「でっけ~…」
大きい。とても大きい街だ。
ドンドルマの街。
目の前の大きな木造の橋を渡ると広場があり、ここから街の様々な場所に行くことができるようになっている。
左手にはミナガルデにあったようなゲストハウス、ここではマイハウスと呼ぶ宿泊居住施設への入口があり、その奥にはミナガルデの街よりも大規模な酒場、ここでは大衆酒場と呼ばれている施設の入口が見える。
広場を直進すると大きな階段があり、この奥にドンドルマを治める大長老がいらっしゃる大老殿がある。一般のハンターは入ることが出来ないが、ギルドが認めたハンターならば入殿が認められ、困難な依頼が回される、とはベッキーの説明だ。
広場の右手には、もくもくと黒煙を吐いている建物が目につく。ドンドルマの武具工房だ。
そして広場では商人達がハンター相手に様々な品物を売りさばいている。
山の谷の部分に作られたこの街は三方を山で囲まれており、それが天然の要塞となりモンスターの侵入を阻む。唯一開けている南側には、対モンスター用の迎撃場や、対飛竜用の砲台が防御を固める。
そんな街をただ茫然と街の入口で眺めているジュンキは、先程のような言葉しか出てこなかった。
「いつまで立ってるんだっ!」
「おあっ!」
突然ユウキが後ろから叩いたため、ジュンキは危うく転びそうになった。お陰で近くを歩いていたハンターや街の人にクスクスと笑われてしまう。
「さあ、まずは酒場に行って、ハンター登録をしましょうか」
ベッキーが案内する形で、ジュンキ達は木造の橋を渡って街の中へと入った。
「ねえベッキー。私達の狩りの成績ってどうなるの?」
「あなた達のハンターランクとかのこと?大丈夫よ。紹介状を書いてきたから」
ベッキーはそう言うと、懐からジュンキ達の紹介状を取り出した。
「酒場に入るわよ」
ベッキーを先頭にチヅル、ジュンキ、ユウキの順で酒場に入る。
「天井が高い!」
チヅルの声を聞いて、ベッキー以外の3人が上を見上げる。
「ミナガルデの酒場は洞窟をくり抜いて作られているから狭いのよね~。ちょっと羨ましいわ…」
ベッキーの本音が漏れる。すると、酒場のカウンターにいた給仕の1人がこちらに向かって走ってきた。
「先輩じゃないですか~!」
「あらユーリ。久しぶりね」
「先輩も久しぶりです!」
「ベッキー、彼女は…?」
「あら、ごめんなさい。ユーリ、紹介するわ。彼らは今日からこの街で狩りをする、凄腕ハンターよ」
ベッキーの紹介を受けると、ユーリと呼ばれた給仕は目を輝かせた。
「凄腕!本当ですか!?嬉しい限りです!優秀なハンターさんは、何人居ても足りませんから!」
「ベッキー、あまり誇張しないでくれよ…」
「あら、ごめんなさいね。彼女はユーリ。私の後輩で、この街の依頼管理をしているわ。狩りに出るときは基本的に、彼女に言えば大丈夫よ」
「よろしくお願いします!」
ユーリはそう言うと、元気に頭を下げた。
「じゃ、私は仕事に行かないと。ユーリ、後は任せるわね」
「はい!」
ベッキーはそう言うとユーリにジュンキ達の紹介状を渡し、酒場の奥へと消えていった。
「さて、これからどうしますか?」
ベッキーが去るなり、ユーリはこれからのことを尋ねてきた。
「人を探しているんだけど…」
「人探しですか?ハンターさんですよね?お名前は?」
「ショウヘイとカズキって言うんだ」
「あ、今この酒場にいますよ」
「えっ…」
「ショウヘイさ~ん!カズキさ~ん!」
ユーリが大きな声で名前を呼ぶと、酒場の隅の2人が立ち上がった。薄茶色の防具のハンターは駆け足で近寄ってくるが、黒い防具のハンターはゆったりと歩いてくる。
「ジュンキ…?ジュンキか!」
「カズキ、久しぶり…おあっ!」
「きゃあっ!」
「おおっ!」
カズキと呼ばれたハンターはジュンキ達に飛び込んだ。
「チヅルにユウキも!久しぶりだなぁ!」
「カズキこそ久しぶり!」
「おひさー!」
「ははは、変わってないな~!ははははは!」
「…カズキ、声が大きいぞ」
後ろから聞こえた声に、ジュンキ達は再び声を上げることになる。
「ショウヘイ…」
「ジュンキ、突然どうした?手紙も寄越さないで…」
ショウヘイは微笑みながら答える。
「立ち話もなんだし、席に着こうぜ!」
カズキに先導されるがまま、ジュンキ達5人はショウヘイとカズキが座っていた席に向かった。後ろから注文票を持ったユーリがついてくる。席に着くなり、ユーリが注文を受けた。
「5人とも、まずはドンドルマのおいしいお水でいいかな?」
「よろしく!」
「承知しました!」
ユーリがカウンターへ戻って行くと、早速カズキが口を開いた。
「さてと。一体どうしたんだ?急に寂しくなったとか、そんなんじゃないんだろ?」
カズキが率直に聞いてきたので、ジュンキ達3人は今回のいきさつを話した。
「厄介だな~、そりゃ」
そう言って腕を組んだこのハンターはカズキ。武器はランス「ブロスホーン」で、防具はディアブロシリーズと、角竜ディアブロスの素材で固めている。
ユウキ並みか、それ以上に元気な性格が特徴的だ。パーティ一番のムードメーカであり、なぜか憎めない。狩りでは常に先頭に立ち、モンスターの目を引き付ける。
「あれ?ショウヘイ、武器変わったの?」
「ん?ああ、まあな」
チヅルの問いに、軽く笑って答えたこの男がショウヘイ。以前は片手剣を使っていたとジュンキも記憶していたが、今は太刀「斬破刀」を使っているようだ。
口数は多くないが、常に狩りを冷静に見つめるハンターであり、特にユウキとカズキのストッパーとなり、ジュンキの相談相手となっている。
「見たこともない防具だな…」
「ああ、ちょっとあってな」
ショウヘイの防具は、どうやらブラックシリーズと呼ぶらしい。文字通り真っ黒な防具だ。強いて言うなら、ジュンキの装備しているレウスシリーズの深紅の甲殻の部分が黒一色の甲殻になっている、そんな感じの防具である。
「その様子だと、しばらくはドンドルマに滞在するんだろ?」
「まあ、そうなるだろうな」
ジュンキが答えると、カズキはニカッと笑った。
「よし!じゃあ改めて、5人パーティだな!」
皆が頷き、微笑む。丁度その時、ユーリがグラス5つと部屋鍵3つを器用に持ってきた。
「はいど~ぞ!」
「おっ、どうも!」
「ん…?」
ふと、ショウヘイがあることに気がついた。
「部屋が隣だ…」
「えっ、そうなの?」
「ああ。カズキ、俺…隣がジュンキ、続いてチヅル、ユウキみたいだな」
「あ、もしかしてユーリが…?」
チヅルが嬉しそうな目でユーリを見ると、ユーリは自信たっぷりに頷いて見せた。
「ふふふ…ちゃ~んと配慮しておきましたよ♪」
「仕事が早いな、ユーリは」
「どう致しまして。じゃ、また何かあったら呼んで下さいね」
ユーリはそう言うと、カウンターの方へと戻っていった。
「もうすぐ日が暮れる。荷物や装備を部屋に置いてきたらどうだ?」
「そうだね。いつまでも狩り装備だと、肩凝っちゃうし…」
チヅルが机にひれ伏しながら言った。
「じゃ、夕食時になったらまたここに集まるとして…解散!」
カズキが高らかに言うと5人は立ち上がり、全員同じ方向に歩きだした。
「あ、部屋隣同士だったな…」
「あはは!」
カズキの恥ずかしそうな声を聞いてチヅルは声を上げて笑い、他の3人は頬を緩ませた。
「いらっしゃいニャ~」
ジュンキが部屋に入るなり、突然テーブルの裏から1匹のアイルーが出てきた。
「今日からあんたの世話をすることになったニャ。何かあったら言いつけて欲しいニャ~」
「ああ、よろしく。今は特に無いよ」
「そうかニャ?だったらいいニャ~」
アイルーはそう言うと、テーブルの裏へと消えていった。
「これは楽しくなりそうだな」
ジュンキはひとり微笑みながらそう言うと、レウスヘルムを机の上に置いた。大剣アッパーブレイズを壁に立て掛け、脚以外の防具を脱ぐ。今は季節的に温かいので簡単なシャツをインナーの上から一枚着ると、部屋を後にした。
「ジュンキ」
廊下で呼ばれたので振り向くと、こちらに向かって歩いてくるチヅルが目に入った。チヅルも脚装備のみ残して簡単なシャツを着ている。
「酒場に集まるんだよね?一緒に行こう?」
「ああ、いいよ。行こう」
ジュンキとチヅルは2人並んで歩き出す。街の広場に出ると既に陽は沈み、満天の星空が迎えてくれた。
「ジュンキっていつもバンダナを巻いているよね?」
「ん?これか?」
チヅルの問い掛けに、ジュンキは薄い茶色の髪をまとめている黒いバンダナを指差した。
「狩りの最中はこれをしないと、ヘルムの中で髪がくしゃくしゃになるからな。それで髪をまとめるために着けることにしたんだけど、今じゃ生活の一部になっているんだ」
「なるほど。お洒落にもなるもんね」
チヅルとの会話が終わると同時に、2人は大衆酒場へ到着する。夕食時のせいか、昼間よりは混み合っていた。空いているテーブルは無さそうに見えたが、先に到着していた他の3人がジュンキとチヅルを呼んでいた。
「みんな早いな」
「そうだね。行こ?」
ジュンキとチヅルが席に着くと、早速カズキが口を開いた。
「どうだった?新しい住まいは」
「すっごく広かったよ!」
「アイルーがいるのか?」
「ああ、まあ世話係みたいなもんだ。仲良くな?」
「分かってるよ。心配すんなって」
「少し早い気もするが、夕食にするか?」
「おおお!待ってました!」
ショウヘイの提案に、ユウキが大きな声を上げた。だがその声も、この大衆酒場の騒がしさにすぐ掻き消されてしまう。
「私もお腹空いた」
チヅルはそう答え、ジュンキも頷いた。
「よ~し、ユーリー!」
カズキは一度頷くと、大衆酒場のカウンターに向かってモンスターの咆哮にも負けないくらいの大声を出した。周りのハンター達は特に気にも留めなかったが、カウンターにいたユーリは右手を上げて答えた。
「へっ、この大声はちょっとした自慢なんだ」
「カズキの先祖はディアブロスなんじゃないの?」
チヅルの発言にジュンキ、ショウヘイ、ユウキは笑った。カズキも照れて、頭を掻く。
「は~い、ご注文は何ですか~?」
ユーリが伝票を持って来ると、ジュンキ達は自分が食べたいものを注文していった。
「あら、私もご一緒しようかしら」
ふとそんな声が聞こえたかと思うと、ユーリの後ろにベッキーが夕食を入れた盆を右手に、左手に椅子を持って立っていた。
「ベッキー!」
「先輩!いたんですか!」
ユーリの驚き様にベッキーは微笑んで返事をすると、ジュンキ達の長テーブルに座った。
「先輩も何か注文があったら呼んで下さいね!」
ユーリはそう言うと次の注文を取るべく、急ぎ足で他のテーブルへと移って行った。
「ベッキー、仕事が終わったのか?」
ジュンキがまず訪ねると、ベッキーは「ええ」と答えた。
「これはギルドの仕事だから、内容はちょっと、ね」
ベッキーが、これ以上は話せない。と言いたいのは明らかだったので、これ以上の探索は止めておくことにした。
「ベッキーはいつミナガルデに戻るの?」
「明日の朝には発つ予定よ。もう少し滞在していたかったけど、仕方ないわ」
チヅルの質問に、ベッキーは少し寂しげに答えた。
「それで、どう?この街は気に入った?」
「いいところだよ」
「広くて大きい!」
ベッキーの質問に、個々の答えが帰って来る。そうしているうちに、ジュンキ達の夕食が運ばれてきた。
ドンドルマの街の夜は、更けてゆく。