ベースキャンプと言っても、今回は採取クエストでここに来ている。そのため支給品は少ないのだが、仮眠用のテントはちゃんと設置してあるので、寝ることに関しては問題が無い。
ジュンキは大剣「アッパーブレイズ」を背中から外し内壁に立て掛けると、簡易ベッドへ横になった。ここは狩場なので不慮の事態に備え、防具は解かない。ハンターならこれくらい慣れている。
「明日か…」
防具の上から、2年前にあのリオレウスに付けられた胸の傷を撫でる。
―――そのまま眠ってしまった。
翌朝。
ジュンキは装備を整えて再びエリア3に向かうと、あのリオレウスは約束通り待っていた。
ジュンキの歩みが止まると同時に、リオレウスの口が開く。
「間違っても、ヌシを殺したりはしない。安心するといい」
「俺も、お前を殺したりはしない。ただそれだけで、俺は真剣だからな」
「…儂に勝てるかな?」
「この装備なら、分かるだろ?」
ジュンキはそう言って、装備を見せるように両腕を開いた。
武器はリオレウスの爪を使用している大剣アッパーブレイズ。防具は頭の先から足の先までリオレウスの鱗や甲殻をふんだんに使用したレウスシリーズ。まさにリオレウス一色だ。
「…そこらのリオレウスと一緒にしないほうがいいぞ?」
「分かってる。俺もハンターだ。狩りの最中は油断しない」
「…では始めようか」
「ああ…!」
ジュンキはレウスヘルムの面頬を下ろす。それが合図となり、リオレウスがジュンキ目掛けて走り出した。
―――ジュンキは慌てて避ける。
(速い!?)
リオレウスの突進は、距離があればごく簡単に避けることが出来る。しかしこのリオレウスは、桁違いな速さで突進してきたのだ。
着地した先で、ジュンキはリオレウスの姿を視界に入れて、再び驚かされる。
リオレウスのような巨体になると、突進の勢いを殺せずに体勢を崩してしまうことがほとんどだ。ディアブロスのように脚の筋肉が発達していれば話は別だが、このリオレウスは見事に止まってみせたのだ。
ジュンキが起き上がったその時には、既にこちらへ向かって炎のブレスを吐き出していた。ジュンキはそれを、背中の大剣アッパーブレイズで防ぐ。
「ぐっ…」
ブレスは大剣に直撃し、熱波がジュンキを通りすぎる。大剣を背中に戻そうとして―――ジュンキは驚きのあまり、一瞬止まってしまった。
このリオレウス、なんとリオレイアのようにブレスを三発も放っていたのだ。
しかも、すべて直進で。
ジュンキは急ぎ大剣アッパーブレイズでブレスを防ごうとするが、二発目のブレスはジュンキの目の前で爆発した。爆風で大剣アッパーブレイズが、衝撃で吹き飛ばされる。
「なっ!?」
思わずリオレウスから目を離し、宙を舞うアッパーブレイズを目で追う。
熱い―――と感じた時には目の前に三発目のブレスが迫っていた。反射的に腕で防ぐ。
ブレスは、ジュンキの腕に当たって爆発した。
「ぐぅッ!ああああああああッ!!!」
爆発の勢いは全身を使って受け流すことに成功したが両腕が灼熱の炎に包まれる。火に耐性のあるレウスアームでなければ腕が焼け落ちていたかもしれない。
頭が破裂しそうな痛み。
しかしそれも、急接近する巨体の気配に打ち払われる。
「―――!」
ジュンキが顔を上げる。
そこには、突進するリオレウス。
回避不可能な距離。
リオレウスの鼻先が、防具ごとジュンキの腹にめり込む。
「かは…ッ!」
しかし、リオレウスは突進を止めない。ジュンキの身体は宙に浮いており、制動も回避も効かない。
―――リオレウスはジュンキごと、この丘と森を隔てている岩壁に激突。
「が―――ッ!!!」
ジュンキのレウスヘルムが吹き飛ぶ。
あまりの衝撃に、岩壁が砕けた。
ジュンキの体内では骨が軋み、砕ける。
リオレウスが数歩下がると、ジュンキは力なくその場に崩れ落ちてしまった。
「ぐ…うぅ…ッ!」
霞む視界で確認するに、リオレウスは目の前にいるが、今すぐ攻撃を加えてくる気配はない。
そして偶然にも、右に数歩のところに、先程吹き飛ばされた大剣アッパーブレイズが落ちている。
ジュンキは腹の下に力を入れて立ち上がり、痛みを堪えて走り出す。幸い、腕や脚は折れていないようだ。
当然、リオレウスも動く。
(届け―――!)
目の前の大剣に右腕を伸ばす―――。しかし、寸前のところでリオレウスに左肩を噛まれてしまい、右手が届かなくなった。
「ぐっ!?」
諦めず手を伸ばす。何とか柄に触れることが出来たが、それと同時にリオレウスが身を引いたため、ジュンキは大剣と遠ざけられてしまった。
「勝負あったかな?」
リオレウスの蒼い瞳に覗かれると、ジュンキは青い瞳で睨み返した。
「…まだ俺は諦めてないぞ」
「強気だな。まあ良い」
リオレウスはそう言うと、ジュンキの左肩を捉えている顎に力を入れ始めた。
「ぐうッ!」
ジュンキはリオレウスの牙から逃れようと暴れ、右腕でリオレウスの顔を殴る。しかしレウスメイルにめり込んだリオレウスの牙は外れることは無く、少しずつレウスメイルも変形していく。
ミシミシと、左肩の骨にヒビが入る音が頭の中に嫌と響いてくる。
「ぐっ…!ぎ…!」
遂に左肩の肉と骨がぐしゃっと弾けた。
「ぐあああああああッッッ!!!」
真昼の丘に、ジュンキの絶叫が響く。リオレウスの牙はレウスメイルごと左肩を貫き、肉を断って骨を砕いた。引き裂かれた皮膚から鮮血が流れ出る。ジュンキは激痛に錯乱し、振り回した右腕がオレウスの鼻先に当たった。
流石のリオレウスも予測できない動きに驚き、ジュンキの左肩から牙を抜いた。左肩の傷口を塞ぐものが抜け、流血により緑の丘を染めていく。
「ぐ…あ…ッ!」
左肩を砕かれた痛みに、ジュンキはその場で両膝をついた状態から動けなかった。
そこへリオレウスが近寄り、ジュンキを仰向けに蹴り倒す。そしてジュンキの身体の上に、リオレウスは自身の右脚を乗せた。
「その肩で剣は握れまい。勝負あったな」
「…誰が降参するものか!」
冷静な物言いをするリオレウスにジュンキは噛みつく。
「まあ良い。怪我が増えるだけだ」
リオレウスはそれだけ言うと、今度はジュンキの右肩へ体重を乗せてきた。今度は右肩の骨にヒビが入っていく。
「あ…ああ…!」
リオレウスは何の躊躇も無く、ジュンキの右肩を踏み潰した。
「―――ああああああああッッッ!!!」
再び絶叫。右腕と左腕の機能を失い、剣を握ることはできなくなった。
「思い知ったろう」
リオレウスの、降参を促す言葉に、ジュンキは無言だが涙目で睨み返す。
「…諦めが悪いのも考え物だぞ」
リオレウスはそう言って、今度はジュンキの両脚、腿に体重を乗せる。腰防具のレウスフォールドが音を立てて砕け、脚防具のレウスグリーヴが悲鳴を上げる。
「―――ッ!!!」
声にならない悲鳴。気絶できれば楽だろうが、それも許されない痛み。視界は白飛びし、周囲の音もよく聞き取れない。
「諦めろ。儂も手加減は、そこまで上手くない」
リオレウスからの、幾度目かの警告。
「嫌だっ…。俺は…っ!…絶対にっ…諦めないっ…!」
「…仕方ないな」
リオレウスは半ば呆れ気味にそう言うと、文字通り、ジュンキを「握り締めた」。
「があああああああああッッッッッ!!!!!」
ジュンキの防具、骨、心が砕ける。
傷口が開いている左肩より血液が絞り果汁の如く吹き出し、血だまりが広がる。
「が…あ…」
もはやジュンキの目線が定まらない様子を見て、リオレウスはジュンキを放した。
「引き際を弁えろ」
「俺の…負け…なのか…?」
ジュンキの掠れた言葉に対し、リオレウスは呆れているのか大きな息をひとつ吐いた。
「この戦いに勝敗は関係なかろう。ヌシの気が済めばそれで良い」
「…」
言葉を発せない。頷くこともできない。リオレウスはそのまま言葉を続けた。
「安心するがいい。ヌシは死なん。竜人の特徴をひとつ話そう。昨夜も話したが、竜人は人の知性と竜の力性を備えている。その竜の力性とは、竜が持ち合わせている精神力、回復力も備えているのだ。ヌシは血を失い、身を痛めても生きている。砕けた骨もいずれ治るだろう。少し砕き過ぎたかもしれんがな」
「…手加減が下手だぞ」
ようやく返せた言葉をリオレウスは鼻で笑った。
「だが儂も確信を得た。ヌシは現代に蘇りし竜人であると」
「…」
「さて、儂はもう行く。ヌシの仲間が近くまできている。あの人数では狩られかねん。また迎えに行く。それまでに傷を癒すことだな」
リオレウスはそう言い残し、飛び去っていく。
「…勝手なこと言いやがって」
ジュンキはひとり呟くと、全身を襲う激しい痛みから開放されるように、意識を手放した。