秋学期が始まりましたら、掲載を再開する予定です。
フェンスがジャンボ村へ着く頃には、東の空がほんのりと明るくなり始めていた。村の入り口のかがり火も燃え尽き、今は残された炭がほのかに赤くなっているだけである。
フェンスはため息をひとつ吐いてから、村の中へと歩き出す。昼間は行き交う村人や家を建てる工事の音、武具工房から聞こえてくる鉄を叩く音がうるさいくらいなのに、夜の村は虫の音しか聞こえない。昼と夜とでは同じ場所でも性質が異なる…。それは狩り場以外にも当てはまるのだろうとフェンスは思いつつ、村の中央にある酒場へと向かった。
そこにはこの村の村長が、フェンスの帰りを待っていてくれた。近づく足音に気が付いたようで、振り返った顔は実に穏やかに、そして嬉しそうだった。
「やあ、フェンス君。おかえり。どうだった?」
「村長、僕の帰りを待っていてくれたんですか…?」
フェンスの言葉に、村長は笑顔のまま頷く。
「あまりに帰りが遅いから心配してね。でも、大丈夫そうだね」
「あの―――」
フェンスが事情を説明しようとすると、村長が右手を上げて制した。
「疲れているだろう?報告は明日でいいから、今は寝たほうがいい。僕も眠いし…」
村長の言葉に、フェンスは「ありがとう、ございます…」と頭を下げた。
そしてフェンスは村長と別れ、家路を急ぐ。遠くの山の頂が、ほんのりと明るくなっていた。
「ん…」
目が覚めると、そこは自宅のベッドの上だった。重たい頭を上げ、周囲を見渡す。
村長と別れた後、自分がどうやって自宅のベッドへ辿り着いたのか、全く思い出せない。だが床に散らばる脱ぎ捨てられた防具や放り投げられた太刀を見る限り、とても上品なものではなかったようだ。
ベッドから立ち上がり、伸びをひとつ。小気味良い音が骨と骨の間から響く。
「んん~…っ!」
フェンスは大きなため息をひとつ吐くと、まずは床に散らばる武器防具を拾い上げ、家の外で干しておいた。武具は使用後に掃除しておかないと錆が出たり、カビが生えることがある。
フェンスは普段着になると、重たい身体を引きずるようにして家の外へと出た。
日は既に頂点を通り過ぎ、少し傾いていた。通り過ぎる村人達から「おはよう」と苦笑いされながらも、フェンスは酒場を目指す。そこにはやはり村長がいて、酒場の受付嬢であるパティと何かを話しているようだった。
フェンスが近づくとパティが村長に知らせ、村長がフェンスを振り向く。
「おはよう、フェンス君。少しは眠れたかい?」
村長に「まあ座って座って」と席を勧められ、フェンスは村長の隣に座る。すると目の前に、フェンスが普段注文する朝の日替わりセットがパティによって置かれた。
「朝ごはん、まだでしょ?もうお昼回っているけど、朝食セット、作っておいたわよ」
「ありがとう、パティ」
フェンスは礼を言うと腰の布巾着から硬貨を取り出し、パティに手渡した。
「じゃあ食べながらでいいから、狩りの報告を頼むよ」
村長の言葉に一度頷いてから、フェンスは今回の狩りのことを説明した。
「…なるほど。まさかドスランポスがいたとはね」
「はい。そのドスランポスはお話した通り、通りがかった大剣使いによって討伐されました」
「…その大剣使いには礼を言わないといけないね。だけど、名前を聞き取れなかったんだろう?」
「はい…」
村長としては村のハンターが助けられたのだし、フェンスとしても、ひとりのハンターとして改めてお礼を言いたい。だが名前を聞き取れなかった以上、容姿で探すしかないだろう。
「その通り掛かった大剣使いは、どんな姿だったんだい?」
「そうですね…。薄い茶色の髪に―――」
「ただいまー!パティ!冷たい水!」
突然背後から発せられた爆音に近い声に、フェンスは言葉を詰まらせてしまった。
「お?フェンスも帰ってたのか。どうだった?初めてのランポスは」
「カズキ…」
フェンスはその名前を呆れながら呼んだ。
ジャンボ村に滞在する数少ないハンターのひとりである彼は、巨大な槍と盾が対になっている武器ランスを愛用しており、その汚れ具合から察するに、狩りから戻ってきたところなのだろう。
「危うく死にそうでした」
「なんだそりゃ?」
フェンスは嫌味を込めて言ったつもりだったが、カズキは何の反応もなくフェンスの横に座った。そこへパティが水を置くと、カズキは一口で飲んでしまう。
「ランポスの大群にでも囲まれたのか?」
「違うよ。ドスランポスがいたんだ」
「ドスランポスが?それは大変だったな…」
ドスランポスの名前を出した途端にカズキの声と表情が引き締ったので、こういうところはハンターなんだなとフェンスは思う。
「で、倒せたのか?」
「ドスランポスを?ううん。通り掛かった大剣使いが助けてくれた」
「運が良かったなぁ。下手すりゃランポス達の飯だったんだから」
カズキの言葉にムッとしていると、村長が肩を突いてきた。
「そのハンターの姿について、話の続きをお願いしてもいいかな?」
「ああ、すみません。え~っと、髪の色は薄い茶色で、瞳の色は青だったと思います」
カズキが空になったコップをパティに渡し「もう1杯」と言っている。
「その髪が乱れないようにか、黒一色のバンダナでまとめていました」
パティから水を受け取ったカズキがコップを口元まで運んだのに、飲む直前で一旦動きが止まったところをフェンスは視界の端で見ていたが、今は村長に説明を続けることにした。
「装備は頭の先からつま先まで深い赤色の防具でした。大剣もです。…僕が見た姿はこれくらいです」
「なるほどねぇ…」
村長は「う~ん…」と記憶を遡ってくれているようだったが、カズキは遠い目をしながら水を飲んでいた。
「…カズキ?」
「ん?ああ、なんだ?」
「どうしたの?ぼーっとして。あ、もしかして心当たりでもあるの?」
「無い」
カズキは即答すると、再びコップを口に当てて水を飲み始めた。しかし中身が無いようで、カズキは空のコップをそのままパティに返した。
「んじゃ、今は家に戻るわ。村長、精算はまた後で」
「ん、分かったよ」
カズキはそう言うと立ち上がり、自宅の方へと歩き出した。その背中を、フェンスは黙って見つめ続ける。
「…村長」
「ん?ああ、ごめん。僕の記憶にそんなハンターはいなかったよ。力になれなくてごめんね」
「いえ、そうではなく…。カズキが、何か知っているかもしれません」
フェンスの言葉を聞いて、村長は目を丸くしていた。
「僕が大剣使いの話をしている間、カズキは明らかに動揺していました。きっと何か知っています」
村長はフェンスの話を聞いて、一度頷いてから顔を上げた。
「フェンス君、あのお喋りなカズキが何か知っている風にして、何も話さなかった。これは何か深い事情がありそうだ。深追いは禁物だよ」
「…はい」
フェンスは村長とパティに一度頭を下げると、急いでカズキを追ったのだった。