翌朝、クレハとジュンキは並んで酒場へとやってきた。熱い視線を送ってくるハンター達や街の人々。これはいつもの事なので無視し、テーブルに着く。
すると、カウンターでニヤニヤしていたベッキーが伝票を片手に、注文を取りに来た。
「おはよう、ジュンキくん。クレハちゃん。どう?よく眠れた?」
「えっ?まあ、うん…」
ベッキーがニヤニヤしている時は必ず何かあることをよーく知っているクレハとしては、ベッキーが開口一番に「よく眠れた?」などと聞いてくるなど、絶対何かあるに違いないと思う。
「よく眠れたけど…?」
ジュンキもベッキーの微笑みに気付いたようで、クレハと同じようにベッキーの出方を待っていた。そのベッキーの視線が、ジュンキへと向けられる。
そしてベッキーはジュンキに身を寄せ耳元で、しかしクレハには聞こえる声で言った。
「で、どうだったの?上手くできた?」
「はい…?」
「聞いたわよ。昨夜は2人で寝たんですってね」
「なっ!?」
「べ、ベッキー!どうしてそれを!?」
クレハが震える声で尋ねると、ベッキーは両目を点にして驚きの声を上げた。
「え?本当に2人で寝たの?私は冗談のつもりで言ったんだけど…?」
「なあっ…!ベッキーっ!!!」
クレハが顔を真っ赤にして叫ぶと、ベッキーは「ごめんなさ~い!」とカウンターの奥へ消えていった。
朝食を終えたクレハとジュンキは、クエストボード―――依頼書が張られている掲示板―――から、今回受ける依頼を探す。
「まだ見たことのないモンスターとかいないかな?」
「どうだろうな。大方のモンスターとは戦ったことがあるからな」
乱雑に張られた依頼書の1枚1枚へ目を通し、これは嫌、これは駄目、と探していく。
すると、クレハは1枚の面白そうな依頼書を見つけた。
「ねえ、ジュンキ。これなんかどう?」
「ん?…ナルガクルガ?」
ナルガクルガ。
名前こそ聞いたことがあるものの、クレハは戦ったことがない。それはジュンキも同じようで、首を傾げていた。
「ショウヘイの防具、確かナルガクルガの素材から作ったんだったよな?」
「ってことは、ショウヘイは戦ったことがあるんだよね。いつ狩りに行ったんだろう…」
クレハとジュンキは並んで首を傾げる。
まあ考えても仕方ないと、クレハは一度首を横に振ってから口を開いた。
「これにしよう?」
「そうだな。まだ見ぬ竜、か…」
クレハはナルガクルガの依頼書をクエストボードから引きちぎると、カウンターのベッキーのところへと持っていく。
ベッキーはクレハが依頼書を持ってくるだろうと待ち構えていたようで、すぐに手続きを済ませてくれた。
「契約人数は2人…と。当たり前よね。え~っと、狩り場は樹海よ」
「樹海?」
クレハは思わずジュンキを見てしまったが、ジュンキも首を傾げ「分からない」と言った。
「あら、ジュンキ君とクレハちゃんはまだ行ったことないの?最近解放された、新しい狩り場よ」
「ふ~ん…」
ベッキーから手続きを終えた依頼書を受け取ると、クレハはジュンキに向き直った。
「じゃ、早速準備だね」
「ああ」
ジュンキと並んで酒場を出る。
久々の狩りに、クレハの胸は高鳴っていた。
「袖を通すのも久しぶりだなぁ…」
クレハはジュンキと別れて自室に入ると、早速狩りの支度を始めた。着ている私服を脱ぎ、レイアSシリーズの防具に袖を通していく。
頭の防具だけは装備せず、その代わり背中に伸びる長めの髪を一束に結んだ。俗に言うポニーテールである。
「さてと…」
壁に飾ってある2組の双剣のうち、クレハは火属性を帯びている「双剣リュウノツガイ」を手に取り、背中に装備した。
「ベッキーが、ナルガクルガは火に弱いって言ってたもんね。でも…」
そう言いいつつ、クレハは右手の双剣を抜く。そして何もない空間に一振り。小さく火花が舞った。
「…そろそろ強化したいなぁ」
一言漏らして軽く笑った後、右手の双剣を背中に戻すと狩猟道具―――アイテムの整理に取り掛かる。
「回復薬、回復薬グレート、薬草、砥石…」
狩猟の基本道具からアイテムポーチに詰めていく。
「初めての相手だから、捕獲は難しいかなぁ…」
クレハは両手で「落とし穴」を持ち上げると呟いた。
モンスターを相手にする場合、最終的な依頼完遂には2つの形がある。討伐か捕獲かだ。
どちらでも依頼完遂となるのだが、捕獲すれば報酬精算の際にハンターズギルドから受け取れる報酬が多い傾向にある。
討伐の場合はモンスターの亡骸を現場に残すため、持ち帰れる素材は少なくなってしまうが、捕獲の場合はモンスターを丸ごと街まで運び、街で解体する。その為、報酬が多いのだろう。
クレハはそうした理由で悩んでいると部屋のドアがノックされたので、クレハは落とし穴を収納ボックスの元の位置に戻し、部屋の扉を開けた。
「はーい?あ、ジュンキ」
「準備は終わったか?」
扉の外には、狩りの準備を終えたジュンキがいた。いつもと変わらないレウスSの防具を纏い、背中には大剣「ジークムント」である。
「ん~、ナルガクルガだけどさ、捕獲する?」
「それは俺も悩んだが、まあ捕獲してみよう。無理なら諦めればいいんだし」
ジュンキはそう言い、腰に携えた「シビレ罠」を見せてくる。
「じゃあ私は落とし穴を持っていくよ」
クレハはそう言うと収納ボックスに戻り、再び落とし穴を手に取ったのだった。
酒場に戻ると、ベッキーの冷やかしが待っていた。毎度の事であるが「まるで夫婦みたいね~」である。
そんなベッキーをあからさまに無視し、クレハとジュンキは樹海へと向かう竜車に乗り込んだ。
「ベッキーも懲りないよな…」
「ホントだよ、もう…」
クレハは顔を少し赤くして答える。でも今回はあまり嫌な気がしなかったクレハである。