師匠ジークと別れたクレハはそのままミナガルデの街を目指さず、遠回りになるが自分が生まれ育った村を訪れることにした。
一度ドンドルマの街に戻り、そこからクレハの生まれ育った村へと出発する。そして到着したその場所は、クレハが去った2年前と何一つ変わっていなかった。
「懐かしいなぁ…。何も変わってない…」
クレハは竜車から降りると、勝手を知った村の中へと足を踏み入れた。
「ハンターが結構いるんだ…。よかった…」
小さな村にとって、ハンターが居るか居ないかは大違い。
クレハも腕を磨くためにこの村を出ようと思ったが、数少ないこの村のハンターが更に減ってしまうと心配して断念しかけたことがある。その時に村長が「大丈夫だから行ってくるといい」と言ってくれなければ、未だにこの村でハンターを続けていただろう。
「村長には、感謝しないとね…」
クレハはひとり呟きながら、村の中心へ向かって歩く。すれ違う村人達と再会を喜び合い、村長と出会って昔話に花を咲かせる。
そうしているうちに、クレハは目的の場所に着いた。
「ただいま、母さん…」
クレハがこの村に戻ってきた最大の理由。それは母の墓参りだった。
村人とハンターの共同墓地。その一角にある墓石が、クレハの母が眠る場所だ。
クレハは墓石の前で立ち止まり、そのまま膝を折って屈んだ。墓石にはコケひとつ生えていないところを見ると、村人達が世話をしてくれているのだろう。
「母さんが死んだ時は、ハンターが母さんしかいなかったもんね…。みんな母さんのこと、感謝しているんだよ…」
そして村唯一のハンターだった母を死なせてしまった最大の要因は、クレハの不注意だ。その事に何度泣き、何度責任を取ろうとしたことか。
「その度に、師匠に怒られたっけ…。生きろ!生きることが責任だ!って…」
クレハは一度目を閉じ、そして満面の笑みを向けた。
「ただいま、母さん。2年も帰らなくてごめんね。とんだ不良娘だね、私…」
クレハはそう言いつつ右手を伸ばし、母の墓石を撫でる。
「その代わり、私が帰らなかった2年間の出来事をいっぱい話すから、許してね…」
クレハはそう言うと母の墓石から右手を離し、左手と同様に膝の上に乗せた。
そしてクレハは、ジュンキに出会ったこと、ジュンキのパーティに入ったこと、ラオシャンロンと戦ったこと、黒龍ミラボレアスと会ったこと、順を追って話していく。
「でね、その黒龍ミラボレアスは、お兄さんである紅龍ミラバルカンから逃げてきていたの。黒龍ミラボレアスとジュンキが会話して、そこで…」
ここでクレハはこれまで喋り続けていた口を閉じ、そして重々しく口を開いた。
「…そこで、私も竜人だったことが分かったの。母さん…母さんは、私に流れている竜の血について、何か知っていたの…?」
クレハは墓石に語りかけるが、墓石は何も語らない。
「…そうだよね。私が竜人だろうと無かろうと、私は母さんの娘だもんね」
クレハは微笑み、思い出話を再開する。
紅龍ミラバルカンを倒し、一応の危機が去ったこと。ジュンキが一時的だがパーティを離れ、山に篭ってしまったこと。そしてパーティ仲間のひとりが死んでしまったこと。
「…月が綺麗な夜だった。その日、仲間のチヅルちゃんが死んじゃったんだ。母さんと同じ、リオレイアと戦ってね…。後からジュンキに聞いたんだけど、お腹に棘が刺さってポッカリ穴が開いちゃったんだって…。痛かっただろうね、チヅルちゃん…」
ここでクレハは自分が泣いていることに気づき、目尻を拭った。
「泣いてちゃ駄目だよね…。チヅルちゃんが死んじゃった時も笑顔で見送ろうとして、結局泣いちゃったんだ、私…。その時はジュンキに慰めて貰ったけど…」
あの時はジュンキに慰めて貰ったクレハだが、今は自分以外に誰もいない。クレハは時間がかかったものの自力で泣き止み、そして話を続けた。
「でね、その時にジュンキが、泣きたい時は泣けばいい、って言ってくれて、泣き止むまで付き添ってくれたんだ。今思えばその時からかな。ジュンキを意識し始めたのは…」
クレハは微笑み、母への報告を続ける。
パーティ全員と人里離れた村へと移り、そこで狩りを続けたこと。リヴァルとリサという新しい仲間が増えたこと。そしてジュンキとのやり取り。
「…恋心を抱いたって気付いたときは嬉しかったな。ジュンキには遠回し遠回し…時には直接的な事もしたけど、好意を伝えたんだ。そうしたらジュンキも徐々に気付いてくれて、嬉しかった…」
クレハは急に恥ずかしくなり、つい笑ってしまう。
そして竜の王であるミラルーツと戦って勝ち、シュレイド王国軍の目を逃れる為にパーティを解散したところまでをクレハは話し、そして口を閉じた。
一度、深呼吸。
「…でね、母さん。私、ジュンキと結婚したの」
クレハはそう言って胸元から誓いの首飾りを出し、母の墓石へ見せる。
「話すのが遅いって師匠にも言われたけど…報告します。母さん、私…結婚したよ。信じられる?彼…ジュンキは出掛けていて今この場にはいないけど、いつか必ず連れてくるね」
クレハはそう言いつつ誓いの首飾りを胸元へ戻すと、一気に立ち上がった。しかし長時間同じ姿勢で屈んでいたため脚が痺れ、危うく転んでしまいそうになる。
「おっととっ!と…。危ない危ない…」
クレハはどうにか姿勢を正すが、母の前である事を思い出し、情けないところを見せてしまったと反省する。
「…これが私の2年間です。母さん、私は毎日を元気に、そして幸せに生きています。だから安心して、ゆっくり休んでね」
クレハはそう言うと、足の先を村の方へと向けた。
「それじゃあね、母さん。今度はジュンキを連れて来るからね」
クレハはそう言い残し、母の墓石を離れて歩き出す。いつの間にか太陽は傾き、帰りの竜車の時間が迫っていた。
「ジュンキ、もう帰ってきているかな…?」
ミナガルデの街に戻ればジュンキがいるはずである。クレハは嬉しさでつい笑顔になってしまい、にやけながら帰りの竜車を待つのであった。