ドンドルマの街は、朝から賑わっている。
人口が多いので、当たり前といえば当たり前なのだが、今日もそれが鬱陶しく感じてしまう。行き交う街人やハンター達は表情明るく、今日はこれからどうしようかという期待が見て取れる。
だが今の自分はどうだろう。とてもじゃないが、そんな気分にはなれそうにもない。
先日、何の別れも告げずに、パーティメンバーのひとりが出ていってしまったのだから。
そしてそれが、自分が最も気になる相手となると、尚更である。
「ふう…」
小さくため息を吐くと、チヅルはそっと瞼を閉じた。
「あ~いたいた!チヅルちゃん!」
自分の名前を呼ばれたので目を開けると、目の前にひとりのハンターが立っていた。
深緑の防具に身を包んだ、青髪青瞳の少女―――パーティメンバーのひとりである、クレハだ。
「おはよう、クレハちゃん…」
クレハに対し、チヅルは素っ気なく挨拶を済ます。
すると、クレハは「隣に座るよ」と言って、チヅルの横に座った。
「また朝からこんなところに座ってる~」
「む~…。いいでしょ?ここに居たい気分なんだから…」
「またジュンキのことを考えてるんでしょ?」
「…」
チヅルは思わず、クレハから目を逸らしてしまった。
すると、すぐにクレハが立ち上がり、チヅルの目線の先に立つ。
「ジュンキは帰ってくるって言ってたんだし、大丈夫だって」
「…どうして止めてくれなかったの?」
「ジュンキが街を出ていこうとした時のこと?あんな目をされたら、止めるに止められないよ」
「どんな目?」
「覚悟を決めた目」
チヅルは目を伏せたが、何かに気が付いたように顔を上げた。
「ねえクレハちゃん、ジュンキがどこに行ったか知らない?」
「え?し、知らないなぁ…」
「そう…?」
クレハは、ジュンキがこのシュレイド大陸の最北端にある、小さな村に行ったことを知っている。だが、それを言う訳にはいかなかった。
その代わりに、クレハはジュンキが戻るまで、チヅルを支えようと決めている。
「大丈夫。必ず帰ってくるよ」
「うん…そうだよね…」
「そうそう!さ、朝ご飯まだだよね?一緒に行こう?」
「…うん」
クレハの誘いにチヅルは頷くと立ち上がり、大衆酒場を目指して歩き出した。
大衆酒場は朝からひどい混雑だったが、パーティメンバーが席を取っておいてくれていたので、チヅルとクレハは難なく座ることができた。
「揃ったな。おーい!ユーリーっ!」
「はーい!」
パーティメンバーのひとりである、ランス使いのカズキが大声で呼ぶと、この大衆酒場の給仕であるユーリが飛んでやってきた。チヅル、クレハ、ショウヘイ、ユウキ、カズキが、それぞれの朝食を注文する。ユーリが、テーブル来た時と同じように飛んでカウンターへと戻ると、すぐに注文された朝食が運ばれてきた。
5人は早速ナイフやフォークを持ったが、すぐに太刀使いのショウヘイが声を上げた。
「食べながらでいいから、今日のこれからを話し合おう」
「そろそろ狩りに行きたいなー?」
ガンナーのユウキが、最初に意見を述べた。
「ジュンキが抜けてから、既に5日が経ってる。そろそろみんなも落ち着いてきた頃だと思うんだけど?」
ユウキは言いながらショウヘイの方を向き、ショウヘイは頷いた。
「同じだ」
ユウキの意見にカズキも賛同した。
「私も」
クレハも賛同するが、チヅルは肯定も否定もせずに、黙々と朝食のサラダを口へ運んでいた。
「チヅルちゃん、本当に大丈夫…?」
クレハはつい心配になってしまい、チヅルに声を掛ける。
すると、チヅルはゆっくり顔を上げて、口を開いた。
「みんなはさ…ジュンキのこと、心配じゃないの…?」
チヅルの質問に、一同は困った顔をした。
―――最初に口を開いたのは、ショウヘイだった。
「勿論、全く心配していない訳じゃない。だけどジュンキは、何の考えも無しに、飛び出していくような奴じゃないからな」
「うんうん」
「そうそう」
ユウキとカズキも頷く。
クレハの方を向くと、クレハは「ね?」とウインクしてみせた。
「…そうだね。ごめん。弱気なのは、私だけだったんだね。…私も、ジュンキを信じてみる」
「…よし。そうと決まったら、あとは何を狩りに行くかだな!」
「ディアブロスとかいいんじゃないか?」
とユウキ。
「最近は、グラビモスを狩りに行っていないな…」
とショウヘイ。
「やっぱりリオレイアでしょ!」
とクレハ。
「初心に帰って、イャンクックとかどう?」
とチヅル。
「男は黙ってガノトトスだろ!」
とカズキ。
「な、何それ~っ!」
カズキの言葉に、クレハは腹を抱えて笑った。
ショウヘイとユウキは苦笑いし、チヅルも自然と笑みがこぼれる。
「よし。じゃあ今回は、ガノトトスだな」
ショウヘイが話をまとめると、他の4人は頷いた。
「さて、問題は人数なのだが…」
ショウヘイが目配せすると、ユウキがおもむろに拳を突き出した。
「これだな?」
「ああ」
ショウヘイがユウキの行動を認めると、5人全員が身構えた。
「せーのっ!」
「最初はランポス!じゃんけん―――!」
「俺か…」
じゃんけんの結果、今回はショウヘイがお休みとなった。
「丁度いい。斬破刀のメンテナンスでもしておくかな」
「出発は今日の昼で。それじゃあ朝食を終えたら各自解散っ」
カズキが宣言すると、5人は朝食に戻っていった。
朝食の後にガノトトス狩りの準備を終えたチヅルは、朝に座っていた街角のベンチに再び座って、時間を潰そうと考えていたのだが、そこには先客がいた。
「やっほー、チヅルちゃん」
「クレハちゃん?どうしてここに?」
「ん~…。何となくかな?でも、ここ、いい場所だねー」
「でしょ?私の、お気に入りのポイントなの。隣、座るね」
チヅルは一言断ってから、クレハの横に座る。
「ねえ、クレハちゃん」
「なぁに?」
「ジュンキ、今頃は、何をしているのかな…?」
「さあ?分かんないよ、そんなこと」
「だよね…。クレハちゃんは、ジュンキのこと、気にならないの…?」
チヅルの問い掛けに、クレハは青空を見上げて「ん~…」と考えていたが、やがて「気にしても仕方ないよ」と答えた。
「気にならないってこと?」
「気になるけど、気にしても仕方ないってこと。チヅルちゃんは気にしすぎだよ~」
「クレハちゃんは、気にしなさすぎだよ…」
「どうして?」
「クレハちゃん、ジュンキのこと、好きなんでしょ?」
「またその話…」
チヅルの言葉に、クレハは頭を抱える。
「好きな人の事って、気になるものじゃないの…?」
「あ~の~ねぇ!いい仲間だとは思ってるけど、まだ好きっていう感情は無いって、前から言ってるでしょ!?」
「まだ…?じゃあ、いずれは好きになるの…?」
「…!」
「あ、やっぱり…もう好きになってるの…?」
「…知らないっ!」
クレハは飛ぶように立ち上がると、早足で街の中央へと消えていった。
この様子を見て、チヅルは思わず微笑んでしまう。
「あんなに顔を赤くして…。クレハちゃんも、正直じゃないなぁ…」
そう言っておきながら、そういう自分はどうなのだと思うと、チヅルはひとり、苦笑いしたのだった。