翌日から、ジュンキ達は黒龍ミラボレアスの説得に失敗した場合を考えて、狩りの準備を始めた。幸いショウヘイは一度戦闘経験があるので、準備は着々と進んでいた。
小さな会議から丸1日が経ち、陽が傾きかけた頃。大衆酒場でのんびりとオレンジジュースを飲んでいたチヅルの目の前にクレハが座ってきたので、チヅルは口元からオレンジジュースを放して机の上に置いた。
「どうしたの?クレハちゃん」
「気になることが2つあってさ。まずひとつ目。その双剣、何処で手に入れたの?」
クレハは、チヅルの背中の双剣を肩越しに指差した。
「ああ、これ?ラオシャンロン撃退戦の報酬の中にあった、太古の塊を研磨してもらったら、偶然出てきたの」
「ええ~っ!じゃあそれって…!」
「うん。太古の武器。名前は、封龍剣・超絶一門」
「いいなあ~…」
クレハは羨ましそうな目をして机に突っ伏した。
武器を褒められた。ハンターとしてはとても嬉しいことであり、チヅルは少し顔を赤くした。
「ありがと。でも…」
「…でも?」
「うん…でもね…」
チヅルの声が弱々しくなる。
これが意味するところはひとつであると、クレハは知っていた。
「ジュンキのこと?」
「うん…。分かる?」
「まあね。ジュンキの、何?」
「ジュンキ、まだ私の双剣が変わったことに気付いていないみたいなんだよね…」
「うわぁ…」
何と鈍い男だと、クレハは呆れてしまった。
「気になる事の2つ目が、丁度ジュンキについてだったんだけどさ。チヅルちゃんはさ、ジュンキのどこがいいの?」
「ん~…。秘密」
「ひどいなぁ。本当にいいの?かなり鈍感みたいだけど…」
「それが、ジュンキらしいところだと思うけど…」
「そうなの?」
クレハは身体を起こす。
「ねえ、チヅルちゃん」
「何?」
「まだ、告白しないの?」
クレハのこの言葉に、チヅルの顔は真っ赤になった。
「こ、告白って…!ま…まだ早い、と、思うな~あはは…!わ、私は、その…。今の関係で、結構満足してるしさ…」
「私の気が変わらないうちに、早くした方がいいよ~?」
クレハのこの言葉に、チヅルの顔は一気にハンターのものへと変わった。
「え…!もしかして、とうとうクレハちゃんも、ジュンキに惹かれたの…?」
真剣な眼差しを向けてきたので、思わず苦笑いしながらクレハは右手を振った。
「まだ惹かれてないよ。前にも言ったけど、ハンターとしてなら、いいハンターだと思うけどね」
「そう、よかった…」
「何か言った?」
「ううん!何でもないよ!」
「そう?じゃあ私は、買い物の続きに戻るね」
クレハはそう言って立ち上がった。
「じゃ、また後でね」
「じゃあね~」
チヅルはクレハを見送ると、再びオレンジジュースを口につけた。
「告白かぁ…」
今まで考えたことすら無かった。
いつかはしたいと思うが、今じゃなくてもいい。それに、今の関係で満足しているのも本当だ。
「クレハちゃんの気が変わらない間に、するべきなのかなぁ…」
飲み干したオレンジジュースのグラスに反射する自分の顔を覗きながら、チヅルは自問自答した。
翌朝、ハンターズギルドから正式に黒龍出現と討伐依頼が発表され、大衆酒場の中は騒然となっていた。
「とうとう出たな…!」
ユウキが緊急依頼掲示板を睨みながら呟いた。
「みんな、本当にいいんだな?」
ジュンキが確認をとると、5人全員がしっかりと頷いた。
「ユーリ、いいか?」
ジュンキに呼ばれて、ユーリは半分呆れた顔で頷いた。既にベッキーはミナガルデの街へと戻ってしまったらしく、ユーリの隣にはいなかった。
「早速ね。分かってるわよ。行くんでしょ?勿論、パーティは4人までよ」
「ラオシャンロンの時と同じでいいよな?」
ジュンキは代表して、黒龍討伐依頼をジュンキ、ユウキ、チヅルの3人とショウヘイ、カズキ、クレハの3人の2パーティで契約した。
「気を付けるのよ」
ユーリに見送られながら、ジュンキ達6人は他のハンター達に悟られないよう、静かに街を出発した。
「なあショウヘイ。聞かせてくれないか?黒龍のことについて」
竜車が街を出るなり、カズキがショウヘイに尋ねた。
「あれ?カズキはショウヘイと一緒に黒龍と戦わなかったの?」
「いや~、丁度素材集めの為に密林へひとりで行ってた時に現れたらしくってさ。俺は戦ってないんだ」
クレハの問い掛けに、カズキは申し訳なさそうに頭を掻きながら答える。
「ミラボレアスについてか?そうだな…。特に気を付けることといえば、長い尻尾だな」
「長い尻尾か。ま、俺にはあまり関係ないかな?」
とユウキは肩をすくめる。
「他には?」
「ブレスが強力だ。当たると即死しかねない…」
チヅルの問い掛けに、ショウヘイは真剣な顔で答える。
「…ま、こんなところかな。後は実際に見たほうが早い」
ショウヘイはここで言葉を切った。
間を置かず、クレハの口が開く。
「ねえジュンキ。黒龍は、竜の世界での王様のひとりなんでしょ?どうしてそんな王様が、人の目に付くような場所に現れたのかな?」
「俺にも分からないよ」
ジュンキは苦笑いする。
「確かに、ショウヘイの時も今回も…。何か目的があるとか…?」
ユウキが憶測で述べたが、誰にも否定出来なかった。
街から少し遠ざかったところで、竜車を引いているアプトノスが突然暴れ始めた。御者のアイルーも悲鳴を上げる。
「ニャーっ!ど、どうしたんだニャーっ!」
「おい、大丈夫か?」
カズキが御者席を覗く。
「お、落ち着くニャ!…はっ!もしかして!」
御者アイルーは竜車を停めると、御者席から降りて少し遠ざかり、そして顔を青くして戻ってきた。
「ニャーっ!リ、リオレウスが出たニャーっ!」
御者アイルーが自分の荷物だけを持って逃げ出そうとしたところを見て、ジュンキは慌てて竜車の荷台から降りると、御者アイルーを両手で捕まえた。
「は、放すニャ!ボクは長い都会生活のせいで、野生の勘が鈍ってるんだニャ!」
「お、落ち着け!あのリオレウスは、絶対に襲ってこないから!」
「…ホントかニャ?」
御者アイルーは、恐る恐る空を見上げた。リオレウスは竜車の上を旋回しているが、確かに襲ってくる気配は無い。
「ど、どうしてニャ?竜車を引いているアプトノスは、リオレウスの大好物のはずだニャ…」
「あのリオレウスは、俺の友達なんだ」
ジュンキが説明すると、御者アイルーはただでさえ丸くて愛嬌のある瞳をさらに丸くした。
「ニャんと…!リオレウスと友達になったハンターは、初めて見たニャ…」
御者アイルーは「そういうことなら…」と竜車の御者席に戻り、暴れていたアプトノス達もリオレウスが襲ってこないと分かったのか、落ち着きを取り戻していた。
ジュンキが乗り込むと、竜車は再び動き出した。
「どうしたの?」
「ん、まあ…。あのリオレウスが追い駆けてきているからアプトノスが驚いたらしくって…」
クレハが心配そうに聞いてきたので、ジュンキは肩を竦めながら答えた。
「え!?あのリオレウスが!?」
ユウキは驚きの声を上げ、天幕から顔を出して空を見上げた。
「うわ~。物好きなリオレウスだな、あいつ」
ユウキの言葉に、ジュンキは苦笑いを浮かべた。