幸いなことにナルガクルガは遠くへ行っておらず、すぐ隣のエリアでキョロキョロと周囲を見渡し警戒していた。
「ジュンキ、よろしくね」
「こちらこそ」
クレハとジュンキは先程と同じような言葉を交わすと、ナルガクルガに向かって駆け出した。
ナルガクルガはすぐにクレハとジュンキに気付き、一度吠えてから飛び掛かる。
クレハとジュンキはそれぞれの武器を抜き、ナルガクルガとすれ違いざまに斬りつける。クレハの双剣でも弾かれることなく刃が通ったので、その点は安心した。
ナルガクルガは両の翼を使って動きを止め、すぐにクレハとジュンキの方を振り向こうとする。
「はああっ!」
そこへジュンキの一撃。大剣「ジークムント」の重い一撃が、ナルガクルガの頭を捉える。ナルガクルガは驚いたのかジュンキの攻撃が効いたのか怯み、一歩後退する。
「隙あり!」
その隙にクレハがナルガクルガの背後に回り込み、長い漆黒の尻尾を斬りつける。
すると、ナルガクルガはすぐにクレハの存在に気が付いたようで、その尻尾を思い切り振り回してきた。
それをクレハは姿勢を低くすることで回避し、ナルガクルガの正面で大剣を振るっていたジュンキはその大剣の腹で防御する。
攻撃に失敗したナルガクルガはその図体からは信じられないような跳躍力を以て大きく後退し、クレハやジュンキから距離を取った。そして尻尾を掲げて振り回す。
「鱗飛ばしは予習済みだよ!」
ナルガクルガが鱗を飛ばす。それと同時にクレハとジュンキは駆け出した。
飛んでくるナルガクルガの鱗を余裕を持って回避し、クレハとジュンキはナルガクルガに肉薄する。
「はっ!」
「やあっ!」
まだ鱗を飛ばした体勢で隙だらけのナルガクルガを挟むようにクレハとジュンキは駆け寄り、両の翼を斬りつけた。ジュンキの一撃が深い傷を負わせ、クレハの細かい傷が確実にナルガクルガを弱らせる。
突然、ナルガクルガが飛び上がった。
「なっ!?」
「…!」
何の前触れも無くナルガクルガが動いたので、クレハとジュンキは動きを止めてしまった。そしてナルガクルガはその場で宙返りをすると、長い尻尾を地面に叩きつけた。
地面が削れ、大地に筋が入った強烈な一撃。当たれば重症間違いなしの威力である。
「凄い…!」
クレハは率直な感想を無意識に述べていた。そしてすぐ我に返り、ナルガクルガを見る。
ナルガクルガはクレハやジュンキを一瞥すると飛び上がり、大きく後退した。その隙にクレハとジュンキは合流する。
「あの攻撃…!」
「ああ…。あれだけは絶対に避けよう」
短い打ち合わせを終え、クレハとジュンキは同じタイミングでナルガクルガを見る。そこではナルガクルガが尻尾を回し、鱗を飛ばさんとしているところだった。
「気を付けろよ」
「うんっ!」
ナルガクルガの鱗が飛来し、クレハとジュンキは二手に分かれた。速度は速いものの数は多くないナルガクルガの鱗を避けて、ジュンキは正面から、クレハは大きく迂回して尻尾を攻める。
真正面から迫るジュンキに驚いたのか、ナルガクルガの動きが鈍る。その隙を逃さず、ジュンキの大剣「ジークムント」がナルガクルガの頭部を捉えた。ナルガクルガの巨躯が揺らぐ。
「今度は私の番…っ!」
ナルガクルガの背後に立ったクレハは双剣使いの極意、鬼人化で攻める。一撃は大した威力にならない双剣でも、手数の多さで確実に相手の体力を奪う。
クレハは的確に一点を狙い、尻尾の切断を図った。
ここでナルガクルガは飛び上がって大きく後退。そして天高く咆哮した。
「ついに怒ったか…!」
駆け寄ってきたジュンキの言葉に、クレハは黙って頷く。
「あっ…!」
クレハはナルガクルガの変化に気が付いた。ナルガクルガの瞳の周囲が赤く色付き、光の尾を引いているのだ。
「変わった特徴だな…」
ジュンキの意見にクレハは頷く。
ナルガクルガは尻尾の鱗を逆立てて地面を2回叩くと、クレハとジュンキに飛び掛かってきた。
だがその速さは、今までの比ではない。
「なっ!?」
「くっ!?」
クレハとジュンキは直感で横へ飛び、ナルガクルガの急襲を辛うじて避けることができた。怒りのナルガクルガはその場で首だけを回し、クレハを見つけ出す。
(まずい…!)
クレハはすぐに立ち上がり、ナルガクルガとの距離を取る。ナルガクルガは逃げるクレハを追おうとはせず、尻尾を鳴らして見つめるだけだった。
(一体何を考えているの…?)
クレハは何度も振り返り、ナルガクルガの様子を確かめる。そして十分な距離を保ってクレハは止まり、ナルガクルガと対峙した。
その瞬間にナルガクルガは飛び出し、クレハへ一気に肉薄する。
「…っ!」
クレハは全神経を集中させ、ナルガクルガの動きを読む。
(右…左…右…?)
ナルガクルガは真っ直ぐ向かってくるのではなく、左右交互に飛びながらクレハへと迫ってきていた。
「左…右…左…!」
ついにあと1度跳躍すればクレハに直撃する距離にまでナルガクルガが迫った。クレハの予測が合っていれば、ナルガクルガは次に右へ飛ぶはずである。
「左っ!」
クレハは左へと跳ぶ。
しかし、ナルガクルガは右へ飛ばず、その場で一旦停止した後にクレハの避ける方を見定め、改めて飛び掛かった。
つまり、ナルガクルガは左へ飛んだのである。
(嘘っ…!)
クレハの身体は宙に浮いている為にナルガクルガの攻撃を回避することができず、ナルガクルガの強烈な体当たりを貰ってしまう。
クレハの身体は簡単に吹き飛び、地面を何度も転がってから止まった。
「ぐっ…!ゲホッ…!」
噎せ返るクレハ。ナルガクルガはこの隙を逃すはずもなく、再びクレハへ飛び掛かる。
(竜の力…使うしかないのかな…)
クレハには雌火竜リオレイアの血が流れており、クレハの意思でいつでも竜人として竜の力を行使することができる。だが、クレハはモンスターと戦う狩りの場では極力この力を使いたくなかった。
竜の力は祖龍ミラルーツすら凌駕した力。それを使ってモンスターと戦う。それは狩りではなく、虐殺である―――クレハはそう考えている。
しかし、今は綺麗事を言っている場合ではない。クレハはここで死ぬわけにはいかないのだから。
(ごめんね、ナルガクルガさん…)
クレハは両の瞳を閉じ、意識を高めようとした。だがそれは聞き慣れた声によって邪魔されてしまう。
「クレハ!大丈夫か!?」
「っ!」
目を開くと、目の前には大剣「ジークムント」を防御の構えに持つジュンキの背中があった。そこへナルガクルガが激突。
ジュンキはナルガクルガの攻撃を大剣の腹を使って上手に反らした。
「クレハ、今のうちに逃げるぞ。一旦退こう」
「あ、うん…」
クレハはジュンキの手を掴んで立ち上がると、ナルガクルガに気を配りながら撤退したのだった。