「え~っと…ハンターズギルドの創設と、シュレイド王国軍との関係悪化まで話したのよね」
ベッキーはグラスの水を一口含んでからそう言った。
ジュンキは頷いて返事をしたが、クレハは果物の搾り汁を飲むのに必死でベッキーの言葉を聞き逃したらしく「えっ?なぁに?」と首を傾げていた。
「それじゃあ続きから話すわね。ここから本題に近づいていくから。え~っと…。今となっては他に類を見ない巨大組織になったハンターズギルドだけど、シュレイド王国軍はその存在を否定しているわ。表向きは国内最大の私設組織で良き商売敵みたいな風を装っているけど、実際は大違い。重税を課してきたり、無理難題を押し付けてきたりしたわ。今でもそう」
ベッキーは再び水を口に含む。
「でも表向きは友好的に見せないといけない。シュレイド王国軍がハンターズギルドに嫉妬し、はたまた嫌がらせをしているなんてことが国民に知れたら大恥事。下手すれば国王の宣言で、軍部が解散しかねない。だからハンターズギルドとシュレイド王国軍はある協定…約束を結んでいるの。ここからが本題よ。前置きが長くてごめんなさいね」
「前置きが長いよ~…」
クレハの文句に、ベッキーは苦笑いを浮かべた。
「じゃあ、本題を話すわね。ハンターズギルドとシュレイド王国軍が結んだ協定。それは相互の視察受け入れなの」
「視察?」
ジュンキの問い掛けを、ベッキーは頷くことで受け止める。
「シュレイド王国軍が決めた人員をハンターズギルドに派遣し、一定期間滞在させる…。もちろんハンターズギルドもシュレイド王国軍の本拠地…シュレイド城へ視察団を派遣するわ。これも表向きは交流の証だけど、実際は…ね」
「…実際は?」
ジュンキの質問。
「シュレイド王国軍はハンターズギルドの弱み…弱点を見つけ出したいはずよ。その為の口実ね。もちろん、ハンターズギルドもシュレイド王国軍の弱みを探しているけど」
「それが本題?」
クレハの問い掛けに、ベッキーは一拍置いてから口を開いた。
「今まではシュレイド王国軍が、ハンターズギルドの視察方式に文句を付けてきたことなんて無かったんだけど…。今回はある人物を指定してきたのよ」
「…まさか」
ベッキーは落とし気味だった目線を上げ、真っ直ぐジュンキを見据えて言った。
「ジュンキ君。シュレイド王国軍は、あなただけを指定してきたの」
「そんな…!どうして!?」
クレハは立ち上がり、身を乗り出して声を荒げる。だがベッキーは微動だにしない。目だけを動かしてクレハを見る。
「理由は分からないわ。ロクでもないことだっていうことくらいしか、ね」
「こんなの絶対に罠だよ!シュレイド王国軍は、私たち竜人を執拗に狙っていたんだよ!?拒否することはできないの!?」
「…ハンターズギルドとしては、難しいわ。拒否すれば王国への反逆行為だとかなんとか難癖付けられて、軍隊を差し向けられるかもしれないし…」
ベッキーの言葉に、クレハは苦虫を噛み潰したような顔をする。そんなクレハを見ようともせず、ベッキーは黙ったまま考え込んでいるジュンキを真正面に見据えた。
「どう?ジュンキ君。ハンターズギルドとしては直接擁護できないけれど、シュレイド王国軍の目に入らない場所へ逃がすことはできるわ。ハンターズギルドはあなた達の存在そのものを否定するし…」
「…いや、これはむしろチャンスかもしれない」
「え…?」
ジュンキの言葉に、クレハは声を漏らして驚いた。
「シュレイド王国軍が今まで行ってきた数々の不可解な行動…。それを直接確かめることができるかもしれない。クレハには心配掛けるけど…」
ジュンキは苦笑いしながらクレハの方を振り向く。クレハは眉間に皺を寄せて難しい顔をしていた。
「だからクレハ、ベッキー。俺はシュレイド城へ行くよ」
ジュンキの言葉をベッキーはしっかり頷いて受け止め、クレハも諦めたようにため息を吐いてから「分かったよ…」と理解を示してくれた。
出発の日までは余裕があるということで、ジュンキとクレハは街中を回ったり、減っていた狩猟道具の補充を行うなどして時間を潰した。
数日が経って、出発の日の朝。
ジュンキはハンターズギルドが貸してくれたギルド職員の服を着て、クレハと共に酒場のベッキーを訪れた。
「うん、なかなか似合っているわね。ハンターズギルドが用意した竜車はこっちよ」
そう言ってベッキーはカウンターから出て、ジュンキとクレハを案内する。そこは普段の狩りに利用する竜車の昇降場ではなく、来賓客用の整った昇降場だった。そこに用意されている竜車へジュンキだけが乗り込む。
「私も行きたかったなぁ…」
「駄目よ、クレハちゃん。シュレイド王国からの要求はジュンキ君だけなんだから」
クレハの言葉に、ジュンキは思わず苦笑いしてしまった。
「じゃあクレハ、行ってくるよ」
「気を付けてね。早く帰ってきてよ」
ジュンキはしっかり頷くと、クレハもようやく笑顔を見せてくれた。そしてベッキーが前に出て、ジュンキが乗り込んだ竜車の扉を閉めようと手を掛ける。
「ジュンキ君、万が一何かあったら護身用のナイフを使うのよ」
「使わないに越したことはないけど…分かった」
小声でベッキーと最後の確認を済ませて身を引くと、ベッキーは竜車の扉を閉めた。御者が―――今回はハンターズギルドの正式な任務なので御者も人間だ―――鞭を軽く振い、アプトノスを歩かせる。竜車はゴトゴトと音を立てながら、ゆっくりとミナガルデの街を出発したのだった。