「見えたぞ。シュレイド城だ」
ザラムレッドの言葉に、ジュンキは目を細める。まだ距離はあるが、地平線上の小高い丘の上にそびえ立つ巨大な建築物と、それを囲んでいる街。シュレイド城とシュレイドの街だ。
ザラムレッドと共にココット村の裏山を出発して丸1日。陽は天頂を目指している最中であるから、竜車での移動がどれだけ大変なのかを改めて思い知らされる。
「さて、どこへ降りる?城の中や街の中は避けるべきだろう。街の外か?」
「いや、城と街の間だ」
ジュンキが指示した場所は、シュレイドの街からシュレイド城へと続く道が通る場所だ。街中ほど目立たず、城の中ほど危険ではない。しかしザラムレッドは唸り声を上げた。
「儂は構わんが、ヌシにとっては危険かもしれんぞ。街の人間に見られるだろうし、城の警備にも見つかるだろう」
「街の外で降りると城まで行くのに時間が掛かるし、そもそもハンターをシュレイドの街へと入れてくれるかどうか怪しい。俺は大丈夫だから、頼む」
「…分かった」
ザラムレッドはそう言うと、徐々に高度を落とし始めた。そしてシュレイドの街の上を通り過ぎる。
「やはり目立つな…」
ザラムレッドの言葉に、ジュンキは下を見た。空を見上げる街人が多数、そして慌てた様子の兵士が見て取れる。
「ザラムレッド、俺を降ろしたらすぐ退避してくれ」
「…」
街の警備兵に見つかったが、特に攻撃も受けないままジュンキとザラムレッドはシュレイドの街とシュレイド城を繋ぐ道の上に降り立った。
ジュンキは素早くザラムレッドから飛び降りる。
「じゃあ行ってくる。ここまでありがとう、ザラムレッド」
「…ひとつだけ言わせろ。生きて戻れ」
ザラムレッドの言葉に、ジュンキは思わず吹き出してしまった。
「お前の口からそんな言葉が聞けるなんてな…。分かった。生きて戻るよ」
「…用事が済んだら迎えに来る」
ザラムレッドはそう言い残し、大空へと飛び上がった。ジュンキはそれを見送ってから、シュレイド城に向けて歩き出す。
「用事が済んだら迎えに来る、か。早いところ用事を済ませないとな…」
ジュンキは苦笑いしながら歩みを進める。視界には、閉ざされているシュレイド城の門が入ってきていた。
ザラムレッドはジュンキをシュレイド城の前に降ろすと、すぐにその場を離れた。人間の攻撃を受けないよう、ぐんぐん高度を上げる。
そして十分な高さまで昇ると、シュレイド城の方を振り向いた。さすがにこの高さからはジュンキの姿を確認することはできない。
「…話し合いで解決できるような相手ではないだろう。先代の王ミラルーツもそうであったようにな…」
ザラムレッドはひとり呟き、とある方向を向く。
「…あのお方の力を借りねばならんだろう。いくら竜人とはいえ、ひとりでは…」
「止まれ!」
シュレイド王国軍の兵士に呼び止められ、ジュンキは歩みを止めた。閉じられた城門の前に立つ兵士が槍を携え、ジュンキに穂先を向けたまま取り囲む。
「ハンターが一体何の用だ!そんな野蛮な武器を携えて…すぐに立ち去れ!」
「…俺の名前はジュンキ。先日、ハンターズギルドの視察員としてこの城を訪ねた者だ。責任者へ取り次いで欲しい」
ジュンキはできる限り穏やかな口調を使い、丁寧にお願いした。しかしシュレイド王国軍の兵士からの返事は素っ気ないものだった。
「駄目だ!」
この一言である。
「ハンターズギルドの関係者は誰も通すなとの命令です。申し訳ありませんが、お引き取り願います」
別の兵士の言葉を聞き、ジュンキはこの場の兵士全員に聞こえるような音量でため息を吐いた。
「こちらにはどうしても話したい事情がある。通らせてもらうぞ」
ジュンキはそう言うと、背中の大剣「ジークムント」を抜いた。
時を同じくして、シュレイド城内。正門前広場。
ジュンキの世話役だったレイスはそこで多くの兵士達に混じって整列し、シュレイド王国軍総帥グレムリンの「ありがたいお話」を嫌々聞いていた。
その「ありがたいお話」というのは他でもなく、竜の討伐に関する意義の説明である。かれこれ30分も続いている話に対し、レイスは非常にイラついていた。
(…いつまで続くのでしょうか)
シュレイド王国軍の最高司令官、グレムリン総帥。シュレイド王国軍の必要性を世に訴えてハンターズギルドの台頭を許さない姿勢は、プライドだけは高い多くの兵士や部隊長の心を掴んでいる。
もちろんグレムリン総帥の考えに賛同できない兵士や部隊長もいる。
しかし、グレムリン総帥に対しての意見は反逆行為とされ、罰を受けた兵士や部隊長をレイスは何人も見てきている。それ程に強硬な姿勢を見せる人物だった。
(ダークはギルドのところへ行き着けたのでしょうか…)
軍が動き出す。
そのことをハンターズギルドへ伝えるために、レイスを含む反グレムリン派の考えを持つ兵士や部隊長はダークを使者としてハンターズギルドへと向かわせた。
こうすることでハンターズギルドが動き、少なからずグレムリン総帥の行動を鈍らせることができると考えたのだ。
「―――というところからも、我々シュレイド王国軍が率先してモンスターの討伐を行っていく必要があるのである!以上!」
「敬礼!」
長かったグレムリン総帥の話が終わり、レイスは多くの兵士とタイミングを合わせて敬礼した。
(しかし私も、矛盾した行動をしているものです。軍の考えには賛同できないのに、軍の兵士として命令には従う。自分の考えで動けないとは、こうも辛いものなのですね…)
「直れ!」
再びタイミングを合わせて敬礼を解き、真っ直ぐ立つ。そしてグレムリン総帥が演台から降りようと背を向けたその時―――。
大砲を撃ったような破砕音が背後から何の前触れもなく発せられ、レイスを含むその場の全員が振り向いた。
「なっ…!」
シュレイド城の城門。
厚さ50センチにもなる厚い木材で作られ、巨木をそのまま使用したような閂(かんぬき)を使って鍵を掛けている城門に、ポッカリと穴が開いてしまっていた。
「一体、何が…?」
レイスは次に何が起きても対処できるよう、破られた城門から目を離さない。
(敵国の奇襲か…?それとも街の人々の暴動…?)
レイスは次々と予想を立てる。しかし破られた城門から入ってきたものを見て、レイスは再び驚いた。
「ひとり…だと…?」
破られた城門から入ってきた人数は、ひとり。背中に大きな武器を背負い、モンスターの素材を使った防具を身に着けていることから、ハンターであることはすぐに分かった。
ハンターがひとりであの城門を破ったのだろうか。いや、それは有り得ない。有り得ないことだが、実際に城門は破られている。
そんなことをやってのけたのは一体どんな人物なのだろうか。レイスは顔を覗こうとしたが、そのハンターは頭にも防具を着けていて顔を見ることができない。
「まさか…ジュンキ…殿…?」
しかし、レイスには分かってしまった。何の根拠も無いのだが、何故かレイスはジュンキだと確信できた。