「大丈夫だとは思うのですが…」
ミナガルデの街に戻ると、ジュンキは大事をとってハンター専用の病院に入った。そこでジュンキの担当医から聞いた言葉がこれだ。何とも頼りないことこの上ない。
「つまり、確信を持てないと?」
ユウキがそう言うと、医者は申し訳なさそうに頭を下げた。
「外傷はありません。ただ内部がどうなっているのかは、開いてみないとどうにも…」
開くとなると手術になるが、それは危険を伴う。手術の結果、傷口から膿が出来てしまいそのまま死亡したという事例もあるほどだ。
「例えばさ、手術までいかなくても無事な確率を上げる方法とかないのか?」
「そうですね…。フルフルから採れるアルビノエキスを使った元気ドリンコを飲めば、多少は高くなりますよ」
「元気ドリンコにアルビノエキス!?」
ユウキは思わず驚きの声を上げてしまった。なぜなら、元気ドリンコにアルビノエキスという調合方法は聞いたことが無かったからだ。
ユウキが驚く一方、担当医は静かに笑みを浮かべるだけだ。
「ハンターの皆さんはご存じ無いと思います。これは病院の調合ですから」
「在庫あったかなぁ…」
チヅルは天井を見上げて考え始める。
「あ、俺あるぞ」
ユウキが嬉しそうに言うと、担当医は首を横に振った。
「出来る限り新鮮なアルビノエキスを使って下さい」
「じゃあ、狩りに行くしかないね」
「そうなるな」
ユウキがそう言ってジュンキを見ると、ジュンキは申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「悪いな…」
「何言ってるんだよ」
ジュンキが申し訳なさそうに言うと、ユウキは照れ臭そうに言った。
「じゃ、行ってくるね。ジュンキは大人しく街で待ってるんだよ」
「ああ、気をつけて。俺はまだ診察が残っているから、ベッキーにはよろしく言っておいて」
「うん。分かったよ」
ジュンキの言葉を最後に、チヅルとユウキは診察室を後にした。
狩りの報告とフルフル討伐の依頼を受けるために、チヅルとユウキは酒場へと向かった。今は昼間なのでハンターの数は少なく、受付のベッキーもすぐこちらに気がついた。
「お帰りなさい。ジュンキの具合はどうだった?」
「ジュンキは…」
ユウキがそう言いかけると、ベッキーは祈りの体勢をとった。
「…心からご冥福をお祈り致します」
「いや、死んでないから」
ユウキが慌てて付け加えると、ベッキーは笑った。
「分かってるわよ。あのジュンキ君が、そうそう死んだりしないわ。で、どういった具合なの?」
「まあ、内側の怪我だ」
「あら…。じゃあどうするの?」
ユウキが提出した依頼書の控えを受け取り、報酬金を差し出しながら、ベッキーが聞いてきた。
「フルフルから採れる、新鮮なアルビノエキスを使うと効果的らしい」
「じゃあフルフルの依頼ね。ちょっと待って」
ベッキーはそう言うと、カウンターの奥へと消えた。
「でも、フルフルかぁ…」
「チヅル、フルフルは苦手か?」
ユウキの言葉に、チヅルは顔を上げる。
「ううん。昔ジュンキがさ。覚えてない?」
「ははは、覚えてる覚えてる」
ユウキが笑う。するとベッキーが戻ってきて、カウンターの上に依頼書を置く。
「フルフルの討伐依頼よ。出発は明日でいいわね?」
「ああ。じゃ、明日集合ってことで」
ユウキは依頼を受けると、本日は解散とした。
数日後、チヅルとユウキは霧の濃い狩場「沼地」を歩いていた。
「…!」
ユウキの体が強張る。ユウキの目の前には巨大な昆虫、カンタロスが一匹。
―――ユウキはハンターだが虫は苦手だった。そんなユウキの前方で、チヅルが双剣を振り回しながら歩みを進めていた。
「ふんっ!はっ!やあっ!…あっ」
「…どうした?」
チヅルが何か見つけたらしく、素振りが止まった。
「あそこ」
チヅルがそう言って右手の双剣で奥を指す。そこには暗い洞窟が口を開けて待っていた。
「あそこかなぁ…」
2人が洞窟の前に立つと、冷たい風が流れ出てきた。
「ハッグシュ!」
「大丈夫か?」
「うん…」
ユウキが声をかけると、チヅルは申し訳なさそうに答えた。
「前もってホットドリンクを用意しておいて良かったな」
「そうだね」
チヅルとユウキはそれぞれのアイテムポーチからホットドリンクを取り出すと、一息に飲み干した。
「よし、行こっか」
チヅルが先に―――ユウキの虫嫌いを知っているので―――洞窟の中へと入っていった。
洞窟の中は吐いた息が白くなるほど気温が低かった。
「フルフルってさ、天井に張り付いてることもあるよね…」
チヅルの心配そうな声が、洞窟の奥に消えていく。
「だからさ…今にも上からとか…?」
「わっ!」
「きゃああああっ!!!」
ユウキが大きな声を出すと、チヅルは絶叫した。
「馬鹿っ!」
「ごめんごめん―――あ」
突然ユウキの顔が引き締まったので、チヅルは半ば本能的にユウキの視線の先を見た。洞窟の広くなった場所に、うごめく白い塊があった。
「フルフル…」
チヅルはそう言うと、インセクトオーダー改を構えた。
「一気に片づけちまおうぜ」
ユウキもクロオビボウガンを構える。
チヅルが飛び出すと、ユウキはペイント弾をフルフルに撃ち込んだ。フルフルの、口だけの顔がこちらを向く。
「うえぇ…気持ち悪い…」
チヅルは文句を言いながらも、フルフルの足元に潜り込んで切り刻み始めた。
「おらおらっ!」
ユウキはいつものように、遠くから撃つ。フルフルの体が青白く光り出すと、チヅルはフルフルから急いで距離を空けた。直後、フルフルを強烈な青い光が包み、洞窟が明るくなる。
「電撃か…」
近づくことが出来ないこの状況でも、ボウガンの発射音だけは消えない。
「遠距離攻撃の、俺には効かないぜ~♪」
青白い光がフルフルの周りから消えると、チヅルは再び斬りかかった。フルフルは敵をなぎ払うように尻尾をぐるりと回すがチヅルはしゃがんで避ける。
(あなたには恨みも何もないけど…ジュンキのために、私はあなたを狩るッ!)
チヅルは全身をバネのように伸ばして垂直に斬り上げた。
この後も、フルフルはチヅルとユウキに最後まで抵抗を続けたが、やがてその巨体を地に伏せた。
「うえ~。べとべとだよ~…」
フルフルの体液に汚れた防具を見ながら、チヅルが嘆く。
「キャンプの近くに川が流れているから、入ったらどうだ?」
「どうしてユウキの前で川に入らなきゃならないのよっ!」
チヅルの投げた砥石が、ユウキの防具に当たる鈍い音が洞窟に響く。
「イテテ…ま、アルビノエキスはこれでいっかな」
ユウキはフルフルの動かない体へ近づき、持ってきた採取用ビンを使ってアルビノエキスを採取した。
「あとは素材になりそうな部分を剥ぎ取って、街に戻るか」
「うん!ジュンキが待ってる!」
チヅルとユウキはフルフルから素材を剥ぎ取ると、寒くて暗い洞窟を後にした。