チヅルは自分の原点―――自分が生まれ育ち、そしてハンターとなるキッカケになった場所へと、一度戻ることにした。
その場所は、ここドンドルマから距離があり、7日間では行って帰ってギリギリの場所である。その為、チヅルは日が暮れる前にドンドルマを出発した。
竜車に揺られて乗り換えて、再び揺られて乗り換えて…。自分がハンターになってから一度も戻ったことのない場所なのに、道には迷わなかった。
そしてドンドルマを出てから3日目の午前に、チヅルはある村と村の間で竜車から降りた。
「こんなところでいいのかニャ?」
御者のアイルーが首を傾げる。ここは村と村を結ぶ街道の途中である。辺り一面広葉樹の林で、他には何も無い。
「うん。次はいつここを通るの?」
「ニャー…。次の村で折り返しだから、多分2時間後くらいだと思うニャ」
「分かった。ありがとう」
チヅルはここまでの運賃を支払うと、竜車はゆっくりと遠ざかっていった。
「ん~っ!」
竜車が完全に見えなくなると、チヅルは背伸びをした。さすがに武器防具を装備したままで3日も竜車に揺られていては、伸びのひとつもしたくなる。
チヅルは伸ばした腕を降ろすと、上を向いた。青い空、白い雲。いい天気である。
次に、下を向いた。この道は主要街道ではないので、石畳ではないが、雑草が生えない程度に整備されている。
「どこかな…?」
チヅルはぐるりと、周囲を見渡した。そして、とある場所だけ雑草の高さが違うところを見つけた。
この場所だけ、他の場所より雑草の高さが低いのだ。チヅルはその場所に近づくと、あるものを探した。
幸いにも、それはすぐに見つかった。
「あった…!」
それは1枚の木の板であった。雨風に晒されひどく傷んでいたが、それには「リーン」と刻まれている。
「…」
チヅルはしばらく黙ってその文字を見つめ続けたが、やがて元あった場所に戻すと、雑草地帯の奥へと歩み始めた。
「昔はここも整備されていたのに、今じゃ雑草だらけか…」
長い木々のトンネルを抜けると、開けた場所に出た。一面雑草の草原になっているが、その中にいくつか廃屋が横たわっている。
「リーン…。私の村…」
チヅルは膝の高さまである雑草をかき分けながら、廃村の中へと入っていった。そして、ひとつの廃屋の前に立つ。
「…ただいま」
そう、チヅルは自分の原点、自分の生まれ育った村へと帰ってきたのだ。
今から5年程前のことである。
チヅルが12歳の時に、この村は地図から消えた。今なら分かるが、雌火竜リオレイアに、この村は襲われたのだ。
50人に満たない小さな村の村人達の半数は死に、生き残った者は他の村へ移住した。チヅルの両親や兄弟も、この時に死んでいる。
こんな小さな村だが、ハンターも数人いたことを覚えている。
しかし、小さな村にやってくる依頼は小さなものしかなく、飛竜との戦いに慣れていなかったハンター達はリオレイアに太刀打ち出来ずに、死んでしまった。
だが、そのハンター達のおかげで、リオレイアはこの村を去ったのだ。
左脚に、大きな傷を残して。
チヅルは、閉じていた瞼を静かに開いた。
「…じゃあ、もう行くね」
チヅルは、自分が両親と共に住んでいた廃屋に語りかけると、来た道を戻り始めた。
「…来て、良かった」
チヅルとしては、リーンの村に戻ってきて良かったと思えた。
両親は死んでしまったが、ジュンキは生きているのだ。必ず、また会える。
「早く帰ってこないかな…ジュンキ…」
チヅルは迷いが吹っ切れたことを早くみんなに伝えたくて、帰りの竜車が通りかかるまでまだ時間があるのに、街道へ向かって走り出した。
チヅルが失った故郷へ向かった一方で、ショウヘイとユウキはココット村を訪れていた。行方をくらましたジュンキの手がかりを探す為である。
2人はまず、村のことは何でもお見通しの、村長を尋ねることにした。
「お久しぶりです」
「久しぶりだな、村長」
「…おおっ!?ショウヘイにユウキか。久しぶりじゃのう…。前回会った時は、ジュンキが大怪我を負った時じゃったの」
村長の言葉に、ショウヘイとユウキは顔を見合わせて苦笑いした。
「実は、今回もジュンキについてなんです」
「ほお…何事かな?」
「ジュンキが、行方をくらましたんだよ。村長は何か知らないか?」
「うむ…儂は知らんのぉ…」
村長は考える素振りを見せたが、すぐに首を横に振った。
「そうですか…」
「なんじゃ?それだけのことで戻ってきおったのか?」
「ええ、まあ…」
ショウヘイは苦い顔をしたが、逆に村長は優しい笑みを浮かべた。
「そうか。ジュンキは頼りにされとるんじゃな。しかしの、この村には戻ってきておらんよ」
「…分かりました」
「ありがとう、村長」
「うむ。…ところで、ヌシ達は今、時間があるのかの?」
踵を返してドンドルマの街へ戻ろうとしたショウヘイとユウキは、村長に呼び止められて振り向いた。
「…と言いますと?」
「うむ…実はこの村の裏山では今、ランポス達が大量発生しているのじゃ。時間があるのならば、数を減らしてほしい。このままでは草食竜達が食べられ、その後にはこの村を襲うことになるじゃろうて」
「…手伝いたいのは山々なのですが」
「村長、今俺達はパーティを解散させての休暇中なんだ。だから、すぐ街に戻らないといけないんだよ」
「うむ。無理は言わん。この村にもハンターはおる。もし大事になれば、ハンターズギルドに助けを求めるだけじゃて」
「村長、大丈夫」
ユウキは、ショウヘイと目を合わせてから言葉を続けた。
「仲間と合流したら、すぐ飛んで戻ってくるからさ。4、5日くらい待っててくれないか?」
「…すまぬの。こっちのことは、忘れてくれて構わんというのに」
「そんなことを言わないで下さい。すぐ戻りますので」
ショウヘイとユウキは村長に一礼すると、急いでドンドルマの街へ戻ることにした。