を聞いて、リヴァルは目を覚ました。
窓の外を見ると曇っているが、それでも十分明るい。朝が来たようだ。
「リヴァルさん、朝食を食べに行きましょう?」
ドアの向こうから、リサの声。リヴァルはベッドから起き上がると、すぐ装備に着替え始める。
「今起きたところだから、先に行っててくれないか?」
ドアの向こうのリサに向かってそう言ったが、リサは「待ちます」と返事を返した。
待たせては悪いと、リヴァルは急いで防具を着込み、ドアを開けた。
「おはようございます」
そこにはリヴァルと同じく、装備を整えたリサの姿があった。
「ああ、おはよう。リサは起きるのが早いな」
「村での生活が、身体に染み付いてしまっていますから」
リサの言葉を聞きながらリヴァルは部屋のドアを施錠すると、ふたりは並んで歩き出した。廊下の突き当たりの階段を2階分降りてフロントを通り、外に出る。
ミナガルデの街の朝はドンドルマの街程ではないにしろ、既に多くの人が行き交っている。その表情には、やはり緊張と恐怖が見て取れるが…。
リヴァルとリサは不穏な空気に満たされている街の広場を横切り、酒場の入り口をくぐった。中は相変わらず酒と煙草の臭いがきつかったが、こればかりは仕方がない。ドンドルマの街の大衆酒場のように天井が高いわけでもなく、また岩盤を繰り抜いた洞窟の中にあるので通気性も悪い。勿論窓も無く、明かりといえば松明か蝋燭だ。
リサが早めにリヴァルを起こしてくれたおかげで、待たずに席に着くことができた。リヴァルとリサが向い合って座ると、すぐに給仕が注文を取りに来た。
「おはよう、リヴァル君、リサちゃん。よく眠れたかしら?」
聞き覚えのある声に顔を上げると、注文を取りに来たのはベッキーだった。リヴァルは驚いて目を瞬かせてから口を開く。
「ああ、よく眠れたよ」
「あんな立派な部屋を無料で貸して頂いて、ありがとうございました」
リサはそう言うと深く頭を下げ、そしてリヴァルをチラッと見た。
「ほら、リヴァルさんもお礼を言って下さい」
「あ、ああ。どうも…」
「ううん、気にしないで。立派な部屋って言ったけど、あれで並クラスだからね。さあ、注文は?」
リヴァルとリサは、簡単な朝食をお願いする。ベッキーは「少し待っててね」と言うと、カウンターへと下がっていった。
「あいつら…」
「…はい?」
リヴァルが何か言ったので、リサは促すように尋ねた。リヴァルは落としていた顔を上げる。
「あいつら…ジュンキ…達は、いつこの街に到着するんだろうな」
「そうですね。来ましたね」
「へ…?」
リサの目線を追いかけると、そこには酒場の入り口があって、ジュンキ、クレハ、ショウヘイ、ユウキ、カズキの5人が酒場に入ってきたところだった。ジュンキ達はテーブルの合間を縫って、カウンターのベッキーの元へ向かった。
ジュンキ達には黙ったままで悪いが、リヴァルとリサは話を横で聞くことにした。
「久しぶり。元気そうね」
「ベッキーも元気そうだな」
「久しぶりだね、ベッキー」
「久々だな」
「相変わらずだな」
「よっ!」
口々に挨拶を交わす6人。しかし、ここでベッキーの表情が曇った。
「チヅルちゃんのことは…聞いたわ。残念だったわね…」
「…」
一気に空気が重くなる。
ジュンキ達やベッキーだけでなく、リヴァルやリサの表情も暗くなった。話題を切り替えるためか、ベッキーはリヴァルとリサのことを話し始めた。
「そうそう。ジュンキ、あなたの知り合いが来てるわよ」
「知り合い…?」
ジュンキが首を傾げる。
「リヴァル君とリサちゃん」
「…!」
ジュンキの青色の瞳が見開かれたのが、リヴァルからでも見て取れた。
「い、今はどこに…?」
ジュンキの驚きと動揺に満ちた問い掛けに、ベッキーは微笑みながらリヴァルとリサが座っているテーブルを指差した。
「そこにいるけど?」
ジュンキ達はベッキーの指差した方を振り向き、リヴァルやリサと目を合わせる。ここでリヴァルとリサは一瞬顔を合わせた後に立ち上がり、ジュンキ達やベッキーの前に立った。
「…」
「…」
「…来てくれたんだな」
沈黙の後、ジュンキが穏やかな表情を浮かべて言った。
「…俺は、今出来ることをやりたい。…手伝わせてくれ」
「助かるよ」
ジュンキはそう言って、リヴァルに右手を差し出した。リヴァルはその手を握ろうとして―――寸前で手を引いた。
「俺は自分が出来ることをするだけだ。お前と握手する為じゃない」
リヴァルの反応を見て、ジュンキ達やリサ、ベッキーが笑う。
「さてと。ジュンキ君も来たことだし、みんなの朝食が終わったら作戦会議を開くわよ」
ベッキーはそう言い残し、準備があると言ってカウンターの奥へと消えてしまった。
酒場の中で食事を摂っているハンターがいなくなったことを確認してから、ベッキーは酒場の本来の機能を停止させて、ミナガルデ防衛戦の作戦本部とした。酒場の中に所狭しと並べられている長テーブルは整列させられ、カウンターの方を向くようになっている。その長テーブルに座るのは、この街のハンター達。席が足りず、立っている者や、床に直接座っている者もいる。そして今でもハンターの数は増えているようで、酒場に入ってくる足音が途切れることはない。
「まずは、現状を報告します」
ベッキーは正面に相当するカウンターに立って資料を広げ、現在のシェンガオレンの場所、移動距離、到達予測を述べた。ベッキーが提出した資料の通りになれば、到着は明日の朝らしい。
「次に、作戦内容です」
ベッキーの提示した作戦とは、まずありったけの大タル爆弾を使って先制を仕掛ける。街に到着するまでは剣士系のハンター達に地道に攻撃してもらい、街に着いたらガンナー系ハンターも加わる。後はシェンガオレンが倒れるか、街が陥落するかの持久戦となる、というものだった。
「作戦というより、体当たりだな」
「そうですね…。あまりに突然だったので、準備ができていないんでしょう」
リヴァルとリサは思わず不安を言葉にしてしまう。それはベッキーも感じているようで、こんな場当たり的な作戦で申し訳ないと頭を下げた。
「先程もお伝えしたように、決戦は明日です。各自で準備を。…では、解散」
ベッキーはそう言い残し、やはりカウンターの奥へと消えた。
街のハンター全員で行った先程の合同会議の後、リヴァル達7人は作戦本部となっている酒場の中で話し合いを続けることにした。
「作戦会議って言っても、明日にならないと分かんねぇぞ?」
カズキの言葉に、何人かズッコケそうになる。確かにその通りではあるのだが…。
「ま、まあ、明日の役割を全員で把握だけでもしておこうと思ってさ」
ジュンキが苦笑いを浮かべながら話し始める。
「剣士系…つまり、ガンナーのユウキ以外は、街の外で戦うことになるだろう」
「そうなるな。街の外での戦いは、みんなに任せた」
ショウヘイの言葉に、ユウキは頷いて答えた。
「多くのハンターは剣士系です。いくら相手が大型モンスターでも、ハンター全員が飛び掛ったら同士討ちするかもしれません」
「それはあるかもしれないね。7人が一斉に飛び出るのは、避けたほうがいいかもしれないよ」
リサとクレハの意見はもっともである。それに関してはまずジュンキ、ショウヘイ、クレハの竜人3人が前に出て、疲れてしまったり怪我をしてしまったら、リヴァルやリサやカズキと交代するという、ローテーション式を採ることにした。リヴァルはまだ竜人として目覚めていないため、今回は先陣を避けてもらった。
「…後の事は、明日にならないと分からないか」
「だな。明日に備えて、今日はもう解散しよう」
ショウヘイの言葉を最後に、リヴァル達はそれぞれ明日の準備に取り掛かっていった。