翌朝、リヴァルは村長を訪ねていた。雪崩によって通れなくなった山道の除雪作業の進み具合を聞くためである。
しかし、村長の表情は暗かった。
「…何があった?」
リヴァルが眉間にシワを寄せながら村長に尋ねると、村長はため息をひとつ吐いてから口を開いた。
「すまんの、リヴァル殿。除雪作業は遅れておる」
「何があったんだ?村唯一の登山道だろう?村人も必死になって、除雪作業しているだろうに…」
「…ティガレックスじゃよ」
「…」
村長の口から「ティガレックス」という言葉が出ても、リヴァルは驚かなかった。
だがここは無闇に声を上げず、村長の言葉を待つ。
「山道の除雪作業に当たっていた村人が、ティガレックスに襲われそうになったのじゃ。幸い怪我人はいなかったが…」
「…よく怪我人が出なかったな」
「ハンター殿に護衛してもらっておるからの」
「そのハンターっていうのは、もしかして…」
リヴァルはもしやと思い、村長に尋ねる。
「ショウヘイ殿、ユウキ殿、カズキ殿が、毎日見張っていて下さる」
やはり、とリヴァルは思った。
ジュンキ、クレハ、ショウヘイ、ユウキ、カズキの5人はパーティを組んでいる。ジュンキとクレハの2人がこっちにいる以上、あとの3人は何をしているのかと思っていたが、除雪作業をしている村人の護衛をしていたとは思わなかった。
「…すまぬの、リヴァル殿。やはりティガレックスが雪山を出ない限り、除雪作業を続けることはできないよ…」
「そうか…」
リヴァルはそう言うと踵を返し、集会場へ向かう。
「…リヴァル殿」
背後から村長に話し掛けられ、リヴァルはその場で立ち止まって首だけを廻らせた。
「くれぐれも、ひとりで行こうとしないよう…」
「…分かっている」
リヴァルはそう言うと、ひとり集会場へと入る。今日は運良く、リサやジュンキ達は集会場内にいなかった。リヴァルはカウンターへ直進した。
「おはようございます。今日はどのようなクエストを受注しますか?」
「ティガレックスを頼む」
「…分かりました」
先日この集会場でティガレックス討伐依頼を受注しようとした時と同じ受付嬢だったので、特に驚かれることもなくリヴァルはティガレックス討伐依頼を受注した。
「あの…単独ですか…?」
「そうだ」
受付嬢が恐る恐る尋ねてきたので、リヴァルはなるべく棘を出さずに答えた。
「流石に、単独では…」
「…他の誰にも言うなよ」
リヴァルは受付嬢を睨むとそう言い、一旦集会場を出た。幸いリサ達に会うことはなく自宅へたどり着くことができたので、リヴァルは狩りの準備をすると集会場に戻り、そのままひとりで雪山へと出発した。
久々の、ひとりでの狩り。リヴァルの機嫌は良かった。
この村に来てからというもの、散々な目に遭った。ひとりでのベースキャンプは少し寂しくもあるが、それ以上に今自分は自由であるという気持ちの方が優っていた。指図してくる奴もいない。
「…」
しかし、何故か孤独感だけは拭えなかった。今までもずっとひとりで狩りをしてきたはずなのに、今は寂しいと感じている。
「ちっ…!」
リヴァルはそんな自分が嫌になり、舌打ちすると支給品ボックスを開けた。中には4人分の応急薬、携帯食料などが入っており、自分が持ち込んだ分のアイテムも考えるとこれで事足りるだろう。
リヴァルは背中の大剣「オベリオン」の斬れ味を確かめると、ベースキャンプを出発した。
リヴァルは、ティガレックスをひとりで狩ることに大きな意味を見出していた。
それはひとりでティガレックスを狩ることにより、自分の真の実力をあの男―――ジュンキに見せつける事である。そうすれば自分のことを見直し、うまくいけば監視対象から外れるかもしれない。
ティガレックスを狩ることにより、ポッケ村に恩を売ることもできる。そして山道の除雪作業が進めば、ドンドルマの街へ帰ることもできる。まさにいいこと尽くしである。
リヴァルは地図上でエリア番号1と振られた雪山の麓から山中の洞窟へ入り、中を抜けて雪山の中腹へと出た。
今日の天気は吹雪。洞窟から出ると横殴りの吹雪のせいで、リオソウルシリーズの防具が白く染まってしまう。ホットドリンクを飲まなければ、凍死は確実だろう。
「…いないな」
どうやらこのエリアに、ティガレックスはいないようだ。ここからなら山頂へ登るルートと、今いるエリアと似たような中腹へ移動できる。
リヴァルは一度、隣の中腹エリアへ行ってみることにした。
隣のエリアにも、ティガレックスの姿はなかった。
しかし、そこには草食獣であるポポが一頭だけ倒れていた。
「…」
ポポは何者かに捕食されたようで、血を流して死んでいた。恐らくティガレックスの仕業だろう。
「近いか…」
リヴァルは改めて周囲を見渡すが、ティガレックスの姿はない。このエリアでもないようだ。
「残すは山頂か…」
リヴァルは新雪を踏み締め、山頂へと続く山道を登った。
山頂の天候は最悪だった。吹雪で足元すら見えない状況である。
突風で、身体ごと持って行かれそうになる。
「ちっ…!」
リヴァルは舌を打ちつつもゆっくりと前へ進み、この山頂エリアの中央であろうと思われる場所で立ち止まった。その場でしゃがみ、足元を確認する。
そこには大型モンスターの足跡があった。この猛吹雪の中でまだ足跡が残っているということは、かなり近くにいるはずである。
「…」
リヴァルは立ち上がると耳を澄ませた。猛烈な吹雪の中で、リヴァル自信は音を立てずに意識を集中する。頭を動かずに、深い赤色の瞳だけを使って周囲を警戒する。
―――そして、聞こえた。
リヴァルは何者かの息遣いと石が転がり落ちる音が聞こえた方を振り向くと、そこには山頂の崖にしがみつき、こちらを狙っていた大型モンスターがいた。大型モンスターは気付かれたと思ったのかリヴァルに飛びかかったが、リヴァルは余裕を持ってそれを回避した。そのモンスターはこの猛吹雪の中でもはっきりと見える黄色の体色。
「轟竜ティガレックス…」
リヴァルは唇の端が持ち上がるのを感じながらも、右手を背中の大剣「オベリオン」へと持っていった。
「さあ、狩りの時間だ…!」
リヴァルはそう呟くと、ティガレックス目掛けて駆け出した。