「―――そして2年が経った17歳の時に村を出て、ミナガルデの街に行ったんだっけ。母さんと同じ、リオレイアの防具を身に着けて…。そして、ジュンキに出会った…。あの時のジュンキは…今でもだけど、リオレウスの防具で、ベッキーは私とジュンキを夫婦みたいだって、からかったっけ…。そして…私にはリオレイアの血が流れてる、か…。母の防具、私の防具、母の死因、私の血…。私とリオレイアは、切っても切れない縁が、あるのかな…」
クレハは「ふぅ…」と小さなため息を吐くと、顔を目の下まで湯船に沈めた。
「旦那さん!生きてますかニャ!?」
部屋付きアイルーに脱衣所から叫ばれて、クレハは我に返った。どうやら相当長い時間、湯船に浸かっていたらしい。
「大丈夫!生きてるよー!」
「はニャ?そうですかニャー」
部屋付きアイルーはそう言い残し、安堵したように脱衣所を出ていく。
「…そろそろ上がろう」
クレハは勢い良く湯船から上がると、タオルケットに掛けておいた浴室タオルに手を伸ばして―――異変に気付いた。視界がぼやけ、全身の感覚が薄れていく―――。
「しまっ…た…!」
「のぼせた」と頭が理解した時には、既にクレハは浴室に倒れていた。
「うっ…。う~ん…?」
目を開けると、そこには脱衣所の天井があった。
「気がついたか…。大丈夫か?」
「え…?」
声が聞こえた方を向くと、そこには心配そうにこちらを覗く、ジュンキの顔があった。
「私…?」
「のぼせたんだよ」
そう、自分はのぼせたのだ。
そして現在、自分は脱衣所の床で仰向けに寝かされている。丁寧にも、頭と床の間にはタオルが挟まれ、枕のようになっていた。
しかし、浴室の床に叩きつけられたのは痛かった。なにせ自分は裸で―――裸?
「…もしかして」
クレハは、恐怖心と羞恥心で震え始めた全身を理性で抑え付けながら頭を少しだけ持ち上げ、足の方を見た。
素の足、素の膝、素の太腿…。
全…裸…?
そして、横には男(ジュンキ)の人。
ここがクレハの、理性の限界だった。
「あぁ…っ!やぁ…っ!いやあああああ―――ッ!!!」
クレハは右手で拳をつくると、心配そうな表情のジュンキの顔面目掛け、思いっきり殴りつけた。
迫るクレハの握り拳を、ジュンキは寸前でクレハの手首を掴み、寸前で防ぐ。
「危なっ!?」
「こんのおおおおお―――ッ!!!」
右アッパーを防がれたクレハは、次に左アッパーを繰り出す。
しかし、これも左手首を掴まれてしまい、ジュンキの顎には届かなかった。
ここでクレハは、ジュンキに両手首を掴まれてしまい、身動きが取れないことに気が付いた。
そしてこの状態では、クレハは自分の身体を隠すことができない!
それに気が付いたとき、クレハは顔を真っ赤にし、必死に暴れて抵抗を始めた。
「み、見ないでえええええ―――ッ!!!」
「み、見てない!!!見てないし見えないから落ち着けってば!!!」
クレハはジュンキにそう言われると、恐る恐る自身の胸元を見た。
先程は気が動転していて気付かなかったが、太腿の上半分から胸元までは厚手のバスタオルが掛けられ、確かに見えてはいない。
クレハの身体からは、安堵したことにより力が抜け、それを見たジュンキも、クレハの手首を放す。
―――そして、会話が途切れた。非常に気まずい空気が脱衣所を覆う。
「あ…その…えっと…。き、着替えるから…その…」
先に口を開いたのは、クレハだった。
「え…?ああっ、その…!ごめんっ!」
ジュンキはすぐにクレハの言いたいことを理解し、顔を赤くしたまま、脱衣所から飛び出していった。
「ま、待って!」
クレハがすぐに呼び止めると、ジュンキの足音が止まった。
「その…お礼が、言いたいの…。椅子にでも座って、待っててくれないかな…?」
「ああ、うん、分かった…」
ジュンキの返事を聞くとクレハは床から立ち上がり、身体を拭いてからインナーだけを身に着けて脱衣所を出た。
クレハのインナー姿を見たジュンキは慌てて顔を逸らしたが、その様子にクレハは思わず笑ってしまった。
簡単なシャツを一枚着ると、ジュンキの座っているテーブルの正面に座る。
「えっと…まずは助けてくれてありがとう…」
「いや、まあ、その…俺も、不謹慎だったよ…」
「どうして私が、のぼせて倒れたってことが分かったの?」
「クレハの部屋付きアイルーが、廊下で叫んでたからさ…。何かあったのかと思って…」
「そう…」
すぐに会話が途切れ、長い沈黙が2人を包み込んでしまう。
「その…」
結局、クレハが先に口を開いた。
「本当にありがとう…」
「仲間だから…当然のことを…したまでで…」
―――再び、長い沈黙。
「そ、それじゃあ俺は、部屋に戻るよ…」
そう言ってジュンキは立ち上がり、部屋の出口へと歩き出した。
「あ、ちょっと待って」
呼び止められ、ジュンキはその場でこちらを振り向いた。
「その…。夜ご飯、まだだよね?」
「え?ああ、これからだけど…」
「じゃあ、私が1本おごってあげる。今日のお礼」
「え?いいよ、そんな…」
「いいの!もう決めたの!」
クレハはそう言うと立ち上がり、アイテムボックスからレイアグリーヴを取り出すと素早く履いた。
ちなみにジュンキも、上半身は簡単な黒シャツ、下半身はレウスグリーヴ、頭に黒バンダナという出で立ちである。
「さ、行こっ」
「え、ああ…」
クレハは、ジュンキを引き摺るように、大衆酒場へと連れて行った。
―――今回の事件で、ほんの少しだが、チヅルがジュンキのことを好く理由が分かった気がした、クレハだった。
(おわり)