それ往け白野君!   作:アゴン

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この頃の防人さんは荒れているので、ちょっとアレな描写になっています。

ですが、今回限りですのでどうかご容赦下さい。


トラウマ

 

 

 

 

 風鳴翼。戦場に舞い降りるその姿は宿り木に降りる鳥の様に軽やかで、響ちゃんも自分も一瞬だけ見とれてしまっていた。

 

確かに彼女は美しかった。先程耳にした歌といい、戦場の歌姫という言葉が似合いそうな程に彼女の奏でる戦慄は苛烈だった。

 

戦場に身を置く彼女の雰囲気は……まるで剣気。常に周囲に気を配り、同時に敵意を振りまくその姿は───言うなれば抜き身の刀身。研ぎ澄まされた彼女の剣気は近寄ったモノを切り刻む鋭さが垣間見えていた。

 

だけど……否、だからこそ思う。薄く、鋭く尖った刃は相手を切り刻むと同時に、自身が折れる要因にもなりうると。

 

諸刃の剣。鋭い視線をぶつけてくる彼女───風鳴翼に岸波白野はそんな印象を受けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで、ノイズは粗方片付いたか」

 

 爆散し、燃え盛るノイズを見て風鳴翼は全てのノイズを片付けた事を確認する。凛とした佇まい、歌い手の時とはまるで別人のようで……けれど、その上で美しいと思える自分は堂々たる姿勢を崩さない彼女の姿に暫し見とれていた。

 

『なぁ~にが片付いたか(キリッ)ですか。後からシャシャリ出てきて美味しい所だけ持って行くとか、どこの大御所ですか。歌姫とか言われて調子に乗ってるんですかねぇ?』

 

なにやらやたら苛立っているBB、何がそんなに気に入らないかは知らないが今この場は自重して欲しい。……何だか、彼女───風鳴翼の様子がおかしいのだ。

 

余裕がないというか、切羽詰まっているというか……初めて会った時よりもより険しい表情をした彼女の顔を見て、少しばかり不安に思った時。

 

「あ、あの! 翼さん、私、今は全然頼りなくて足手纏いかもしれませんけど……きっと、絶対強くなって見せますから! だから、私と一緒に戦って下さい!」

 

響ちゃんが自身の決意を言葉にしながら前に出た。確かにこれから戦う仲間ならば響ちゃんのような素人では一緒に戦う者としては不安で仕方ないだろう。

 

だが、彼女の周囲にはそんな響ちゃんを応援してくれる人達が多くいる。弦十郎さんも面倒見のよさそうな人だし、きっと響ちゃんの良き師になってくれる事だろう。

 

『何を人事みたいに言ってるんですか先輩。アナタだって素人に毛が生えたようなモノで彼女と大差ないじゃないですか』

 

BBからの鋭い突っ込みに凹んでしまう。……フルフェイスの仮面で良かった。今の自分の顔を見られたら響きちゃん達の生暖かい視線を受ける事は避けられない運命になる所だった。

 

さて、そろそろ帰るとしよう。ノイズ達の反応も完全に消えた事だし、後片付けは二課がやってくるようだし、自分もいい加減腹が空いてきた。アーチャーとセイバーも此方に来ているようだし、此方から向かうのもいいだろう。

 

翼さんの事は気になるが、ここから先は彼女達の問題だ。自分は早いところ退散しようかなと踵を返した時。

 

「……そうね、私とアナタ───“一緒に戦いましょう”」

 

ドクン。と、彼女の言い放つその科白に胸の鼓動が一瞬高鳴り、背筋にゾワリと悪寒が走った。

 

振り返ればそこにあるのは呆然と佇む響ちゃんと、そんな彼女に刃を突きつける風鳴翼が対峙するように佇んでいた。

 

響ちゃんに向ける翼さんの敵意……否、彼女の纏うソレは最早殺気に近かった。

 

「……え?」

 

初めて向けられる殺意に未だ混乱から抜け出てない響ちゃん。そんな彼女の間合いに踏み込んだ風鳴翼は容赦のない一撃を彼女に向けて振り下ろされた。

 

ガキンッ! 響ちゃんに翼のさんの刃が届く前に自分の持つ破邪刀がどうにか割り込む事に成功。ぶつかりあう刃金が火花となって飛び散る様に響ちゃんは漸く我を取り戻し、同時に彼女は地面に尻餅を着く。

 

「……何の真似だ」

 

低く、それでいて冷たい声を発する目の前の風鳴翼に背筋が凍り付く。……間違いない。今彼女は本気で立花響を斬ろうとした。

 

兎に角一度彼女を落ち着かせねば、鍔迫り合いの状態で此方から話を切り出そうとした時、まるで此方の意図を読んだとばかりに後ろに飛び退き、その剣を上段に構える彼女の姿勢は此方の話を聞き入れようとしない拒絶の意志が色濃く見える。

 

『先輩、今キャスターさんとリップを追加で呼びました。出来るだけそこの歌姫気取りを長く足止めして下さいね♪』

 

そしてこちらは此方で怒りメーターが振り切れていらっしゃる。というか、何故にその組み合わせをチョイスした!?

 

声色こそいつもと変わらない……いや、寧ろ機嫌の良さそうにテンションを上げているBBにおっかないと感じる一方で、翼さんは先程よりも敵意を強めて此方に睨みつけてきた。

 

「……もう一度訊く、何の真似だ?」

 

先程よりも低い声色で訊ねてくる翼さんに自分も言葉を口にする。それは此方の科白だと、すると自分の声に一瞬驚いた素振りを見せた彼女は今ので自分の事が誰なのか理解し、けれどその上で敵意を微塵も緩めないまま言葉を口にした。

 

「岸波白野、そこを退きなさい。私が用があるのはそこの後ろに隠れている立花響だけだ」

 

剣を突きつけて威圧感を増してくる彼女に自分はそれは出来ないと簡潔に返事する。

 

それに気を悪くしたのか、歯をギシリと食いしばった。何故そこまでして敵意を剥き出しにしているのか、歌手としての風鳴翼しか知らない自分には分からないが、それでも彼女の行動は間違っていると断言出来る。

 

だから思い切って訊いてみた。何故響ちゃんをそこまで敵視するのか、何故戦いの素人の彼女をそこまで嫌悪するのか。

 

その自分の質問に返って来たのは……より強い敵意と刃だった。

 

「そう、その者は素人だ。戦いへの意義もなく、戦場に赴く覚悟もなく。───なんの覚悟も道理のない者が……奏のギアを纏うなぁぁぁっ!!」

 

それは叫びというには剰りにも荒々しく、そして痛々しく聞こえた。目尻に涙を滲ませた彼女はソレを振り払う様に首を横に振った後、跳躍し、自身の周囲に青白く輝く無数の剣を出現させた。

 

まるでウチの英雄王の様な攻撃だと驚くと同時に戦慄する。

 

あれだけの剣が此方に一斉掃射されたら自分だけではなく響ちゃんにまで被害が及ぶ。未だに彼女の怒りの原因は突き止められないが、止める事が出来ない以上逃げる他ない。

 

急いで響ちゃんを連れてこの場から離れなければ。そう思い足に“強化スパイク”の礼装を装着させ、未だに腰の抜けた彼女に向けて走り出そうとするが……動かない!?

 

どれだけ力を込めても微動だにしない自身の身体に不思議に思い、唯一自由の利く首を動かしてチラリと背後を見れば、月の影で伸びた自分の影に一本の小さい剣が突き刺さっていた。

 

どこかの忍者漫画にこんな風に敵を縛る術があったなと呑気に考える暇など……当然あるはずもなく、頭上からは千に昇る剣の雨が降り注げられていた。

 

既に逃げる場所も手段もなく、指一本すら動けないまま串刺しになろうとした時、自分は声を上げた。

 

逃げろ。腰が抜けて動けないだろう響ちゃんに無理だと分かっていながら声を掛ける。

 

すると自分の声に反応した響ちゃんが我に返って立ち上がる。良かった、これで彼女だけでも逃げられる。そう思った自分の思考は次の瞬間、驚愕の色に染め上げられる。

 

逃げるべきは彼女なのに、まるで自分を助けようと手を伸ばして駆け寄ってくる響ちゃんに自分は恐らくこの日一番の驚きを見せていた事だろう。

 

無数に飛んでくる剣を前に自ら飛び込んでくる響ちゃん。───そして、後に千の落涙と呼ばれる剣の軍勢に呑まれそうになったとき。 

 

赤と白の閃光が、千の剣勢達を無造作に吹き飛ばした。

 

「やれやれ、マスターがノイズに特攻を仕掛けるなんて話を訊いたから急いで来たものの、一体これはどういう状況だ? 説明を頼むマス……ター?」

 

「むむ! 見たことがある奴だと思えば、風鳴翼ではないか! 何故このような所に……ハッ! まさかこれが歌って踊れて戦えるというGEINOUKAI裏の三拍子という奴か!?」

 

地面に降り立ち、二人が現在の状況に困惑する中、自分は安堵のため息を漏らす。

 

アーチャーとセイバー、二人の到着にどうにか危機的状況を脱せた。取り敢えず身動きがとれない内は説明も何も出来ないので、アーチャーに影に突き刺さった剣を抜いて欲しいと頼む。

 

剣を抜かれ、どうにか身体の自由を取り戻せた自分は、二人への事情説明の前に、呆然と立ち尽くす響ちゃんに向き直り、大丈夫かいと声を掛ける。

 

「は、はい! お陰様でどうにか……」

 

怒濤の状況変化の連続で思考が追い付けていない響ちゃんに苦笑いしながら休んでてと促す。アーチャーも計りかねている状況に眉を寄せているし、そろそろ落ち着いて話をしようかと思った矢先。

 

「き、貴様は! 先日のミュージック広場に出てた……っ!」

 

カタカタと刃を持つ手を震わせながら、翼さんがセイバーに指を指していた。

 

怒り? いや、確かにそれもあるだろうが今彼女が胸の内に宿している感情はもっと別のものだ、

 

恐怖。彼女が何故セイバーに対してそこまで怯えているのかとセイバーに訊ねると……。

 

「うむ。あの時は“すたっふ”や他の“きゃすと”達が余達の美声に酔いしれて眠ってしまってな。“しゅうろく”は中止、そこの風鳴翼との決着は付けずじまいに終わってしまったのだ」

 

へー、ソウダッタンデスカー。

 

セイバーの説明にその時の状況が目に見えて思い浮かべる事が出来た自分は、当時その場にいたであろう翼さんに同情の目線を向ける。

 

「だが、ここで出会ったからには都合が良い! ランサーも呼び、今ここであの時の決着をつけようではないか!」

 

どうやら日本の歌姫と言われている翼さんに相当ライバル意識を持っていたのか、ドコから取り出したのか、その手には既にマイクが握り締められていた。

 

ビシリと翼さんに指を突きつけて挑戦状を叩きつけるセイバー。対する翼さんはガタガタとその身体を震えさせ、目尻に涙を浮かべ、顔は死人の様に真っ青になっている。

 

そして、次の瞬間───。

 

「………きゅ~」

 

翼さんは白目を剥いて、そのまま地面に仰向けになって倒れ伏した。

 

「え? え!? 翼さん!?」

 

突然倒れた翼さんに驚愕しながら駆け寄る響ちゃん。混沌と化した現場、唯一事情説明が可能な私こと岸波白野がとった次の行動は────。

 

響ちゃん、後はお願いね。

 

「………へ?」

 

撤退。ノイズも片付け、ひとまずやるべき事を終えた自分はアーチャーとセイバーと一緒にその場から離れる事に決めた。

 

決して事情説明が面倒になったとか、匙を投げたのではない。

 

何故なら───そう! 月光戦士ザビエル仮面は戦闘に時間制限があるのだ!

 

正体を隠すためにもここは一度引き返さなければならない。お腹も空いたし。

 

「……まぁ、気持ちは分からなくもないがね」

 

アーチャーから同情の科白を受けつつ、取り敢えず今日の所は大人しく拠点に帰るザビエル仮面でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そうですか、漸く彼が来てくれましたか」

 

「分かっています。抜かりはないよう、万全の体勢で事にあたります」

 

満天の星空。人気のない工場で少女はその口を嬉しそうに歪ませ。

 

「……ミスター白野。アナタに星の導きがありますよう」

 

今は離れた想い人に星の加護の祈りを捧げるのだった。

 

 

 




最後に出てきた人物に関しては分かってしまった人は心の叫びだけに止めてくれると嬉しいです。

何スロットなんだ!?的な感じで

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