それ往け白野君!   作:アゴン

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ここで登場人物の一人が脱落。


特異災害対策機動部二課

 

 穏やかな朝。朝日は差し込み、小鳥は囀り、爽やかな風が肌を撫でる。

 

今日はバイトもなく、久し振りにノンビリできる。午後は私用があって出掛けるがそれまでは大人しく部屋で読書にでも勤しむとしよう。

 

嗚呼、なんて平和な時間だ。こんなにも穏やかで健やかな時間を過ごせるのは本当に久し振りだ。

 

───だが、その前に一つ解決しなければならない疑問がある。

 

「ふむ、昨夜のライブで重軽傷者併せて六十人弱が病院へ搬送、軽傷者は未だ病室で魘されており、重傷者の一部は当時の記憶がスッポリ抜け落ちているとの事───か、うむ。初日にしては中々上手くいった方ではないか」

 

優雅に珈琲を片手に新聞紙を広げ、黒のスーツに身を包むのは我らが愉悦大好きAUO。髪を下ろし、落ち着きを持った彼はそこらのアイドルよりも色鮮やかに見えた。

 

が、そんな事はどうでもいい。自分は内心押し寄せてくる衝動に必死に待ったを掛けながらギルガメッシュに問い掛けた。

 

あのさAUO、昨夜の事なんだけど……あれ、どゆこと?

 

「ん? あぁ、アレか。何、先日“あいどるますたぁー”なる課金げーむをぷれいしてな、それだけでは物足りなくなったので実際我もあいどるぐるーぷを作ってみたのだ。どうだ? 中々よい演目であっただろう?」

 

ドヤ顔でそんな事をのたまうAUOに空気撃ちをブチ込みたくなった自分は悪くないと思いたい。……仮に、仮にコイツが気紛れでアイドル事業を興したとして───何故よりによってウチの面々が選ばれなければならないのだ。

 

「何を言う。我が陣営の雑種共は中身はどうであれその器量差は中々目を見張るモノがあるぞ。そんじょそこらの娘では太刀打ち出来ないのは貴様も想像できるだろう?」

 

確かに昨夜のCCC48なるアイドルグループは外見はかなりレベルの高い素材だと言うことは目に見えて理解できる。別ジャンルでデビューさせたらそれこそその業界に名を残す程の逸材だ。

 

だが、歌手としては間違いなく成就できない。何故なら致命的に足を引っ張る存在があのアイドルグループには存在するのだ。それも二人も。

 

「ふん、この英雄王改め黄金Pに不可能などない。あの二人の超絶音痴も我が財とPとしての実力でもってねじ伏せてやる」

 

新聞紙を傍らに置いて高く笑い飛ばすAUO。どこからそんな自信が出てくるのか分からないが、彼がそこまで言うのだ。下手に聞くのは止めとこう……巻き込まれかねない。

 

と、それもそうだが良くそんな話を皆納得してくれたモノだ。セイバーやランサーは兎も角として、リップやリリス、キャスターや凛までも取り込むとか、アーチャー辺りが反対しそうなのに……一体どんな交渉法を使ったんだ?

 

「なに、この我の交渉力を以てすれば雑種共の懐柔など容易いものよ。あ、だがリンだけは最初に陥落したな。アイドルになって有名になれば金が向こうから舞い込んでくるぞと言ったら即答で了承しおった」

 

おい、気高さと優雅さはどこへ行った遠坂凛。よりにもよって知りたくない情報を聞かされ、ゲンナリと疲労を感じた時、食堂の扉が開き、スーツ姿のアーチャーと桜が入ってきた。

 

「何をしている英雄王。もうじき仕事だ。グズグズしてないでさっさと……おや、マスター、起きていたのか」

 

おはようと挨拶をしてくるアーチャーにこちらもおはようと返す、ギルガメッシュと同じ格好をしていることから彼も似たような仕事をしていると見るが……一応聞いて置こう。

 

アーチャー、何その格好。

 

「あぁ、まぁ……その、何だ。私は最後まで反対していたのだが、いつの間にかマネージャーという立場に収まってな、断ろうとも考えたが奴等を放置しておくのがどうも不安で仕方なく……」

 

あぁ、確かにアーチャーなら目の前の核爆弾を見過ごす事は出来ないものな。うん、実は大体分かってた。となると桜の方は差し詰めアーチャーの補佐的な役割かな?

 

「は、はい。何せ活動する人達が人達なので……正直関わりたくないと言うのが本音ですが」

 

最後の方は聞かなかった事にして、ゲンナリとしている桜に頑張れと激励を送る。

 

すると全ての記事を読み終えたのか、珈琲を飲み干すと新聞紙をテーブルに置くと立ち上がり、扉に向かって歩いていく。

 

「本来なら貴様も連中の面倒を見させていたのだが、生憎それ程急いではいない。手が足りている故、今の内に貴様は貴様の出来ることをしておけ───精々励めよ」

 

肩に手を置き、最後にそう捨て置くギルガメッシュにまさかと思い振り返るが、既に彼は扉を潜り、廊下を踏み歩く音だけが聞こえてくる。

 

そんな彼の後ろ姿を呆れ顔で見つめながら、アーチャーは此方に顔を向け。

 

「と、言うわけだ。私も暫く落ち着くまで手が離せん。マスターもくれぐれも無理するなよ」

 

そう言い残すとアーチャーも食堂を後にし、桜も自分にペコリと頭を下げると彼に追従するように出て行った。

 

ぽつんと食堂に残されたのは自分だけ、再び穏やかな静けさに包まれると、自分こと岸波白野は参ったと天井を見上げた。

 

どうやらギルガメッシュ達は昨夜自分が誰と何をしていたか大体想像出来ているらしい。しかもあの口振りから、これからの事も察しているみたいだし……。

 

相変わらず抜け目がないと言うか此方の思惑が筒抜けているというか……流石歴戦の英霊達であると無理矢理納得しておくとするか。

 

 ────さて、朝食も済ませた事だし、後は日課のトレーニングを続けた後、弦十郎さんに連絡を入れるか。

 

とは言え、流石に一人でとなると少し不安にもなる。誰か付き添いを頼みたい所だが……残念な事に今はそんな人物は全員留守にしている。

 

誰か頼りになる人はいないか……そんな事を考えたと同時に彼女の姿が脳裏に浮かんだ。

 

ポケットに締まった携帯を取り出して一言、彼女の名を口にする。

 

び、BBちゃーん。いますかー?

 

そして、一秒も間を置かずして……。

 

『全く、本当に学習能力の無い先輩ですねぇ私言いましたよね忙しいってまぁでも鈍臭い先輩の事だから一人でアタフタしているだけだろうし? 寧ろそんな姿はご褒美ですし? どうしてもと言うのなら百万歩ほど譲って聞き入れましょう。それで、ご用件はなんですか?』

 

マシンガンの如く激しい口上の後に続く科白に若干圧されながら、それでも姿を現してくれた彼女を微笑ましく思う。

 

携帯の画面越しで早く用件を言えと急かすBBを宥めながら、この後少し時間をくれないかと誘い出す。

 

その時、詳しい説明も無しに付いてきてくれる事を承諾してくれた彼女の迫力は凄まじかったと追記しておく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして午後、昼食を食べ終わり一段落した事で遂に自分は行動に移すことにした。BBを自分の携帯に潜ませ、昨夜弦十郎さんから渡された番号に連絡を入れる。

 

そして待ち合わせ場所で待つ事十分弱、向かいの通りから一台の車が通り掛かり、自分の目の前に停車した。

 

「待たせたな岸波君。連絡が来るのを待っていたぞ」

 

車の窓を開き、明るい声と共に顔を覗かせてきたのは弦十郎さん本人だった。まさか司令官自ら迎えに来てくれるとは思わず、面食っていると……。

 

「ははは、此方から連絡が欲しいと言って置いて自ら出迎えに行かないのは少しばかり礼を失すると思ってな。あぁ、気にする事はない。君を迎える為の準備もしてきてあるぞ」

 

いや別にそんな事気にしていないのですが……。自分の言葉も軽くスルーされ、弦十郎さんは笑いながら車のドアを開き、乗りなさいと手招きする。

 

「まぁここで話をするのもなんだ。乗ってくれ、案内するよ。我々特務機関こと二課にな」

 

ニヤリと不敵に笑みを浮かべる弦十郎さん。その笑みに若干の不安を覚えながら自分とBBは車へと乗車した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私立リディアン音楽院。音楽の名門校として知られるこの学院にはあの有名アーティスト、風鳴翼が在籍している学校である。

 

風鳴翼という存在が広告塔代わりとなり、多くの女学生がこの学院への入学を希望し、近年のリディアン音楽院の倍率はかなりの大きさに膨れ上がっているとか。

 

そんな女子校に歩く二人の男性、自分こと岸波白野と風鳴弦十郎さんは女性が多いこの学院ではかなり浮き出た存在の筈。

 

なのにこの学院の敷地内に入った時から生徒は疎か教師一人にすら出会していない。数百人も在籍している大規模な学院ではまず有り得ない光景だ。

 

まるで予め人払いを済ませている様な手際だ。二課という組織は自分が思っているよりも大きな組織なのかもしれない。

 

弦十郎さんの大きな背中を見つめながら後に付いていき、奥の方へ進むと……廊下の突き当たりに差し掛かった時に不意に立ち止まる。

 

何だろうと疑問に思うと、弦十郎さんはズボンのポケットから端末機を取り出してそれを突き当たりの壁に翳すと、壁は開き、奥には少し広めの部屋の様な空間が拓いていた。

 

「俺達の拠点は地下にあるんだ。手数を掛けるが安全の為にそこの手摺りに捕まってくれ」

 

弦十郎さんの指示に従い、身近にある手摺りに捕まると、弦十郎さんは先ほどの端末を翳すと扉は閉まり、エレベーターの如く下へ降下していった。

 

結構なスピード感が感じる。落ちることに馴れている自分としてはなんて事はないだろうが、初めて乗る人には中々スリルが感じる速さだ。

 

一体どこまで続くのだろうか。そう疑問に思った時、自分の視界に地下とは思えないある光景が飛び込んできた。

 

“壁画”である。自分達の乗るエレベーターをグルッと囲むように覆われた壁画はまるで地下の空洞壁画。

 

いや、空洞と呼ぶよりこれではまるで……。

 

「そろそろ着くぞ」

 

弦十郎さんに言われて挙動不審に思える行動を一旦中断。終着点に着いたお知らせの音共に開かれると同時に自分はふと思う。

 

特異災害対策機動部“二課”この組織は自分が思った以上に根が深い組織なのかもしれない。

 

ひとまず気を引き締めねば、適地とは言わないがここはこの世界に於けるこの人達の陣地。少しばかり警戒心を上げ、自分意を決して弦十郎さんの後に続いて扉を潜ると……。

 

『ようこそ、特機二課へ!』

 

多くの笑顔と歓迎のクラッカーが自分を迎え入れた。

 

 

 

─────はい?

 

 

「司令、お帰りなさい」

 

「うむ、皆に紹介しよう。彼が先日立花響君と一人の少女を助けた若者、岸波白野君だ」

 

おお~、という関心の声と共に鳴り響く拍手音。まさかの歓迎ブリにすっかり毒気を抜かれてしまった。

 

「は~い。貴方が噂のトンでもボーイ岸波白野君ね。私は櫻井了子よん、仲良くしてね」

 

は、はぁ……どうも。

 

『……チィ』

 

ポケットから聞こえてきた幻聴に我に返る。自分をまるで迎え入れてくれるこの空気に流される所だったが、彼女の舌打ちにここで惚けている場合ではないと自分に言い聞かせ、無理矢理にでも話の流れを変えることにした。

 

話は質問で、内容はここに入るはずであろう一人の少女。───ズバリ、風鳴翼の存在である。

 

何故ここに彼女がいないのか、そう質問すると弦十郎さんの目が僅かに細くなる。

 

「……何故、彼女がいないことが不思議に思うのかな?」

 

 それは愚問というモノだ。昨日会った時の彼女自らが口にした司令という単語といい、彼女自身から身に纏う覇気はアイドルの範疇を十二分に越えている。

 

大凡、アイドルというのは仮の姿なのだろう。恐らくはここでの所属こそが風鳴翼の本顔と見た。

 

そう言うと周りから再び関心の声が上がり、櫻井さんからは「まるで探偵ね」と言われた。

 

一方の弦十郎さんは降参したかのように両手を上げ、近くのソファーに腰掛ける。

 

「いやー参った。まさかそこまで見抜かれるとはね。……翼の事だが、これはまだごく一部の人間にしか知られていない話だ。これを聞く以上は他言無用で頼みたい」

 

先程までとは違い、真剣な顔付きになる弦十郎さんに周りの人間も揃って顔付きが強ばる。

 

……イヤな予感がする。自分の中にある本能が聞くなと叫んでいるが。

 

勿論です。と、気付けばそう答えていた。

 

自分の返事に弦十郎さんそうかと頷くと……。

 

 

「俺の姪っ子、風鳴翼は……病院に搬送。今も意識不明の状態だ」

 

そう、衝撃的な言葉を口にした。

 

何故、昨日まで元気だった彼女に一体何が起こったのだろうか。まさか例のノイズに関連しているのか?

 

「いやな、何でも昨夜のテレビ。ミュージック広場だったか? 何でもそこの現場で不都合があってどういう訳かスタッフも当時出演していたアーティスト達も纏めて昏倒していたんだそうだ。俺はその時借りてた映画を見ていたから分からなかったが……了子君は何か知ってるか?」

 

……………。

 

「私、その時間帯はお肌の手入れをしていたから……しかし、どうしてそんな事になってしまったのかしら?」

 

「もしかしたら、超絶に凄まじい音痴歌手がいたから! だったとか?」

 

「まっさかー、どこぞのガキ大将じゃあるまいし。ねー白野君」

 

あ、アハハーソウデスネー。

 

にこやかな笑顔を向けてくる了子さんの顔を直視する事などできる筈もなかった。

 

というか翼さん、あそこの現場にいたんかーい。

 

 

心の中でひたすら翼さんに平謝りする岸波白野でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「奏ー、今そっち逝くよー」

 

『こっちくんな』

 

 

 

 

 

 




次回。聖遺物

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