荷物を持ったクレハが竜車乗り場に現れるまで、そう時間はかからなかった。
「待たせた?」
「いや、そんなに待ってないよ」
荷物と一緒に竜車の荷台に乗り込む。それと同時に、竜車はドンドルマの街を目指してミナガルデの街を出発した。
「ジュンキって何歳なの?」
ミナガルデの街が見えなくなった頃に、クレハが口を開いた。
「18だけど…」
「18歳!?18歳でリオレウスを倒せたの!?」
クレハは驚きを隠さなかった。リオレウスといえば「天空の王者」の名で知られた飛竜だ。手馴れのハンターが4人掛かりでようやくフェアな戦いになる、そんな相手である。そのリオレウスから作られる武具を、目の前のジュンキというハンターは18歳で装備しているのだ。
「もちろん俺1人の力じゃないよ。3人で狩りに行って、瀕死の状態でようやく狩ることができた相手なんだ」
「ふ~ん…。でも18歳でしょ?すごいよ~」
「そういうクレハも、立派なレイアシリーズを揃えているじゃないか。クレハは…何歳なんだ?」
女性に年齢を聞くのは悪いことかもしれない、と一瞬躊躇したが、構わず尋ねてみることにした。
「私?私は17歳」
「17歳!?」
今度はジュンキが驚いた。リオレイアといえば「陸の女王」の名で知れた、リオレウスの番だ。手強さはリオレウスと同等と言って良い。目の前のクレハというハンターは、そのリオレイアを狩ったということになる。
「私も自分1人の力じゃないよ。師匠と一緒に、狩りへ行ったんだから」
ジュンキは納得したように頷く。
「ねえジュンキ」
「ん?」
「ジュンキはどうしてハンターになったの?」
クレハの質問に、ジュンキの青い瞳が遠くを見つめる。
「…生きるため、かな。物心が付いた頃には、もう両親が死んでいたからね」
「そっか…」
「…クレハは?」
「私?そうだなぁ…」
ジュンキの質問に、今度はクレハの青い瞳が遠くを見つめる。
「…やっぱり生きるためだった思う。私も、もうお母さん、いないから…」
「そっか…」
「…」
「…」
しばしの沈黙の後、先に口を開いたのはクレハだった。
「…ねえ、ジュンキ」
「ん?」
再びクレハに呼ばれたので姿勢を戻すと、クレハの顔がほんのり赤く染まっていることに気がついた。
「さっきの…酒場でベッキーが言ったことだけど…」
「え…あっ、それは…」
ジュンキの顔も赤くなる。
「…」
「…」
互いに目を合わせられない。
かなり時間がかかって、ようやくクレハの口が開いた。
「…これから…よろしくね…ハンターとして…さ…」
「ああ…よろしく…」
この後、二人はこの日の夕食まで、まともに口がきけなかった。
ドンドルマの街はひとつの山を切り開いて造られたため、山の麓から山頂まで建物が区画整理された上で密集し、階段状に並んでいる。
ジュンキとクレハが乗り込んだ、ミナガルデやドンドルマといった都市間輸送を主目的とした草食竜アプトノスが牽引する形式の竜車であれば街の中腹程度まで登ることができるのだろうが、道は麓の広場から階段になるため荷台が進めない。
「大きな街!」
もしかしたらジュンキが知らないだけで物資輸送用の登り口は別にあるのかもしれない、と考えたが、今にも駆け出しそうなクレハから目を離す訳にはいかなかった。
竜車は広場と街道と結ぶ大通りの乗降場に着くと、同乗していたイーオス装備の太刀使いとゲリョス装備のハンマー使い、そして商人2人が次々と竜車を降りて待ち構えるアイルーに運賃を支払う。
ジュンキとクレハも武器と荷物袋を手に取り、竜車を降りてミナガルデの街からの運賃を支払った。
「ありがとうございますニャ!」
ニコッと笑ったアイルーはゼニーの入った小袋を落とさないよう腰に括り付けると近くの小さな箒を手に取り、ジュンキとクレハが乗ってきた竜車に飛び乗った。
これから掃除と点検を行い、再びミナガルデの街へ向けて発つのだろう。
「ミナガルデの街より何倍も大きい!」
大通りの先に広がる広場から街の頂に聳える大老殿までを見渡し、クレハは感動を隠さず表現する。
放っておくと勝手に歩き出しそうだから、ジュンキはクレハを驚かせないよう横に立ってから声をかける。
「パーティとの合流は夜だが、人が少ない今のうちに受付を済まそう」
まだ太陽が空の頂点を超えていない。朝食と昼食の間である今なら大衆酒場も静かだろう。
ジュンキとクレハは竜車の乗降場を離れ、大通りを進んでいく。
「いろんな人がいるね」
「ミナガルデにもいろんな人がいただろう?」
「ううん。ここにはもっといろんな人がいる」
クレハの真っ青な瞳がキョロキョロと動く。通り過ぎるハンターの装備に目を奪われ、広場の屋台市場に並ぶ薬や狩猟道具に目を奪われ、と忙しい。
(まあ、俺もミナガルデから来た時は同じだったか…)
クレハの新参者ぶりは自身も同じだったと思いつつ、少し恥ずかしくなるジュンキだった。
ハンターと商人、研究者と街人が一堂に会する大衆酒場は朝から深夜まで連日騒々しいが、朝食と昼食の狭間であるこの時間帯であれば多少なりとも落ち着いていた。
テーブル席には空席が目立ち、カウンターや厨房ではあくびするハンターズギルドの職員も見受けられるが、ショウヘイ達の姿は無かった。
今夜の集合に合わせて各々が準備に忙しいのだろう。
「ジュンキ、受付嬢が呼んでるよ?」
クレハが腕を伸ばし、受付嬢を指差す。
ジュンキもカウンターに目を向けると、受付嬢のひとりが右腕を上げて手の平をこちらに向けていた。
「行こう」
ジュンキはクレハに目配せして歩き出し、クレハはジュンキに続く。
「ユーリ」
「は~い」
数歩でカウンターに達するところでジュンキは受付嬢の名前を呼び、ユーリは笑顔で応えてくれた。
「ベッキー先輩の用事はハンターの紹介だったんですね」
ユーリは納得の表情で大きく頷き、クレハに自己紹介する。
「初めまして、ユーリです。狩りに出るときは私に言って下さいね」
「初めまして、クレハです。よろしくお願いします」
ベッキーに挨拶にクレハも返す。「紹介状はありますか?」との問い掛けにはジュンキが応えた。荷物袋の中から折り畳まれたクレハの紹介状を取り出す。これでクレハはミナガルデの街での狩りの腕前を認められ、高度な依頼を受けることができるようになる。
ユーリはジュンキからクレハの紹介状を受け取るとその場で開いて目を通す。しかしすぐに紹介状を畳むと、カウンター後方の書類入れの籠の中に入れた。
「はい、大丈夫ですよ。部屋は近いほうがいいですよね?部屋は空いていいますから安心して下さいね」
クレハのハンターとしての詳しい判定は後程行われるのだろう。ユーリはカウンターの下から部屋の鍵を取り出し、クレハに差し出した。
クレハの腕前は単独でリオレイアを狩猟できる程だから心配無いだろう。それはクレハの装備を見れば分かりそうなものだが、世の中には自分の実力に合わない装備で狩りに出るハンターもいるから分からない部分もある。
それは武器防具の重量が負担になるという身体的な理由から、見た目を重視するという感覚的なところと多種多様だ。その中には古龍クシャルダオラを撃退できる実力を持ちながら、ただ単に好きだからという理由でリオレウスの武器防具を手放さないジュンキも含まれるのだが。
「受付は以上です。マイハウスの場所はジュンキさんに聞いて下さいね」
「ありがとう、ユーリ」
ユーリの受付が終わり、次はマイハウスだ。街での生活の拠点となるハンターの集合住宅にクレハを案内しなければならない。
これでクレハに案内しなければならない場所はすべて回ったことになり、一旦クレハと別れて明日からの準備に取り掛かろうとしたジュンキだったが、街をもっと見て回りたいというクレハに捕まってしまい、日が暮れるまで振り回されることになるのだった。
日が暮れると、ジュンキはクレハを連れて大衆酒場へ向かった。約束通り、ショウヘイ達も集まっている。
「みんないる?」
「ジュンキ、やっと来たか」
「遅いぞ~」
ショウヘイ、ユウキ、チヅル、カズキ―――全員揃っている。
「悪かったな。…突然だけど、みんなに紹介したいハンターがいるんだ」
ジュンキはそう言って、後ろに付いて来ているクレハを招いた。
「彼女はクレハ。ベッキーからの紹介だ。」
「初めまして、クレハです。双剣使いとして早く皆さんの狩りに役立てるよう精進します」
クレハは挨拶を述べ、頭を下げる。
ユウキとカズキは笑顔で「うお~!」などと喜びの声を上げ、ショウヘイは静かに微笑みながら拍手をする。これで、このパーティは6人になった。
ジュンキとクレハが席に着くと、親睦を深める意味合いも込めて夕食になった。クレハはジュンキの隣で久々のまともな夕食をガツガツ食べていたが、ここでふと、ジュンキは鋭い視線を感じ、顔を上げた。
「…チヅル?」
チヅルの様子が、外見と中身共に変わっている事に、ジュンキは今になって気が付いた。
まず外見は、いつもの桃色が可愛らしいクックシリーズではなく、深い紫色をした攻撃的な防具に変わっていた。
「…ガルルガシリーズ。イャンガルルガの素材から作られる防具だよ」
と素っ気無く答え、食事を続けるチヅル。どうやらこの休みの間に揃えたようだ。そして中身の違いとは、チヅルの不機嫌のことだ。
「…?」
チヅルの機嫌が悪い理由が思い当たらず、ジュンキは思わず首を傾げてしまう。
ジュンキはしばらくチヅルの顔色を伺うことにしたが、チヅルがイャンガルルガの如く睨み返してきた。装備も相まって本物のイャンガルルガと錯覚すら覚えたジュンキは、慌てて夕食に顔を落とした。
(…なるほどね)
ジュンキとチヅルの様子を見て、クレハは何となくだが、この2人の関係を察知した。
どうやら自分がこのパーティにやって来たことについてチヅルは外見こそ怒っているものの、内面は相当焦っているようだ。
チヅルが焦る理由、それはひとつしかない。それはこのジュンキという男が私、クレハという「女を連れて来た」からだ。
(…少し手伝ってあげようかな)
クレハは誰にも気づかれないように小さく笑った。
夕食を済ませて各々の自己紹介も終わると、自然と解散の雰囲気になっていった。
するとチヅルは散歩してから寝るとだけ言い残し、最初に大衆酒場を後にする。
外は夜も更けつつあり、人影もまばらになってきていた。その中をチヅルは当てもなく、ただ歩き続ける。
「…ジュンキの馬鹿」
溜め息の後に出てきた一言はジュンキへの文句だった。
むしゃくしゃする。今ならディアブロスの如く咆哮を放てそうだ。これは当の本人が全く気付いていないところが一番頭にくる。
(本当なら歓迎しなきゃいけないのに…)
パーティメンバーが増えるということは狩りに選択肢が増えることであり、有意義なことだ。また、ベッキーからの紹介ということは、ジュンキのパーティはハンターズギルドに信頼されていることの証でもあり、そこに所属しているチヅルも勿論嬉しいはずなのだ。
なのにどうして。
(どうしてこんなにも辛いの…?)
怒り、焦り、不安…。負の感情が先行してしまう。それはなぜか?
(ジュンキが…クレハちゃんに…)
どうしてそんな事を考えてしまうのだろう。
(それは私が…)
「私は…ジュンキを…?」
口の中が乾く。心臓の音が大きい。顔も熱い。
「チヅルちゃん」
突然後ろから声を掛けられ、チヅルは危うく変な声を上げそうになる。そこは堪えて、出来る限り平静を装って振り向いた。
その声の主が、クレハであったとしても。
「何?クレハちゃん…」
「ちょっと歩かない?」
「…うん。いいよ」
外を出歩かず、部屋に戻れば良かった。そして部屋付きのアイルーに愚痴をこぼせば良かったのだ。逃げ出したいが、初対面の日に不自然な行動を取る訳にはいかないので承諾した。
クレハが「じゃあ取り敢えずこっちね」と、広場を横切るようにして街の入口へと向かう。チヅルは一歩下がってクレハの左後ろから様子をうかがった。
(背が高い…)
自分より拳二つ分は高いのではないだろうか。ジュンキと並んだクレハの姿を思い返すと、ジュンキとの身長差は拳一つ分しかなかったと記憶している。
(…私が低いだけか)
身長はどうにもならないと諦めつつ、クレハの横顔を覗く。
(綺麗な人…)
クレハの青色の髪は背中まで伸びており、頭の防具を脱いでいる今はポニーテールにまとめている。そして青色の瞳は真っ直ぐに前を向いており、意志の強さがうかがい知れた。
チヅルは続けてクレハの装備を見る。首から下は深緑の鎧に包まれていた。
(リオレイアの防具…。かなりの実力者なんだろうな…)
クレハが身にまとうレイアシリーズと呼ばれる防具は、リオレイアを狩ることができるという強者の証。ここは危なかったとチヅルは胸をなでおろした。
もしもジュンキと合流するまでの間にショウヘイやユウキ、カズキと一緒にイャンガルルガの狩猟へ行かず、ガルルガシリーズの防具を作っていなかったらと思うと、考えるだけで恐ろしい。
(私の装備はイャンクックのまま、クレハちゃんと対峙することに…)
チヅルは目線をクレハの装備から胸部に移し、自分とクレハの胸囲を目測する。
防具に包まれている以上、正確なことは分からないが…このままでは女としても負けそうだ。
「チヅルちゃん」
クレハが突然歩みを止めて振り返る。
チヅルは感づかれたかと思い身を固くするが、それは街の外れまで歩いてきたからだとすぐに理解する。広場を離れたため、周囲に人気は無い。
(どうしてこんな場所に…?)
まさか宣戦布告でもされるのかと思ったが、クレハは意外な一言を放った。
「あなた、ジュンキのことが好きでしょ」
「…へ?」
一瞬思考が固まる。だがすぐに、自分でも驚くくらい口が動き出していた。
「私が…?私がジュンキを好き?まさかそんな、ただのハンターだよ?ちょっとリオレウスが好きなだけの、どこにでもいるハンターで―――」
「好きなんでしょ?」
クレハが青色の瞳で真っ直ぐ見つめてくる。チヅルは「うん…」としか言えなかった。この言葉を聞いたクレハは、してやったりと言った顔で笑った。
「やっぱりね。そうだと思ったよ。夕食の時に、私とジュンキをチラチラ睨むんだもん」
「う…」
「おまけに私がジュンキを連れ回していた時、後ろからストーキングしていたでしょ?」
「うう…」
バレバレだった。ジュンキは鈍いがクレハは鋭いようだ。
「…じゃあそういうクレハちゃんはどうなの?ジュンキのこと好き?好きなんでしょ!?」
チヅルはクレハに敵意をむき出しにする。感情に訴え、クレハに畳みかける。
チヅルは、クレハが照れたりうろたえたりすることを望んだが、クレハは星空を仰ぎ、そして澄ました顔で言った。
「う~ん…。ハンターとして見れば、いいハンターだと思うよ。だけどひとりの男としてはどうなのかな」
「あ…そう、なの…?」
チヅルが安心しきった顔を見せたので、クレハは笑顔で向き合った。
「だって、まだ出会って数日だよ?いくらなんでも早すぎだよ」
「…そうだよね。ごめんね、変な勘違いしちゃって…」
「いいのいいの。片思い中の男が、いきなり知らない女を連れてきたら誰でも焦るって」
クレハの言葉にチヅルは恥ずかしくなり、顔を背ける。
「…これからよろしくね、チヅルちゃん。応援しているよ」
クレハが右手を差し出した。チヅルも握り返す。
「…ありがと」
夜も遅くなったため、2人は一緒に部屋まで戻ることにした。
帰りの道中はチヅルからクレハにパーティの活動やメンバーの性格などを伝える時間となった。
翌朝、大衆酒場にはいつもの6人が揃い朝食を食べていた。
「は~い、素敵な依頼が入ってますよ~」
ユーリが近くを通った際に2枚の依頼書がテーブルに投げ込まれ、それをユウキとカズキがお互いに取る。
「え~っと、ドドブランゴだってさ」
「こっちはババコンガだ」
「…俺はドドブランゴだな」
「じゃあ、私も…」
「私も~」
ジュンキがドドブランゴを選ぶと、チヅルとクレハが即答した。
「俺も付いていくかな」
とショウヘイも名乗りをあげる。
「俺は寒いのは嫌だな」
「俺も同じだ」
とユウキとカズキは気候的に温かい場所の依頼であるババコンガを選んだ。
「大丈夫?2人で…」
「大丈夫!ババコンガは何度も相手してきたしな!」
チヅルの心配そうな声に、カズキは親指を立てて答えた。
「ショウヘイはどうしてこっちに?」
ジュンキの問いかけに、ショウヘイは小さな笑みを浮かべて答える。
「まだジュンキの腕前を見定めていないからだ」
ショウヘイの固い返事にジュンキは苦笑いを隠さない。ショウヘイは狩りに人一倍真剣で、常にメンバーの技量を測っているのだ。
ジュンキ、ショウヘイ、チヅル、クレハが向かうのは雪山。ここドンドルマの街からはかなりの距離があるので、ジュンキは準備を終え次第、すぐに出発すると決めた。
身長の高さはカズキ>ショウヘイ>ジュンキ=ユウキ>クレハ>チヅルです。