今回のガノトトスは、砂漠の地下の、地底湖へ現れたらしい。
その地底湖と、岩場の遊水地が、水面下で繋がっているらしく、このままではこの地を通る商隊の休憩場所として使えなくなってしまうというのが、今回の狩猟依頼が出た主な理由である。
といっても、実際そんなことを気にするハンターは少ない。
多くのハンターは、モンスターを狩猟して、生活費を得ることができたらそれでいいのだから、いちいち狩猟の理由など気にしていないのだ。
もちろんそれは、チヅル達も例外ではない。
「しっかし、相も変わらず、砂漠は暑いなぁ~…!」
ベースキャンプの設営が終わると、ユウキは額の汗を拭いながら言った。
「だけど、地底湖は息が白くなるほど寒いぜ?」
と、ホットドリンクを右手に、やれやれと首を振るカズキが言う。
「さ、早いとこ終わらせて、街に戻ろう?」
クレハは、いつもと変わらない様子だった。
この3人の様に、気楽で前向きになれたらいいのにと、チヅルは改めて思う。
「…チヅルちゃん?」
「えっ、わあっ!?」
我に返ると、クレハの顔が視界を覆っていたので、チヅルは思わず情けない声を上げてしまった。
「だ、大丈夫!準備万端だよ!」
「そう?じゃあ出発!」
「オ~ッ!」
クレハの掛け声にユウキとカズキが続き、チヅルも小さく「うん」と言ってから、ベースキャンプを出発した。
ベースキャンプから地底湖へは、一旦砂漠を横切らなければならず、4人はすぐにクーラードリンクを飲んだ。
灼熱の砂漠は歩くだけでも体力を消耗してしまうため、地底湖の入り口に着くまで、誰一人として口を開かなかった。
「寒…っ」
地底湖に入ると、先程の砂漠とは打って変わってとても寒く、チヅルは思わず声に出してしまった。すぐに4人はホットドリンクを飲む。
「さてと…ガノスちゃんはいるのかな…?」
カズキはそう言うと、薄暗い地底湖の奥へと歩みを進める。
「カズキ~。どうだ~?」
「ガノトトスはいないな。地下で繋がってるっていう、岩場の方か…?」
カズキの返事を聞いて、チヅル、クレハ、ユウキも地底湖の奥地―――水際まで移動する。
「…どうする?岩場に行くか?」
「…ここで待ち伏せしない?幸い、小型モンスターもいないし…」
カズキの問いかけにクレハが答えると、カズキとユウキは頷いて了承した。
「チヅルちゃんは?」
「え、あ、うん…。そうしよう」
全員一致したところで、簡単な作戦会議を開いた。
ガノトトスは音に弱く、音爆弾で水中から引き摺り出すことができる。そしてガノトトスが着地すると思われる場所に落とし穴やシビレ罠を設置しておき、一気に攻撃することにした。
「落とし穴は、ここらへんでいいかな?」
「そこなら、どこから飛び出しても大丈夫だろ」
ユウキは、カズキのアドバイスを聞きながら、落とし穴を設置する。
「さて、ガノトトスはいつ現れるか…」
ユウキが地底湖を睨みながら言うと、チヅルが水際に立った。
「私が見張ってるよ」
「疲れたら言ってね。すぐ交代するから」
「うん」
クレハの言葉に頷くと、チヅルは地底湖の方を向いた。水面に動きがないか、警戒する。
「異常なし…か…」
ボソリと呟くと、チヅルは肩の力を抜いた。それと同時に、雑念も頭に入ってくる。
「…ジュンキ」
やはり、どうしても気になってしまう。
あのジュンキだから、死ぬことはないと思うが、今何をしているのかと、小さな不安が積もってしまう。あれだけクレハに対して、ジュンキについていろいろと言ってきているのに…。
そんな自分は、ジュンキのことを諦めているはずなのに…。
どうしてこんなに、気になってしまうのだろうか。やはり自分は、心のどこかで諦めきれていないのだろう。
「やっぱり私は、ジュンキの事を好きで、諦められないのかなぁ…」
だったらいっそ、クレハに対して徹底抗戦を構えたらどうだろうかと考えてみるが―――クレハの方が、狩りの腕前は恐らく上だし、積極的だし、背は高いし、髪は長いし、胸もあるし―――。
「か…勝てない…!」
やはり、自分ではクレハに勝てないのだ。
唯一勝てそうなものは―――気持ち?…既に自分は、諦めかけているではないか。
「ああ…。もうだめかも…」
自己嫌悪に陥ってしまったチヅルは、地底湖の水面に音もなく現れた巨大な背ビレに気が付かなかった。それは、静かにチヅルへと近づき―――。
「チヅルちゃん!」
クレハの叫び声を聞いて、チヅルは本能的に回避行動を取った。
チヅルの耳には轟音と何かが砕ける音が聞こえ、目を向けると、先程まで自分が立っていた場所に大きな穴が空いていた。
「あっ…!」
地底湖の方を見ると、そこには全身の半分を水面から出した、ガノトトスの姿があった。
「行くぜー!」
「おらあああ!」
カズキが、ガノトトスの顔面にブロスホーンで突きを入れる。
ユウキは落とし穴の後方より、クロオビボウガンで狙い撃ちしていた。
「チヅルちゃん!大丈夫!?」
「あ、うん、大丈夫…!行こう!」
クレハが心配そうな顔で駆け寄ってきたので、チヅルは出来る限り真剣な表情で答えて、背中の封龍剣「超絶一門」を抜いた。
(今は、狩りに集中するんだ!)
チヅルとクレハが駆け出すと同時に、ガノトトスは水中に潜ってしまった。
しかし次の瞬間には、地底湖に高周波の破裂音が響き、ガノトトスは飛び上がった。カズキが投げた音爆弾である。
ガノトトス一度水中に潜ったが、すぐに水中から飛び出してきた。
だが着地と同時に、その巨体の半分が地面へ沈んでしまう。先ほど仕掛けた落とし穴が発動したのだ。
「今だ!」
「いくよー!」
「私も!」
ユウキの合図にチヅルとクレハは鬼人化した。
「!」
チヅルとクレハは、すぐ異変に気がついた。双剣の重さを感じなくなったのだ。いや、自分の体重すら感じなくなったというべきか…。身体が、恐ろしく軽いのだ。
「これは…!」
「すごい…!」
異変はもうひとつ起きていた。
普通、双剣使いは鬼人化を連発しない。それは、鬼人化は身体能力を一時的に向上させるものの、その分反動が大きいからだ。下手に鬼人化を使うと、それが解けたときに気絶してしまうハンターがいるほどである。ある程度疲弊してきたら鬼人化を解いて、後退するのが双剣使いのセオリーだ。
しかし、今のチヅルとクレハは疲れを感じることがなかった。それどころか、一種の快楽さえ感じられる。
これらが意味するところは、ひとつ―――。
「私達は…」
「竜人だから…?」
そうとしか思えなかった。竜人は、竜の力性と人の知性を合わせ持つ者だからだ。体重を感じなくなったり、疲れなくなったのは、竜の力性が目覚め始めてきている兆候なのだろう。
「…!」
ガノトトスが落とし穴から脱出すると同時に、チヅルとクレハも距離を取った。ガノトトスはその巨体を活かして、尾ビレを振り回し、攻撃してくる。
「うわっ!」
「危なっ!」
ユウキとカズキは慌てて距離を取るも、チヅルとクレハはその場を動かなかった。
「避けろっ!」
ユウキの声が地底湖に響く。いくらチヅルのガルルガシリーズ防具とクレハのレイアシリーズ防具をもってしても、あの巨大な尾ビレに弾き飛ばされれば、無傷では済まない。
「くそっ!」
間に合わないと分かっていても、カズキはチヅルとクレハを助けようと駆け出す。だが残酷にも、ガノトトスの尾ビレはチヅルとクレハを吹き飛ばす―――はずだった。
しかし次の瞬間には、ユウキとカズキの視界から、チヅルとクレハは消えていた。
「なっ…!?」
「え…?」
チヅルとクレハは突然ガノトトスの足元に現れ、チヅルは右脚を、クレハは左脚を斬りつけて、先程の場所から丁度反対側に駆け抜けた。それと同時にガノトトスはバランスを崩し、その場に倒れる。
しかし、ガノトトスも飛竜だ。大量の血液を流しながらも地底湖に飛び込み、水底へと姿を消してしまった。
「…ふう」
「はあ~」
チヅルとクレハはそれぞれ短いため息を吐くと、ゆっくりと立ち上がった。
「だ、大丈夫か…?」
「うん。怪我はないよ」
駆け寄ってきたユウキに対して、チヅルは何事もなかったかのように答えた。
「な、何が起きたんだよ…」
「竜の力…って言えばいいのかな。ほら、私とチヅルちゃんは、竜人だからさ…」
驚きを隠さないカズキに、クレハは難しい顔をして答える。
「今のが、竜人としての力なのか?」
「ううん、これはまだほんの一端だと思う。完全に目覚めると、多分…先日のジュンキみたいになると思う…」
ユウキの問い掛けに、クレハはチヅルの方を見ながら答えた。
「先日の…ああ、あれか…」
カズキも、それがどんなものかを理解した。
「あの時、ジュンキには、翼が生えていた…」
チヅルの言葉を最後に、沈黙が地底湖を包んだ。
「―――はいっ!」
突然、カズキが手を打ち鳴らす。
「この話はここまで!さっさとガノトトスを狩ろうぜ!」
カズキの言葉に、チヅルとクレハとユウキは笑顔を取り戻した。
しかし、ここでユウキがあることに気が付き、再び落ち込んでしまう。
「あああああっ!ペイントするの忘れてた!」
「あ、大丈夫だよ」
「へ…?」
クレハの言葉に、ユウキは顔を上げた。
「ガノトトスがどこにいるのか、分かるよ」
「ほ、ほんとか?クレハ、いつの間にペイントボールを…?」
「ううん、そうじゃなくて…。何て言えばいいかなぁ…。感じるっていうのかなぁ…?」
「…?」
ユウキとカズキは首を傾げたが、クレハの横ではチヅルがうんうんと頷いていた。
「クレハちゃん、これは竜人じゃないと理解してもらえないよ」
「だね~」
「あ~!ずりーぞ!」
チヅルとクレハの様子に、カズキは嫉妬の目を向ける。
「ま、ついてきて。こっちだから」
そう言って、クレハを先頭に歩き出した。
(もしかして…)
ここでチヅルは、頑張ればジュンキの気配も感じ取れるのではないかと思い、意識を集中してみるも、全く感じ取ることはできなかった。