ザラムレッドとセイフレムが棲む森と丘の麓にあるココット村へ着いたのは、ドンドルマの街を出てから1週間近くが経った頃だった。竜車から降りるなり、リサとクレハは青空に向かって「ん~っ」と背筋を伸ばす。
「で、どうするの?このままザラムレッドやセイフレムのところへ行く?」
「ん~、そうだな…」
クレハの問い掛けに、ジュンキはココット村の入り口を見つめながら考える。そこへユウキがジュンキの隣に立った。
「村長には元気な顔を見せた方がいいんじゃないか?」
「確かにその方がいいだろう」
とショウヘイ。
「それと、チヅルの墓参りも、な」
カズキの言葉には全員が頷いた。やがて、ジュンキを先頭に歩き出す。ココット村の入り口にある門を通り、村長の家兼集会場を目指す。
村人やこの村のハンターが声を掛けてきてくれたので適当に挨拶をしつつ、リヴァル達は村長の前に立った。村長はタバコを吸うために俯いていたが、誰が来たのか分かっていたようで、笑顔を浮かべて顔を上げてくれた。
「なんじゃ?皆揃って休暇でも取ったのか?」
村長の冗談に、リヴァル達も苦笑いを禁じ得ない。
「いえ、ザラムレッドとセイフレムに用がありまして」
ジュンキが要件を簡潔に伝えると、村長は「そうかそうか」と微笑みながら頷いた。
「あのリオレウスとリオレイアじゃろう?特に悪さをせんから、放っておいているがの。最初こそ村の上空を飛んでいる時は村の皆も恐怖したものじゃが、今では日常茶飯事じゃよ。今朝も…ザラムレッドじゃったか?リオレウスが餌を探しに飛んでいたわい」
と言って村長はケラケラと笑った。それはとても異常な事なのに、とリヴァル達は苦笑いしてしまう。
「村長、仲間の墓参りに行ってから、森と丘へ行ってきます」
「うむ、承知したぞい。儂に出来る事があれば、何でも遠慮せず言うんじゃぞ?」
村長に笑顔で送られながら、リヴァル達はチヅルの墓に向かって歩き出した。
チヅルの墓参りは、全員が墓石に向かって祈りを捧げるというシンプルなもので終わった。リヴァル達はそのままココット村を経由して森と丘フィールドに向かって歩き出し、そして森と丘のベースキャンプに到着した。今回は特例で狩場へ入っているので、支給品は無い。
リヴァル達はこの場に留まる理由が無いため、すぐにベースキャンプを出発した。
「ザラムレッドとセイフレムは元気かな?」
「すぐに会えるじゃないか。元気だと思うよ」
クレハの言葉にジュンキは思わず苦笑いしてしまった。もう数十分歩いたら会えるのに、クレハは会いたくて仕方がないらしい。こんな調子でザラムレッドとセイフレムの巣の手間、地図上でエリア4番となっている丘にたどり着くと、リヴァル達の頭上を一匹のリオレウスが通過していった。飛んで行った先は巣穴である。
「…行こうか」
立ち止まっていたリヴァル達が、ジュンキの一声で動き出した。
「久しいな」
ザラムレッドはリヴァル達が巣に入ってくるなりそう言った。ジュンキは右手を振って挨拶とする。
「元気にしていたか?」
「無論だ。ヌシも変わり無さそうだな」
ザラムレッドはそこまで言って、ジュンキの背後に視線を巡らせる。そしてリヴァルのところで動きを止めた。
「ああ、あいつならもう大丈夫だよ。襲ってきたりしない」
「…心境の変化でもあったのか?」
「まあ、そんなところだ」
ここでクレハがジュンキの隣に並んだので、ジュンキは一歩下がってクレハに場所を譲った。
「ねえ、ザラムレッド。セイフレムは今いる?」
「今は外に出ているが、そろそろ戻ってくる頃だろう。ここは狭いし、薄暗い。外で待つとしよう」
ザラムレッドはそう言って天井に空いた穴から外へ出て行ったので、リヴァル達も外でセイフレムの帰りを待つことにした。
「帰ってきたな」
リヴァル達とザラムレッドが外に出てしばらくすると、森の方角から竜と龍が接近してきていた。
「あれは…!」
「ショウヘイ?どうした?」
ザラムレッドの足元に座っていたショウヘイが突然立ち上がったので、ユウキもつられて立ち上がる。
「ザラムレッド、まさか呼んだのか…!」
ショウヘイが驚愕の表情でザラムレッドに話し掛けると、ザラムレッドは「一大事だからな」とだけ答えた。こちらに飛んでくるセイフレムの横に並んで飛んでいるのは、漆黒の龍だった。
「あれは黒龍…!?」
リサも驚きの声を上げ、隣のリヴァルは背中の武器を抜こうと手を伸ばす。しかしその手をカズキが掴み、「大丈夫、仲間だ」と言ってきた。
「あれは黒龍ミラボレアス。祖龍ミラルーツの弟だ。大丈夫、あいつは俺たち人間とは共存したいと考えているんだ」
カズキの説明を受け、リヴァルはどうにか大剣の柄から手を放すことができた。セイフレムとミラボレアスが同時に着地し、ミラボレアスを挟んでザラムレッドとセイフレムが並ぶ。
リヴァル達も竜人であるジュンキ、クレハ、ショウヘイが前に並び、その後ろにリヴァル、リサ、ユウキ、カズキが並ぶ。
「久しぶりだな、竜人達よ。その節は世話になった…」
ミラボレアスはそう言い、頭を垂れる。
「私は古龍ですら近寄らぬ霊峰の奥地で隠居していたが、先日ザラムレッドが呼びに来てな…。ついに、兄者が動き出したと…」
ミラボレアスは、ここで一旦言葉を切った。
そして一呼吸の後、再び口を開く。
「竜人達よ、再び私に力を貸してはくれぬか…?」
ミラボレアスの話を聞いて、ジュンキ、クレハ、ショウヘイはお互いの顔を見合わせる。
そして、同時に頷いた。
「俺たちは、俺たちの世界を守りたい。竜人としても、ひとりの人間としても、ハンターとしても」
ジュンキの返答に、ミラボレアスは「すまない」と「ありがとう」を言って、再び頭を垂れた。
「私も兄者の元へ、竜人たちと共に行こうと考えている。私が出れば、兄者を説得できるかもしれん」
「それは心強い」
珍しく、ショウヘイが嬉しそうにそう言った。
「儂も行こうと思う。相手は龍王、祖龍ミラルーツ。もし戦うことになれば、一筋縄ではいかぬ」
「ザラムレッド…!?」
「私も行きます。いないよりはマシかと」
「セイフレムも…!?」
ジュンキとクレハは思わず驚きの声を上げてしまった。
「ジュンキよ、これは人間や竜人だけの問題ではないのだ。我々竜も少なからず影響を受ける。だから我々も加勢するのだ」
「クレハちゃん、心配してくれるのは嬉しい。大丈夫、危なくなったらちゃんと退くから…」
ザラムレッドとセイフレムにそう言われれば、ジュンキとクレハは反対できなかった。加勢してくれるのは嬉しいし、もしミラルーツと戦うことになっても勝率が上がるだろう。
しかし、ザラムレッドとセイフレムには子供がいる。もしザラムレッドかセイフレムのどちらか、あるいは両者が死んでしまったら、その子供たちはどうなるのだろうか…。
ジュンキとクレハの心配に気付いたのか、セイフレムが口を開いた。
「子供たちなら大丈夫。もう私達がいなくても、この空を飛べるわ」
「でも…!」
「もちろん、そう簡単に私は死なないわよ?」
セイフレムの物言いに、クレハは呆れたように笑うしかなかった。
ここでミラボレアスが「いいかな?」と声を上げたので、クレハもセイフレムも一歩下がる。
「出発の前に、新たなる竜人の開眼を行いたいと思う」
そう言って、ミラボレアスは視線をリヴァルへと向けた。
「リヴァル…」
ジュンキがリヴァルを呼ぶと、リヴァルは一度頷いてから歩き出す。しかし、すぐ立ち止まってリサを振り返った。
「リサも…」
「…はい」
差し出されたリヴァルの手を、リサはそっと握った。