「ジュンキ…?嘘…でしょ…?」
クレハは震えて今にも崩れてしまいそうな両脚を動かし、一歩一歩ゆっくりと練兵場の奥へと進む。
「貴様、何者だ!」
グレムリンがクレハに問い掛けるが、クレハの耳には届かない。クレハの意識はジュンキの事しかないのだ。
「ジュンキ…!ジュンキーーーっ!!!」
「クレハ…!?来るなぁぁぁっ!!!」
「放て!」
クレハ、ジュンキ、グレムリン。3人の声が練兵場にこだまする。
グレムリンの命令に、30人の弓兵は駆け寄るクレハ目掛けて矢を射掛けた。
一直線に、多方向から迫る矢。クレハは己の竜を呼び覚ますと、腰に括り付けたチヅルの双剣「封龍剣・超絶一門」を抜き、構える。
「はああああっ!」
そして一閃。その一撃は矢を破壊する程ではなかったものの、軌道を変えて狙いを逸らす。撃ち落とす。
(いける…!)
次々と放たれる矢をものともせず、クレハは前進する。必要最低限の動きだけで自分に当たると思われる矢だけを見抜き、確実に斬る。
だが何の前触れもなく、右手の剣にビシッとヒビが入る。
(…っ!)
双剣だけに限らず、刃物というのは一点に力が加わると弱い。それが双剣という小型の刃物なら尚更だ。先端に力が集まる矢を受け止め続けた「封龍剣・超絶一門」の刃はこぼれ、刀身にまでダメージが蓄積してしまったのだ。
(お願い…耐えて…!)
ジュンキが倒れている場所まで、まだ距離がある。クレハは祈るしかなかった。
祈りながら、一歩一歩ジュンキのもとへと向かう。
しかし一歩近づく度に相手にとっては的が大きくなり、矢の命中精度が上がる。
そうなると、弾かなければならない矢の本数も増える。
そうなれば、剣へと負担が大きくなる。
(私に力を貸して…!チヅルちゃん…!)
果たして、右手の剣は真っ二つに砕けた。
「っ…!」
使えなくなってしまったら、いくらチヅルの形見であっても仕方がない。クレハは右手の砕けた剣を投げ捨てると、残った左手の剣を両手でしっかりと持った。
しかし左手の剣にも既にヒビが入り、長くは持ちそうにない。それでも迫る矢の壁に立ち向かう。
(チヅルちゃん…っ!)
しかしその剣も、クレハの目の前で真っ二つに砕けてしまう。クレハはすぐに投げ捨て、背中の双剣「ゲキリュウノツガイ」に手を伸ばすが…間に合わない。
クレハが背中の双剣を抜く前に、胸に2本、脇腹に1本、矢が刺さる。
「ぐぁ…ッ!」
リオレイアの強固な鱗や甲殻から作られたレイアSメイルでも完全には防げず、身体に突き刺さる。
どろりと流れる血の感触と、焼き炭を押し当てられたかのような熱い痛みがクレハを襲った。
それでもクレハは止まれない。いつも守ってくれる大切な人を、今度は自分が守らなければならない。
身体に矢が刺さったものの、クレハは背中の双剣「ゲキリュウノツガイ」を抜刀できた。
改めて、迫り来る矢を斬る。
「ぐぅ…ッ!」
だが矢を斬るために身体を動かせば、突き刺さった矢が肉に食い込み、灼熱の痛みがクレハを襲う。
そしてその痛みがクレハの剣筋を鈍らせ、1本、また1本とクレハの身体に矢が刺さる。
(それでも私は…!私は…ッ!)
朦朧とし始めた意識の中で、迫る1本の矢を左の剣で弾こうと剣を振る。
しかし、それは刃先が掠めただけ。軌道は大きく変わらず、胴体への直撃は避けたものの、その矢はクレハの右の肩口に突き刺さってしまう。
「あぐ…ッ!ううっ…ッ!」
右肩をやられてしまい、右手の剣を自由に動かせなくなる。そこを狙ったのかどうかわからないが、立て続けにクレハの右腕へ矢が刺さった。そして最悪なことに、右手の甲を矢が貫いてしまう。
「あああああッ!!!」
絶叫。主を失った右手の剣が地面に滑り落ちる。もはや迫り来る矢を弾く動きは取れず、クレハの身体に次々と矢が突き刺さっていく。胸、腹、肩、腕、手、脚、いつの間に背後を取られたのだろう、背中。
痛い。
痛い痛い痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い。
「あぁッ!!!うわあああああッ!!!ああああああああああッ!!!!!」
身体が仰け反り、悲鳴を上げる。それでもクレハは目を開き、絶対的な急所である頭部への直撃だけは避け続ける。
(せめて…!せめてあの男だけは…!)
次々刺さる矢の中で、クレハは最後の力を振り絞り、左手の剣をグレムリン目掛けて投擲した。顔を上げ、飛んでいく左手の剣を見つめる。しかしその剣はグレムリンのすぐ横の壁に刺さり、グレムリンに当たることは無かった。
外した―――。
「撃ち方やめっ!」
グレムリンの命が飛び、矢の雨が止まる。訪れた静寂の中で、クレハは自分の身体を見下ろした。
そこには身体に刺さる何本もの矢が見て取れる。これまで様々なモンスターの攻撃から身を守ってくれたレイアSの防具には数えるのが困難なほど矢が刺さり、クレハの肉体に届いている。今は見えないが、背中にも相当な数の矢が刺さっているはずだ。
「ぁ…」
両脚から力が抜け、その場に膝をつく。そのまま横に倒れた。
前や後ろに倒れると矢を圧迫し、身体の奥にまで矢が入り込んでしまうだろう。今のクレハにできる、最善の選択だった。