それ往け白野君!   作:アゴン

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今回の話は現状ディストラクションを聞きながら読むと少し感動する……かも?




エピローグ 私のお父さん

 海鳴市、市立聖祥学園小等部。

 

「せんせいー、さようならー!」

 

「また明日ねー!」

 

「はーい。気を付けて帰るんだよー」

 

 学校の廊下ですれ違う生徒達と挨拶を交わしながら、サイドポニーテールの女性教師はその手に明日の授業の資料を抱えながら職員室へと向かう。

 

あれから十年以上の月日が流れ、当時ここの生徒だった女性は様々な経験と人と出会い、その結果その時世話になっていた魔法とは離れ、今は学び舎であるこの学校で教師として働いている。

 

子供の相手は嫌いではなく、“とある親子”の関係を目の当たりにしてからは特にその思いは強くなり、親以外の立場で子供を育てるという環境からこの職場を選ぶ事にした。

 

当然当初は仕事に慣れず戸惑った。子供同士の喧嘩の仲裁や職場での先輩からの注意、次の授業の準備から宿題の用意、その全てが担任である自分一人で片付けないといけないから、女性は今更ながらこの仕事の大変さを思い知った。

 

けれど、持ち前とそれ以上の諦めの悪さを“ある人物”から見せつけられた女性はこの程度の苦難にはめげず、果敢に挑戦し、生徒と向き合い続けた。

 

その結果、生徒達とも打ち解け、授業も円滑に進められるようになった彼女は一躍この学校の人気教師となり、男子女子問わず人気者となっている。

 

その素直さと勤勉さから職場の先輩同僚からも評判は良く、男性教師に至っては女性のその美貌からお近付きになろうとあの手この手で画策するのだが……。

 

彼女の背後の影に潜む鬼ぃちゃんの存在により、女性は高嶺の華に成りつつあった。

 

それでも以前、気骨のある男性がその鬼ぃちゃんに女性との付き合いを許して欲しいと直談判しに一度だけ直接あったのだが。

 

『ほう? ならば腕一本、或いは腹をぶち抜かれる覚悟があるのだな?』

 

マジもんの殺意と共に言い放たれるその一言に男性の心は砕かれ、二度と女性に近付く事はなかった。

 

勿論その鬼ぃちゃんとしては半分冗談のつもりなのだが、何しろ可愛い妹に男が寄り付こうとするのだ。ある程度の覚悟がなければ許されないというものである。

 

因みに基準としているのは以前実家の喫茶店で一時の間バイトをしていた“ある人物”なのだが、正直、彼を基準としているのは色々間違いな気がする。

 

鬼ぃちゃん曰く『手足千切れようが妹のために体を張れる漢以外認めない』との事。それもその家族全員が共感している事から、女性の春が訪れるのは当分先になる事だろう。

 

だが、女性はそれでも構わなかった。今は生徒達と授業に専念する事が、彼女の楽しみとなっているのだから……。

 

子供達に教え、そして時には教えられる。その日一日一日が彼女にとって宝物になっていく。

 

「さってと、この後の仕事もパッパと片付けちゃおっか!」

 

『Yes. master』

 

女性以外誰もいない筈の廊下に声が響く。サイドポニーテールの髪を揺らしながら、女性は職員室まで足取り軽く掛けていった。

 

その首元に首飾りの赤い宝石を揺らしながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時空管理局本局。次元の守護者として存在する巨大な組織、そこに置かれた訓練施設に鋭く、激しい雷が降り注げられる。

 

「うぁぁぁぁっ!」

 

「ふぅ、今日はここまでにしようか。エリオ、お疲れさま」

 

雷によって所々黒こげにされた赤毛の少年に、マントを羽織った金髪の女性が本日の訓練はここまでとストップを掛ける。

 

「そ、そんな! フェイトさん。僕はまだ頑張れます!」

 

けれどエリオと呼ばれた赤毛の少年はフェイトと呼ばれる女性にもう一度お願いしますと手にした槍を構える。

 

けれどフェイトは首を横に振る。どんなに本人が頑張れると言っても頑なに首を縦に振らない上司に、少年は遂に声を張り上げてしまう。

 

「どうしてですか! 僕はフェイトさんの様に強くない。強くなって誰かを守るには多少の無茶くらいするもんじゃないんですか!?」

 

確かに、少年の言うことは正しい。力がない者は一方的に奪われ、蹂躙される。それはどこの世界、どこの組織でも同じ事が言える。

 

けれど、その言葉は守るべきモノがあって初めて意味と成る言葉だ。その事が分かっていない以上、少年の言葉は女性には届かない。

 

女性はそんな意固地になっている少年に近付くと、彼の頬に手を添えて彼の視線と同じになるようにしゃがみ込んだ。

 

「ねぇエリオ。強さって何かな?」

 

「え? そ、それは……敵を倒したり、敵から誰かを守ったりする……力?」

 

「うん。そうだね、確かにエリオの言うとおり、強くなるには少しの無茶や無理は必要だよ。けれどね、私思うんだ。無理や無茶はやらなきゃならない時にやらなきゃ意味がないんだって」

 

「……え?」

 

「力ってのはそれはそこにあるだけで傷付けてしまうモノなんだ。奮うつもりが振るわれたり、守るつもりが壊してしまったり……ほんの少し扱いを間違えただけで、些細な切っ掛けで全てを無くしてしまう。力というものは強い癖にもの凄く弱いんだ」

 

「力が……弱い?」

 

それは少年にとって矛盾した話だった。力は強い癖に弱い、そんな哲学じみた話に少年は反芻しながらその意味を自分で考える。

 

そんな少年に微笑みながら、女性は今度は槍を握った少年の手に重ねる様に手を添えた。

 

「エリオ、エリオのこの手には何が握ってある?」

 

「え? 槍、ですけど?」

 

「うん。けどさ、それだけでいいのかな? 守りたいと思う人は武器を握っただけで終わっちゃっていいのかな?」

 

女性の問いかけるような質問に少年の思考は混乱し始める。訳が分からない。女性の言わんとしている言葉に何一つ理解できぬまま、少年は目をそらした時。

 

ふと、ある少女の姿を見かけた。訓練室の扉の前に立ち、心配そうに此方を見つめている子は、同時期に女性に助けられた同い年の少女だった。

 

その腕に竜の子供を抱き抱え、少女は少年を案じるように見つめている。そんな泣きそうで小刻みに震えている少女を目にした時、エリオの中に女性に対する答えが自然と浮かび上がってきた。

 

「フェイトさん……」

 

「うん?」

 

「やっぱり、僕はそれでも……強くなりたい」

 

 それは、今までとは違う意味の『強くなりたい』だった。目に光を灯らせ、真っ直ぐに自分を見つめ続けてくる少年に女性は笑みを浮かべる。

 

「分かった。それじゃあ始めよう。いつか来る無理を乗り越える為に、そのために無茶をする為に、めい一杯強くなろう」

 

「はい!」

 

互いに槍と剣を携え、二人の師弟は再び訓練室でぶつかり合う。その時受けた教え子の一撃は今まで一番重く、鋭かった。

 

教え子の成長に嬉しく思う、フェイト=テスタロッサ=ハラオウン。執務官になって六年目の春の出来事だった。

 

「あ、でもねエリオ。幾ら無理をする為でもお腹を貫かれて『大丈夫だ。問題ない(キリッ』みたいな事を真面目に言っちゃう変人さんにはならないでね?」

 

「いえ、なりたくてもなれないレベルですよ、それ……」

 

そして、自分の一言に教え子との距離が少し離れてしまったフェイトさんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミッドチルダ。時空管理局の地上本部として置かれている世界。住宅街が建ち並んだ所のとある一軒家。

 

そこでは玄関先である二人の兄妹が軽めの言い合いをしていた。

 

「兄さん。折角のお休み取れたのにもう仕事に行くの?」

 

「これでも執務官だからな。ゼスト隊長の話では結構急ぎの用事みたいだし、出来るだけ早く合流しなくちゃいけないんだ」

 

「全く、こんな可愛い妹を放って仕事仕事って……」

 

「そう言うなって、帰りにはちゃんとお土産買ってくるからさ。……それよりも、そっちは行かなくていいのか? そろそろゲンヤさんの所に出頭する時間だろ?」

 

「…………あっ」

 

「ティア~、まだ~?」

 

「ほら、お前の相棒も来たみたいだぞ」

 

「ゲェッ!? 本当だ!? 待ってスバル! 今行くからぁ!」

 

「やれやれ、これじゃあ執務官になれるのはいつになる事やら……アギト、それじゃあ後のことは任せた」

 

「おうよ。万事このアギト様に任せておきな!」

 

 時分の見送りの筈だったのに、いつの間にか立場が逆転しまっている事に、青年は苦笑いを浮かべながら二人と一騎の融合騎の背中を見送る。

 

今日も良い天気だと、青年は空を見上げ、自分の仕事場へと足を進めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミッドチルダに設立されたとある隊舎、執務室と思われるその部屋に複数の男女がそれぞれ設けられた席に座り、静かにその時を待っていた。

 

「隊長、ティーダ執務官との連絡が取れました。三十分後に合流するとの事です」

 

「そうか……メガーヌ。娘とはもう暫く一緒にいるつもりだったのだろう? 無理して今回の任務に付き合う事もないんだぞ?」

 

「それが娘の方から言われてしまいましてね。『活躍しているお母さんが私の自慢』なんて言われれば嫌でも頑張りますよ」

 

「やれやれ、クイントは引退していると言うのに……お前も難儀だな」

 

隊長と呼ばれる男性の同情に女性は苦笑いで答える。子供を持つ親は苦労するなと、子を持たない男性は肩を竦めると……。

 

「良いではないか。子供の為に頑張れるのは親の特権だ。それも期間限定のな」

 

「そういうお前は、今は娘に顎で使われる立場だったな。レジアス指令」

 

「誰かさん達の告発のお陰でな。流石にコネ無しで今の地位に付くのには骨が折れたぞ」

 

 中央の席に座り、ジト目で男性を射抜くレジアスと呼ばれる男性は嘗てこの地上本部の守護者と呼ばれる人物だった。

 

ある事件を切っ掛けにその座から追われ、留置所で刑の言い渡される時、親友と呼べる間柄だった男性に救われ、ゼロからやり直す事になったのは彼にとっては出来過ぎとも呼べる僥倖だった。

 

何せ……。

 

「まさか評議会が手を回しにくるとは……レジアス、彼等からあの後何か連絡はあったりしたのか?」

 

「いや、ワシが拘置所から出所して全てをやり直せと言うのを最後に、な。彼方からは連絡は来ないし、最近では殆ど此方側に手を出していないようだ」

 

「そうか……ここ数年奴らに対し警戒していたのだが、どうやらその必要はなさそうだな」

 

「だが、ワシとしてはそれ以上に解せぬ事がある。お前達がスカリエッティに捕らわれていた合間一体何があった? 報告では外部の者に助けられたと聞いたが……」

 

「あぁ、その事なのだが……」

 

それは十年以上前。目の前の親友の影に隠された陰謀を暴くべく、とある研究施設に強行捜査を決行した男性達の隊は、戦闘機人とそれに連なるガジェット達の猛威の前に全滅、最悪、彼等の実験材料にされるかと思われた時。

 

気が付けば自分達は管理局に属するベッドの上で眠っていた。当時救出隊の話によれば突入した時点で既に人の気配はなく、あるのは酷く荒れた研究施設と丁寧に介抱され、最低限の治癒処置を施された男性達全員の身柄だけだった。

 

一体誰が男性達を助けたのか、それは十年以上経過した今も謎に包まれている。

 

だが、男性……ゼストは少し心当たりがあった。施設のベッドに張り付けにされ、身動きの取れなかった自分を介抱したのは───。

 

(あの少年、名はなんと言ったのかな)

 

いや、最早詮無きことだとゼストは自分に言い聞かせ、そろそろ時間だと席を立つ。

 

「さて、そろそろティーダも来る頃だろう。本部からの許可も降りた。これより我々は“凶鳥(フッケバイン)”の捜査に向かう。メガーヌ、彼女達に連絡を……」

 

「了解です」

 

「なぁゼスト、本当にあの小娘達に協力を仰ぐつもりか? 奴らは万屋と謳っておきながら此方の足下を見てくる連中だぞ?」

 

「だが、腕は立つ。相応の報酬を定めればこれ以上ない戦力になるだろう」

 

「違いますよ隊長。レジアス指令はそういう事が言いたいんじゃなく、年頃の娘に危険な真似はさせたくないという真意(ツンデレ要素)があるのです」

 

「なんだそう言うことか。長い付き合いだがお前のそう言うところは今も汲み取れないなぁ、もう少し素直になったらどうだ?」

 

「ふ、ふん! ほっとけ!」

 

席を立って執務室から出て行くレジアスをゼストとメガーヌは互いに顔を見合わせ、笑みを浮かべるとそれぞれ彼の後を追う。

 

ゼスト隊。喩え月日は流れてもその実力は今も多くの若者達の目標となっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……博士、エクリプス社長からのお誘い。お断りしても良かったのですか?」

 

「構わんさ。どうせ彼の研究は頓挫する。そういうのは既にフラグを立てているのを私は十年前に思い知ってるからね」

 

「あれは……嫌な出来事でしたねぇ」

 

「“彼等”のお陰で私の計画はオワタ状態さ。トーレは突起物や刃物に対して異常な恐怖心を植え付けられてしまったし、チンクは妹達に常日頃から調子に乗ることの恐ろしさを説いているし、クアットロに至っては精神が崩壊して幼児化してしまっている。素直な良い子になったと言うことに関しては良かったのかもしれないけど……」

 

 深い深いため息がドクターの研究室に響きわたる。ある人物達に出会ってから踏んだ蹴ったりな人生を送ってきた彼等にはその人物達の話題は鬼門と呼べた。

 

もし“彼等”の話題が先程の娘達の耳に入れば一人は泣き叫び、一人は穴を掘って身を隠し、一人は発狂するという混沌が出来上がってしまう。

 

それでもこうして彼等が生きていられるのは皮肉にもその人物達による大雑把な事後処理のお陰ともいえた。

 

何せ最大の驚異だった最高評議会が既にその機能を停止しているのだ。死んだ訳でもなく、ただそこにあるだけの肉塊となり果ててしまっているのは娘の一人であるドゥーエによって確認済みである。

 

管理局の裏のトップすら手中に収めている。その出鱈目な技術にドクターは改めて感心し、そして恐怖を覚える。

 

 だが、だからといってこれで彼等が引き下がる訳でもない。いつか彼等に追いつけるよう、ドクターは今日も健全でマッドな研究を続けるのであった。

 

「あ、そうそう。例の聖王の器ですが、どうやら雷帝の所の娘が保護したらしいですよ」

 

「マジで?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次元の海。時空管理局の技術発達のお陰で様々な世界への橋渡しの様な場所となった空間。そこには一隻の艦がプカプカと浮かんでいた。

 

「わっかりました~。それでは『万屋(よろずや)八神一家』エクリプス、及び凶鳥の調査協力の任を受け、三日後そちらに合流させて頂きます!」

 

その艦のブリッジで通信を切り、仕事の受領を承った女性は乗組員である家族達に今後の方針を大声で伝える。

 

「みんな~、次の仕事決まったよ~。狙いはフッケバイン、最近売り出し中のバラガキ共や」

 

「なぁはやて~、そのフッケバインってさ、以前はやてが乳揉みしだいた褐色女や弾幕娘がいる所だよな?」

 

「あの時は大変だった。主の性癖にキレた奴らから命からがら逃げてきた事がつい最近のように思える」

 

「何や何や~、ヴィータとザフィーラ、そんな辛気くさい顔してどないしたんや? そんな顔しとったら運気が逃げてしまうで?」

 

「はぁ……」

 

「それにな、ウチは決めたんや。この世全ての女の子のバストをワンカップ上げると! そうすればいつかはあのダイナマイト160にいつか到達出来るんやとウチは信じとる!」

 

「凄いですはやてちゃん! そのやらしい野望を臆面もなく言い切るなんて……そこに痺れる憧れるぅぅ!」

 

「せやろせやろ! リィンもいつかお姉ちゃんのようなバインバインにしたるからな。楽しみにしいや~」

 

「わぁいですぅ!」

 

もうダメだこの主と、末っ子と一緒に戯れる主の姿を後目に鉄槌の騎士と盾の守護獣は諦めのため息を漏らす。

 

「さて、あと三日もあることだし、取り敢えず準備をしとこうな。まずは~……シグナムとリインフォースの下着選びからや。二人とも、最近またサイズが大きゅうなったんやろ?」

 

「な、何故それを!?」

 

「フッフッフ、二人の乳を育てたのは何を隠そうこの私や! 二人のスリーサイズと体脂肪、体重まで私は常に要チェックや!」

 

「あ、あのはやてちゃん? 私は? 私も一応サイズ増えたんだけど……」

 

「シャマルはただ太っただけやん」

 

主からの容赦ない一言に崩れ去る湖の守護騎士。もしここに彼女の姉がいたら変わった妹分に何を思うのだろうか。

 

呆気に取られるのか、好き勝手に生きている彼女を笑って見送るのか、その答えは分からない。

 

「それでは、疾風号。発進やー!」

 

けれど、それでも彼女は笑顔で飛び立つ。その先にある幸せを手にするため、今日も万屋八神一家は次元の大海原へと往く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エルトリア。嘗て死にかけていた世界はある日を境に次第にその命を再び蘇らせた。

 

色褪せた空には色が戻り、荒れた大地には草木が根付き、汚染されていた海は透き通った青さが広がっていた。

 

風が木々を揺らし、鳥は囀り、どうぶつ達が草原を掛けていき、子供達はそんな動物達と戯れている。

 

そんな微笑ましい光景を遠巻きに見つめる女性がいた。長い金髪を揺らし、子供達を見つめる赤い瞳は慈愛に満ち、全てを包み込む優しさを持ち合わせたその女性は女神と呼ぶに相応しい器量と慈愛を兼ね備えていた。

 

そんな女性の存在に気付いた子供達は女性に向けて手を振り、女性もまた微笑みを浮かべ手を振り返す。

 

……もう、どれほどの月日が流れたのだろうか。

 

仲間達と共にこの世界に赴き、目にしたときは絶句した。死にかけた大地、死にかけた空、死にかけた海に死にかけた世界。

 

全てが死に溢れた時、最初に一歩を踏み出したのは誰だったのか、今ではもう思い出せない。

 

けれど、そんな現実を前にしながらも皆必死に戦った。世界を生き返す為、この星を蘇らす為、全員が一丸となって生き抜いた激動の日々は、今でもはっきりと思い出せる。

 

引っ張っていく王がいた。皆を纏める理がいた。皆を笑わせ、励ましてくれる力がいた。

 

そして、自分を守ってくれた姉妹がいた。彼女達と共に生き、共に泣き、共に笑ってきた日々を、彼女はきっと永遠に忘れはしないだろう。

 

……だが、そんな彼女達はもういない。王と理と力、そして姉妹達は自分の役割が終えると共にこの大地と共に眠り、星と一つになった。

 

寂しいとは思う。けれど、悲しくはなかった。この世界にいる限り自分は彼女達を感じていられるし、何よりまだ自分の役目は終わっていない。

 

彼女達の子孫と共に生き、この世界の未来を見つめ続ける使命が彼女にはある。

 

 ───最近、思い出すことがある。この世界に来る前、自分の事を娘と言って文字通り命を懸けて自分を助けてくれたとある男性。

 

名前も覚えている。声も覚えている。けれどどうしてか、最後に分かれた時のあの顔だけは思い出せない。

 

笑っていたのか、泣いていたのか、忘れてはいけないのに忘れてしまっては、きっと自分はダメな娘なのだろう。

 

だけど、それでも構わない。いつかあの人と再び会うために、私は────。

 

「その時まで、生きています。元気でいます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ザッザッザッと、足音が聞こえてくる。大地を踏みしめ、此方に近付いてくるのは一つの気配。

 

一体誰だろう? 女性は近付いてくる足音の人物に心当たりがなく、何だと思い振り返ると……。

 

「───やぁ、久しぶり」

 

 言葉を、失った。

 

思考が混乱し、言葉が旨く発せられない。

 

目の前の人物に女性は───ユーリはどうしようもなく胸が苦しくなった。

 

知っている。あの時よりも一回り以上成長し、顔付きも変わっているが、目の前の男性の事をユーリは間違いなく知っていた。

 

ただ、涙だけが頬を伝って流れ落ちていた。

 

そんな彼女にしまったと呟きながら男性はポリポリと頭を掻いて……。

 

「ご、ごめんな。こんな時なんて言えば分からなくて、考えてたんだけど……忘れちゃった」

 

嗚呼、この人は変わっていない。抜けていて、頼りなくて、弱くて、不完全で……けれど、誰よりも優しく強い魂を持ったこの人は、あの時から少しも変わらずいてくれた。

 

それが嬉しくてユーリは大粒の涙を流して自分の顔を両手で覆い隠した。

 

言葉が出ない。何も言えなくなった彼女の頭に、ポンと暖かい感触が伝わってきた。

 

再び顔を上げると、そこには───。

 

「ただいま。そして───お帰りなさい。ユーリ」

 

あの日と同じ笑顔の父がそこにいた。

 

「お帰りなさい。そして────ただいま」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“お父さん”

 

 

 

 

 

 

エルトリアの大地に大輪の華が咲いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回でなのは編は完結。次回からの話の舞台は……次回のお楽しみということで。

それでは皆様、また次回。

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