「ベッキーはこれからどうするの?」
夕食を終えて大衆酒場を出た先の街の広場で、チヅルがベッキーに聞いた。
「私はこれからお風呂にいくわ」
「えっ、お風呂?」
「ああ、説明が抜けていたな」
カズキがそう言ったので、全員がカズキを見る。
「ミナガルデの風呂って言ったら各部屋のシャワーくらいだったけど、ドンドルマはすげ~ぞ~!ハンターとギルド関係者だけが使える大浴場があるんだ!」
「へ~、それは興味深い…!」
関心するユウキ。
「みんなで行くか?」
ジュンキの言葉に、ベッキーを含んだ全員が賛同した。
ハンターとギルド関係者だけが使える大きな浴場は、マイハウスの一階、廊下の突き当たりにあった。確かにこのような場所では、街の人が入れるはずもない。
「じゃ、私とベッキーは女湯だから」
チヅルはそう言うと、ベッキーと一緒に女湯と描かれた扉を開けていった。
「俺たちも行くか」
ユウキがそう言い、最初に扉を通る。脱衣所を見る限り、他にも利用している人が数人いるみたいだった。
「ちゃっちゃと入ろうぜ!」
そう言ってカズキは脱いだ傍から服を棚に放り込み、あっという間に浴場の方へと消えていった。
「あ~いい湯だ~」
「おっさんかっ」
カズキのコメントにユウキが突っ込む。
「いいじゃねぇかよ~」
「ちょ、抱きつくなっ!」
ユウキとカズキがじゃれ合っているのをそっぽに、ジュンキとショウヘイは狩りの中で負ってきた古傷について語り合っていた。
「カズキでも傷はあるんだな…」
「いくらハンターでも、結局は人間だからな」
ジュンキとショウヘイがカズキの体を見て言う。
「そう言うショウヘイも、傷だらけじゃないか」
ジュンキの言葉に、ショウヘイは苦笑いする。
「まあ、俺もガキだった頃があったんだよ。知ってるだろ?」
ショウヘイの台詞に、ジュンキは昔のことを思い出す。
「しかし―――」
ショウヘイはすぐに表情を引き締め、ジュンキの方を見た。
「ん?ああ、これか?」
ジュンキはそう言うと、苦笑いしながら胸の大きな傷を指でなぞった。指三本分は横に並ぶ大きな傷跡が1本、左肩の付け根から右脇腹にかけて圧倒的な存在感を放っている。
「ショウヘイに見せるのも初めてだったっけ?あの時のリオレウスだよ」
ジュンキの言葉にショウヘイは一瞬空を仰いだが、すぐに思い出したようで大きく頷いた。
「あの時の傷か!」
「そう。あの時…」
ジュンキとショウヘイの懐かしんでいる様子を見て、ユウキとカズキも近寄ってくる。
―――その時、聞き慣れた女性の声が、隣から聞こえてきた。
「ベッキーいいなぁ…」
チヅルの声が男湯と女湯を仕切っている壁の向こうから聞こえて、男4人は会話を止めた。
「私より大きい…」
「…チヅルちゃんも、これから大きくなるわよ」
男四人が互いに顔を見合わせる。
「俺は上がる」
「あ、俺も…」
そう言い残し、ジュンキとショウヘイが浴槽から上がる。ユウキとカズキは互いに顔を見合わせると、大きくゆっくり頷いた。この大浴場は洞窟をくり抜いて作られているため、天井こそあるものの、仕切りは天井付近が空いているのだ。その空間までの仕切りの高さ、4メートルくらいだろうか。
「ユウキ、どっちが上か、ジャンケンだ」
「おう」
湯船の中で、構える二人。
「せ~のっ!最初はランポス!ジャンケン―――!」
「…!」
「俺の勝ち」
カズキが勝利した。ユウキの肩車で、カズキが仕切りの上に手を置く。
「おっ!」
「うほほっ!」
「やるのか!?」
浴場にいた他のハンター達が盛り上げる。
「よっ!」
カズキが一気に女湯を覗く。
「え…」
カズキが見たもの―――それはバスタオルに身を包み、恥ずかしそうに顔を赤らめているチヅルと、風呂桶を構えているベッキーだった。
「カズキく~ん!」
ベッキーが風呂桶を投げると、カズキの顔面に直撃した。
「ぐはあっ!」
カズキは背中から湯船落下し、巨大な水柱が立ったのだった。
「ふう…」
自室に入るなり、ジュンキは小さくため息を吐いた。あの後、どうやらカズキは本当に女湯を覗いたらしく、大浴場の入口でその時入浴していた全ての女性から袋叩きに遭っていたので、その始末をしてきたのだ。
「カズキもカズキだけど、ユウキもユウキだよな…」
そう言いながら、2人用の小さなテーブルに座る。すると突然、水の入ったコップが置かれた。
「どうかしたのかニャ?旦那さん」
「ん?いや、仲間が女湯を覗いてね…」
「あニャ~やっちまったニャ。アイルーの世界でも、覗きは厳禁だニャ~」
カズキもアイルーに言われたらお終いだな、とジュンキは思った。
翌朝。
朝食は大衆酒場でと聞いていたので、ジュンキはとりあえず向かうことにした。まだ朝早いというのに、広場は既に多くのハンターや街人等で賑わっていた。昨日は街の大きさに驚いて気づかなかったが、街の中心であるこの広場には多くの店が並んでいた。
「市場か…後で行ってみるかな」
ジュンキは市場を横目に、大衆酒場へと足を踏み入れた。夜と違ってそこまで混んではいなかったが、それでも大賑わいだ。席を見渡すと八人掛けテーブルに座っているショウヘイ、ユウキ、チヅル、カズキの他に、今朝もベッキーが座っている。
「おは~」
近寄って来るジュンキに気がついて、チヅルが一声上げる。すると他の4人もすぐ気がついた。
「おはよう」
「おう、起きたか」
「遅いぞー」
ジュンキが席に座ると、カズキがユーリを呼んだ。すぐに伝票を持ってユーリがやってくる。
「はいは~い♪ご注文は何ですか~?」
6人はそれぞれ朝食を注文すると、ユーリは忙しそうにカウンターへと戻っていった。
「なあ、ベッキー」
「なあに?ジュンキ」
「ベッキーは今朝出るんだろう?」
「ええ。でも朝ご飯くらい食べる時間はあるわよ」
「そっかぁ~…」
ジュンキとベッキーの会話を聞いて、チヅルが寂しそうな声を出す。
「会おうと思えばいつでも会えるじゃない。そんな寂しそうにしないの」
「うん…」
ベッキーがチヅルの返事に笑顔を見せると同時に注文した朝食が届いたので、6人はとりあえず朝食を済ませることにした。しかし、食べ始めてすぐにショウヘイが異常に気付く。
「ん…?」
「どうしたショウヘイ?」
「クエストボード」
ショウヘイとカズキは合い向かいの席なので、カズキは体を捻じらせてクエストボードを見る。
クエストボードとは、ハンターに対しての依頼用紙や仲間を募る求人用紙などを貼るための大きな木製の看板のことだ。また緊急に舞い込んだ依頼なども大々的に貼り出したりすることもあるのだが…ユーリが慌てた様子で何かを貼り出していた。だが綺麗に紙を留められずに苦労している。
「ユーリ…」
大衆酒場のハンター達は当然分かっているのだが、クエストボードは依頼用紙、求人用紙、緊急依頼用紙と三つの貼り出し場所が振り分けられている。ユーリはどうして依頼用紙専用の場所に巨大な緊急依頼用紙を貼りだそうとしているのだろうか。ふと視線を戻すとベッキーも呆れている。ユーリは他の給仕達に言われて気づいたらしく、更に慌てて緊急依頼専用の場所に貼り出した。
「おお…」
「すげぇぞ…」
少し皺が目立つが、貼り出された依頼にハンター達の間に動揺が見られた。その依頼とは―――
「クシャルダオラ…」
カズキの口からもその名が漏れた。だがカズキとベッキー以外は知らないようで、ジュンキ、ショウヘイ、ユウキ、チヅルはさっぱり分からんと顔に出ている。
「カズキ、クシャルダオラっていうのは…?」
「ああ、みんなは知らないか。と言っても、俺も聞いたことがあるだけだが…」
カズキは咳払いを一つ入れると、普段のカズキからは信じられないくらい真剣な目で語り始めた。こういうところは、やはりハンターだなとジュンキは思う。
「クシャルダオラっていうのは、古龍って呼ばれていて、飛竜とは一味も二味も違うモンスターなんだ。並の腕前じゃあ歯が立たない相手だな」
「強いの?」
「戦ったことがないから分かんねぇな~」
チヅルの問いに、カズキは眉間に皺を寄せて答えた。
「なあ、どうするよ?」
「俺達じゃあ太刀打ち出来ねぇぞ…」
「でも、放っておいたらこの街に来るかもしれないんだろ?」
大衆酒場のハンター達にも動揺が広がっているみたいで、あちらこちらで不安な声が上がる。しかし―――。
「未知のモンスターかぁ~。おし、いっちょやったるか!」
ユウキはやる気満々だった。
「私も~!」
チヅルもだ。ショウヘイは静かに笑っている。
「…じゃあ、クシャルダオラ狩りに行く人」
ジュンキが他の4人に尋ねると、ショウヘイやユウキ、チヅルにカズキと全員が手を上げた。
「少し不安だけど、俺も行こうかな」
ジュンキも参加する意志を伝えると、4人全員が嬉しそうに頷いた。
「私はミナガルデに戻るわね。気をつけるのよ」
「うん!」
ベッキーの忠告にチヅルが応える。とりあえず今は、朝食を済ませることにした。
「さ~て、問題は誰が行くのか、だな」
カズキが話を切り出す。なぜなら、狩りへ行けるのはギルドの規定で最大4人までとなっているからである。
現在のメンバーはジュンキ、ショウヘイ、ユウキ、チヅル、カズキの5人。つまり、誰か1人は諦める必要がある。
「よ~し、それじゃあ恒例の―――」
5人が身構える。
「最初はランポス!ジャンケン―――!」
「ポンッ!」
「あ~っ!」
負けたチヅルは留守番となった。
「へへ~。ま、土産話くらいはしてやるからな」
「む~…」
カズキの提案に、チヅルは長机に伏して答えた。そしてショウヘイが静かに席を立ち、カウンターにいるユーリのもとへ依頼を正式に受けに向かった。
「クシャルダオラ、か…」
ジュンキは部屋に戻るなり、狩りの準備を始めた。
「出発は今日の昼だっけ」
「狩りに行くのかニャ?」
「ん?ああ、そうだよ」
ジュンキはそう答えながら、アイテムボックスの中の装備を出す。
「はニャ~、もう狩かニャ。この街に来てからまだ2日目なのに、忙しい人だニャ~」
「緊急でね。のんびりしていられないのさ」
ジュンキは横目でちらりと部屋付きアイルーを見ながら準備を進める。
「大変だニャ。相手はどんなモンスターだニャ?」
「クシャルダオラだってさ」
ジュンキがそっけなく言うと、部屋付きアイルーは飛び上がる程驚いた。
「ニャんと!?あのクシャルダオラかニャ!?」
「知ってるのか?」
「あったり前だニャ!ボクはチラと見たこともあるニャ!」
「話してくれないか?どんな奴か知っておきたいし…」
「お任せなのニャ!」
ジュンキが近くの椅子に座ると部屋付きアイルーはテーブルの上にちょこんと座り、そして思い出すように目を閉じた。
「ボクはチラリとしか見ていないケド…クシャルダオラは鋼のような色をしてるニャ」
「鋼色…」
「それと、これは聞いた話なんだけどニャ。クシャルダオラは天気を自由に操るらしいのニャ」
「天気を?晴れとか雨とか?」
「そうだニャ。だけど戦闘中は悪天候のことがほとんどらしいのニャ」
「なるほど…」
「ボクが知っているのはこれくらいだニャ」
「ありがとう。お礼といっちゃなんだけど…」
ジュンキはそう言うとアイテムボックスに戻り、中からアイルー達が大好きなマタタビを取り出した。
「ニャンと!?マタタビだニャ!」
「狩り場から帰ってきたら偶然防具の隙間に刺っていてさ、俺は使わないからあげるよ」
「ニャ~ン♪今日からご主人様と呼ぶニャ~♪」
「ご主人ね…」
苦笑いしながらも、ジュンキは黒バンダナで髪をまとめる。
「それじゃ、行ってくるよ」
「行ってらっしゃいだニャ~♪」
ジュンキは必要なものをアイテムポーチに入れ、装備を整えると部屋を出た。
大衆酒場に着くと、既に他のメンバーは揃っていた。
「ジュンキも来たか」
「おまたせ」
「気をつけてね~…」
チヅルの見送りの言葉は暗かった。
「よ~し!クシャルダオラだ~!」
対照的なカズキに続いて、ジュンキ、ショウヘイ、ユウキはドンドルマの街を出発した。