それ往け白野君!   作:アゴン

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今回で実質最終回。

次回はその後の話のエピローグを挟んでいよいよ新世界の話を書こうと思います!


極めて近く、限りなく遠い明日へ 後編

 

 

 ユーリ達と別れを済ませ、再び拠点であるマンションへ戻ってきた俺達。涙で目を腫らした事に付いては誰も指摘せず、淡々と転移の準備をする皆の空気が今の自分には有り難かった。

 

ギルガメッシュも特に何も言わず、拠点に着くとそそくさと何処かへ姿を消す。恐らくは自分の部屋に戻ったのだろう。

 

「あ、先輩。お帰りなさい」

 

微笑みながら駆け寄ってくる桜にただいまと返す。

 

「そろそろ転移が始まります。危険はありませんが念の為に彼方のソファーで待ってて下さい」

 

そう言ってにこやかにロビーの端に置かれたソファーを指さす桜、……あの、桜さん? 一応自分達はこれから世界の壁を超えようとしてるんですよね? シートベルトとか、そういった安全性を高める処置などは……。

 

「ありません」

 

断言された!? 微笑みながら断ずる桜だが、流石にそれでは不味いのでは? キリエちゃん達だって時空超えには多大な負荷が掛かると言っていたんだけど……。

 

「それは単体で次元を超えようとするから引き起こされる……謂わば副作用です。本来なら強大な魔力と確立された術式、魔力をエネルギーとするならば術式は骨組みと装甲と見なして構成されなければなりません。私達の場合魔力は地下から供給され、術式はこのマンション全てに施されているんです。ムーンセル(仮)の計算と設計を基に造られていますので、安全性も完璧に仕上がってますよ」

 

……成る程、つまりこのマンションは世界を飛ぶ為に作られたスペースシャトルの様なものか。桜の分かり易い説明に納得し、頷いていると……。

 

「そんな小難しい話は置いといて。ささ、ご主人様はどうぞ此方にお寛ぎ下さい」

 

横から引っ付いてくるキャスター、彼女に言いように引っ張られ、為す術なく連れて行かれる自分は彼女と共にソファーへと座る。

 

そんな彼女の行動を通りかかったセイバーが……。

 

「ぬぅ! キャスターめ、相変わらず奏者の事となると行動が早い。余だって早めに準備を切り上げてきたのに……何たる周到さだ!」

 

憤慨した様子で此方に近付き、自分の隣に座ると身を寄せて自分と密着する。

 

「ふふん、戦いとは常に相手の二手三手を読むもの。ご主人様と数々の死線を越えてきたタマモに死角はありません。というかセイバーさん、アナタ少し近くありません? ご主人様が困っているじゃないですか。今すぐ離れて下さい、つーかどっかいけ」

 

「なぁ奏者よ。次の世界はどんな所なんだろうな。麗しい北欧の神界か、それとも魑魅魍魎が蠢く死界か。どちらにせよ、そなたと共にいられればそれだけで余は嬉しい。奏者よ、これからも宜しく頼むぞ」

 

腕に抱きつき、笑顔でそう言ってくれるセイバーに此方もこちらこそと笑みで返して彼女の頭を撫でる。

 

そうだな。自分は前に進むと決めた。自ら往くべき道を選び、別れを決意した。ユーリだって覚悟を決めたんだ。自分も腹を括らなくてどうする。

 

───ただ、一つだけ、一つだけ心残りがあるとすれば……。

 

凛、そしてランサー。ここにはいない二人はつまりこの世界に残ることを決意したのだろう。せめて別れの挨拶は済ませたかったが……仕方ない。彼女達が決めたのであるならば、自分から言えることはなにもない。

 

「そろそろ出発です。皆さん、準備はいいですね」

 

いつの間にか向かい側のソファーで座る桜が転移開始のカウントダウンを始める。

 

もうじきこの世界と別れる。一年も満たない間なのに、こんなにも名残惜しく感じるのは何でだろう。

 

魔法少女達との出会い、時空管理局との邂逅、娘との別れ、様々な思いが自分の中で駆け巡り……。

 

「…………凛」

 

月と月の裏側、そしてこの世界で何度も自分を助けてくれた戦友、彼女の事を思い浮かべながら桜の数えるカウントに耳を傾けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そろそろかしらね」

 

八神家のリビング。ソファーに腰掛け、注がれたコーヒーを口にしながら遠坂凛は壁に掛けられた時計を見る。

 

時間的にはもうすぐ彼等が出発する頃合いだ。彼との縁もこれでお終い。そう考えれば少し寂しくなるが……構わない。元より凛は最初からこうするつもりでいたのだ。

 

岸波白野とは共に往かない。その意味を正しく理解しながら、凛は彼等との離別の道を選んだ。

 

「……ねぇ凛、本当にいいの?」

 

「何度も言わせないのランサー、言った筈よ。私はここで八神はやて……あの子が幸せになるまで守るって決めてるの。謂わばこれは契約よ、魔術師が契約を破るなんてあってはならない事だわ」

 

「で、でもぉ……」

 

「なんなら、アナタだけでも行っても良かったのよ? はやてと契約したのは私だけだし、私自身アナタを縛るつもりはないわ」

 

「ば、バカ言わないでよ! そんな事するわけないでしょ、凛だけじゃ心配だし、……それに、もうあんな事はしないって決めてるし」

 

ボソボソと最後辺りは聞き取れなかったが、懸命に感情を押し殺して凛のそばにいる事を止めないランサーに凛はほくそ笑む。

 

無理しちゃって。そんな言葉が出掛けた時、戸が開かれ、一人の少女がリビングへと入ってきた。

 

「凛姉ちゃん?」

 

「あらはやて、お帰りなさい。そう言えばもうすぐお昼か。待ってて、今昼食の準備をするから」

 

呆然としたはやてがリビングに入ると、今日の食事の当番は自分である事を思い出した凛はそそくさと台所の方へ向かう。何気ない普段と変わらない凛の態度。しかし、それがはやてにはどうしても違和感が拭えないものに見えて仕方がなかった。

 

だから、彼女は口を開く。

 

「どうして……ここにいるん?」

 

その一言に凛の動きが止まる。その言葉の意味を知りながら、それでも凛は何のことだと聞き返す。

 

「何を言ってるのよ。私がここにいて悪い? 確かに私は居候の身分だけど、日雇いのバイトで借りを返しているつもりよ。それを───」

 

「違うよ」

 

「…………」

 

「凛姉ちゃん、どうして岸波さん達と一緒に行かへんの?」

 

はやての問いに凛は押し黙る。何故ここにいるのかと聞いてくるはやてを……凛は、彼女の目を合わせないで言葉を口に出す。

 

「……最初に言ったわよね。アンタを守る。まだ足も動けず、一人では遠くへ行くことも出来ないアンタをアンタの足となって守る。そう約束したわよね」

 

それは凛とランサーがはやてと出会ったばかりの頃。この世界に弾き出され、行き場のない二人を拾ってくれた少女に対する……一つの誓い。

 

孤独で、たった一人で、歩くことも立ち上がる事も出来ない当時のはやてが、凛には昔の自分と重なって見えていた。

 

同情もあった。拠点を得るという下心もあった。けれどそれ以上に、凛にははやてを守りたいという強い願いがあった。

 

けれど───。

 

「凛姉ちゃん。私ね、一人でも歩けるようになったよ。転んでも起き上がれるようになった。この間だって浜辺で走る事も出来たんよ。将来は陸上の選手にもなれるって、病院の先生にもお墨付きをもらっちゃった」

 

少女はもう、一人ではない。彼女の側には新しく出来た家族がいて、はやてを守り、一緒に生きていくと誓った騎士達がいる。

 

もう、自分は必要ないのだろうか。そんな寂しい思いが込み上がってきた時、はやての差し伸べた手が凛の手を握り締める。

 

「それに、凛姉ちゃん言ってたやんか。幸せを願うんだったら我が儘になりなさいって、それなのに凛姉ちゃんが我慢して幸せ逃したらそれこそ本末転倒や」

 

「……はやて」

 

「私はもっともっと我が儘になる。皆に迷惑掛けて、色んな人のお世話になって、それで幸せになる。だから、凛姉ちゃんも……」

 

『幸せになって』

 

その言葉に、凛は背中を押された気がした。それはもういいよという離別ではなく、また会いたいという願いが込められていた。

 

だから、凛は今度こそ決意する。

 

「……ねぇ、はやて」

 

「なぁに?」

 

「私ね、一人っ子だったんだ。お父さんもお母さんも私のちっちゃな頃に亡くなって、ずっと一人で生きてきたんだ」

 

 それは、ゲリラ時代の前の頃。魔術師の実力もなく、まだ力の無い自分が懸命に足掻いていた頃の懐かしい記憶。

 

血と泥にまみれ、それでも生きる為に歯を食いしばってきた彼女だが……ふと、思う事があった。

 

「だからかな。ずっと姉妹というモノに憧れてたんだ。妹とか姉とか、兄とか弟とか、そういう関係を欲しいと思ってた時があったの」

 

「……今は、違うの?」

 

はやての問いに、凛は微笑みながら振り返り……。

 

「もう、ここにいるからね」

 

はやて/いもうと の頭にそっと手を乗せた。一瞬呆けた顔になってしまうはやてだが、次の瞬間には嬉しそうに笑みを浮かべる。

 

十秒、二人の顔が向き合っていたのは僅かその間だけ。それだけの時間が過ぎると凛は立ち上がり、はやての横を通り過ぎる。

 

「あーあ、それにしてもこんな子供に言い負かされるなんて、私もヤキが回ったか。イヤ、この場合は平和ボケって言うのかしら?」

 

頭をポリポリと掻いて、金色の髪を揺らす。けれどその瞬間には凛ははやてに向き直り、彼女に向けて小指を出し。

 

「……はやて、約束よ」

 

「うん、約束や」

 

はやても凛に応えるように小指を差し出す。

 

それは、契約の上書きであり、再会を誓う二人の契り。

 

「私は絶対に幸せになる。だからアンタも……」

 

「うん、私も負けない位幸せになる。───だから」

 

「いってきます」

 

「いってらっしゃい」

 

誓いと同時に指が切れる。互いに満面な笑顔を向けた後、凛はランサーに向き直り。

 

「ランサー、何泣いてんのよ。ほら、さっさとこないと置いていくわよ!」

 

「な、泣いてなんかないわよ! コラ、待ちなさい!」

 

その瞬間、二人は家から飛び出して走っていく。その際、ランサーは見送りに家から出たはやてに手を振り、簡単な挨拶を済ませると凛を追いかけて彼女もまた掛けだしていく。

 

……まるで、嵐のような二人だなとはやては思う。けれど、それは嵐と呼ぶにはとても暖かく、それでいて優しい風な嵐だった。

 

遠くなっていく二人の背中を見つめ、はやては呟く。

 

「凛姉ちゃん。知ってた? 実は私もね、姉妹が欲しかったんだ。叱ってくれるお姉ちゃんとか、甘えてくれる妹が欲しかったんや」

 

 

 

 

『ねぇアンタ、足動かないの?』

 

『……うん、もうずっとこの調子。車椅子があれば一人で動くことも出来るけど、やっぱり色々大変で』

 

『ふーん』

 

『本当はもっと違うところに行きたいんやけど、あまり誰かに迷惑を掛けるのは気が引けるし……出来ればお婆ちゃんになる前には治って欲しいんやけど、中々ままならないんよ』

 

『だったら、私がなってあげるわよ。アンタの足に』

 

『ふぇ?』

 

『アンタがここを住まわせてくれる間、私達がアンタの足になってあげるって言ってんの。ああ、拒否権はないわよ。もう決めたから。大丈夫、アンタ一人背負う位訳ないわ。ね、ランサー』

 

『ま、凛の頼みだし可愛い子リスの一人や二人、軽々と運んで見せてあげる。刮目なさい!』

 

 

 

……訂正、やっぱ嵐だわあの二人。と、人の話を聞かない二人の姉にはやては笑う。

 

「私はもう大丈夫。だから凛姉ちゃん。エリー姉ちゃん」

 

“またね”

 

遠くなっていく二人の姉。その後ろをしっかりと記憶に刻み込んで、八神はやては二人をいつまでも見つめ続けていた。

 

涙を流しても、嗚咽で喉を枯らしても、絶対に目を背ける事はしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カウント、20秒前」

 

 いよいよだ。桜のカウントダウンが遂にゼロへと差し掛かり、マンションが震えるように揺れた頃、不意にマンションの出入り口が視界に入った。

 

思えば、ここでのこの光景もこれで見納めか。そう思うと感慨深くなり、最後の思い出にと其方に目を向けた時だ。

 

「その片道列車、ちょーーーっと待ったぁぁぁぁ!」

 

突然、外からの怒号がここまで響いてくる。何かと思い立ち上がって外を見てみると、凛とランサーが此方に向かって全力疾走していた。

 

マジか。どうやらゲリラの魔術師様は最後の最後まで突撃思考の持ち主らしい。扉をぶち破りそうな勢いで突っ込んでくる二人に自分は急いで駆け寄って扉の自動ドアを開く。

 

「子豚ーー! 会いに来てあげたわよぉぉぉぶしっ!?」

 

「マスター、何をしている。もう転移が始まるぞ。早いところ座っノグホォォォ!?」

 

その瞬間、飛び込んでくる二人。ランサーの方は受け流し、その際に様子を見に来たアーチャーと激突。

 

そして、凛の方はというと……。

 

「えへへ、来ちゃった」

 

自分の胸の中に吸い込まれるように収まっていた。

 

 

「のわぁぁぁぁっ!? そそそそそ奏者よ! 一体何をしておるのだぁぁぁっ!?」

 

「おのれぇ、まさかギリギリのタイミングで乗り込んでくるとは、いつからこのマンションは銀河鉄道にすり替わったのですか!」

 

「凛さんズルいです! 私だってまだ先輩にギュッとされてないのに!」

 

途端に騒がしくなる後輩とサーヴァント二人。ああ、やっぱり自分達はこうでなくては。しんみりとお別れというのはあまりにもらしくない。

 

騒ぎ立てる皆を見渡しながら、俺は自然と口を開いた。

 

 

 

───さぁ行こう。極めて近く、限りなく遠い明日へ。

 

 

 

 

 

 

そして俺達のマンションは光に包まれた瞬間、この世界から完全に姿を消した。

 

 

 

 

怖くないかって? 勿論怖いさ。何せ未知の世界へ文字通り飛び込むのだから。

 

けれど心配はない。何故なら自分には頼りになる後輩と、自分を支えて、導いて、側にいる相棒とそんな自分を見ていてくれる王様がいるのだから。

 

 

 

 

 

 

 




次回、エピローグ

“私のお父さん”

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