雪山はとても寒く、ホットドリンク無しではまともに動き回れない気候である。そのため、この雪山に生息するモンスター達は寒さにも負けない強靭な肉体を持ち、常にポッケ村の村人達をおびやかしている。そんな危険地帯にぽつんと、ひとりのハンターが岩の上に座っていた。
「ふぅ…っ!」
深紅の防具を纏ったハンター…ジュンキはゆっくり目を閉じると、意識を身体の中心に集中させた。
「…」
そして目をゆっくり開くと、近くを流れている小川に近寄り、自分の顔を覗いた。
そこには当たり前だが、自分の顔がある。しかし、瞳だけは普段と異なっていた。
瞳孔が不気味に縦に割れた、深蒼の瞳。リオレウスの瞳である。
「…」
ジュンキは身体を起こすと背中から太刀「ラスティクレイモア」を鞘ごと外し、体の前で構えた。ゆっくりと刃を引き抜き、両手で持つ。
―――刹那。
「っ!」
身体の奥底から、強烈な殺人衝動がはい出てきた。腕が、脚が、勝手に動こうとする。
「ぐ…っ!」
それを意志の力で何とか抑えようとするジュンキ。
しかし、暴れる竜の力の方が僅かに強かった。一歩一歩、ゆっくりとだが、ポッケ村の方へと歩き出す。
「くそ…っ!止まれ…!止まれぇっ!」
歯軋り。荒い呼吸。このままでは、ただの殺人鬼になってしまう。
一瞬歩みが止まったその瞬間を逃さず、ジュンキは一気に隣の森へと駆け出した。
「うおおおおおあああああっ!!!」
人でもモンスターでもいい、何でもいいから殺したいという衝動を、ジュンキは一本の大木にぶつけた。
ジュンキのラスティクレイモアが、大木を一閃した。大木の幹は綺麗に輪切りされ、轟音と共に倒れる。
「はあ…はあ…はあ…っ!」
今は殺人衝動などない。
ジュンキはその場に座り込むと、曇天の空を見上げた。
「…まだ駄目か」
ひとり呟くと、ジュンキは先程放り投げた太刀の鞘を拾うために、ゆっくり立ち上がった。
「ただいま、村長。ギアノス15匹の討伐を終えたよ」
「おお、おかえり」
ジュンキは雪山から戻ると、初めに村長へ狩りの報告をした。
この村に来た一番の理由は竜の力の制御のためだが、村に滞在する以上はハンターとして活動しなければならない。働かざるもの食うべからず、である。
「いつもありがとうね。これが今回の報酬金だよ」
ジュンキは報酬金が入った革袋を受け取ると帰路についたが、村唯一の雑貨店兼青果店の前にいた、ポッケ村ただひとりのハンターに声を掛けられてしまった。
「ジュンキさん、狩りからお戻りですか?」
明るい赤色の髪を肩まで伸ばし、髪と同じ明るい赤色の瞳のハンター…名前をリサという。
今は村の中なので、ポッケ村の民族衣装でもあるマフモフを着ているが、狩場ではハンマーを使うハンターである。
「ああ、今日はギアノスを15匹」
「いつもありがとうございます。私だけでは手が回らなくて…」
リサはそう言うと、頭を下げる。
「いや、頭まで下げなくても…」
「あ、すみません」
リサは慌てて顔を上げた。
「あ、また今度一緒に狩りに出て頂けませんか?私一人では困難な依頼が来たので…」
「ああ、いいよ。困ったときは、お互い様だしね」
「では、よろしくお願いしますね」
ジュンキは簡単な会話を済ませるとリサと別れて、自宅へと戻った。
「疲れたな…」
ジュンキは家の扉を閉めると背中からラスティクレイモアを抜き、レウスヘルムを取ると、そのままベッドに腰掛けた。
「早く街に戻らないとな…」
ジュンキは右手を正面にもってくると、力強く握りしめた。
※
ガノトトス狩りから戻ってきた4人の姿を見て、丁度ドンドルマの街の大衆酒場で昼食を摂っていたショウヘイは、何事かと心配になってしまった。
ガノトトスの狩猟自体は成功したということは、ユウキとカズキの喜びに満ちた顔を見ればすぐにわかるが、チヅルはドンドルマの街を出発した時より更に元気が無いように見えるし、クレハは少し怒っているように見える。
そこで、ショウヘイの第一声はこうなった。
「…何があった?」
「チヅルちゃんが、絶不調だったのよ」
次々と席に着いた4人にショウヘイが尋ねると、クレハが今回の狩りでのチヅルの失態を説明した。「初っ端から水ブレスで風穴を開けられそうになるわ、音爆弾と閃光玉を間違えて投げてパーティメンバー全員の視界が潰れるわ、昼間の砂漠でホットドリンクを飲んでぶっ倒れるわで大変だった」と。
チヅルは小さな声で「ごめんなさい」と言う。
「で、でもガノトトス自体は何とかなったんだから、な?」
「そうそう!怪我人も出なかったんだし!」
ユウキとカズキがチヅルをフォローするが、チヅル本人はさらに落ち込んでしまう。
「ねえ、ショウヘイ…」
「どうした?クレハ」
「提案なんだけど、少し休みを貰えない?」
「そうだな…。黒龍ミラボレアスと会って、紅龍ミラバルカンと戦って、ジュンキが失踪して…。いろいろな事があったからな」
「チヅルちゃんの心の整理のためにも、ね?」
「え?悪いよそんなの―――」
「チヅルちゃんは黙ってて」
「はい…」
チヅルの反論は、クレハに押し潰されてしまった。
「ユウキとカズキもそれでいいか?」
「おう」
「いいぜ」
「…では、しばらくの間、狩りは休みにしよう。期間は…そうだな。7日間。では解散」
ショウヘイの一言で、このパーティは7日の間、活動を停止することとなった。
「疲れた…」
部屋に戻ったチヅルは、武器や防具を外さないまま、椅子に座った。
「明日からどうしようかな…」
ひとりでもいいので、ジュンキの居場所につながる手がかりを探そうか。いや、恐らく何も出てこないだろう。大衆酒場の給仕であるユーリでさえ、彼の居場所を知らないのだから。
「…一度、私の原点に戻ってみようかな」
チヅルはそう言うと、簡単な荷造りを始めたのだった。