(ジュンキ…!?)
フェンスは身体を傾け、助けに入ってくれた女ハンターの背後から覗くようにしてクシャルダオラを見た。そして驚きの余りに絶句してしまう。
そこにはいつの間に現れたのか、もうひとりのハンターが立っていた。先日、雨が降る夜の密林で助けてもらった時と同じ装備のハンター。フェンスが探していたジュンキという人物に間違いないだろう。
そのジュンキはクシャルダオラと女ハンターの間に立ち、あろうことかクシャルダオラの鼻先に手を添えていた。
(そんな…!そんなことしたら…!)
そんなことをしたらクシャルダオラが怒り、頭から食べられてしまうではないか!
有り得ない行動を続けるジュンキに対してフェンスの不安は頂点に達したものの、クシャルダオラは嫌がったり暴れたりせず、静かにジュンキを見つめていた。
(あれ…?)
ここでフェンスは、クシャルダオラから殺意を感じないことに気が付いた。ジュンキとクシャルダオラは静かに向かい合い、まるで会話をしているような印象すら受ける。
「…さあ、行った行った」
ジュンキがそんな事を言うと、クシャルダオラは今までの行動が嘘のように大空へと飛び上がり、ドンドルマの街から離れていってしまった。
一連の出来事にフェンスは放心してしまっていたが、砦の下から聞こえてきたハンター達の歓声に、我に返る。
「…あっ!ジュンキさん!」
「ん?」
フェンスが思い出したように名前を呼ぶと、ジュンキは反応してこちらを向いてくれた。やはり本人なのだ。
「君は…」
「はい。あの…先日、雨が降る夜の密林で助けてもらった、フェンスです」
フェンスが名乗ると、ジュンキは「ああ、あの時の…!」と言い、被っていた頭用の防具を外してくれた。
「あの、この前は助けて頂き、ありがとうございました!」
フェンスは立ち上がって姿勢を正し、頭を下げる。
「ああ、あのこと?そんな、気にしなくていいのに…」
「それに、今回もまた助けて頂き…本当にありがとうございました!」
ジュンキの制止も聞かず、再び頭を下げるフェンス。
「…この前助けたっていうハンターって、彼のこと?」
「そうなんだけど…」
フェンスはジュンキの隣に立つ女ハンターに「頭を上げて?ね?」と言われ、ようやく頭を上げた。
「あの…ところで、こちらの方は…?」
フェンスは気になっていたポニーテールの女ハンターについて尋ねると、なぜかジュンキは頬を少しだけ染めてから口を開いた。
「ああ、彼女はクレハだ。その…。仲間、だ…」
ジュンキの紹介を聞いて、クレハと呼ばれたハンターは「もう…」とだけ言ってジュンキを肘で小突く。意味有り気なクレハの行動にフェンスは思わず首を傾げてしまったが、そのクレハが一歩前に出たので、フェンスも姿勢を正す。
「はじめまして、クレハです。よろしく」
差し出されたクレハの手を、フェンスはしっかりと握り返す。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ここでふと、視界の端にこちらに向かって走ってくる2つの人影が目に入った。カズキとショウヘイだ。
「おーいフェンスー!ああ、会っちまったか…」
カズキがやれやれと首を横に振る。
「カズキにショウヘイ!久しぶりだね!」
カズキとショウヘイを見るなり、クレハは駆けて行ってしまった。
「クレハも元気そうだな」
駆け寄ったクレハに、カズキは親しそうに話し掛ける。カズキとクレハは知り合いなのだろうか。
「立ち話もなんだ、大衆酒場に戻って話そう。フェンスも説明して欲しいだろう?」
フェンスが首を傾げていると、ショウヘイがそう提案してくれたのだった。
大衆酒場は飲めや食えやの大騒ぎだった。街の危機を脱したので祝賀ムードになるのは分かるが、フェンスはこのような状況に慣れていないので、正直なところ迷惑千万だ。
そこのところを考慮してくれたのか、ショウヘイが選んだテーブルは大衆酒場の端だった。
「あれ?ユーリさん?」
フェンス、カズキ、ショウヘイ、ジュンキ、クレハの5人が席に着くと、フェンスの正面の空いている席に酒場の給仕であるユーリが座った。
「私も話に混ぜて欲しいなー?」
「どうぞ。ユーリに隠し事はできないからな」
ジュンキの言葉に、フェンスとユーリ以外から苦笑いが出る。
「さて、何から話そうか…」
ジュンキがそう切り出すと、フェンスはテーブルの上に肘を乗せたまま右手を挙げた。
「まず、カズキに質問。どうして今までジュンキさんについて教えてくれなかったの?」
「ん…それはだな…」
カズキは助けを求めるようにユーリを見つめる。
ユーリは小さく笑ってから口を開いた。
「カズキに口止めしたのは私なの。ごめんなさいね、フェンス君」
「えっ、ユーリさんが?」
ユーリは「そう」と頷いてから説明を続けた。
「ジュンキ、クレハちゃん、ショウヘイ…この2人はちょっと特別なハンターで、ハンターズギルドとしてはあまり多くの人に触れて欲しくないのよ…」
「だから、カズキにも黙っていて欲しいとお願いした…」
「そういうことよ。ごめんね、フェンス君」
「いえ、それなら仕方ないです」
ジュンキというハンターの存在を、ギルドは他の人に知られたくない。だからカズキもフェンスに情報を渡したがらなかった…。これは理解できた。
「では、次の質問です。カズキ、ショウヘイさん、ジュンキさん、クレハさん…。皆さんの関係性って何ですか?」
これはフェンスでも検討がついたが、一応聞いてみることにした。
「俺達4人は、元は同じパーティメンバーだ」
やはりそうだった。
ショウヘイの答えに、フェンスは頷きで答える。
「では次に、ジュンキさんに質問があります」
「ん?どうぞ」
「その…。どうやってクシャルダオラを帰したんですか…?」
フェンスの質問に、ジュンキは一気に真顔になった。言葉を選ぶように口を何度も開け閉めし、カズキ、ショウヘイ、クレハ、ユーリに目線を送ってからフェンスに向き直った。
「今から話すことは、とても信じられることではないかもしれない。だけど、事実なんだ―――」
ジュンキはフェンスに竜人という存在について、できる限り簡潔で分かり易いように説明した。
「―――竜人、ですか…」
フェンスは頭の中で整理する。ジュンキが言うに、ジュンキ、クレハ、ショウヘイは見た目こそ人間だが、竜の血を引いており、竜の言葉を話し、また聞き取れるらしいのだ。クシャルダオラに対しても話しかけ、説得し、帰したということらしい。
「無理に信じろなんて言わない。でもこれは―――」
「いいえ、大丈夫です。僕はジュンキさんが嘘を吐いたなんて思いませんから。それに、竜と話せるハンターがいるというのなら、ギルドが存在を隠したがるのも理解できます」
フェンスの言葉にジュンキの表情が少しだけ緩くなったが、逆にユーリは眉間に皺を寄せてしまった。
「僕からお聞きしたいことはこれで全部です。ありがとうございました」
「とその前に、俺からもひとつ質問がある」
突然手を挙げたのはカズキだった。
カズキは咳払いをひとつした後、ジュンキとクレハの方を向いて座り直した。
「ジュンキ。あれからどうなったんだ?」
「あれからどうって…?」
カズキの抽象的な質問に、ジュンキは首を傾げた。
「クレハとはどうなったんだって聞いているんだよ」
「えっ…!」
「…!」
カズキの質問にジュンキとクレハは驚き、2人は顔を見合わせた後、揃って俯いてしまった。
「どーなったんだよおおお!」
カズキの追い討ちに、ジュンキとクレハは顔を赤らめてしまう。
言いたくないことを言わせようとするカズキを止めるべきかとフェンスは悩んだが、それ以上にジュンキとクレハの反応の意味が気になり、ついフェンスも2人の言葉を待ってしまう。
やがて、ジュンキとクレハは非常に言いにくそうに口を開いた。
「あ~…」
「その~…」
ジュンキがクレハの方を向くと、クレハも顔を上げてジュンキと目を合わせる。ジュンキが無言で頷き、クレハも無言で小さく頷く。
そして、2人は同時に言った。
「俺たちは…結婚しました…」
「私たちは…結婚しました…」
「へ…?」
カズキは変な声を出して固まり、冷静で何事にも動じそうにないショウヘイですら目を見開いて驚いていた。ユーリに至っては口元を両手で押さえてしまっている。
フェンスもある程度は予想していたが、ここまで2人の仲が進展しているとは予想外だった。
大衆酒場の祝賀ムードに反して凍ってしまったテーブで、ジュンキとクレハは互いの首元からネックレスのようなものを取り出した。
「…それは何ですか?」
「誓いの首飾り…だそうだ」
フェンスの問い掛けに、ジュンキは小さな声で答えた。
ジュンキとクレハの首から下げられている誓いの首飾りは対になっており、ジュンキの方は真紅の爪。クレハの方は深緑の爪だ。
「ジュンキさん、クレハさんと結婚されたんですか!おめでとうございます!」
「ああ、ありがとう…」
「ど、どうも…」
フェンスの言葉に、ジュンキとクレハは顔を赤らめつつ答える。
他人事とはいえ、フェンスとしては嬉しかった。見れば見るほど、お似合いの2人に見えてくる。
「いやいやいや、ちょっと待て。お前らいつの間に結婚してるんだよ!」
しかし、カズキが驚きを隠そうともせずに大声を出す。
「悪かったよ。早く手紙を書かなくて…」
「そうじゃない!どうして式に呼んでくれなかったんだ!」
「突然の事だったから、連絡が間に合わなかったんだよ…」
ジュンキの説明に、カズキは乗り出していた身を引いた。
「…末永く、幸せにな」
ショウヘイはいつも通り、簡潔な言葉で済ます。
ユーリは顔を俯かせて「私も早く相手を見つけないとなぁ…」と呟いているが、フェンスはフォローすることができなかった。
「…これから、お2人はどうされるんですか?」
「えっ…?」
フェンスの新たな質問に、ジュンキとクレハは互いに顔を見合わせてしまった。その様子から察するに、これからどうするのかを決めていないのだろう。
「あの、もしよければですけど…。僕とカズキの村へ遊びに来ませんか?」
「フェンスとカズキの村…。ジャンボ村に?」
「はい!そして、ジュンキさんとクレハさんから狩りについて色々と教えて頂きたいです!それと村長が、会ってお礼を言いたいと…」
フェンスの提案に、ジュンキとクレハは向かい合って話し合う。
「どうする?」
「今のところは何も予定が入っていないからな。クレハも大丈夫だよな?」
「うん。私も大丈夫」
ジュンキはクレハの同意を得ると、改めてフェンスに向き直った。
「あまり教えられる事はないと思うけど、それでも良ければ」
「ありがとうございます!」
命の恩人であるジュンキと、ジュンキの大切な人であるクレハ。2人を村に招くことが出来るだけでも、フェンスは満足だった。
数日後、フェンスの姿はジャンボ村から程近い狩り場である「密林」にあった。
今回の相手はイャンクック。ハンターの登竜門とされる竜で、これを倒せてようやく半人前と呼ばれるようになる。
(正直怖い…。でも、今日はひとりじゃない…!)
背の高い茂みに隠れながら、フェンスは背後を振り返る。遠く離れた場所から見守る3人の影。カズキ、ジュンキ、クレハだ。何か問題が発生した時には手を貸してくれる約束である。
(ジュンキさん…。僕、あなたに命を救われたように、今度は僕が誰かを救えるように、強くなりたい…!)
フェンスは背中に視線を浴びながら、最初の関門であるイャンクックに向かって駆け出したのだった。
(おわり)
こんにちは。今回も最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
「Monster Hunter 4th Story フェンス・カズキ編」はこれで終わりです。
この小説は3rd Storyの原作を、秋夜空の友達である平○君と書き終えた時に「まだ続けたいなー」と思い、私が単独で書いたものです。
MH4thは短篇集の形式を採っていて、全2話を用意しています。
フェンス・カズキ編は終わったので、次回からは別の人物に焦点を当てたお話をお届けします。
楽しみに待っていて下さいね。
まあ、検討はつくと思いますが…(汗
2012.04.12 大学のパソコン室にて
2012.04.16 加筆修正
2013.10.01 再掲載にあたり、加筆修正
2014.06.23 少し修正