昼と夜とでは狩り場はこんなにも姿を変えてしまうのかと、チヅルは空に浮かぶ満月を仰ぎながら思った。
ガルルガシリーズの防具の隙間から入り込む、夜風がとても心地いい。みんなに黙って街を出てきてしまったと後悔する気持ちを、洗い流してくれるようだ。
今のチヅルに、迷いは無かった。
「ふう…」
チヅルは深く深呼吸すると、セイフレムがいるであろう、小高い山の巣穴の入り口を見つめた。
今チヅルが立っているのが、地図上でエリア4という番号を振られている、高台の草原地帯だ。巣穴はエリア番号5が振られており、この巣穴へはエリア4番から入るかエリア6番の高い崖を登ることで入ることができる。
「よいしょ…」
チヅルは巣穴に入るためにちょっとした段差を登ると、静かに中へと入った。
巣穴の中は月の光が差し込んで、暗くはなかった。そしてエリアの中心に、夜空を見上げている一匹のリオレイア―――セイフレムがいた。
「…こんばんは」
セイフレムの方から話しかけてきたので、チヅルは驚いて歩みを止めてしまった。セイフレムはゆっくり顔を下ろすとチヅルと正面向き合い口を開いた。
「とうとう、この時が来たのね…」
「…」
チヅルは黙って背中の双剣「封龍剣・超絶一門」を抜いて構えた。
「私はあなたを恨みで、憎しみで狩る訳じゃない。でも私は、心の整理をつけたいの。…よろしく、セイフレム」
チヅルの言葉を聞いてもセイフレムはすぐに返事をせず、言葉を選ぶように少し顔を背けた。
「…私は、自分が犯した罪を知っている。けれど、私はここで死ぬわけにはいかないの。私の命はもう、私だけのものではなくなっているから。だから私は、あなたを私の命を狙う敵として…いいえ、ひとりのハンターとして、戦います」
「ありがとう、セイフレム。…いくよっ!」
チヅルは自分の心に整理をつける為に、セイフレムは純粋に自分の命を守るために、月の光に照らされし乾いた大地を蹴った。
チヅルとセイフレムの距離が縮まっていく。しかし質量差からいって、このまま激突すればチヅルが負ける。もちろんチヅルもそうなることを理解しており、チヅルは衝突する直前に身体を捻らせて、セイフレムの脇を抜け、走り去る間際に左脚を一閃した。
斬りつけたセイフレムの左脚から、真っ赤な血が噴き出す。
(まずは一撃…)
チヅルは右脚でブレーキをかけ、セイフレムを見つめた。普通のリオレイアならば、突進した勢いで前のめりに倒れこみ、まだ起き上がろうとしている頃である。
しかし、セイフレムは既に起き上がり、チヅルの方を向いていた。
「…!」
「甘いわよ!」
セイフレムはチヅルに向かって言い放つと、炎のブレスを放った。その数は3。
チヅルは正面、右、左の順番に飛んで来る炎のブレスを、それぞれ紙一重で避ける。通り過ぎた炎のブレスがチヅルの背後で爆発、炎上した。打ち所が悪ければ、即死である。
「私を、普通のリオレイアと思わない方がいいわよ」
セイフレムの言った言葉に、チヅルは下唇を噛み締めた。普通のリオレイアではない―――つまり、普通のリオレイアよりも戦闘経験があるということだろうか。セイフレムが言った言葉の意味がもしそうならば、それは通常の個体よりも経験豊富で、より強い。つまり―――。
「G級レベルか…参ったなぁ…」
チヅルは、口元が自然と笑うのを感じた。
「でも…負けるわけにはいかないっ!」
チヅルは再び「封龍剣・超絶一門」を構えると、セイフレムに向かって走り出した。セイフレムは走り来るチヅルに向かって、再び炎のブレスを放つ。
チヅルはそれを避けるようにして、セイフレムの右翼側に回り込もうとする。
しかし、それに気づいたセイフレムは自身を回転させて尻尾を振り回す。
チヅルは迫り来る尻尾をスライディングすることで避けるとセイフレムの腹の下で立ち上がり、鬼人化した。同時に、竜人としての力も開放される。
「はああああっ!」
チヅルはセイフレムの腹の下で、文字通り舞った。次々と、セイフレムの身体に傷が入っていく。
「くっ…!」
セイフレムは苦しそうな声を上げると、チヅルから逃げるように走り出した。すぐにチヅルも追いかける。
セイフレムはこの巣穴の壁際まで走るとすぐに反転し、チヅル目掛けて突進した。
「ッ!」
チヅルは慌てて右に緊急回避した。しかし僅かに遅く、チヅルの左脚にセイフレムの左翼が直撃してしまった。そのせいでチヅルはバランスを崩し、受身を取るはずが背中から着地してしまう。
「ぐっ…!」
左脚と背中に走る鈍い痛みを我慢して立ち上がると、すぐにセイフレムを探した。モンスターとの戦闘中に相手を見失うことは、死に直結するからである。
そのセイフレムは両脚を器用に使ってブレーキをかけ、転ばずに止まってみせた。
「転ばないリオレイアなんて…!」
聞いたことが無かった。
セイフレムがすぐ炎のブレスを放ってきたので、チヅルはすぐに飛び退く。直後に、チヅルがいた場所が吹き飛んだ。
チヅルは、セイフレムがこちらを向く前にアイテムポーチに手を突っ込み、中から黄色の球体を取り出した。それをセイフレムが振り向くと同時に投げ、チヅルは顔を両腕でかばった。直後に巣穴を強烈な光が覆った。ハンターが使う狩猟道具の一つ、閃光玉だ。
これを使えばモンスターの視界をしばらくの間奪うことが出来る。それはリオレイアも同じで、チヅルは確認のために顔を上げて―――驚愕した。
「なっ…!?」
セイフレムは、チヅルに向かって突進してきていたのだ。気付いた時にはもう遅く、セイフレムの顔がチヅルの腹に沈み込んだ。
「ぐふっ…!」
セイフレムはチヅルを顔の先端につけたまま、巣穴の岩壁に突っ込んだ。
「が…はぁ…っ!」
チヅルの口から唾液が飛び出す。骨が何本か砕け、自分で破砕音が聞き取れる。
セイフレムは、チヅルがぐったりと自分に体重を預けてきたのを感じると、岩壁から数歩後退した。
すると、チヅルはその場に力なく崩れ落ちた。
「…私の勝ちね」
セイフレムが悲しそうに言ったその時、突然チヅルの周囲に白い煙が発生した。
「…!」
セイフレムは慌てて飛び上がり、後退した。
しかし、セイフレムが着地する前に煙の中から「封龍剣・超絶一門」を構えたチヅルが飛び出してきた。その瞳は、赤みのかかった黄色の竜の瞳。
「はあああああああああっ!!!」
チヅルは雄叫びを上げて宙を浮くセイフレムに斬りかかった。空中で鬼人化し、無防備なセイフレムの胸元で乱舞する。
チヅルはセイフレムが着地する直前にセイフレムの胸元を蹴って後方へ飛び、何度か宙返りした後にセイフレムから距離を置いて着地した。
セイフレムが着地した時には、緑色の鱗や甲殻が赤い血に染まっていた。
「けむり玉…。まさかここで役に立つとは思わなかったなぁ…」
チヅルはひとり呟くと、ゆっくり立ち上がった。
「まだ…負けてないよ!」
チヅルは竜の瞳でセイフレムを見据えると「封龍剣・超絶一門」を構えた。