狩りの支度を終えたレンヤとレイナは、揃って家を出た。レイナの頭上にはもちろん、リアが座っている。
この状況に、レンヤは冷や汗をかいていた。いつ「レイナの頭上にいるのは竜です」と周囲に認知されてしまうのだろうか気が気でいられない。
最初、レンヤとレイナはリアを家に置いたまま依頼を受けに行き、受注した後にリアを拾い、こっそり村を出発する手筈だった。しかしリアがレイナから離れようとせず、結局レイナの頭上に座るということでようやく落ち着いたのだ。
しかしこれでは、レイナとリアに村人達の視線が集中してしまう。今のところレイナの頭上にあるのは防具か帽子くらいに思われているのだろうが、村のハンターや村長には見抜かれてしまうのではないだろうか。
見抜かれれば最後、リアは殺される。レンヤとレイナも処罰を受けることになるだろう。
「お兄ちゃん?」
落ち着きがないレンヤの様子に気が付いたレイナが声を掛けた。
「リアちゃんが心配なの?」
「心配に決まってるだろ?もし見つかったら…」
レンヤの言葉を聞いて、レイナは視線を落とした。しかしすぐに顔を上げて、笑顔を見せてくれる。
「きっと大丈夫だよ。昨日の門番さんには見つからなかったんだし」
「門番さんはハンターじゃないからね」
レンヤの言葉にレイナは言い返そうと言葉を探したが、その前に集会場へ着いてしまったのだった。
集会場の中は朝食の時間を過ぎていることもあって閑散としていた。
レンヤとレイナは昨晩と同様、カウンターに腰掛けている村長の前に立つ。
「村長、ドスランポス討伐の依頼、受けに来ました」
レンヤの言葉に村長は「うむ」とだけ言って懐から一枚の依頼書を取り出し、レンヤに差し出した。レンヤはそれを受け取り、レイナが契約金を支払う。
「…!」
レンヤは身を固くする。
一瞬、ほんの一瞬だったが、村長の目線がレイナの頭上で丸まっているリアに注視された気がしたのだ。しかし村長は特に指摘しないまま、普段と変わらない狩りの忠告だけして2人を送り出してしまった。
「見つからなくってよかったね」
集会場を出るなり、レイナがそう言った。
「そうだな…。見つからなくて良かった…」
しかしレンヤは素直に喜べない。その胸の内を、レンヤはレイナに語ることにした。
「レイナ、村長はリアに気付いているはずだ」
「えっ…。でも、何も言わなかったよ?」
レイナは頭上のリアを見上げながらそう言った。
「一瞬だったけど、村長の目が驚きに揺れていたんだ。ほんの一瞬だったけど…」
「リアちゃんに気付いたとして、どうして村長は何も言わなかったんだろう…」
「さあ…。過去に竜を持ち込んだことが、村にもあるとか?」
レンヤとレイナは腕を組みながら考えるが、何か思いつく訳もなく、考えるのをやめた。
「…とにかく、今はドスランポス退治が優先だな」
「そうだね。頑張ろうね、お兄ちゃん」
二人は頷き、いつもの狩場である森と丘を目指してココット村を出発した。
もちろん、門番に小竜リアを見破られることはなかった。
森と丘のベースキャンプに着くと、レンヤとレイナは持ってきた狩りの道具を下し、必要最低限だけを携行して出発した。もちろん、リアはレイナの頭の上である。
「レイナ、リアは重くないのか?」
「う~ん、ちょっと重たいかな…」
レイナは苦笑いを浮かべてそう答えた。
「でも、見た目よりはずいぶん軽いよ。竜って空も飛ぶから、見た目より軽い生き物なのかもね」
「まあ、レイナが大丈夫ならそれでいいんだけどさ。疲れたら言えよ?俺が代わるからさ」
レンヤの言葉に、レイナは苦笑いを浮かべた。
「多分、それは無理じゃないかな。リアちゃん、私から離れようとしないし…」
「無理矢理にでも引き剥がしてやるさ」
「ふふ…ありがとう、お兄ちゃん」
レンヤの言葉に、今度は笑顔を見せてくれたレイナだった。
「…!」
「…お兄ちゃん?」
半歩ほど前を歩いていたレンヤが、急に歩みを止めた。レイナの声にも緊張が混じる。
「レイナ、隠れろ」
「ドスランポス…?」
「分からない。だけどランポスが見えた。もうすぐこの場所に来る」
「分かった…!」
レイナは頷くと、すぐに岩場の陰へと身を隠した。すぐにレンヤもやってきて、2人で様子を伺う。
するとすぐに、先程レンヤとレイナが居た場所へランポス達が現れた。その数6匹。
「多い…」
「ああ。何かあるな…」
現れたランポス達はこのエリアを注意深く確認していく。レンヤとレイナが隠れた岩場はランポス達が入ってきたところの丁度反対側に位置したため、ランポス達の目から逃れることができた。
突然、一匹のランポスが声を上げた。
するとそこへ、大きなトサカを持ったランポスが現れる。全長もランポスより一回り大きい。ドスランポスだ。
「あれが、ドスランポス…」
「ああ。俺たちの目標だ」
レイナの問いかけに答えながら、レンヤはアイテムポーチからある物を取り出した。
「お兄ちゃん、それは何?」
「これは閃光玉さ。投げると強い光が出て、相手の目を使えなくするんだ」
「へぇ~…」
レイナは初めて見る閃光玉に、興味の視線を注ぐ。
「ひとつだけ注意な。これを投げたら目を閉じること。そうしないと、俺達まで目をやられてしまうからな」
「気を付けます」
レンヤの忠告に、レイナはしっかりと頷いた。
「じゃあ、俺が閃光玉を投げるから、レイナはペイントボールを頼む」
「うん」
レイナは腰のアイテムポーチを開き、ペイントボールを取り出す。当たると弾けるペイントの実は強烈な臭気を放ち、遠く離れても目標を見失わない。
「ドスランポスが閃光玉の届く範囲に入ったら投げるぞ。準備しておけよ」
「大丈夫」
レイナはそう言ったが直後、頭の上で眠るリアの存在が気になった。
ドスランポスに限らず、モンスターとの戦いは激しく立ち回ることが多い。頭の上のリアが飛ばされたり、攻撃を受けたりする可能性も否定できないだろう。
レイナはその場にしゃがむと、頭の上のリアをそっと持ち上げ、地面に下した。するとリアは目が覚めたようで、小さな頭を持ち上げた。
「キュウ…?」
「今からモンスターと戦うから、ここで待っててね」
レイナはそう言って立ち上がり、岩陰からドスランポスの様子を見るレンヤの隣から、同じように顔を出す。
「お兄ちゃん、どう…?」
「ドスランポスは警戒しているな…。ゆっくりと近付いて来てる」
ドスランポスは時折立ち止まり、周囲をキョロキョロと見回している。レンヤとレイナの気配を察知しているのかもしれない。
「あと少しで閃光玉の範囲に入るぞ…」
レンヤの言葉に、ペイントボールを握るレイナの手に力が入る。
「…今だ!」
小さな声で叫び、レンヤは閃光玉を投げた。つかさず2人は岩陰に隠れる。
強烈な光とランポス達の悲鳴が聞こえ、レンヤとレイナは岩陰から飛び出した。