「ジュンキさん、起きてください。ジュンキさん!」
「ん~…?」
寝ているベッドを揺らされて、ジュンキは覚醒した。重い瞼を開けると、そこには昨日と同じ甲冑に身を包んだダークの姿があった。
「おはようございます。食事をお持ちしましたよ」
ダークがそう言って指したテーブルの上には、運ばれてきたばかりなのだろう湯気を立てている豪華な朝食が用意されていた。ジュンキは上半身を起こすと掛け布団から身体を抜き、いつの間にか用意されていた高級そうな靴を履いてテーブルに着く。
「…いただきます」
ひとりぼっちの寂しい朝食だ。いつも隣にはクレハがいたので寂しさを覚えることなど無かった。
しかし、いざ離れ離れになるとこんなにも寂しいものなのかとジュンキは痛感する。
「お口に合いますか?」
いや、厳密にはひとりぼっちではない。ダークというシュレイド王国軍の兵士がいる。
彼は部屋の扉の前に立ち、そこで石像のように静止している。そのダークが声を掛けてくれたのがキッカケになり、ジュンキは気になることをダークにいろいろ聞いてみることにした。
「ああ、美味しいよ。ハンター生活を続けていたら、一生口にできないだろう味だね」
少し嫌味を込めた褒め言葉だったが、ダークは笑顔を見せてくれた。
ジュンキは会話を続ける。
「ところで…ダークはどうしてそこに立っているんだ?」
「ジュンキさんの身の回りの世話が、僕に与えられた任務ですから」
「見つめられると食べにくいんだが…」
「僕のことは気にせず、食事を続けてください」
ダークは笑顔でそう言うが、扉の前から動こうとはしない。ジュンキが勝手なことをしないよう見張っているのだろう。まだ信頼を得てはいないらしい。
(当たり前か。ハンターズギルドとシュレイド王国軍は対立しているんだからな…)
ジュンキはスープを口に運びながら考える。ここでジュンキは別の話題を振ってみることにした。
「ダーク」
「はい、何でしょう」
「俺はハンターズギルドの使者としてシュレイド城へ来たんだけど…。具体的にはこれからどうするんだ?」
「え~っとですね、ハンターズギルドの使者様に、シュレイド城の中を案内します」
「それで?」
「はい。シュレイド城の中を見て頂き…言葉が悪いですが、何もやましいことをしていないという事を確認して頂きます」
なるほど、とジュンキはパンを齧りながら思う。ハンターズギルドとシュレイド王国軍の、友好的交流に見せかけた内情視察。シュレイド王国軍がハンターズギルドの内部を覗くのだから、ハンターズギルドもシュレイド王国軍の内部を覗けるのだろう。
「そのシュレイド城の案内は、この後なのか?」
「はい、そうです。ジュンキさんの食事が終わり次第、僕とレイスさんで案内することになっています」
「分かった。ありがとう」
ジュンキは一言礼を言うと、果物の入った器を手に取る。
(もしかしたら、シュレイド王国軍が竜を殺している理由を知ることができるかもしれないな…。いや、俺は知らなくてはならない。ミラルーツを殺した俺には、その義務がある…)
シュレイド王国軍が多くの竜を殺し、竜の王ミラルーツはそれを止めるために人間駆逐計画を発動させた。ジュンキ達竜人は竜の攻撃から人々を守る為にミラルーツを倒したが、それは結果的にシュレイド王国軍を勢いづかせてしまった。
だから今度はシュレイド王国軍の番である。人間を本気で滅ぼそうとしていたミラルーツを倒したように、もしシュレイド王国軍が本気で竜を滅ぼそうとしているならば、ミラルーツの時と同様に止めなくてはならない。
「…ごちそうさま」
ジュンキは食事の終わりを告げると、ダークがこの部屋の扉を2回ノックした。するとすぐにこのシュレイド城で働いているのだろう侍女が扉を開けて現れ、テーブルの上を片付けていく。ダークが扉を叩くまで、外で待機していたのだろう。
「ジュンキ殿、よろしいか」
城の侍女達に続いてレイスが現れると、ジュンキは無意識に苦笑いしてしまった。どうやら自分はレイスが苦手らしい。
「…以上で日程の説明を終わります。質問はありますか?」
「いいや、無いよ。案内よろしく」
レイスの言葉に「よろしく」と返したジュンキ。しかしレイスは表情を引き締めたまま、頷きもせずに手元の資料へ目を落としている。
「では参りましょう」
レイスは本当に案内する気があるのだろうか。ひとりで部屋を出て行ってしまう。
「…俺、もしかして嫌われてる?」
「それは無いと思いますよ。レイスは誰に対してもあんな感じですから」
ジュンキの言葉に、ダークは苦笑いしながら首を傾げた。
「待たせると怒られてしまいます。ジュンキさん、行きましょう」
ダークの言葉に一度頷いてからジュンキは立ち上がった。
「ここが兵士の寝泊りする宿舎。ここが教会。ここが食堂の東4番出入り口」
レイスが機械的に案内を続ける中を、ジュンキとダークは黙って付いていく。
「レイスには何を言っても無駄ですよ?」とはダークの言葉で、先程もジュンキが「レイス、もう少しゆっくり歩けないか?」とお願いしても「今後の日程に差支えますので」と却下されてしまった。ジュンキとしては城内の怪しい個所を見て回りたいのだが、レイスがそれを許さない。
(多くの竜を殺している理由…。それを知るには軍の施設に近づく必要があるだろうな…)
レイスが案内してくれているのは主に生活の場だ。このままでは軍の施設の中を見ることは叶わない。
彼女が案内するよう命じられた場所も恐らく王国軍が決めたことだろうから、王国軍は軍隊の施設を見せる気が無いのだろう。
(手がかりが欲しいんだよな…)
軍隊の施設について尋ねると勘繰られるかもしれないが、聞かずにはいられないジュンキだった。
「レイス」
「はい?」
レイスは歩みを止めず、首だけを回してジュンキを見る。
「城の生活風景は分かったから、他の場所を案内してくれないか?」
「他の場所ですか?」
「そう。例えば…兵器を保管している場所…とか?」
ジュンキの言葉を聞いて、レイスの目が細められる。
(やっぱりあからさま過ぎたか…?)
ジュンキは内心焦ったが、レイスはすぐに視線を前に戻した。
「軍事施設への関係者以外の立ち入りは禁じられています」
レイスはそれだけ言うと、再び「ここは宿直室。ここは宿舎東棟東側3番昇降口」と機械的な案内に戻ってしまう。
(シュレイド王国軍、見せる気サラサラ無し、か)
ジュンキは小さくため息を吐くと、ダークと共に黙ってレイスに続いたのだった。