「クレハ、大丈夫か?」
隣のエリアで倒木に腰掛けていたクレハに、ジュンキは近寄りながらそう声を掛けた。
クレハは「大丈夫、ありがとう。ここ座ったら?」とジュンキに隣を勧め、ジュンキを隣に座らせる。
「怪我してないか?」
「ホントに大丈夫だってば。それより速かったね、ナルガクルガ…」
「ああ…」
ジュンキはヘルムを取ると、一息吐いてから言葉を続けた。
「怒らせると追いつけない。ナルガクルガが怒ったら無理に追い駆けようとせずに、怒りが鎮まるのを待った方がいいかもしれないな」
「そうだね。今は私とジュンキしかいないから、無理もできないし」
クレハはそう言い、回復薬をアイテムポーチから取り出す。
「それじゃあ無理せず、時間をかけて、じっくり狩る方向で」
「さんせーい」
クレハは回復薬を一気に飲み干したのだった。
その後、クレハとジュンキはナルガクルガとの戦闘を繰り返した。
ナルガクルガが怒った場合は勿論、武器の斬れ味が落ちた場合や攻撃を受けてしまった場合でも撤退し、準備を整えてから再戦する。
決して無理しない狩りはとても長引いてしまったが、大きな怪我を生むこともなくナルガクルガを弱らせることができた。
そして、ついにナルガクルガは後ろ脚を引きずるようにしか動けなくなってしまった。
「ジュンキ!」
「ああ。ナルガクルガは俺が引きつけるから、クレハは落とし穴を設置してくれ」
ジュンキはそう言って駆け出し、ナルガクルガの気を引く。
「ほら、こっちだ!」
ジュンキがナルガクルガの正面に立つとナルガクルガの視線はジュンキに釘付けになり、ジュンキを追い駆けてクレハから離れてしまう。
「よし…」
クレハは近くの茂みに隠しておいた落とし穴を取り出すと、地面の平たい場所に落とし穴を設置した。
地面に埋めた円筒管から煙と共に網が全方位に張り出し、地面の土を底無し沼のように柔らかくする。
「よーし、ジュンキーっ!」
クレハはありったけの大きな声でジュンキを呼ぶ。すると、ジュンキは打ち合わせ通りにナルガクルガを落とし穴―――クレハの方へと誘導を始めた。
「さあ…来い…!」
それを見たクレハはいつでも捕獲用麻酔玉を投げられるよう、アイテムポーチから取り出して構える。
ナルガクルガはクレハの存在に気が付いたようで、誘導しているジュンキを飛び越え、クレハ目掛けて飛んできた。
「さあ、こっちだよ…」
ナルガクルガがクレハに迫る。しかしその手前には落とし穴。
このまま来ればナルガクルガは落とし穴に落ちるはずだったが、ナルガクルガは落とし穴の手前で急に止まってしまった。
「え…?」
そしてナルガクルガは落とし穴の近くで臭いを嗅ぎ、あろうことか落とし穴の網を刃物のような爪で引き裂いてしまった。
「そんな!?」
落とし穴を破壊してしまうモンスターなんて聞いたことがない。クレハは突然の出来事に混乱してしまい、ナルガクルガの攻撃に反応が遅れてしまった。
強靭な尻尾が真横から迫り、クレハの視界を覆う。
「しまっ…!」
避けられない。だが次の瞬間にクレハを襲ったのは強烈な痛みではなく、誰かに突き飛ばされた感覚だった。
地面を何度か転がり、やがて止まる。
「んっ…。えっ、ジュンキ?」
クレハは閉じていた瞳を開くと、そこにいたジュンキの姿を見て驚いた。
どうやらナルガクルガの尻尾が当たる直前にジュンキがクレハに飛び掛かり、そのまま転がったようだ。
「そうだ、ナルガクルガは…!?」
クレハは慌てて周囲を見渡すが、ナルガクルガの姿はない。逃がしてしまったのだろう。
「逃がしちゃったか…。まさか落とし穴を壊すなんて…。ね、ジュンキ…。ジュンキ…?」
先ほどからジュンキの声がしないので、クレハは不安になって振り向いた。
「ジュンキ!?」
クレハは驚きの声を上げる。なぜなら、そこにはぐったりして動かないジュンキの姿があったからだ。
クレハは慌てて駆け寄り、ジュンキの枕元に座る。そしてジュンキの上半身を抱き上げると、ヘルムをそっと外した。
「う…ん…」
「生きてる…。よかった…」
ナルガクルガの攻撃の当たり所が悪かったのか、ジュンキは気を失っていた。
クレハは安堵のため息と同時に胸を撫で下ろすが、これからどうしたものかと考えた。
「どうしよう…。ナルガクルガも追い駆けないと…」
ナルガクルガはかなり消耗しているはずだ。恐らく巣に戻って体力の回復を図るだろう。その前に捕獲か討伐をしなければならない。
だが、ジュンキを置いていくわけにもいかない。
「…仕方ない。こんなこと、やりたくないんだけど…」
クレハはそう言うと立ち上がり、目を閉じる。意識を集中させ、己の竜を呼び覚ます。
「ふぅ…」
目を開けるとそこに青色の瞳は無く、緑色の竜の瞳があった。
クレハはジュンキを持ち上げると、そのまま背負う。俗にいう「おんぶ」状態だ。そして右手にジュンキの大剣「ジークムント」を持ち、左手にジュンキのヘルムを持つ。
「竜人の馬鹿力って、こんな時に便利だよね…」
クレハは今、ジュンキの体重に武器、防具。そして自身の体重と武器、防具の重さを、自分の両脚で支えている。
傍から見れば怪力女に見えてしまうだろうが、ここにはモンスターしかいない。
「よいしょっと…」
クレハはゆっくりと歩き出す。ここからベースキャンプへはそう遠くないはずだ。
「う…クレハ…」
「もう、仕方ないんだから…」
肩越しにジュンキの顔を覗き、ため息を吐く。
「でも…ありがとう。またジュンキに助けられちゃったね」
あの時ジュンキがクレハを守るために飛び掛かってくれていなかったら、恐らくクレハが気を失っていただろう。
「私が何とかして、ナルガクルガを捕まえてくるからね…」
その為にはジュンキをベースキャンプにまで運ばなければならない。クレハは一歩一歩、ジュンキを落とさないよう気を付けながら、ベースキャンプへの道を急いだ。