イャンクックを追い駆け、レンヤとレイナは野山を走り回った。
時には崖の上から飛び掛かり、時には木々の間から狙撃する。
イャンクックには水を飲む暇さえ与えなかった。
レンヤとレイナも決して無理はせず、イャンクックが怒りの炎を上げている間は逃げに徹した。
そうすることで、体格的な不利から来る疲れを先延ばしにしていた。同時にイャンクックは休むことができず、徐々に疲れが蓄積していく。
そして、空が赤くなり始めた頃。ついにイャンクックがレンヤとレイナに背を向け、逃げ出そうとした。
「逃がすか!」
レンヤは大剣「ボーンスラッシャー」を構えたまま走りだし、勢いと大剣の重さでイャンクックの脚を狙った。
やはり刃は通らなかったものの、イャンクックを地面へ転がすことに成功する。衝撃で同時に転んだレンヤもすぐに起き上がり、イャンクックの頭部へ大剣を振り下ろす。衝撃でイャンクックの頭が地面へ少し埋まるが、まだ生きている。
「もう一度っ!」
レンヤが再び大剣を上段に構えたその隙を狙ったのか、イャンクックがこれまでにない勢いで跳ね起き、レンヤの追撃が無いうちに夕焼けの空へと飛び去った。
「くそっ…!」
飛び去る背中を睨み、レンヤは悪態を吐く。
「お兄ちゃん、言葉遣いが悪いよ?」
レイナが注意すると、レンヤは「悪かったよ…」と反省し、レイナは小さく笑った。そしてレンヤ並び、同じ空を見上げる。
「…太陽が傾いてきたね」
「日暮れまでには決着を付けたいな…」
夜の狩りは危険な為、禁止が村長から厳命されている。破れば最悪、ハンターとしての資格を失うかもしれない。つまり、夜になってしまったら、翌日まで狩りが出来ないのだ。そうなれば、イャンクックが体力を回復してしまうだろう。
「レイナ、何としても今日中にイャンクックを倒すぞ」
「はい…!」
レンヤの力強い言葉に、レイナも大きな声で答えた。
ペイントボールの臭いを追ってみると、イャンクックは小さな山の中腹にある、洞窟の中にいるようだった。
「あそこに巣があるのかな?」
「だろうな…」
レンヤとレイナは山麓を時計回りに進み、途中で横穴がポッカリと開いている場所を見つけた。
そこは沈む紅い太陽が差し込み、洞窟の奥で眠るイャンクックを照らしていた。
レンヤとレイナは互いに顔を見合わせ、同時に頷く。
レンヤは背中の大剣へ手を添え、レイナも頭の上のリアを地面に降ろすと、弓へ矢を添えた。そして音を立てないよう、静かにイャンクックへと歩み寄る。
途中でレイナは脚を止めた。弓矢は距離が近過ぎても威力が落ちるからである。
レンヤは寝息を立てるイャンクックの横を通り、ボロボロになった翼を避け、頭部の横で立ち止まった。
レンヤが軽く右手を上げて、レイナに合図を送る。レイナも頷き、すぐに矢を放てるよう構える。
レンヤは背中の大剣「ボーンスラッシャー」を抜き、上段に構えた。そして、全身の筋肉を使って振り下ろす。大剣使いの必殺技だ。
「くぅ…ッ!」
声を出して気合を入れたいところだが、イャンクックを起こしてしまうかもしれない。そこで息を殺しつつ、イャンクックの頭部に向かって大剣を振り下ろした。
「…!」
イャンクックの身体が跳ねるように動き、レイナは弓矢を構える両腕へ更に力を込めた。
イャンクックはそのまま起き上がり、最後の戦いが始まるかと思いきや、跳ねあがったイャンクックの身体は静かに沈み、そして動かなくなった。
「…」
「…」
「…キュウ?」
立ち尽くす2人と、首を傾げる幼い竜が1匹。
最初に口を開いたのはレイナだった。
「…お兄ちゃん。倒したの…?」
「…ああ」
レンヤの返事が返ってくるまで少しの間があったのは、レンヤ自身がこの結果を期待していなかったからだろう。
レンヤは顔を上げ、レイナの方を向く。最初は表情が無かったレンヤの顔が徐々に笑顔になると、レイナも自然と微笑んでいた。
「やった…」
「…うん」
「やったぁ…!」
「…うん!」
レンヤがレイナに駆け寄り、レイナはレンヤを受け止める。そこへ、リアがレイナの足首に抱き着き、2人と1匹は喜びを共有したのだった。
狩り場から戻ると、太陽の光は遠くの山へ僅かな光を残すだけになっていた。
門番に気を遣いつつ村へと入った2人は、疲れた身体を引きずるようにして集会場へと入った。
夕食時もあってか集会場の中は混雑しており、美味しそうな匂いが漂っている。
空腹を押し殺し、2人は相変わらずタバコを吸っている村長の前に立った。
「…その様子じゃと、無事に狩りを終えたようじゃな」
村長は顔を動かさず、目だけで2人の様子を察したようだ。
2人は一度顔を見合わせ、そしてレンヤが口を開いた。
「村長、無事にイャンクックの依頼を終えました」
レンヤの言葉を聞くと、村長はタバコを口から離し、レンヤとレイナに向き合った。
「よくぞ無事に戻ったのぉ…。これで、儂から教えることは何も無い…」
「いえ、そんなことは…」
「私達は、ハンターとして、まだまだだと思います…」
村長の褒め言葉に、レンヤとレイナは顔を僅かに赤らめる。
「今日は疲れたじゃろうて。詳しい話は明日にしようぞ…」
村長はそう言うと、近くの給仕を呼んだ。
「2人へ飯を。代金は儂が持つ」
村長の申し出に2人は「食事代くらい自分達が」と一度は遠慮したものの村長は譲らず、2人は甘えることにしたのだった。
その間はリアも大人しく動かなかった為、レイナが頭の上から降ろしても、遠くから見れば頭部の防具を外したか、帽子を取ったようにしか見えなかっただろう。
目の前の村長は時折鋭い視線をリアへと向けていたが、特に何も言わない辺り、黙認しているかのようだった。
翌朝、レンヤとレイナは簡単な朝食を済ませると、集会場の村長のところへ向かった。
なお、リアはまだ起きていなかったので、家のベッドの中へと隠してきた。
村長は昨夜と同じ場所で、やはりタバコを吸っていた。
「うむ。来たかの…」
2人の姿を見ると、村長はすぐにタバコを消した。
「おはようございます」
「おはようございます、村長」
「うむ。いい朝じゃの」
村長が一番近いテーブルを指したので、レンヤとレイナは席に着く。すると、村長は座っていたカウンターから降り、2人のテーブルの前に立つ。
「まず、これが報酬じゃ」
そう言い、懐から革袋を出す。前回のドスランポスと比べ、中身は増えているようだ。
「…イャンクックの話も大事じゃが、その前に2人へ伝えなければならんことがある」
村長の言葉に、レンヤとレイナは顔を見合わせる。
「短刀直入に、結論を先に言おう。おヌシ達、街へ行く気はないかの?」
「街、ですか?」
「うむ。名をミナガルデという」
「ミナガルデの街…」
レンヤとレイナも名前くらいは知っていた。ココット村からはそう離れていない、ハンター達の集まる街だ。
「どうして私達にそのようなお話を…?」
レイナが尋ねると、村長は「うむ」と一度頷いてから口を開いた。
「おヌシ達は無事にイャンクックを倒した。もう儂から教えることは何も無い。これからは、自分達で更なる高みを目指していくのじゃ」
村長の言葉に、レンヤとレイナは真剣に聞き入る。
「ハンターとして生きていくならば、世界を見た方が良い。この村に留まり続けるのも良いが、一度街へ出てみるのも経験じゃて」
村長が「どうじゃ?」と話を投げ掛け、レンヤとレイナは顔を見合わせる。
もちろん、2人は頷いたのだった。