翌日、リヴァルが集会場に入ると、やはり準備万端のリサとジュンキの姿があった。
「おはようございます、リヴァルさん」
「ああ。ドスギアノスだろ?さっさと行こうぜ」
「いや、まだだ」
「…あ?」
ジュンキが止めたので、リヴァルは習慣的に声を上げた。
「クレハがまだだ」
「置いていけばいいじゃねぇか」
「そうもいかないんだよ…」
てっきりリヴァルはジュンキが怒るものだと思っていたが、ジュンキは情けない笑みを浮かべるだけで怒ったりはしなかった。
やがてクレハが合流し、4人は雪山に向けてポッケ村を出発した。
「ねえ、ジュンキ。ちょっといい?」
「ん?どうした?」
ベースキャンプで各自が狩りの準備をしている時に、ジュンキはクレハに呼ばれた。
「ちょっと、こっち来て。リヴァルくん、リサちゃん、ちょっと待っててね」
クレハはそう言って、リサに向かってウインクした。リサはこれが何を意味するのか分かったらしく、「待ちましょう、リヴァルさん」とリヴァルを足止めしてくれた。
ジュンキは頭に疑問符を浮かべながらも、クレハの後を追ってベースキャンプの隣のエリア1番へと向かった。
「どうしたんだ?クレハ…」
隣のエリア1に出ると、先に走って行ってしまったクレハが湖のほとりの倒木の上に座っているのを見つけて、ジュンキは歩み寄りながらクレハに尋ねた。
「いいから、ここに座って座って」
ジュンキは促されるまま、クレハの左隣に座った。クレハの顔が少しだけ赤い気がするが、気のせいだろうか…。
「じゃーん!」
クレハはそう言いいながら、ジュンキからは見えない右隣からバスケットを取り出し、ジュンキとの間に置いた。
被せてある白と赤のチェック模様の布巾を取ると、中にはサンドウィッチがひとつだけ入っていた。
それをクレハは取り上げ、ジュンキに手渡す。
「作ってみました」
「これ、クレハが作ったのか?上手だな」
「さ、食べて食べて」
「ありがとう。頂きます」
クレハに見つめられながらだと緊張してしまうが、ジュンキはそっと口に含んだ。そして味わうように咀嚼する。
―――そして、ジュンキは固まった。
「…どう?不味い?」
クレハの言葉を聞いてジュンキは咀嚼を再開し、そして飲み込むと口を開いた。
「…どうして不味いって聞くんだ?ここは普通、美味しい?って聞くところじゃないのか?」
ジュンキの正論に、クレハは恥ずかしそうに顔を俯かせた。
「私ね、これまで料理ってやったことがないんだ…。おまけに不器用な性格だから、自信が無くてさ…」
クレハはここまで言うといきなり顔を上げ、ジュンキを正面から見据えた。
「お願い!正直な感想を聞かせて!正直に言ってもらわないと、直しようがないからさ…」
クレハの真剣なお願いにジュンキは悩みながらも、ここはクレハの願い通り、素直に言うことにした。
「その…見た目は問題無いよ。美味しそうに見えたから。味の方だけど…何て言うか…うん…」
ジュンキは何度も口を開いては閉じを繰り返していたが、クレハのキラキラさせた青色の瞳に顔を覗かれ、ジュンキは感想を口にした。
「苦い…という表現が正しいのかな…。にが虫を…噛み潰したような味…だったよ…」
ジュンキが申し訳なさそうに言うと、クレハは腕を組んで考え始めた。
「う~ん、苦いか…。苦いってことは甘くすればいいのかな…。うん、ありがとう」
クレハはそう言うと、食べかけのサンドウィッチをジュンキの手から奪い取ろうとした。
「お、おいっ、クレハっ」
「もういいのっ!ジュンキがお腹を壊したら大変でしょ!」
「もったいないだろ!」
「いいったらいいのっ!」
ジュンキは抵抗を試みたが、とうとうクレハに食べかけのサンドウィッチを奪われてしまった。
クレハはそのサンドウィッチを乱暴にバスケットへ放り投げ、バスケットもクレハ自身の右隣に戻した。
「…」
「…」
ここで、ふたりの間を沈黙が包んだ。お互い、何を言えばいいのか分からないのだ。
ジュンキもクレハも何か言わなければと思い考えを巡らし、互いに正面にそびえ立つ雪山の方を向いて、顔を赤らめている。
「その…」
ジュンキが先に声を上げたので、クレハは目線だけをジュンキの方に向けた。
「あ…ありがとな…。その…作ってくれて…サンドウィッチ…」
「ううん。私が作りたかっただけだから…」
「…」
「…」
クレハの言葉を最後に、再び沈黙するふたり。
しかし、クレハはそっとジュンキとの距離を縮めると、体重を少しだけジュンキの右肩に乗せた。ジュンキの身体が少しだけ強張ったのを感じて、クレハは微笑んだ。
静かにジュンキの顔を見ると、ジュンキは努力してクレハの方を見ないようにしているようで、視線があちらこちらへと泳いでいた。
やがてクレハと目線が合うと、今度はクレハの方が恥ずかしくなって目線を逸らせた。
そんな事を繰り返しているうちにベースキャンプの方から近づいてくる足音が聞こえてきたので、ジュンキとクレハは最後に頷き合ってから立ち上がった。
「ドスギアノス、手分けして探したほうが早いんじゃないか?」
「確かにそうだが、俺はお前を監視しなくちゃいけないんだ」
リヴァルの提案を、ジュンキはやんわりと却下した。
もちろんそのせいで、リヴァルの機嫌は悪くなってしまう。
「あっそ。じゃあとっとと殺して戻りますかねぇ」
リヴァルはそう言うとリサ、ジュンキ、クレハを置いて先に行ってしまった。
「すみません…」
「リサちゃんが謝ることじゃないよ。行こう?本当に置いて行かれちゃう」
クレハに促されて、リサとジュンキも歩き出す。リヴァルが進んだ道は足跡が残っているので、簡単に追いつけるだろう。
「あの…ふたりに話しておきたいことがあります」
先行するリサが歩きながら振り向いて言ったので、ジュンキとクレハは顔を上げた。
「リヴァルさんの両親…リオレウスに殺されたそうです…」
「…!」
リサの言葉に、ジュンキとクレハの青い瞳が見開いた。そしてふたりの表情が曇る。
リサは言葉を続けた。
「リヴァルさん…リオレウスの鱗や甲殻といった素材を見るのも嫌だそうです。だから…」
「だから、リオレウスの太刀や防具を好んで使っている俺が、嫌いなわけか…」
「それと…」
申し訳なさそうにジュンキを見ながら語り掛けていたリサは、続いてクレハに顔を向けた。
「リオレウスの番であるリオレイアも…その…」
「そうだったんだ…。でも、よかった。リヴァル君、私を嫌っていたんじゃなくて、装備が気に入らなかっただけだったんだ」
ジュンキとクレハは、なぜリヴァルがあそこまで自分たちを拒絶するのか分からなかったが、リサのお陰で理解することができた。
しかし、ハンターにとって生命線である武器や防具を、そう簡単に変えるわけにはいかなかった。
「話してくれてありがとう。でも、この装備を変えるわけにはいかないな」
「分かっています。ただ、リヴァルさんの気持ちを、少しでも理解して頂きたくて…」
「もう十分理解したよ。だから安心して?」
「…はい」
クレハの言葉に、リサは微笑んだ。
リヴァルの大剣「オベリオン」による強力な一撃で、ドスギアノスはリヴァルに対して一切の傷を与えることなく、首を弾き飛ばされてしまった。ドスギアノスの首が宙を舞うことによって、雪山の白い雪の大地に赤い花が咲いたように見える。
リヴァルは大剣「オベリオン」を振って血糊を払うと、背中へ戻した。
「ふん…くだらない…」
リヴァルはドスギアノスの生首を持ち上げると、来た道を戻るために踵を返し、歩き出した。
下山しようと山中の洞窟へ差し掛かったところで、リヴァルはジュンキ達と合流した。
「どうだった?ドスギアノスは」
「…いい加減にしないか?こんなこと」
リヴァルは低い声でそう言うと、ジュンキ目掛けてドスギアノスの頭を投げつけた。リサとクレハは驚いて一歩退いたが、ジュンキは至極冷静にドスギアノスの頭を受け取った。
「…一体、何の目的があってこんな雑魚を俺に狩らせる?」
「目的?何度言えば分かるんだ。山道の除雪作業の障害になるモンスターを狩ることだろう」
「…そうでした。そうでしたね」
リヴァルはこれ以上話をしたくないという口ぶりでリサ、ジュンキ、クレハの間を抜けると、ひとりで歩き出した。
「…最大の障害は、ティガレックスと知っているくせに」
リヴァルはひとり呟くと、怒りを抑えるように両拳を強く握り締めた。