リヴァルとリサはココット村に戻るとミナガルデ行きの竜車を待って出発し、ジュンキ達よりも早くミナガルデの街へ足を踏み入れた。
ミナガルデの街は、ドンドルマの街をハンター達の首都と考えるならば、第二の都市と位置づけられる重要な場所である。ドンドルマの街は三方向を山に囲まれた要塞都市だが、ミナガルデの街は見晴らしのいい岩山の上に造られている。巨大なダイミョウザザミのようなモンスターが接近してくるのがよく見えるだろうと、リヴァルは思った。
「見晴らしのいい街ですね。これなら、例のモンスターが接近してくるのが一目で分かります」
リサも同じ事を考えているようで、リヴァルは「ああ」と返事をするのに留めておいた。
「私は街に出るのが久々なのでいろいろ見て回りたいですが…今はそんな雰囲気ではないですね」
リサは街に出たことがあまり無い。だからいろいろと見て回りたかったのだが、街の雰囲気がとてもピリピリしていて、観光気分を味わえるものではなかった。巨大なモンスターがこの街に接近しているのだから当然だ。街を行き交うハンター達は男も女も怖い顔をしているし、ハンターではない住人や商人達は不安そうな顔をしている。
「取り敢えず、酒場に行こう。情報はそこに集中するからな」
「そうですね」
リヴァルとリサは一度顔を見合わせると、並んで酒場を目指して歩き出す。街のハンター達にはリヴァルとリサがよそ者だということが分かるのか警戒と分別の目を向けてくるが、話し掛けてきたりはしなかった。
街の広場の一角に酒場への入り口を見つけると、リヴァルを先頭に中へと入る。途端に、タバコと酒の臭いが鼻を突く。
「うっ…」
リサが背後で小さく声を上げる。酒場の中はハンター達でごった返していて、隣のリサと会話するのも一苦労だろうと、リヴァルは内心ため息を吐いた。
「り、リヴァルさん…取り敢えずカウンターに行きましょう…」
「そうだな…」
再びリヴァルを先頭に、カウンターへ向かって歩き出す。やはり街のハンター達は値踏みするような目を向けてくるが、中には憐れみの眼差しを向けてくる者もいた。これからこの街が巨大なモンスターに襲われることを知ってのことだろう。
リヴァルとリサは何とかカウンターにたどり着くと、リヴァルは一応、リオソウルヘルムを外した。
「いらっしゃい。この街は初めてね?」
「分かりますか?」
リサの言葉に、受付嬢は笑顔を返す。
「この街に勤めて幾星霜、ハンターなら一発で分かるわよ。ご用件は?ハンター登録…な訳無いわよね。その装備だと、ふたりは手練れのようだし」
「この街の状況を知りたい」
リヴァルが要件を伝えると、受付嬢の表情が少し固くなったのをリヴァルは見逃さなかった。
「…この街には今、シェンガオレン、という名のモンスターが接近しているの」
どうやらあの巨大なダイミョウザザミみたいなモンスターの名前は、シェンガオレンと呼ぶらしい。
「この街のハンター達は徹底抗戦を構えるつもりだけど…強制ではないわ。あなた達には来たばっかりなのに申し訳ないけど、逃げたほうが得策かもよ?」
「いいえ。私達は、街を守るために来ました」
「そうなの…ありがとう。私の名前はベッキー。よろしくね」
ベッキー、と受付嬢は名乗った。
「俺はリヴァルだ」
「私はリサです」
「リヴァル君に、リサちゃんね。他に仲間とかはいないの?」
「あと5人、後から来ます」
「頼もしいわね。一応名前を聞いておいていいかしら?」
勝手に名前を出して良いものか一瞬迷ったが、合流したら恐らくジュンキ達もこのベッキーという受付嬢に名前を明かすはずだから別にいいだろうと結論づけ、リヴァルは口を開いた。
「名前はジュンキ、クレハ、ショウヘイ、ユウキ、カズキだ」
リヴァルが名前を読み上げた直後、ベッキーが右手で持っているメモを取るための羽ペンが止まり、酒場の喧騒が、波が引くように静まっていった。
「…?」
酒場の反応に、リヴァルとリサは思わず顔を見合わせてしまう。何かまずいことを言ってしまったのだろうか。
「今、ジュンキって言ったわよね…?」
「ああ、言ったが…?」
リヴァルの返事を聞くと、ベッキーはカウンターから身を乗り出した。リヴァルは思わず一歩下がる。
「ジュンキって、あのジュンキ?全身リオレウス尽くめの、あのジュンキ?」
リオレウス、という言葉を聞いてリヴァルはイラッときたが、表情には出さずに「そうだが…」と答える。
すると、ベッキーは満面の笑みを浮かべた。
「そう…。あのジュンキ君が、この街に駆けつけてくれるのね…」
ベッキーはどこか遠くを見つめて言うと、急にリヴァルとリサを振り返った。
「あなた達二人はジュンキ君の知り合い、ということでいいのね?」
「まあ、そうなるかな…」
「なら大歓迎よ。シェンガオレンが来るまでまだ日数があるから、ジュンキ君達が到着したら作戦会議を開くわよ。それまでゆっくりしていってね。あ、宿代はギルドが受け持つから、心配しないでね」
ベッキーは矢継ぎ早にそう言うと、カウンターの奥へと消えて行ってしまった。
とりあえずリヴァルとリサは酒場を出ることにしたが、背中に突き刺さるハンター達の視線が、とても痛かった。
夜になると眠ってしまったように外出する人がいなくなるポッケ村と違って、ミナガルデの街は眠らない。リヴァルとリサは夜の街を見物して回り、最終的に噴水広場―――と言っても水は出ていない―――の前に落ち着いた。リサと並んで、街の外に目を向ける。そこは広葉樹林の森が広がっていて、遠くに山々が微かに見える。
「シェンガオレンの到着予測は、明後日でしたね」
「そうだったな。足が遅いモンスターで良かったよ」
「ジュンキさん達…早く到着して欲しいですね…」
「…だな。どうやらあいつ、この街では結構有名らしい」
「そうみたいですね。何でも伝説級のモンスター、ミラバルカンを討伐して、世界を守ったとか…」
「半分以上は美化されてると思うけどな」
リヴァルの言葉に、リサは「ふふっ」と笑った。そして一呼吸置いて、言葉を続ける。
「今夜はありがとうございました。一緒に付いて来て頂いて…」
「夜の街はいろいろと危ないからな。それに、俺も見ておきたかったし」
リサはリヴァルの言葉が終わる前に、そっと目を閉じた。そして吹き抜ける風を感じて心を落ち着かせ、目を開く。
「…リヴァルさん、ひとついいですか?」
リサは意を決して、リヴァルの方を振り向いてそう言った。
「ん?」
リヴァルもリサの真剣な声に押され、振り向く。
「大変失礼ですが…亡くなられた妹さんの名前…教えて頂けませんか…?」
リサがそう言った直後に風が通り抜け、リヴァルの深い赤色の髪を、リサの明るい赤色の髪を揺らす。
「突然どうしてだ?聞いてどうする?」
「…」
「…?」
「…ごめんなさい。やっぱりいいです。…失礼しました」
リサはそう言うとリヴァルに背を向けて歩き出す。後ろからリヴァルの声が聞こえたが、リサは振り向かなかった。