「さあ、上がった上がった」
ジークの手招きで、クレハは恐る恐る家の中に足を踏み入れた。
「しかし、よく俺の居場所を突き止めたな。ハンターズギルドってのは本当に怖いのな」
ジークは「ははははは!」と高笑いして椅子に座った。
「いつまでそこに突っ立っているんだ?さあ座った座った」
ジークはそう言って椅子を勧めたので、クレハは躊躇しながらも座った。そしてジークを正面に見据える。
(変わってない…。4年前と同じだ…)
クレハがジークと出会ったのは12歳の時。それから3年間、みっちり狩りの極意を教えてもらった。そしてジークはクレハが単身でリオレイアを討伐できた15歳の時、突然目の前から消えてしまったのだ。
「師匠―――」
「変わってないな」
クレハのジークに対しての第一声は、ジーク自身の声に阻まれてしまった。しかしジークの放った言葉に、クレハは少なからず驚いてしまう。
「えっ…?」
「最愛の弟子が4年ぶりに会いに来てくれたからどれくらい成長しているのかと思ったが、4年前と変わらないじゃないか」
「な…っ!」
ジークの小馬鹿にするような言葉に、クレハはカチンと来てしまう。
確かに自分の実力はまだまだで、もっと精進するべきだと思っているが、4年前と比較すればそこそこ腕を上げているはずである。
「師匠、流石に4年前と変わらないというのは言い過ぎじゃないですか…!」
クレハはどうにか怒りを抑えるが、語気は強くなってしまった。
ジークはそんな様子のクレハに目を瞬かせ、再び「あっはっはっは!」と笑い声を上げる。
「すまんすまん。つい4年前のお前を見てしまった」
ジークはここで一度頭を下げる。
「お前が俺に追いつきそうだから、つい悔しくて…というのもある。よく見れば、確かに成長したな」
「師匠のバカ…」
「…立ってみろ」
ジークはそう言って立ち上がったので、クレハも立ち上がる。すると、ジークはクレハを頭の先から足の爪先までじっくり見渡した。
「…お前も母親に似てきたな」
「師匠…」
「母親と同じ、青色の髪と瞳。武器は双剣で、防具はリオレイア…。ん?その防具はSシリーズか!母親を超えたな、クレハ」
「そんな、母さんを超えたなんて…」
急に褒められてクレハは照れ臭くなり、つい目線を外してしまう。するとジークはクレハの前に立ち、自分の身長と比較を始めた。
「ん、背もちゃんと伸びてるな」
「当たり前です!」
クレハはつい怒り口調でそう言い、椅子に座ってしまう。ジークはやはり「ははは」と笑いながら椅子に座り直した。
「しかし、お前も女だったんだな」
「…なんですか、突然」
「背丈以外も立派になって…」
ジークはそう言うと、視線をクレハの顔から少し下に落とす。クレハは師匠の意図に気付くと、身を庇うように両腕を胴体に巻きつけた。
「師匠っ!身体以外もちゃんと見て下さいっ!」
クレハは顔を赤らめながら言い返すと、ジークは相変わらず高笑いをこぼした。
「悪い。お前の反応が面白くてな。つい、いじってしまう。これも愛情表現ということで、許してくれ」
「…師匠の、私と再会できて嬉しい気持ちは分かりました」
「それで、今日は一体どうした用件でここに来たんだ?様子を見に来ただけじゃないんだろう?」
「はい。報告がいくつか…」
クレハはそう言うと、手荷物の中から例の双剣を取り出し、巻いてある布を取り払った。
「師匠、覚えていますか?」
「…忘れた日など、一度もない」
ジークはそう言うと左手を差し延ばす。クレハは師匠に柄を向けて渡すと、ジークは剣の刀身を見つめた。
「…綺麗だな」
「お守りとして、大切にしていましたから」
ジークはクレハの言葉を聞くと、目線を刀身からクレハの方へと移した。
「…これを返しに来た、ということか」
「はい」
クレハはジークの目を見つめ返し、はっきりと返事を返した。ジークの口がゆっくりと開かれる。
「…俺はこの剣を与えた時、言ったはずだ。一人前になったら返しに来い、と。納得できる強さを手に入れたら返しに来い、と」
「はい」
「…お前は納得できたのか?自分の力に満足しているのか?」
「…っ」
ジークの放つ、まるでモンスターのような眼光の鋭さに、クレハは言葉を詰まらせてしまう。こんなに厳しい師匠の目を、クレハはまだ見たことがなかった。
クレハが返事を返せないでいると、ジークは双剣の柄をクレハに向けて突き返してきた。
「駄目だな。まだ受け取れん」
「どうしてですか!?」
「お前は迷っている。自分の力に、何か迷うところがあるだろう?それでは駄目だ」
ジークの言葉は的を射ていた。クレハはジークに「お前の力」と言われ、自分に流れる竜の血を、人間離れした竜の力のことを思い返していたからだ。
「どんなに武器を鍛え、防具を鍛え、腕を磨いても…。己の力をしっかり把握していなければ、それは一人前ではない」
ジークの言葉に、クレハは顔を俯かせて下唇を噛む。ふとここで、クレハは自分の首から下がるものを見つけて顔を上げた。
「師匠」
「ん?」
「確かに私は、まだまだ半人前です。己の力を把握しきれていない、未熟な人間です」
クレハの言葉を、ジークは黙って聞いている。クレハは口を挟まないジークに心の中で感謝して、言葉を続けた。
「師匠は言いましたね、納得できる力を得たらと…。納得できる力というのは、私だけの力じゃない。私を支えてくれる多くの人々、大切な仲間たち…。それも大きな力だと思います。それに今は、私を心から愛してくれる大切な人がいるんです」
クレハはそこまで言うと、胸元から誓いの首飾りを取り出し、ジークに見せつけた。
「師匠はこれ、何だか知っていますよね」
「…!」
クレハの見せた誓いの首飾りに、ジークは目を点にして驚いていた。魂が抜けたみたいに口をあんぐりと開け、瞬きすらしない。そのジークが魂を取り戻して動き出したのは、クレハが誓いの首飾りを元の場所へ戻してからだった。
「クレハ、お前…!いつの間に結婚していたんだ…!」
「今日師匠を訪ねた、最大の理由です」
クレハはそう言って口を閉じると、ジークは今日何度目かの高笑いを見せた。
「そうか、そうかそうか!結婚したのか!いや~驚いた!一人前の力、納得する力。それは友情の力と愛の力か!あっはっはっはっ!」
ジークは笑いながら席を立ち、背後にある収納ボックスの中から一本の剣を持ち出してきた。
「師匠、それは…!」
ジークが持ってきたのは、クレハが預かった双剣のもう片方だった。
「紅蓮双刃。この双剣の名だ」
ジークはそう言うと、双剣「紅蓮双刃」をクレハに差し出した。
「師匠…?」
「お前が一人前になった暁に、譲るつもりだったんだよ。持って行け」
クレハは両手で双剣「紅蓮双刃」を受け取ると立ち上がり、ジークと距離を取って軽く振った。
「師匠…いいんですか?こんな立派な双剣…」
「ああ、4年前から決めていたことだ。それに、俺にはもう必要ない」
ジークはそう言って右肩を見せつける。そう、ジークには右腕が無い。幼いクレハをリオレイアの攻撃から守った代償だ。
「師匠…!ありがとうございます…!」
「おいおい、泣くなよ」
クレハは嬉しくて思わず泣いてしまい、ジークはそれをなだめようとクレハに近寄る。そんなジークに、クレハは思わず泣きついてしまった。
「…俺の元からは卒業だな。お前はもう一人前だ」
ジークの言葉を聞いて、クレハは更に大きな声で泣いたのだった。