プロローグ
辺り一面の銀世界。
雲ひとつない青空を、突き刺すように尖った先端をもつ雪山と雪山の間を抜けるように、一匹の竜が北へ北へと飛んでいた。
その右足の上には、俺が乗っている。
火竜リオレウスと呼ばれるこの竜にとっては、この寒さくらいどうといったことないのかもしれないが、乗っている身としては、ホットドリンク無しでは到底耐えられない寒さである。
「…まだ着かないのか?」
「もうそろそろだ」
俺は今、このリオレウスと会話している。
この状態を、他のハンター達に見られたらならば、大変な騒ぎになるだろう。
「街を出てから、もう2日は経ったよな…?」
「大陸の最北端だからな。アプトノスに引かれていては、10日くらいかかっただろう」
「ほんと、お前には感謝しているよ…」
「感謝しているのは儂の方だ。ヌシは、ミラバルカンの攻撃を未然に防いでくれたのだぞ。この礼は、ヌシを運ぶことだけでは返しきれないと考えているくらいだ」
「そんなに気を使わなくてもいいよ…」
「そう言ってもらえると助かる。―――ほら、見えてきたぞ」
リオレウスの言葉を聞いて、俺は前を見た。谷間に小さな集落が見える。
あれが―――。
「ポッケ村…」
「儂が村の中に入ると、いろいろ面倒だろう…。近くで降ろすぞ」
リオレウスはそう言うと、徐々に高度を落とし始めた。
雪原に足を下ろすと、俺はリオレウスと向かい合った。
「ここまでありがとう」
「先程も言ったが、礼を言うのはこちらだ」
「…また何かあったら、呼びに来てくれよ。力になるから…」
「すまない。その時はよろしく頼む」
「じゃ、元気で。ザラムレッド」
「ああ」
先日、このリオレウスはザラムレッドという固有の名前を教えてくれた。
そのザラムレッドは大きな翼を広げて飛び上がり、南へと飛び去った。
それを見届けてから、村の入り口へと歩みを進める。
「寒っ…」
この寒さに慣れるまで、外出時はホットドリンクが不可欠だなぁ…と考えながら、村の入り口の門をくぐる。
この村の村人達は、突然現れたハンターに驚いていたが、村長の居場所を尋ねると、丁寧に教えてくれた。
その村長は、村の奥で焚き火の前に立っていた。背はとても低く、ついココット村の村長を思い出してしまう。
「すみません、あの~…」
「おや、どうしたのかね?…ん?この村の者ではないね。ハンターさんが、大陸最北端の村に、何の御用かな?」
「短い期間かもしれませんが…ここに身を置きたいのです」
事情を話さない、素性の知れないハンターを、村長は頭の先から足の先までを見る。
「ふむ…訳ありのようだね。訳は後から聞くとして、ヌシの名前は?」
「ジュンキ、です」
「うむ。ではジュンキ殿。この村にもハンターは居るのだが、たったひとりで、しかも『おなご』じゃ。短い期間でも、村のために、よろしく頼みますよ」
「ありがとうございます」
ジュンキは深々と一礼した。
案内された空き家に入ると、ジュンキはまず近くの椅子に座った。
「ふう…」
ため息をひとつ吐くと、部屋を見渡した。
「ひとりぼっちか…」
自分は今、大陸最北端のポッケ村にいる。もちろん遊びに来たわけではない。
この村に来た最大の理由―――それは、自分の中の「竜」を制御することである。
先日、紅龍ミラバルカンと戦った時に、自分の中の「竜」が目を覚まし、自分は竜人となった。
しかしあの時、自分の中「竜」は暴れていた。
危うく「人」を忘れるところであった。
もし自分が「竜」に、完全に飲み込まれていたら、どうなっていたか。
…恐らく「人」の持つ知性と理性を失い「竜」が持つ力性と本能が暴走し―――その場に居合わせた大切な仲間たちを、斬り殺していたかもしれない。
「早く、街に戻らないとな…」
パーティメンバーには内緒で―――既に、あるメンバーにはバレてしまっているが―――パーティを抜け出してしまったのだ。早く自分の中の「竜」を制御し、みんなのところへ戻りたい―――。
「でもその前に…まずは部屋の掃除からだな…」
ジュンキはひとり呟くと、長年空き家だったのか、埃だらけの自室を掃除するために、ザラムレッドに揺られての長距離飛行で、ヘトヘトの身体を起こした。
「しかし、広い家だな…」
このくらいの広さなら、窮屈かもしれないが、押し込めば6人で住めるかもしれないと、ジュンキは街に残してきた仲間達へ思いを馳せた。