ココット村に着いたジュンキは、話し掛けてくる村人や村長に走りながら簡単に挨拶し、森へと入る。
通い慣れた獣道を進み、狩り場「森と丘」のベースキャンプに出てからジュンキは走るのをやめて歩き出す。
乱れる呼吸を整えながら丘を登り、ザラムレッドとセイフレムが営巣しているであろう山の中腹にポッカリと空いた洞窟へと足を踏み入れる。
「…ヌシか?」
洞窟の中から聞こえてくる聞き慣れた声に、ジュンキは安堵のため息を吐いた。洞窟の中にはザラムレッドとセイフレムがおり、揃って大地に伏せていた。
「…もしかして起こしたか?」
「気にするな」
ザラムレッドはそう言って身体を起こしたが、セイフレムは眠そうに欠伸をしながら「お久しぶりね、ジュンキ君…」と挨拶してくるので、ジュンキは思わず苦笑いしてしまう。
だが今は遊びに来ている訳ではないので、ジュンキはすぐに表情を引き締めた。
「…その様子では何かあったみたいだな」
ザラムレッドもジュンキが武器を2本背負っていることに気付き、声を緊張させた。
「ああ。シュレイド王国軍が…ついに人間側が動き始めた」
「そうか。ついに動いたか…」
ジュンキの言葉を聞いたザラムレッドの言葉は真剣だった。セイフレムもジュンキの言葉に驚き、身体を起こして真剣に耳を立てている。
ザラムレッドは考えるように目線を一度ジュンキから外し、そしてすぐに戻した。
「して、これからどうする?儂に出来ることならば、いくらでも手を貸すぞ」
「ありがとう。早速で悪いんだけど、シュレイド城まで運んでほしい」
ジュンキの言葉を聞いて、ザラムレッドは蒼色の瞳を見開いた。
「シュレイド城…。乗り込むのか?」
「ああ。残念だけど時間が無い。話し合いで解決出来るよう頑張ってみるけど…人を斬るかもしれない」
ジュンキの言葉を聞いて、ザラムレッドは視線を少しだけ落とした。
「…同族を手に掛ける、か。今更だが、竜人とは悲しい運命だな」
「竜を斬っておいて、人を斬らない訳にはいかないよ」
ジュンキはそう言って苦笑いするものの、ザラムレッドは悲しい目線を送ってくる。ジュンキは鼻でため息を吐いてからザラムレッドの頭に右手を乗せた。
「大丈夫。…それとも、俺のことを心配してくれているのか?」
「ふん…」
ザラムレッドは呆れたように首を振ってジュンキの右手を除けると前に進み、右脚を差し出した。
「乗れ。時間が無いのだろう?」
「…ああ」
ジュンキは慣れた手つきでザラムレッドの右脚の上に立つ。そこへセイフレムが歩み寄り、ザラムレッドと互いの頬を摺り合わせる。
「…無事に戻ってきて下さいね」
「安心しろ。戦うのは儂ではなく竜人だ」
ザレムレッドの言葉に、ジュンキは思わず苦笑い。
しかしその苦笑いも、セイフレムの言葉によって掻き消されてしまう。
「…クレハちゃんは連れて行かないのね」
「…」
「…いいの?ひとりで」
「…今度ばかりは危険過ぎる。俺はもう、誰も失いたくないんだ…」
ジュンキは顔を上げるとザラムレッドに「行ってくれ」と言い、ザラムレッドは大きな翼を広げて飛び上がる。
「誰かを失いたくはない気持ちは、クレハちゃんも同じはずよ!あなたは彼女の気持ちを―――」
背後からセイフレムの声が聞こえてきたが、ジュンキはザラムレッドの右脚を叩いて出発を命じる。ザラムレッドはジュンキの意図を察したのか、止まらずに巣穴から飛び出した。
「…これでいいんだな?」
「ああ。これで…いい…」
ジュンキを乗せたザラムレッドは、速度を上げて一直線にシュレイド城を目指す。
「ジュンキ君…。あなたという人は…」
天井に空いている大きな穴からザラムレッドとジュンキが飛び出ていくのを見送ったセイフレムは、ひとり落ち込んでいた。
「誰かを失いたくない…。その気持ち、あなたなら分かっているでしょうに…」
ジュンキはクレハを失いたくない。それはクレハも同じで、ジュンキを失いたくはないはずだ。それなのに、どうしてひとりで行くのか。
「ひとりの力…。それは例え竜人であったとしても、たかが知れている…。そのことを一番理解しているのは、他でもないあなたでしょうに…」
セイフレムは涙声で呟きながら、ある場所を掘り返す。そこは夫であるザラムレッドにも教えていない、あるものを埋めてある場所だ。
ある程度の深さがあるので、何度も地面に爪を立てて掘り進める。
「ジュンキ君、あなたは…。そして私は…ひとりの竜人を失っているのよ…?」
セイフレムの爪に、埋められていた物体が当たる。セイフレムは数歩下がるとそれを口で咥え、穴から出した。
それは一対の剣…双剣だった。
「チヅルちゃんを…」
掘り返した双剣を見つめ、涙を流すセイフレム。流れ出た涙は固まり、「竜のなみだ」となって大地に転がった。
「…!」
ふと、人間の足音が聞こえ、セイフレムは身構えた。チヅルの双剣に砂を被せて隠し、巣穴の入り口を見つめる。
「クレハちゃん…!?」
飛び込んできたクレハの姿に、セイフレムは深緑の瞳を見開いたのだった。