ミナガルデに狩りの拠点を移してから、丁度半年が経過した頃のこと。
緑が深い密林の中を流れる川の前に、ジュンキとショウヘイとユウキは並んでいた。
「いないな~」
ユウキのつまらなそうな声が漏れる。
「初ガノトトスだからな。魚竜と言われるくらいだから、川にでも居るかと思ったが…」
ショウヘイは何だか申し訳無さそうな声を出す。
「仕方ないよ。ハンターはそう簡単に、他人へ情報を回したりしないから」
と半分諦めているジュンキ。
ハンターは、基本的に狩りに関する情報を他のハンターに教えようとはしない。相手も同じ同業者であり、手の内を晒すのは自ら自滅していることに等しいからだ。
よって、ジュンキ、ショウヘイ、ユウキはガノトトスに関してほとんど情報を得ていないのだ。
「しっかし、どうにも居ないもんだな~…おおっ?」
「何か見つけたか?」
ユウキが指差す方を見ると、川の向こうから巨大な背ビレがこちらに近づいてきていた。
この川は濁っているので本体の姿は確認できないが、あのヒレからして、相当な大きさを持っていると思われる。
「まずはペイントだな。ユウキ、よろしく」
「おう」
ユウキはペイント弾をリロードすると、水面から出ている背ビレに向かって撃った。
ペイント弾が破裂し、独特の臭気が辺りに立ち込めると同時に、大きな背ビレは勢い良く水面を移動し始めた。
「音爆弾、いくよ!」
ミナガルデでガノトトスについての情報を集めているときに得た数少ない情報のひとつ―――ガノトトスが水中にいる時は音爆弾で刺激できる―――をジュンキは実行した。
投げられた音爆弾は放物線を描き、大きな背ビレの上で破裂、甲高い音を出す。
直後、ガノトトスはジュンキの頭上遥か上を飛び越え、陸に上がった。
「で、でけぇ…!」
「…!」
ユウキは思わず声を漏らし、ショウヘイは黙って目を見開いた。
その姿は巨大な魚で、全体的にはあのリオレウスより一回りも二回りも大きかった。
「ユウキ、サポートよろしく!ショウヘイ、行こう!」
「任せろ!」
ジュンキの声にユウキは頷き、ショウヘイも声に出さなかったが頷き、腰から片手剣バーンエッジを引き抜いた。
ユウキが狙撃し、ガノトトスの気を引く。
「らあああああ!」
ジュンキの大剣アッパーブレイズによる一撃。縦斬りから横切り、そのまま斬り上げに繋げる。
「はっ!」
ショウヘイの使用する片手剣は、大剣程の威力は無いにせよ、手数の多さで攻める。
「おらおらおら!」
ユウキの貫通弾による攻撃。ガノトトスはユウキに向かって身体を反らせ、口を大きく開けた。
ユウキは本能的に危険を感じ、ガノトトスの直線上から飛び退く。
直後、ユウキのいた場所にガノトトスの口から出た水が直撃した。その場に生えていた下草は綺麗に刈り取られ、腐葉土の地面は削られてしまっていた。
まさしく、水のナイフ。
「やべぇ!この水は危険だぞ!」
ユウキは、ガノトトスの足元で武器を振り回しているジュンキとショウヘイに向かって叫んだ。
2人の返事が返ってくるまで待たず、ユウキは次の狙撃ポイントを探す。
すると突然、ガノトトスが身構えた。
「!?」
ジュンキとショウヘイの動きが止まってしまう。
直後、ガノトトスは自身の巨大さを存分に使い、ジュンキとショウヘイに体当たりした。
「が…っ!」
「…ッ!」
ジュンキとショウヘイが放物線を描いて飛んでいく。2人はそのまま、腐葉土の大地に叩き付けられる。
「ジュンキ!ショウヘイ!」
ユウキが叫ぶ。
ジュンキとショウヘイは立ち上がろうとしているが、両者ともガノトトスに背を向けてしまっている。
そしてガノトトスは動きの鈍いジュンキとショウヘイに向かって身体を反らせ、口を大きく開いた。
「まずい…っ!」
ユウキは危険を知らせようと口を大きく開くが、それよりも先に、ガノトトスの口から高速高圧の水ブレスが噴射される。
「なっ…!」
ジュンキもガノトトスが何をしようとしているのかに気付き、まだガノトトスの状態を把握していないショウヘイを突き飛ばした。
ガノトトスが吐き出した水ブレスは、ジュンキにこそ当たらなかったものの、ショウヘイの左腕に当たってしまった。
「ぐあああああッ!!!」
ショウヘイの悲痛な叫び声が響く。ショウヘイの身体を守っていたキザミシリーズ防具の左腕装備をガノトトスの水ブレスが貫き、反対側から赤い液体になって噴き出す。
「チッ…!」
ユウキはガノトトスの気を引こうと、弾を撃つ。
しかしガノトトスは追撃することなく川へ飛び込み、このエリアを出ていってしまった。
「ショウヘイ!」
ジュンキの声にユウキは振り向くと、ショウヘイはジュンキによって抱えられていた。
ユウキも慌てて駆け寄る。
「ぐッ…あぁああ…ッ!」
ショウヘイの左腕からは、真っ赤な血液がドクドクと流れ出ている。
ユウキはショウヘイの左腕防具を外し、怪我の状態を確認する。
ショウヘイの左腕は上腕部分を水ブレスが掠めたらしく、肉が一部弾け飛んでいた。
しかしその傷は、骨にまでは達していなかった。
「よかった、骨は砕けてない…」
ユウキはアイテムポーチから包帯を取り出し、薬草と一緒にショウヘイの腕に巻きつけた。止血の意味も含めてきつく縛り上げる。
「ぐううッ!」
「もう大丈夫だ…。だけど、今はもう片手剣は振れないな…」
ユウキの言葉に、ショウヘイは苦々しく頷いた。
「どうする?ジュンキ…」
「…リタイアしよう。初めてのガノトトスに、経験のない2人じゃ、とてもじゃないけど勝てないと思う」
ジュンキの意見はもっともで、ショウヘイとユウキは頷くしかなかった。
ミナガルデの街へ戻ると、ショウヘイはすぐにハンター専用の病院に運ばれていった。
残されたジュンキとユウキは、重い足取りで酒場のカウンターにいるベッキーの前に立ち、今回の狩りの報告をする。
「おかえりなさい。聞いたわ。ショウヘイが怪我をしたって」
「…ごめん、リタイアした」
ユウキが顔を落としたまま言うと、ベッキーは仕方が無いわと言ってジュンキから依頼書を受け取り、失敗の印を押した。
「また受けに来てね」
ベッキーの言葉を背に受けながら、ジュンキとユウキはショウヘイの運ばれたハンター専用の病院へと向かった。
「幸い傷は浅く、応急処置も早かったので、命に問題はないでしょう」
ショウヘイの診察にあたった初老の医者の診断を聞いて、ジュンキとユウキは胸を撫で下ろす。
「しかし…」
「…しかし?」
「弾けた肉は、このままでは戻らない可能性が高いです。ハンターという職業上、少しハンデになるかもしれません」
医者はここで口を閉じた。気まずい沈黙が診察室を包み込む。
「…何とかなりませんか」
ジュンキが低い声で言うと、医者は腕を組んで考え始めた。
「そうだね…。新鮮なフルフルのアルビノエキスでもあれば、完治する可能性は高くなるが…」
「フルフルですか…。ありがとうございました」
「ショウヘイさんの病室は103号室ですから」
医者に礼を言い、ジュンキとユウキは診察室を出た。長い廊下をショウヘイが収容された103号室を目指して歩き出す。
「フルフルか…」
「まだ狩ったことないからなぁ…」
ジュンキ達3人は、この街に来てからこれまで、フルフルを狩った事はない。
「でも、俺は行きたい。ショウヘイを引退になんて、させるものか…!」
意気込むジュンキの肩に、ユウキは手を置いた。
「だったら、フルフルを狩って、アルビノエキスを持って帰ってこないとな!もちろん、俺も行くぞ!」
ユウキは大声を出して、103号室の扉を開いた。
この部屋は個室で、ショウヘイがいつもと変わらない様子で、ベッドへ横になっていた。
「腕の傷口が塞がるまで、絶対安静らしい」
ショウヘイは落ち着いた様子でそう言ったが、ジュンキの気持ちは晴れない。
「ショウヘイ。俺とユウキはフルフルを狩りに行くことになったよ」
「…どうして?」
ショウヘイの眉間に皺が寄る。
「フルフルから取れるアルビノエキスっていうものが、怪我にはよく効くらしいんだ」
「そうか。…悪いな、俺の失敗なのに、2人に無理をさせて」
「おう。ショウヘイの為に死ぬ気はさらさら無いから、安心して待ってろよ」
ユウキはそう言い、病室の出口へと向かう。
ジュンキも「流石に、2人では狩りに出ないよ。酒場で仲間を募ってみるつもりだから、安心して?」と言い、ショウヘイの病室を後にした。
翌朝、ジュンキとユウキはベッキーに頼み、フルフル狩りの依頼書を掲示板へ貼り出して貰った。
「流石に2人じゃキツイものね、フルフルは。一緒に狩りへ出てくれる仲間が見つかるといいわね」
ベッキーはそう言い、フルフル狩りの依頼書を掲示板へ留めた画鋲から手を放す。
「仲間って、そう簡単に見つかるものなのですか?」
ジュンキの質問に、ベッキーは笑顔で答える。
「これだけのハンターがいるのよ?誰かきっと、一緒に行ってくれるわよ」
ベッキーはそう言い残し、カウンターへと戻っていった。
「誰かがきっと、ねぇ…。果たして、一緒にフルフル狩りへ行ってくれるハンターは集まってくれるのでしょーか?」
ユウキの言い方に、ジュンキは苦笑いを浮かべた―――その時である。
「あっ、フルフルの依頼書があるよ?」
「グッドタイミングだな!」
背後から聞こえてきた男女2人の声に、ジュンキとユウキは揃って振り返った。
そこには背の高い大柄な男ハンターと、ジュンキやユウキより一回り小柄な女ハンター。
その2人は、先程ジュンキとユウキがベッキーにお願いして、貼り出して貰ったフルフル狩りの依頼書を、掲示板から剥ぎ取った。
その瞬間を狙っていたユウキが声を上げる。
「そのフルフル狩猟は、俺達が貼り出したものだ。一緒に狩りへ出てくれるのか?」
ユウキの言葉に、男ハンターと女ハンターは同時に頷く。
「俺の名前はカズキ。ソロハンターだ。よろしくな!」
そう言い、カズキと名乗った男は右手を差し出す。かなり若い。自分たちと同じくらいの歳だろう。
カズキの手を、ユウキはしっかりと握り返した。
「私はチヅルって言います。同じくソロです。今回はよろしくね!」
チヅルと名乗った女ハンターはそう言い、ユウキの斜め後ろに立っていたジュンキに向かって右手を差し出した。
「こちらこそ、よろしく」
こちらの、チヅルと名乗った女ハンターも相当若い。やはり、ジュンキやユウキ、そしてソロハンターのカズキと同じくらいの年齢だろう。
「詳しい話は目的地へ向かう竜車の中でいいよね?じゃ、レッツゴー!」
チヅルはそう言い、ベッキーが立っているカウンターへと歩き出す。
いきなり主導権を奪われてしまったジュンキとユウキは、チヅルの行動力に驚かされ、しばらく動けなかった。
「さてと、何から話せばいいのかな」
4人を乗せた竜車がミナガルデの街を出発すると、すぐにチヅルの口が開いた。
「まずは自己紹介だろ。俺の名前はユウキ。見ての通り、ガンナーだよ」
ユウキはそう言いながらライトボウガン・クックアンガーを抱いた。
「さあ、次、次」
ユウキがジュンキを肘で突く。
「ああ、俺の名前はジュンキ。大剣を使ってる」
ジュンキはそう言いながら、後ろに立て掛けてあるアッパーブレイズを裏拳で叩く。
「私はチヅル。武器は双剣です」
チヅルはそう言いながら、すぐ横に並べてあるインセクトオーダーを手に取った。
「あ、一応言っておくけど…。私の装備はクックだけど、実力はそこそこあるからね」
チヅルの言いたいことは分かる。あえて実力に合わない防具を装備しているらしい。
理由は分からないが、フルフル討伐に許可が出る時点で、実力はありそうだ。
「さ、カズキ」
「んあ?ん~、俺はカズキ。ま、見ての通りのランサーだ」
そう言って、カズキは荷車の天井に当たらないように斜めに立て掛けてあるロングタスクを見つめる。
「カズキはお調子者だから、ユウキと気が合うかもね」
「お?」
「お?」
チヅルが言うと同時に、ユウキとカズキは向き合った。そのまま「グヒヒ」と笑う。
「チヅルとカズキは、どういう関係で?」
ジュンキが尋ねると、チヅルが振り向いた。
「私とカズキ?お互いにソロだよ。気ままにパーティに入って、狩りをするタイプのハンター」
ハンターは多人数で狩りを行う場合、大抵の場合は永続するパーティを組むのだが、どうやらチヅルやカズキはソロで動いているらしい。
「で、ドスイーオス狩りから戻ってきてパーティが解散になったんだけど、行く当てもなくて、同じパーティにいたカズキと酒場にいたってだけ」
「そっか、2人は本当にソロなんだな」
「逆に聞くけど、ジュンキとユウキの関係は?」
「俺とユウキ?」
ジュンキは腕を組む。
「本当はもうひとり、ショウヘイっていう片手剣使いがいるんだけど、怪我しちゃってね。それで怪我に良く効くらしい、アルビノエキスを取りに行くために、こうやってフルフルを狩りに行こうとしているんだ」
「なるほど…」
チヅルは前屈みになっていた身体を起こす。
「仲間を大事にしているんだね」
「当然だよ。…ところでユウキは、何をしているのかな?」
「ん~?」
横を見ると、ユウキとカズキが「にらめっこ」をしていた。理由が分からない。
「…ぷっ」
「ははは…」
チヅルが吹き出し、ジュンキが呆れたように笑う。
狩場である沼地に向かう竜車の荷車の中は、一気に和やかになった。