ジュンキは、ショウヘイ達が待っているココット村へ帰る途中で、ふとチヅルの顔を覗いた。
チヅルの顔は血に塗れていたが穏やかな表情を浮かべており、傍から見れば眠っているようにしか見えないだろう。
「最後にこうしてふたりで歩いたのは、いつだったかな…」
ジュンキはチヅルに話し掛けるが、チヅルは返事を返さない。
「ジュンキー!」
突然、前から元気な声が聞こえてきたので顔を上げると、前から小さなリオレイア―――に見える、レイアシリーズ防具を装備したクレハが、右手を振りながらこちらに向かって歩いて来ていた。
「チヅルちゃん、見つかったんだね!」
クレハが徐々に歩み寄る中、ジュンキとチヅルを照らしてる月が雲に隠れてしまった。辺り一面が真っ暗になってしまい、クレハの姿も黒一色のシルエットになってしまう。
やがて、クレハはジュンキの前で立ち止まった。
「あ~、チヅルちゃんがお姫様抱っこされてる。リオレイアとの戦いに疲れて、眠っちゃったの?」
「クレハ…」
ジュンキはチヅルの死を伝えようと口を開くが何も言えず、そのまま閉口してしまう。
「ま、チヅルちゃんも無事だったみたいだし、早く村に戻ろう?ショウヘイ達が待ってるよ」
クレハはそう言うと、ジュンキに背を向けて歩き出そうとした。
慌ててジュンキがクレハを呼び止める。
「クレハ、その…。チヅルは…」
「えっ?」
クレハがジュンキを振り向くのと、月を隠していた雲が晴れたのは、同時だった。
「―――ッ!?」
チヅルの姿を見たクレハの青い瞳が驚きで一気に見開き、両手で口元を押さえる。そしてジュンキに駆け寄り、チヅルの顔を覗いた。
「ねえ…ジュンキ…。チヅルちゃん…生きて…いるよね…?ただ疲れて…眠ってるだけだよね…!そうでしょ!?ジュンキ!?」
クレハの痛切な言葉にジュンキは黙ったままで、静かに首を横に振った。
クレハはジュンキの答えに数歩後退すると、その場に膝から崩れ落ちてしまった。
「そ…んな…チヅル…ちゃん…―――ッ!」
クレハは両手で顔を覆う。
次第に嗚咽が始まり、涙が流れ始めた。
ジュンキはチヅルを抱えたままクレハの前で片膝を着き、出来る限り優しい声を出す。
「…クレハ。チヅルのことを…村のみんなに…伝えて欲しいんだ…」
ジュンキの言葉に、クレハはすぐには返事を返さなかった。次第に嗚咽が収まってくると、クレハは「…うん」とだけ言って立ち上がり、ジュンキとチヅルの姿を見ないようにしながらココット村へと駆けて行った。
「…行こうか。チヅル」
クレハの姿が見えなくなってから、ジュンキはゆっくりとココット村に向かって歩き出した。
東の空が、徐々に明るくなり始めていた。
日の出とほぼ同時にココット村へ着くと、ショウヘイ達はもちろん、村長や村人達も、朝早くなのにジュンキとチヅルを待っていてくれた。
ジュンキ、ショウヘイ、ユウキ、カズキ、そして村の男達は、チヅルのための墓穴を村の共同墓地の隣にあるハンター専用の墓地に掘り、また村で用意されている墓石を運び出した。
クレハと村の女達は、チヅルの身体を綺麗に洗った。
そしてチヅルは、ボロボロになってしまったガルルガシリーズの防具を元通りに着せられ、棺桶には入れず、墓穴へそのまま寝かされた。
ハンターは自然と生きる存在とされているため、遺体が残された場合は棺桶に入れず、生身のままで、装備を身に着けたまま葬られるのが普通だ。しかし、チヅルの双剣「封龍剣・超絶一門」だけは見つからなかった。
ジュンキ達、村長、村人の順で、村の花である桜の花を一輪ずつチヅルの寝かされた墓穴に入れると、ジュンキとショウヘイの手によってチヅルは埋葬された。
村人達がひとり、またひとりと家路に着いた頃には、昼前になっていた。
葬儀に関わった人々がチヅルの墓前から去っても、ジュンキは墓石の前に、いつまでも立っていた。
「…ジュンキ」
背後から声を掛けられて、ジュンキはゆっくりと振り向いた。そこには、まだレイアヘルム以外の装備を解いていない、クレハの姿があった。
「まだ…ここにいたんだね…」
「どうしても、離れられなくてな…」
ジュンキの言葉を聞くと、クレハは少し俯いてしまった。
そのままクレハは語り始める。
「ねえ、ジュンキ…。気付いてた…?チヅルちゃんは…ジュンキのことが…好きだったんだよ…?」
クレハの言葉を聞いても、ジュンキは驚かない。
一拍置いてから、ジュンキは口を開いた。
「…聞いたよ。チヅルが、死ぬ直前に、そう言ってくれた…」
「え…」
ジュンキの言葉を聞くと、クレハは顔を上げた。
そして小さな、しかし元気の無い笑みを浮かべる。
「そっか…。チヅルちゃん…最期には言えたんだ…」
「ああ…。でもな…」
「…?」
ジュンキが語尾を濁したので、クレハは真剣な、しかし不安気な表情で、ジュンキの言葉を待つ。
「チヅルは、私にこだわるなって…。俺が好きになった人と、幸せになれってさ…」
ジュンキの言葉を聞いて、クレハは再び元気の無い笑みを浮かべた。
「そう…。チヅルちゃんらしいね…。そんなことを言うなんてさ…」
クレハはそこまで言うと、真っ直ぐにジュンキを見つめて笑った。
「さ、元気出していこう?チヅルちゃんは、いつまでも落ち込んでいるジュンキを、好きじゃないと思うけど?」
クレハはそう言って、右手を差し出した。
そんなクレハに対し、ジュンキは思わず微笑んでしまう。
「…そうだな」
ジュンキは歩き出そうとして大切なことを思い出し、真剣な表情で声を出した。
「クレハ…」
「どうしたの…?」
ジュンキの様子が変わったことを察したクレハは差し出した右手を下げ、真剣な表情でジュンキの言葉を待った。
「チヅルから、お願いされたんだ…。その…」
「…?」
「クレハを…よろしくって…」
「え…?」
ジュンキの言葉を聞くと、クレハは驚きの表情を浮かべ、そして顔が見えない程まで俯いてしまった。
「…ばか。チヅルちゃんは…ばかだよ…。ほんと…」
クレハの口から漏れる言葉を、ジュンキは黙って聞いている。
「どうして…もっと自分に自信を持たないのよ…!それじゃあ…告白したって…何も変わらないじゃない…!」
「…クレハ?」
クレハの顎から地面に涙が流れ落ちたのに気が付いて、ジュンキは声を掛けた。
するとクレハは涙を拭い、無理に笑顔を作り、それから口を開いた。
「駄目だよね、私…。チヅルちゃんの分も笑って、しっかり生きていこうって決めたのに…」
「クレハ…」
「なに…?」
「泣いても…いいんだぞ…?泣きたい時は…いっぱい泣いても…」
ジュンキの言葉を聞いて、クレハの青い瞳が驚きに見開かれる。
そこから涙が一筋、また一筋と、流れ出す。
クレハは両手で何度も涙を拭うが、溢れ出す涙を、感情を、止めることはできなかった。
次第に嗚咽が漏れ出し、肩が震え出す。
我慢の限界を超えたクレハはジュンキの胸元に飛びつき、泣いた。
「どうして…っ!どうしてチヅルちゃんは…!死ななきゃいけなかったの…!?ねえ、どうして…!?ねぇ…っ!」
身体を預け、背中に腕を回し、胸元で泣くクレハを、ジュンキはそっと、出来る限り優しく抱いた。
するとクレハはさらに大きな声を上げて泣き出し、ジュンキはクレハが泣き止むまでクレハの悲しみを受け止め続けた。
クレハは泣き止んでからも、しばらくはジュンキに抱きついていたが、やがて静かにジュンキの胸元を離れた。
「ごめんね…。もう…大丈夫だから…」
クレハはそこまで言うと、いつものように笑顔を浮かべた。
「さ、行こう。みんなが待ってる」
「…そうだな」
ジュンキは穏やかな笑みを浮かべて返事を返すと、クレハと並んで村へと戻っていった。